第百二十二話 プロローグ
ライオネルが巧みに馬を操り、順調に道を走っている。そういえば、冒険者として外の世界で生きてきたライオネルからしたらこれぐらいのことは必須技能だったのかもしれない。馬車の荷台に揺られながら、俺はぼんやりとそんなことを考えていた。
俺たちは現在、エルフの大陸に向けての旅を行っていた。王都を出てから約一日。ライオネルとユキちゃんが調達してきた馬車に揺られて移動している。大陸間を渡るには船に乗る必要があり、今は港を目指しているというわけだ。
とはいえ、移動手段は馬車ぐらいしかない。徒歩で行くには遠すぎる。星霊天馬じゃ全員を運びきれないし、かといって俺は港にいったことがないから転移魔法でみんなを運ぶこともできない。外の街ならともかく王都からでている公共の馬車を使うと『再誕』に足がつくかもしれない。『十二家』やユーフィア様のところの馬車を使うともっと動きが補足されやすくなる可能性がある。あまり足がつかなさそうな馬車がベストだったのだが、そこでライオネルが馬車を調達して来てくれたというわけだ。
「そういえばライオネル、この馬車はどうやって調達したんだ?」
「ん? ああ、オレとユキがこっちに来る時に知り合った商人がいてな。その人に譲ってもらった」
「その人、交流戦の時にこっちに商売をしに来た人なんですけど、どうやら上手くいったみたいなんです」
「そうそう。いやぁ、よかったよかった。オレたちに飯まで奢ってもらったし馬車にも乗せてくれたし……いい人だったからなァ」
「へぇ……」
なんだか不思議な縁だな。ライオネルを助けた人に、俺たちも今こうして助けられている。
ちなみに荷台の中は魔法で空間を拡張しているのでなんとかこの人数を収納できている。思った以上に旅の仲間が多くなってしまった。
「はぁ、港までどれぐらいでつくのかしら」
「馬に回復魔法をかけて急いだとしても、だいたい三日ぐらいになるな。途中で町や村を三つほど挟むから、そこで休憩するのもいいだろう」
「フレンダ、アンタ詳しいのね」
「任務で何度か利用したことがあるからな。その時は、騎士団の馬を使ったが」
王都を出てから三日、俺たちは港へと到着した。馬車とはとりあえずここでお別れして、業者に頼んで王都にある商人のところまで送り届けてもらうことになった。
港には大きな船が停泊していた。どうやらこれで大陸を渡るらしい。
「大陸間を移動できる手段は今のところこの船を含めて世界で四つだけらしいな」
「……どうしてこれだけなの?」
「さァ……なんでも船に積んでいる特殊な魔道具がなんだとか」
チェルシーの疑問に対して首を傾げるライオネル。
が、そこでレイドが名乗りをあげる。
「オレも調べてみたんだけどよ、この船に積まれている『魔導炉』っつー動力源が世界でまだ四つしかできていないからだな。大陸間の海は魔物の影響でかなり荒れてるらしいからすげぇパワーのある船がいるんだ。普通の船だと一定の海域に入った瞬間にバラバラにされちまうらしい。それと、安全に航海を行うために『魔導炉』から特殊な波動を放出して魔物よけにしてるって話だ」
さすがは実家が魔道具を扱う店のジャンク屋なだけある。レイドは普段からガラクタから魔道具を自作しているし、やっぱりこういうことには興味があるんだろうか。
「ふぅん。じゃあ、その『魔導炉』ってやつをたくさん作ればいいんじゃないの」
「残念ながら、それがそうもいかないのです」
と、クラリッサの言葉にこたえたのはユーフィア様である。
「『魔導炉』の核である『古の心臓』はもともと、わたしたちエルフ族の大陸にある、とある遺跡で発掘されたものなんです。特殊な効果をもつそれは魔力を無限に生み出し、魔物に対する守護の力を併せ持ちます。『古の心臓』を研究して量産を目指して『核結晶』が作られましたが、守護の力までは再現しきれなかったという話です。なので今のところ、四つだけ発掘された『心臓』を組み込んで開発された『魔導炉』を積んだ船は四つしかないんです」
「そういえば、エルフの大陸には色んな遺跡があるんでしたっけ」
「ええ。わたしたちの大陸は研究が盛んに行われています。もしかすると、まだ勇者様に関する歴史で重大なことが眠っているのかもしれません」
なにはともあれ、実際にエルフの大陸に向かってリーナさんという人に会ってみるしかないか。
……俺の前世に関する記憶も、戻るかもしれないし。
俺たちは会話もほどほどに、すぐに船に乗り込んだ。ユーフィア様の力やフリーパスのおかげもあって船に入ることじたいは割とスムーズに済み、まだ先行きの見えない旅のはじまりは順調だった。
☆
主が眠る巨大なクリスタルを前に、赤の魔人ロートは紫の魔人リラの命令に従い、部下を招集していた。
魔王復活のための組織『再誕』。幹部である五人の魔人たちは直属の部下で構成されたチームを有しており、ロートが持つのは『ヘル・パーティ』という名のチームである。炎のように真っ赤な髪を揺らしながらロートは集まった部下たちに視線を送る。
「揃ったか。意外と早かったな」
「この『ヘル・パーティ』、ロート様のご命令ならばいつ、どんな場所でも駆けつけますよ。ええ、それはもうすぐさま。ロートさまの胸の中に飛び込む勢いで」
妖艶な笑みを浮かべる女性、ネルにロートは「おう、そうか」ととりあえず労っておく。もともと、ロートは部下を持つのは苦手なタイプである。どちらかというと自分から暴れたいタイプだ。リラの命令でいやいやこんなチームを作ったに過ぎない。が、この『ヘル・パーティ』はロートに不向きな仕事をさせるためのチームであり、今はそこそこ重宝している。つまらなさそうな仕事だったり、デリケートな仕事だったりを投げているだけにすぎないのだが。
「ヒヒヒ、相変わらずですねぇ、ネル。またロート様に色目をつかって」
「はァ? 黙ってなさいよウリング。アンタ男だからって調子にのってんじゃねーの。ロート様のハートはアタシのモノよ。あぁんロート様ァ、ウリングの極バカが苛めるんですゥ。たすけてくださぁい」
またもやヒヒヒ、と楽しげに笑うウリングをよそにネル(女)はくねくねとしながらロート(女)にすり寄る。ロートにはよくわからない世界だが、どうやらこのネルという部下はロートのことが好きらしい。女が女を好きになることもあるらしいが、ロートとしてはあまりそういったことに興味はない。恋愛なんてどうでもいい。今はただ、燃え上がるような戦いがしたいだけである。だから逆に言えば、ロートとしてはネルが女性の身でありながら女性を好きになろうと関係ないし、そんなことはどうでもいい。仕事さえしてくれていれば口出しはしない。
「ネル、その辺にしとくのである。ロート様が我らをお呼びした理由を聞いておくのである」
「わぁってるわよメラド。クソが……うっさいのよ…………申し訳ありませんロート様。私の部下がまた失礼を……」
相変わらず変わり身早いなオイというウリングとメラド二人の心の中のツッコミもおかまいなしなネル。とりあえずロートは今回、直属の部下である『ヘル・パーティ』を呼び出した理由を説明してやることにした。
「いいか、今回お前らに頼みたいことは一つだ。近々、『エルフの大陸』に黒騎士白騎士パーティ御一行様がやってくる」
「つまり、その黒騎士と白騎士ってやつをぶち殺せばいいんですね?」
「違う。そいつらはアタシの獲物だ。お前らには……黒騎士と白騎士の仲間を殺してもらう。あァ、中には『巫女』もいるからな。そいつだけは生かしておけよ」
今回『ヘル・パーティ』を招集したのはこれが目的だ。『巫女』を殺さないこと。これがロートにとっては難しい。自由気ままに暴れたいだけのロートにとっては一定の誰かを巻き込まずに他を殺すということが難しい。こういう仕事は部下に任せるのが一番である。
「今回も、アタシからお前らに言うことは一つだ――――熱く暴れろ。すべてを灰にしちまうぐらいにな」
自分が望む、熱く燃え上がるような戦いがすぐそばまで近づいていることを感じとる。故に、赤の魔人は笑う。ただただ笑う。最高に楽しくて、熱くて、思わず消し炭にしてしまいそうになるぐらいの戦いを夢見て。