フェリス短編:夢のような現実
書籍版「黒の星眷使い」発売記念を兼ねて、以前からちょくちょく言っていた人気投票一位キャラの短編を書くということで一位のフェリスの短編です。他のキャラの順位は活動報告で。
時系列は今回書籍化した部分である第一章と、その次の話にあたる第二章の間となります。
春のランキング戦を終えてからしばらく経ったある日のこと。
休日を迎えた王立レーネシア魔法学園は生徒の数がごっそりと減っていた。休日だから当たり前ではあるのだが、寮やギルドホームに住む生徒すらも学園からいなくなる。理由は簡単で、学園の外に出かけていくからだ。普段は授業だなんで外にゆっくりと買い物に出かける時間はなかなかとれない。休日の間に気分をリフレッシュすることが平日の授業への活力となるのだ。
かくいうフェリス・ソレイユもその一人で、今日は朝早くから寮にある自分の部屋の中でうろうろとしている。私服を引っ張り出していつもの制服を脱ぎ去る。よさそうなものをあれやこれやととっかえひっかえして鏡の前で調整し、かれこれ二時間は悩んでいる。時計の針を見て焦りが募るが、ここで妥協することはしたくない。
何しろ今日はせっかくソウジとデートできるのだから。
というのも、数日前フェリスは思い切ってソウジをデートに誘ってみたのだ。建前としては王都に不慣れなソウジを案内するというものと、ランキング戦で助けてもらったお礼だが、フェリスの気持ち的にはデートである。問題はソウジ本人がデートという認識をしていないことであろうがそれはそれ、これはこれだ。
ともかくデートといったらデートであり、フェリスにとっては重要な日だ。
だからこの日だけは少しでもソウジにとって素敵な女の子でありたい。少しでも、成長した今の自分を見てもらいたい。あの頃の『一緒に遊んでいた女の子』としてではなく、成長した『フェリス・ソレイユ』という少女を見てもらいたい。
「はぅ、もうこんな時間……でもでも、まだ服が……」
時計の針を見てさらに焦りが募る。そろそろ決めなければ集合に遅れてしまう。妥協はしたくないが、だからといって遅刻することはできない。フェリスは戦いの時以上に集中力を研ぎ澄ませ、脳内議論を重ねに重ねて服を選び抜く。
結局、部屋を出たのはギリギリの時間になってしまった。
次からはもう少し早く決めるようにしようと心の中でこっそりと誓うフェリスではあるが、次の休日の際、また集合時間ギリギリに到着することになるとは、今の彼女はまだ知らない。
「お、遅れました……」
集合場所である学園の中央庭園にたどり着くと、既にソウジは待っていてくれた。
「ご、ごめんなさい。ソウジくん。お待たせしてしまって」
「ん。時間ピッタリだし、俺も今きたところだから問題ないよ」
とは言っているが、実際のところ少なくとも三十分前には来ているのだろう。それを思うとさらに申し訳なくなる。誘ったのは自分なのに。
「女の子はこういう時に時間がかかるもんだって師匠も言ってたし、気にしないでくれ。それに、今日のフェリスはいつも以上にかわいいし。服だって色々と悩んでくれたんだろ? ありがとな」
王都案内してくれるためなのにもったいないぐらいだ、と褒めてくれる。
たったそれだけで心の中で舞い上がってしまう。とても嬉しい。
「で、では、今からさっそく案内しますねっ」
舞い上がった気持ちを抑えて、バスケットを持ってきたことを確認したフェリスはソウジと共に休日で賑わう大通りへと向かう。
王都の『太陽街』を管理しているソレイユ家の一員としてフェリスも王都の中については詳しい。オススメのお店や自分がいいなと思ったスポットを紹介していく。ソウジが興味を持って質問したことに答えていると、フェリスが新しい発見をすることもあった。
見慣れた街、見慣れた道なのにソウジと歩いているとすべてがキラキラと輝いているかのようで、新鮮な気持ちになる。好きな人と歩いているだけで世界がこんなにも楽しくなるなんて。
だからこそ。
バウスフィールド家によってソウジが姿を消していた間の時間がどれだけ辛いものだったか思い知らされる。自分にとってソウジという少年の存在がどれほど大きいのかも。
「フェリス?」
「あっ……」
どうやら立ち止まってしまっていたらしい。ソウジが心配そうな表情をして顔を覗き込んでいる。
至近距離で、それも見つめあう形になっていることに気づき一気に顔が赤くなるのを感じた。
「ひゃうっ⁉」
「人の顔を見てそんなに驚かなくても……」
「ごめんなさいっ。ち、違うんです。ソウジくんの顔を見てびっくりしたわけじゃなくてっ。その、ちょっと考えごとをっ」
真っ赤になった顔を隠すようにソウジから視線を逸らす。
こうして些細なことですぐに顔を赤くしていると、長い間離れていて死んだと思っていた思い人と再会できたことで子供のころより『好き』の気持ちが大きくなっていることを自覚させられる。再会してから日に日に胸の中にある気持ちは大きくなってきていて、自分でもどうすればいいのかわからない。
「ちょっとどこかのお店に入って休憩しよっか」
「は、はいっ」
たったこれだけのことでこんなにも緊張して、顔が赤くなる。だったら……実際に触れたらどうなってしまうのだろう。いや、実際に触れたことはある。春のランキング戦の時に。
「…………っ」
だめだ。あの時のことを思い出すだけで顔が熱くなる。もうあんなことはそうそうできない。いや、そもそもがそう簡単にできることじゃないけれど。思えばずいぶんと思い切ったものだ。九年も離ればなれになってしまっていた反動だろうか。
胸の温かな鼓動を感じながらフェリスとソウジは大通りを歩き、近くにあった店に入る。どうやらここはデートなどでよく使われる人気の店らしい。自分たちと同じぐらいの若い男女のカップルがたくさんいる。
(は、入るお店を間違えたっ⁉)
なんということだ。これではまるで自分たちがカップルみたいではないか。いや、将来的にはそうなりたいと思っている。
(で、ですけど、ま、まだわたしたちはそそそそそ、そういう仲ではないといいますかっ)
あうあうと慌てていたら頭がまともに回らなくなってきた。ソウジは迷惑ではなかいのだろうかと思っておそるおそる視線を向けてみると、
「へぇー。こういうお店があるんだな。知らなかった」
割と平気そうにしている。
「ん? どうしたんだよフェリス」
「…………いえ」
下手をすれば自分とカップルに間違われる可能性もあり迷惑ではなかっただろうかと思っていたので平然としているのは安心したはしたが……かといって手放しで嬉しいというわけでもない。というか、平気そうにしているのはそれはそれでどこか残念というかなんというか。
「いらっしゃいませ、二名様ですか?」
「はい。席って空いてますか?」
「ちょうどあと二名様分空いてますよ」
「だってさ。ラッキーだな」
「そ、そうですね」
確かに幸運だろう。が、気持ち的には果たしてラッキーなのかラッキーでないのか。少し複雑である。
「お似合いですねー。今日はデートですか?」
「で、でーと⁉」
「今日はそういったお客様が多いんですよー。あ、カップル限定の特別メニューがあるのでよかったらどうぞ! 席はこちらになりまーす」
店員からの思わぬ爆弾に落ち着いてきた心の中が再び大荒れになる。不意打ちだったので違うと訂正することもできずに(本当は訂正したくないのだが)ずるずると席に案内されてしまう。ソウジの方もけろっとしているのでもしかしてまんざらでもないとか? いやいやいや違うと自分に言い聞かせる。
(そ、ソウジくんはいつもこうですからっ。鈍いですしっ)
甘い期待をしてもどうせソウジのことだ。「なんか間違われちゃったな」と言って笑うだけだ。
「なんか間違われちゃったな」
ほらやっぱり。
「そ、そうですねー。あははは……………………ソウジくんのばか……」
これではまるで一人で舞い上がってしまった自分がバカみたいだ。いや、別にソウジは悪くない。勝手な期待をしてしまった自分が悪い。わかっている。わかってはいるのだが、それはそれ、これはこれ。年頃の乙女としては甘い期待を抱いてしまうのも無理ないのではないか。
「じゃあ、せっかくだから特別メニューってやつを頼んでみようかな。店員さんを騙してるようで悪いけど」
どうやらソウジにはフェリスと恋人なのだと勘違いされた状況に特に焦りはないらしい。
(ええ、そうですよそうですとも。わたしはまだソウジくんと……その……こ、こいびと……ではありませんしっ)
半ばやけくそのように内心呟いてみるが、将来的にはそうなりたいと願っている身として落ち込みそうになる現実である。……まあ、もっと積極的にアプローチをかけられていないフェリスにも非があるといえばあるのかもしれない。けれども、好きな男の子を前にするとどうしても多少なりとも緊張してしまうし、アプローチをかけようとするならなおさらだ。
「なんかさ、ちょっと懐かしいよな」
「え?」
「ほら、昔は恋人……っていうより夫婦役でおままごとなんかしてただろ? 俺たち二人でさ」
ソウジが言っているのはまだ彼がバウスフィールド家にいた頃のことだろう。ソウジとフェリスはあの時に知り合い、一緒に魔法の勉強をしたり、遊んでいたことがある。フェリスの大切な思い出だ。遊びの内容は様々で、おままごともよくやった。ソウジが夫で、フェリスがその妻という設定で。
「……覚えていてくれてたんですね」
「正確には思い出したって感じだけど」
「じゅうぶんです」
覚えてくれていただけでも……思い出してくれただけでも、嬉しい。
フェリスにとっては大切な思い出を覚えてくれていたという事実だけで嬉しくなる。
「あのおままごと、今思うとちょっと変だったかもしれないけど」
「う……そ、それは、そうですけどっ」
今思い出すと恥ずかしい。当時、フェリスはソウジ以外の同年代の子供と遊ぶことがほとんどなく、おままごともどういったものかよくわかっていなかった。だから参考にしたのが、子供のころのソウジと出会った村にある宿屋の夫婦だ。遅くに帰ってきた夫を叱る妻という設定だったはず。
「そうそう、確かフェリスにお帰りなさいのちゅーをねだられたりして……」
「そ、そういうことは思い出さなくていいですよっ!」
子供のころの自分は今思えば大胆だった。大胆すぎるほどに。どうしてああいうことができたのか……いや、春のランキング戦でも似たようなことをしていたけれど、それはそれ、これはこれだ。
「おまたせしましたー」
過去の自分の行いに顔を真っ赤にしていると、注文していたメニューが届いた。
「え……」
が、そのメニューを見て思わず目が点になる。なんだこれは。
届いたのはごくごく普通のパフェ……なのだが、パフェの方はスプーン(やたらとゴテゴテとしたピンク色の装飾がされている)が一つしかない。確かこれは二人分のメニューのはず。どういうことだこれは。まさかとは思うが、二人で一つのスプーンを使って食べろということなのだろうか。そんなばかな。
「あ、あのぅ……これって間違いでは……」
「いえ、これがご注文のカップル様限定の特別メニューで合ってますよ。それではごゆっくりどうぞ」
ごゆっくりどうぞと言われてもごゆっくりできるはずがない。周囲を見渡してみると確かに特別メニューをカップルが一つのスプーンで食べている。
「そ、そそそそそそソウジくん? ど、どうしましょう……?」
「んー。まあ、俺は別にいいんだけど、フェリスが嫌ならスプーンぐらいもう一つ用意してもらえるんじゃないか」
「い、嫌じゃないです! ぜんぜん! まったく! 微塵もっ!」
「う、うん? ならいいんだけど……」
嫌なわけない。むしろ幸運だ。ああ、なんと素晴らしいお店なのだろうという思いさえある。
(で、でもでもっ。これって、か、か、か、間接きす……に……なっちゃう……)
意識してしまうと途端にドキドキしてしまう。ソウジはどう思っているのだろうか。
「そ、ソウジくんからお先に……どうぞ……」
「じゃあ、遠慮なく」
平気な顔をしてぱくっと食べるソウジ。
「うん。美味しい。フェリスも食べてみたら?」
「は、はいっ⁉」
あろうことか、ソウジはパフェをスプーンですくいとると、そのままフェリスの方へと差し出してきた。今にも「はい、あーん」と言ってきてもおかしくないようなポーズだ。今日はなんという幸せな日だろう。
りんごにも負けないぐらいに頬を赤く染めながら、おそるおそる口を近づけ、ぱくっと一口。
「美味しい?」
「お、おいしい、です……」
「そっか。ならよかった」
ニコッと笑うソウジだが、こちらとしては味がまったくわからない。美味しいことには美味しいが、あまりの緊張と幸せでもはや味がしない。
その後も、食事の時間は緊張の連続で何を食べたかすらよく覚えていない。店を出たあたりでようやく正気に戻ってきたぐらいだ。
(夢、みたい……)
少し前まではまさかソウジとこんなことができるなんて思ってもみなかった。ソウジは死んだと思っていた。だからもうこんなことはできないかと思っていた。けれど実は生きていて、今こうして夢にまで見たことを現実にしている。幸せだ。もしかして、これは夢なのではないかと思うほどに。
「…………ソウジくん」
「ん?」
「手を、繋いでくれますか?」
「フェリス?」
「不安なんです。ソウジくんと一緒に過ごしているこの時間が……夢なんじゃないかって、思って……変ですよね、わたし。ソウジくんはちゃんとここにいるのに……」
もしも夢だったら。ソウジは生きていて、こうして一緒の時間を過ごせているというこの現実が夢だったら。ソウジは死んでいて、もう本当にこの世にはいないということが現実だとしたら。
そんなのは嫌だ。これが現実であるという確かな証拠がほしい。
「わ、わたっ、わたしっ……嬉しかったんです……ソウジくんが、生きていてくれて。今、とっても幸せです。でも、でもっ。これが夢だったらと思うと……こ、怖くてっ……」
「フェリス…………ん。わかった」
求める手に、ソウジは静かに応じてくれた。手のひらを通じて温かい何かが流れ込んでくる。
「……本当にごめん。心配かけて」
「……いいんです。本当にここにいてくれているなら。夢じゃ、ないんですよね。ちゃんと、生きていて、ここにいるんですよね」
「そうだよ。俺はここにいる」
「よかった……よかったです……」
しばらくの間、フェリスはソウジの手を握り続けた。
存在を確かめるかのように。
もう二度と、離さないというかのように。




