第百二十七話 力に変わる信頼
翌朝。
準備を整えた俺たちは例のダンジョンに到着した。とはいっても、まだ整備されたダンジョンではないために正式な入口は存在しない。あるのはリーナさんが落ちたであろう大きな穴だけだ。見張りがいないか陰から確認してみたが、どうやら誰も見張りについていないらしい。怪しい人影も魔法も見当たらない。
ちなみにライオネルとルナ、ユーフィア様は隠れ家の方に置いてきた。『巫女』である二人を連れていくことは危険を伴うし、護衛にライオネルをつけたというわけだ。それ以外にも、理由はあるけど。
「ソウジくん、ライオネルさんをルナとユーフィア様の護衛につけたのは何か考えがあってのことですか?」
ダンジョンに突入する数分前。各々がコンディションなどを含めた最終確認を行っている際、フェリスがじっと俺の目を見つめながら問うてきた。確かに、ライオネルを護衛につけたのは俺の判断だ。そこに何か意図があるのだとフェリスは察したのだろう。それは……正解だ。
「ん。まあ、もしかしたら魔人と戦うことになるかもしれないからな。今のライオネルと魔人……特に赤の魔人と会せるのはまずいと思って」
「どうしてですか?」
「それは…………」
ライオネルとユキちゃんの両親は赤の魔人ロートに殺されている。だが、それをまだみんなには伝えていない。タイミングを逃したとも言えるし、言い出しづらかったのもある。ライオネルがユキちゃんに秘密にしておきたいということからか、ライオネルから他のみんなにも伝えていない。だから、俺が勝手に言っていいのかという迷いもある。
でも……逆に、このまま黙っていてもいいのかという迷いもある。いや、黙っておくとまずい気がする。赤の魔人が現れた際のライオネルは冷静さを失い、怒りに心を支配されてしまう。当然だ。親を殺した張本人なのだから。でも、だからこそ一人で抱え込んでいたら……学園祭の時の俺のようになってしまう。
「ソウジくん?」
「……ん。話すよ」
フェリスやみんなならば大丈夫だという信頼もあり、俺は彼女に赤の魔人がライオネルとユキちゃんの両親を殺した張本人だということを話した。勝手に話して悪いとは思ったが、どうにも悪い予感がするのだ。
「なるほど……。確かに、それだと今はライオネルさんを待機させておいたのは正解なのかもしれません」
「ああ。それに、何か嫌な予感がするんだ。このままライオネルを赤の魔人と戦わせていたら……よくないことが起こりそうな気がする」
「ソウジくんがそう言うのなら、もしかすると本当に何かあるのかもしれません。ライオネルさんとユキちゃんは勇者様の血を色濃く受け継いでいるそうですし、ソウジくんの前世は勇者様だったんですから」
「その勇者『様』っていうの、なんかむずがゆいな。そりゃ、前世の俺と今の俺は別人って考えてるんだけど、それでもな」
俺は別に勇者様なんてガラじゃない。師匠の弟子であり、イヌネコ団のソウジでじゅうぶんだ。
「どちらかというと、今は『黒騎士』さんですもんね?」
フェリスがいたずらっこのような笑みを浮かべる。
「う……それもそれでちょっと恥ずかしいな……」
そもそも『黒騎士』って俺は別に自分から名乗っているわけじゃないからな。むしろ周りが勝手に呼びはじめただけだ。……思えば、勇者という称号も、もしかしたらそうなのかもしれない。勇者たちにはそれぞれ『勇者』ではなく自分の名前があったはずなのだから。
「ところで、ソウジくん。赤の魔人のことはどうしましょう。みんなにも?」
「うん。とりあえず、言っておいた方がいいのかもしれない。余計なお世話かもしれないけど、一人で抱え込まない方がいい気もするし。でも、ユキちゃんにはまだ知らせない方がいいかもしれない」
俺とフェリスは、一人ピリピリと緊張した面持ちのユキちゃんへと視線を向ける。
今回のダンジョンにはユキちゃんも連れていくことになった。というのも、ライオネルが止めたもののユキちゃんは自分から志願したのだ。連れていくにしても、足手まといにはならないだろう。何しろユキちゃんは回復魔法の使い手だし、未知のダンジョンの内部を進むことを考えるとむしろ回復要員は貴重な存在だ。
「わかりました。では、折を見てわたしがみんなに話しておきます」
「ありがとう、フェリス」
と、フェリスとの会話がひと段落した辺りでケイネスさんがみんなを呼び集める。
「では、確認します。ダンジョン内部におけるリーナさんの救出ですが……まずは班を四つに分けます。まず第一班はオーガストさん、ユキさん、レイドさん、フレンダさん。第二班はクリスさん、フェリスさん。第三班はクラリッサさんとチェルシーさん。第四班は我らとソウジさん。ダンジョンへは第一班から順番に突入する形となります」
ケイネスさんの言葉に俺たちは全員しっかりと頷く。
「ダンジョン内部の事故によって爆破された箇所は、大部分が自然修復されています。おそらくダンジョンの持つ性質でしょう。現在、修復が終わっていないのはこの入り口となっている大穴と、その下の階層のみです。下の階層は四つのルートに分かれているので、班を四つに分けてリーナさんを探すことになります。以上が今回の概要ですが、よろしいですか?」
打ち合わせ通りだ。すでに承知していることを示すために俺たちは再度、頷く。
「目標はリーナさんの救出です。リーナさんを発見したらこのレイドさんが作った魔道具で他の人に知らせてください」
ケイネスさんが取り出したのは木で作られた札だ。レイドが作った魔道具であり、魔力を通すと他の札が発光するという仕掛けがある。あまり複雑な術式や機能の魔法がかかった魔道具を使用してもダンジョンの内部では発動しないケースがある。だが、この魔道具はそれぞれに通路ができており、発光程度の簡単な術式ならばたいていのダンジョンで使えるはずだ。
ざっくりと現代日本的に説明すると術式が複雑だったりなまじ魔法効果があるものだとデータ容量が多くなり通信が遅くなるが、術式や効果がシンプルなほど容量が軽くなって通信も良好になるというわけだ。
「では、行きましょう。既にかなりの時間が経っています。一刻も早くリーナさんを助け出さなければ……まずは第一班の方、お願いします」
ケイネスさんの呼びかけに応え、オーガスト率いる第一班が進み出る。
「気をつけろよ」
「フン。誰に言っている」
「ん。そうだったな」
「…………そっちも、気をつけろよ」
「もちろん」
それだけの言葉を交わすと、オーガスト率いる第一班が穴の中に突入した。
「ふむ。どうやら中は特に異常がないようですね」
と、ケイネスさんが青く発光したレイドお手製魔道具札を見ながら呟く。
レイドが作ってくれたこの札は発光パターンがいくつかあり、赤く光ればリーナさんを発見したという意味で、青く光れば異常なしという意味だ。第一班のメンバーとして最初に突入したレイドたちが中の様子を伺い、札を青く発光させたさせたのでとりあえず今はまだ異常なしということになる。
「では第二班の方、お願いします」
次に前に進み出たのは、フェリスとクリスのコンビである第二班だ。
「では、行ってきます。ソウジくん」
「兄さんも、お気をつけて」
「二人も気をつけてくれ」
「はいっ」
「もちろんです」
フェリスとクリスは頼もしく返事をしてくれると、ダンジョンの中へと飛び込んでいった。次に、クラリッサとチェルシーのコンビが自信たっぷりと歩みでる(特にクラリッサ)。
「じゃあ、行ってくるわ。みんなもだけど、ソウジも気をつけるのよ。わたしたちがいないからって無理しちゃだめよ」
「……クラリッサ、珍しく素直」
「わ、わたしはいつだって素直よ!」
「……それもそうかも」
うん。確かにクラリッサはいつだって素直な気がしなくもない。主にわかりやすいという意味で。
「と、とにかく! 行くわよチェルシー!」
「……りょーかい。じゃあねソウジ。帰ってきたらたくさんなでなでしてね」
「え、ちょっ、チェルシーだけずるいわよっ⁉」
最後にサラッと変な約束を取り付けられつつ、チェルシーがクラリッサの手を繋いで一緒に降りて(落ちてという方が正しい気もするが)行った。……なんというか、この二人はいつも通りだな。
「下の様子は……どうやら、異常はないようですね。では、我々も行きましょう」
「了解です」
エドワードを含めた、ケイネスさん率いるエルフの騎士たちが装備を整える。準備は万端。
みんなに続いて俺たちも穴の中へと進もうとしたその時、
「悪いが、それ以上の人員は必要ないのでなァ」
聞き覚えのある男の声。一瞬で魔力を引き上げると、土属性の魔力で形作られた弾丸が茂みの奥から放たれた。俺はすぐさま『アトフスキー・ブレイヴ』を眷現させ、弾丸を斬り飛ばす。切断した弾丸に込められていたのは高密度の魔力塊。感じるザワつきは間違いない。
魔人だ。
それも土属性ということは黄の魔人、
「ゲルプ!」
「久しいな、黒騎士よ。前回の学園ではラヴァルスード様の邪魔をするわけにはいかず、ただ見物することしかできなかったからなァ」
ニタリと笑う黄のローブをまとった男が、森の奥から姿を現した。
「ソウジさん、この者が例の……」
「ええ。こいつが魔人です」
予想はしていたが、まさかこのタイミングで姿を現すとは思わなかった。逆に言えばなぜこのタイミングなのかだ。ダンジョンの中で分断した方がゲルプにとっても有利なはずだ。
そんな俺の疑惑を読み取ったのか、ゲルプはせせら笑いながら全身から怪しげな黄色に輝く魔力を放出する。
「まあ、ダンジョンの内部にはエリカ・ソレイユがいるからな。下手に連携がとられると厄介とも言える。それに加え……そこは、ロートの部下の戦場だ」
「……ッ!」
やはり、『再誕』のメンバーが今回の事故に。いや、それだけじゃない。ダンジョンそのものに潜んでいるということは……みんなが、危ないッ……!
「さあ、仲間の危機だぞ『黒騎士』よ!」
言うや否や、ゲルプは人間の姿から歪な鎧をまとった『魔人』へと姿を変える。すると、背後のダンジョンの動きがいきなり活発化した。否、これはおそらくゲルプが土属性の魔法を操りダンジョンの自然回復力を無理やり高めているのだろう。入り口がみるみる塞がっていく。このままではみんなと完全に分断されてしまう。
「エドワード、ケイネスさん、先にダンジョンへ! ここは俺が引き受けます!」
「ッ! わかった!」
「ソウジ、頼んだよ!」
「任せろ!」
あらかじめ装着しておいた『星遺物』に魔力をこめつつ、ゲルプを睨む。あいつは俺にとって仲間が大切な存在だということを知っている。
「いいのか? お前の大切なお仲間がピンチだぞ」
だからこそ今回、こうして分断して仲間の危機だと煽り、動揺を誘っているのだろう。
でも、
「無駄だ。俺は、みんながお前らなんかには絶対に負けないと信じている」
「ほぅ?」
「だから俺が今するべきことは、お前を倒すことだ。いくぜ……『スクトゥム・デヴィル』ッ!」
みんなへの信頼を力に変えて。
俺は、漆黒の鎧をまとった戦士へと変身した。