第百二十九話 ジャック・オー・ランタン②
本日、書籍版「黒の星眷使い」の第一巻が発売です!
7、8万字以上の大加筆と新規書き下ろしエピソードもあるのでよろしくお願いします!
今度こそ警戒を怠らず、集中力を高めていく。クリスは星眷をしっかりと握りしめると脚に魔力を走らせて強化を行う。
メラドが黒魔力によって生み出した魔眷が浮遊し、クリスに狙いを定める。
(……来る!)
直感は辺り、ガパッと口を開けたカボチャから瞬く間に炎が吐き出された。強化した脚力で回避しつつ状況を冷静に分析する。
黒魔力を使えるということは敵は魔族の可能性が高い。実際、魔族にしか使えない『魔眷』を使っているのが何よりの証拠だ。魔族は普通の人間と比べて素の身体能力や魔力も高い。種族として優秀だ。何よりあの魔人の直属の部下のような立ち位置らしいのだから油断はできない。
フェリスの方もさすがというべきか軽やかに炎をかわしている。反応速度もクリスより速い。フレンダと共に鍛錬を積んでからは更に大きく成長したと思ってはいたが、上にはまだ上がいることをこんな時だというのに思い知る。
「ふむ。ならばこれはどうかな?」
言うや否やメラドは浮遊するカボチャを三つ呼び出した。更にカボチャの移動速度も一気に加速する。
右、左、上、右、左、右、左、上、後ろ――――ぐるぐるとめまぐるしくカボチャは動き、うねり、加速していく。かと思えば、隙を見ては炎塊を隕石群のように降らしてくる。これではまるで移動砲台だ。
(ッ、速い…………!)
ダンジョン内部という限られた空間の中で動きが徐々に縛られていく。放たれる炎をかわし、防ぐことはできるが肝心の本体への攻撃が最初の無防備な一撃以外行うことができていない。その一撃だって、結局は失敗に終わっている。
厄介なのは動きを制限されるというだけでなく四方向からの攻撃に注意しなければいけないという点だ。集中した状態ならば対応できなくはないが、集中力を維持するには体力を使う。このままではろくに攻撃もできないまま動けなくなるだけだ。
「ぐっ……!」
集中力が一瞬だけ途切れてしまったのかカボチャから放たれた炎塊にかすってしまった。ギリギリのところでレイピアでいなしたが、ミスはミスだ。ダメージという形で体に蓄積される。そこを追撃するかのように連続して炎が吐き出される。回避しつつも残りのカボチャ三つがフェリスに殺到するのが見えた。
「フェリスさん!」
あっという間に取り囲まれてしまったフェリス。フォローにまわろうとするがダメだ。残ったカボチャの魔眷がそうはさせてくれない。いつの間にか数がもう一つ増えている。
このままではフェリスがと焦りが募るが……当のフェリス本人は包囲網のど真ん中でピタリと動きを止めてしまっている。
「どうした。恐怖に体が動かなくなったのか」
恐怖? いや、違う。フェリスはさきほど言った。勇者のことも、魔人や魔王のことも、ソウジだけに押し付けさせない。わたしたちみんなでやる。そう決めたと。あの言葉は嘘じゃない。クリスにはわかる。フェリスたちがどれだけの決意を秘めていたのかが。そんなフェリスが、この程度の状況で恐怖して体が動かなくなるなどありえない。
ならばとクリスは目の前のカボチャに応戦しつついつでも動き出せるように魔力をチャージしていく。
「恐怖に縛られたまま――――燃え尽き果てろ」
メラドが合図すると共にフェリスを包囲しているカボチャの口が開き、
「――――ッ!」
直後、まるでこの瞬間を待っていたとでも言うかのようにフェリスの剣が煌めく。刃に焔をまとい、クリスにも目で追うのがやっとの速度で周囲を包囲していた四つのカボチャを焼き斬る。
「それは既に見切りました」
「なんだと……⁉」
一瞬の早業を可能にしたのは、この短い時間で敵の攻撃を完全に読み切ったからこそ。
唖然とするメラドに向かい、迷うことなくフェリスは突き進む。
「『最輝星』!」
フェリスが唱えたのは星眷魔法を『原典』へと近づける、いわばリミッター解除の呪文。焔が彼女の体を包み込み、真紅のドレスを身にまとった女神へと姿を変える。
「『ヴァルゴ・レーヴァテイン・スピカ』!」
最輝星によって増幅された魔力を剣へと集約させ、刃を振るう。対するメラドはカボチャの魔眷を二つほど展開しつつクリスの方に向けていたものを呼び寄せようとしたが、
「させない!」
クリスは蓄えておいた魔力を解放し、目の前の二つのカボチャに今度はこちらが止める番だと足止めする。雷を放出して牽制しつつ、フェリスに集中力を向けた際の隙を突いて一気に二つとも同時に刺し貫く。刃がくいこんだカボチャはガボッという音と共に爆散した。これでもう呼び戻すことはできない。
「フェリスさん!」
「はいっ!」
轟ッ‼ とクリスのがんばりに応えるかのようにフェリスも魔力を上げる。
一点集中の大火力。このチャンスを逃すつもりは毛頭ないと言わんばかりの勢いに、さながら舞のように焔が踊る。力強さをも感じさせる焔舞にクリスは見惚れていた。
「『紅突撃焔』!」
剣に集まった焔が鋭さを増し、貫通力を高めた一点突破の一撃と化す。メラドが防御用に展開したカボチャの炎と激突するも、拮抗することすらなくフェリスの焔が喰い破る。
舞のような華麗な魔力からは想像できない圧倒的な力強さで敵の攻撃を強引にねじ伏せる。それがフェリスのバトルスタイルなのだろう。シンプルではあるが、シンプルであるが故に強い。弱点といった弱点が属性による相性ぐらいしかないが、属性相性による不利でもおそらくフェリスは持ち前の魔力量で強引に叩き伏せることも可能だろう。
属性の相性すらものともしない膨大な魔力量と高度な戦闘センス。
誰が言ったかわからないが、『神に愛されし乙女』の通り名は伊達ではない。
ソウジやエリカがいなければ間違いなく彼女は現時点でのレーネシア魔法学園……否、五大陸含めてすべての魔法学園に所属する生徒の中では最強だっただろう。それどころか、もはや学生のレベルを大きく超えている。
「むゥッ……!」
おそらく、今もっともそれを感じているのは敵として目の前にいるメラドだ。
フェリス・ソレイユという少女の神に愛されているとしか思えないほどの才能と力を叩きつけられているのだから。だが、味方としては頼もしいことこの上ない。
(捉えた!)
クリスもフェリスの勝利を確信した。あとはフェリスの一撃が完全に敵の魔眷を破壊するだけ――――、
「……成程」
刹那。
メラドの眼がギラリと怪しく光る。
「流石はエリカ・ソレイユの妹ということか。ならばこちらも、本気でいこう」
フェリスの一撃がメラドへと到達する直前、黒い結晶を自分の体に突き刺したメラドが、黒い嵐に飲み込まれた。
邪結晶。それが意味するところは邪人への変身。ソウジやライオネルのような『鎧』や『光属性』の魔力を持たない者に対する圧倒的な優位を持つ。
彼女がここでとれるのは変身し終える前に倒すという選択肢。が、焔の一撃は黒嵐に弾かれてしまう。止めることは、できない。
「フェリスさん、下がって!」
「ッ!」
叫ぶと、フェリスは口惜し気に距離をとる。ここで仕留めきれなかったのは痛い。
今ならわかる。あの邪結晶の力はソウジやライオネルのまとう『鎧』と近しいものだということが。あれを使えば防御力を含めた全体的な能力が格段に向上する。そのうえ、厄介な再生能力まで持ちはじめる。
嵐が切り裂かれ、邪人と化したメラドが姿を現した。頭部はさきほど浮遊していたカボチャになっており、首から下は黒いマントに覆われている。全身が黒い炎がメラメラと燃え盛っており、外から判断できる魔力量も格段に上がっている。内部に秘めているのはもっと多いだろう。
「ここからは我のターンといこう」
ボッという音がしたかと思うと、メラドの姿が消えた。かと思えば、隣に現れる。気がついた時には遅い。メラドは拳に黒炎をためて攻撃態勢に入っている。フェリスが咄嗟にできたのは『最輝星』によって生まれた膨大な焔の魔力を剣にまとい、防御に回すことだけ。
拳が焔に激突する。直後、襲い掛かる衝撃によってか吹き飛ばされそうになるが、彼女は必死に堪えている。
「ほう、いい反応だ。流石だな。これは入ったかと思ったが」
発せられた言葉が意味するのは、相手にはまだ軽口をたたく余裕があるということ。
対するフェリスは切り札の『最輝星』を破られたらもうほとんど手が残されていないはずだ。
「まだまだ行くぞ。ついてくるがいい」
そっと呟くと、メラドの発する全身の黒炎がゆらめき、姿を消す。
「まさか、『転移魔法』?」
思い当たったのは兄であるソウジが使っている『転移魔法』。あれは黒魔力にしか使えなかったはず。ということは、同じ黒魔力を持つメラドが使えてもおかしくはない。
「いえ、違います。あれは『転移魔法』ではなくおそらく加速魔法の類でしょう。周囲に邪人に変身した敵の気配を感じます。周囲を視認できないほどの超スピードで動き回り、攪乱しているようです」
フェリスの口から出てきたのは別の結論に対し、正解を示すかのようにメラドの声が周囲から聞こえてくる。
「正解だ。しかし、解ったところでどうする?」
言うと、邪人化したメラドが牙をむく。感覚を研ぎ澄まし、何とか攻撃の気配を察知するとそこに合わせて雷の魔力をまとったレイピアで防御する。重い一撃に体のバランスを崩してしまい、崩したところを突くように追い打ちをかけてくる。
かろうじて防御ができているものの完全に攻撃を防ぎきっているわけではない。体にダメージは徐々に蓄積されている。翻弄されるように体をフラフラとしながら超スピードで攻撃をしかけてくるメラドになす術もなくなってしまっている。
このままでは、負ける。
「クリスさん!」
フェリスがフォローに入ろうとするが、先ほど展開していたカボチャの移動砲台を八つも出現させ、フェリスのフォローを防ぐ。見た目は同じだがパワーが明らかに強化されている。
「邪魔です!」
八方向からの猛攻を瞬時に見切り、捌き、本体を直接叩こうと魔力を練るフェリス。
紅蓮の剣がフェリスの心に呼応するかのように焔が燃え上がり、黒炎すらも焼き尽くさんと力を高める。
「破壊しようとしても無駄だ。これは邪人化した我と同じく再生能力を持つ」
メラドの警告を無視し、フェリスは移動砲台に刃を振るう。メラドは嘲笑を漏らしたが、クリスの目には信じられないことが起こった。
「――――――――ッ!」
移動砲台はフェリスの振るう焔剣に切り裂かれ、再生することなく爆ぜて消えた。偶然ではない。多方向からの同時攻撃を華麗にかわしながら焔のドレスをまとった乙女は次々と移動砲台を蹂躙していく。刃を振るうたびに火の粉が舞い、女神が踊る舞台を引き立てる。
「なっ!?」
驚愕するメラドをよそにクリスの中に一つの答えが自然と出てきた。
フェリスたちイヌネコ団のメンバーはソウジの『最輝星』を安定させる術式を完成させるための儀式を行ったという。おそらくその儀式の影響で『星遺物』を通じてソウジの『鎧』の力とフェリスたちの星眷がリンクしたのだ。
邪人や魔人、魔王に対抗できるのは『白魔力』と『鎧』の力だけ。
それらとリンクしているフェリスたちの星眷は、今や目の前の邪人にも対抗できる。
これが、もうソウジを一人にさせないと誓ったフェリスたち『イヌネコ団』の新しい力。みんなで戦う力だ。
(わたしも……負けて、いられない……!)
クリスはソウジの『星遺物』と術式を通じてリンクしていない。
故に、邪人と化したメラドにいくら攻撃してもダメージを与えられない。それだけじゃない。敵はさきほどよりも強化されている。負けるかもしれない。死んでしまうかもしれない。
けど、それがどうした。
敵が強くなったからなんだ。そんなものは引き下がる理由にはならない。
攻撃が通じないからなんだ。そんなものは引き下がる理由にはならない。
たとえどれだけ敵が強くてもソウジは引き下がらなかった。魔王と戦った時だって、一人で強大な敵に立ち向かった。だから、自分が引き下がるわけにもいかないし、引き下がる理由なんてない。仮に同じ状況にソウジがいたら、攻撃が通じないからといって逃げ出すことはない。絶対に。
クリスが世界一大好きなお兄ちゃんは、そういう人だ。
そんなお兄ちゃんの助けになりたい妹として自分ができることは、ここで戦うことだけだ。
「ッ…………!」
クリスの覚悟に呼応するかのように星眷が魔力を爆発的に高めていく。雷が迸り、体を覆っていく。
脳裏を過るのはソウジがバウスフィールド家から追放された日。儀式場から逃げ出していく兄を前に何もできなかった。手を伸ばしても届かなかった。そして、兄が死んだと、知らされた。
後悔して後悔して後悔して、いくら後悔しても足りなくて。
でも、ソウジは生きていた。奇跡が起きたと思った。同時に、もうあの時のような後悔したくはないと思った。
やっと戦える。やっと同じ場所に立てた。あの日届かなかった手は、もう届く。
だから。
「――――――――『最輝星』ッ!」
ここで負けるわけには、いかない。
本日、書籍版「黒の星眷使い」の第一巻が発売です!
7、8万字以上の大加筆と新規書き下ろしエピソードもあるのでよろしくお願いします!




