第百二十四話 賑やかな護衛
「ふぅん。アレが噂の黒騎士白騎士御一行様ってワケ」
ソウジたちの戦いを陰から窺っていたのは、ネルをはじめとした『ヘル・パーティ』の面々だった。先ほどのゾンビの群は彼女が仕掛けたものである。
「確かに報告通り色がポンポン変わってるわね。七つの属性全てを操れるなんて反則もいいとこじゃない」
「フム。これは厄介なのであるな」
「ヒヒヒ。けれど今回、僕たちが相手するのはその仲間たちでしょう?」
「そうよ。だから、さっきの戦闘で仲間たちの実力もチラッとだけど確認したわよ。ま、ガキにしてはやるわね。あくまでも、ガキにしてはだけど」
黒騎士と白騎士たちの相手をするのは上司である魔人の二人だ。自分たちの仕事はあくまでも、愛するロートの邪魔が入らないようにするのみである。
「つーか、もっと本格的に実力をはかりたかったんだけどやっぱダメね。ここで出せる駒はあれぐらいの雑魚で限界だわ」
ネルはじっと走り去ってゆく馬車に視線を向ける。彼らの目的地はわかっている。おそらくあのリーナとかいう研究者に会うのが目的だろう。ラヴァルスードが言うにはやつらは勇者と魔王の歴史について調べていくはずだと聞いていたが……ビンゴだ。
「それで、ウリング。そのリーナとかいう女はちゃんと殺したんでしょうね」
「ヒヒヒ……。それが、思わぬ邪魔が入りましてね。バカなエルフ共を使って、事故を装ってダンジョンの中に突き落とすのが精いっぱいでした」
「なにそれ。たかが研究者一人消すこともできないの? 無能はこのチームにいらないわよ」
愛するロートの足を引っ張るような人材は必要ない。役に立たないならまだしも足を引っ張るような輩はチームメイトであろうと殺すという殺気を込めた視線をウリングに送る。
「で、思わぬ邪魔って? 言い訳なら聞いてあげる」
「……エリカ・ソレイユですよ」
ウリングから忌々しげにこぼれた名前にはネルも舌打ちをせざるを得ない。
「チッ……。なるほどね」
「ええ。あの研究者は直接殺そうとしたんですが、あの小娘が邪魔しに来ましてね。さすがにリラ様と渡り合ったほどの実力者が出てきたんじゃあこっちもそう簡単には太刀打ちできませんよ」
負傷していたとはいえ、最強の魔人リラと渡り合ったあのエリカ・ソレイユが邪魔しに入ったというのならば仕方がない。むしろ事故を装って上手くダンジョンに突き落としただけ上出来だ。
「確か、奴も『巫女』であったと我は記憶しているが?」
「ええ。報告書だとそうね。リラ様は怪しんでいるらしいけど」
「なぜ?」
「さあ。勘らしいわよ。あの人の勘はよく当たるから、バカにはできないけど……そういえば、ターゲットの中にエリカ・ソレイユの妹がいたわね。最初の巫女候補はそいつだったんでしょう?」
「うむ。が、交流戦の際にエリカ・ソレイユが自ら『巫女』を名乗ったというぞ。『星遺物』も使っていたという」
「ふぅん……リラ様じゃあないけれど、確かに気にはなるわね。……まあ、そのことは今は置いておきましょう。それよりもこれからのことよ。やつらの目的にしているリーナ・フェリーがダンジョンに落ちているのなら……やることは簡単よ」
☆
緑の魔人グリューンことユリアは焦っていた。
別にラヴァルスードが自分を殺しにやってきたとか、そういうわけではない。むしろそれに比べればよっぽど平和的な状況にはあるのだが、とにかく焦っていたし、なにより困っていた。
「あ、あ、あ、あのっ。ユリアさん、またお会いできて……光栄、です……!」
キラキラと輝く目でユリア(グリューン)を見つめるのは、アイヴィ・シーエルという一人の少女。
ユリアはアイヴィと一応、知り合いだ。前に一度会ったことがある。その時はルークのコネでサインをもらっただけなのだが、ユリアからすればそれだけの少女ではない。緑の魔人であることを隠しているユリアにとっては後ろめたいことを感じてしまう相手でもあるのだ。
「そ、そう。ありがとう……」
引きつり気味に笑い、純粋無垢な女の子のキラキラスマイルに何とか耐える。どうしてこうなっているのかというと、ユリアは今現在、その活動範囲を他大陸にまで広げるまでのアイドルに成長した。そういうわけで、今回は獣人族の大陸でライブを行うことになったわけなのだが、最近は魔物も活発化してきて物騒だ。ましてや今回は大陸を渡る。強い護衛が必要だ。そこで、学園が崩壊してハッキリ言ってしまえば仕事がなくなってしまったレーネシア魔法学園の生徒会・風紀委員会の実力者たちに白羽の矢がたったというわけだ。ぶっちゃけ、学生とはいえレーネシア魔法学園の生徒会と風紀委員会に所属するほどのエリートたちならば、そこらの中堅冒険者たちよりは強いし安く雇える。
もちろん、アイヴィはあのユリアの護衛ということで即了承し、ついでにルークと、風紀委員会のデリック、アイザック、コンラッドも同行することになったのだ。
「うおおおおお! 見ろよアイザック、生アイドルだぜ生アイドル!」
「そうか。俺は知らん」
「マジかよお前! 今の聞きました!? コンラッド先輩!」
「信じられねェぜアイザック。お前まさか今人気爆発大ブレイク中のユリアちゃんを知らねェなんてよォ……かーっ! モテる男はこれだから!」
用意された馬車の中でわいわいとおしゃべりに興じる学生達にユリアは引きつった笑顔が浮かべるのが精いっぱいだ。
(ていうか、まさか護衛に子供をよこしてくるなんてね)
いくら人手が足りないからと言っても苦笑するしかない……が、『魔人』として見た限りでは、なるほど確かにこのメンバー、腕はたつようだ。噂の『皇道十二星眷』を有する者もいるようだし、星眷魔法の使い手というだけで確かにそこらの冒険者よりは実力があるだろう。
「はいはい、みんなそこまでにしときなよ。これ、仕事なんだからさ」
何故か一番年下であろうルークにまとめられる面々。やや情けない構図ではある。いつもは護衛がつく場合、冒険者にしたってここまで賑やかにはならない。相手も一応はプロだ。『仕事』のラインをきっちりと守った対応を見せてくる(そういうことができる人選をギルド側がしてくれているのだろうが)。ましてや魔人たちといた頃なんて。
そういう意味では、グリューンとしてもユリアとしてもこの賑やかさは新鮮だ。
「いいわよ、別に。こういう賑やかなのは新鮮で嫌いじゃないわ」
「だってよルーク」
「あのねぇ、僕はちゃんと仕事として線引きはきっちりした方がいいって言ってるの。……でも、まあユリアさんがそういうならいいか」
「前々から思ってたが、お前は子供にしてはちょ――――っと真面目すぎる気がするなァ。特に最近は」
「うるさいなぁ。僕だってこれでも『十二家』の一員だからね。前々からこういう仕事はしてるの」
たしかリラが掴んだ情報では、王都が誇る『十二家』の子供たちは幼少の頃より厳しい訓練を受けて、早いものだと魔学舎に通っている頃から家の仕事を手伝っていると聞く。今回のユリア護衛の依頼も、その線から来たのだろう。
「アンタ、まだ小さいのに大変ね」
「ん。そーだよ、大変だよ。特に最近なんか学園が吹っ飛んじゃうし。おかげで授業もストップしちゃってさぁ」
「そうだよなァ……さすがに風紀委員会つっても学園がなきゃ仕事もないから……なんつーか、最近はちょっと寂しいよな」
「いつも隙あらばサボろうとしていたやつの言葉とは思えんな」
アイザックの言葉にデリックが肩をすくめる。
「まあなぁ。失ってはじめて気づく大切さってやつ?」
「後輩よ、その気持ちはオレもわかるぜ。なんつーか、やっぱ学園がねぇとつまんないよなァ」
どうやらその気持ちは皆同じなのか、はぁと学生達はため息をつく。
「……………………っ……」
ズキン、と心が痛む。
できるだけ視界に入れないようにしていた、けれど入ってしまうあの――――破壊された学園が、校舎が脳裏を過る。アレをやったのはグリューンと同じ『魔人』と……魔王だ。
王都を攻め込む際の招集に応じなかったグリューンではあったが……それでも、罪の意識は免れない。
破壊を行い、多くの人々を傷つけた魔人と同じ存在であるということが、今のグリューンには……否、ユリアにとっては苦痛だった。
「あの、ユリアさん?」
「な、なにかしら」
「いえ…………その、なんだか、苦しそうだったので……」
なにこの子もしかして読心術でもあるんじゃないでしょうねと一瞬驚き、表情に現れそうになったがアイドル業で培った営業スマイルで僅かに生じた動揺を捻じ伏せる。
「別に? なんでもないわよ。ただ、ちょっと他の大陸に行くのははじめてだから、不安が顔に出ちゃったのかもしれないわね」
「そ、そうですか。その気持ち、わかります。わたしも他の大陸に行くのは今回がはじめてですから……ちょっと不安です」
「確か、今回行くのは獣人族の大陸だっけ。オレもはじめてだなぁ」
「むしろ、他の大陸に行ったことのあるやつの方が少ないだろ」
コンラッドの言葉は真実である。なにしろ他の大陸に渡るのはチェックが厳しい。今でこそ五大種族間で同盟が結ばれてチェックも少し緩くなったとはいえ、種族間の差別意識は根強いところで残っている部分もある。
(…………そういえば)
獣人族の大陸といえば、獣人族の『巫女』がいると思われている大陸でもある。となれば、いずれは。
(…………魔人も、来るわよね)
自分はラヴァルスードの招集に応じなかった。そしてこれからも、応じるつもりはない。その意思を伝えた瞬間。『グリューン』という魔人はおそらく、裏切り者として消されることになるだろう。
(…………まあ、関係ないけど)
心の中の呟きは強がりか否か。
その答えは、グリューン自身ですら分からなかった。




