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黒の星眷使い ~世界最強の魔法使いの弟子~  作者: 左リュウ
第七章 オーバーブレイヴ
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第百十九話 魔王と勇者と巫女の物語

【お知らせ】

書籍化情報について活動報告を更新しました!今回は出版レーベルの発表です!

↓詳しくは活動報告にて!

http://mypage.syosetu.com/mypageblog/view/userid/146332/blogkey/1248619/

 師匠は以前、こう言った。


 ――――今、あなたたちにすべてを教えることは出来ないわ。理由は話せないけれど。それでもいいのなら、教えてあげる。


 すべてを話せなかった理由。俺たちをラヴァルスードとの戦いに巻き込みたくなかったから。きっと師匠達『七色星団』とあの魔王との間には俺たちの知らない何らかの因縁があるのだろう。それに俺達を巻き込みたくなかった。


「ソフィアさんたちは前回話してくれた『巫女』のこと以外にも、まだ何か知っていたんですか?」


 フェリスの問いにフィーネさんは静かに頷いた。


「ええ。元々、あの魔王と私たちは因縁がありますから」

「むかーし、むかしに魔王の復活計画を挫いたのよねぇ」

「その時に呪いを浴びちゃって今はこの通り、体の成長が止まっちゃったんだよねー」


 ブリジットさんの言葉で合点がいった。だから師匠は百年以上も生きているのにこうやって若い体を保っていたのか。魔王の呪いによって。てっきり何らかの魔法を使っていたのかと思っていた。


「さっきも言ったけど、あなた達にすべてを話すということは、あなた達を戦いに巻き込むということ。既に魔人と戦っている以上、いつかはこうなるかと思っていたけれど、できればこうなってほしくなかった。あなたは魔王のことになんか関わらず、自分の幸せを持ってほしかった」

「師匠……」

「ソウジ、あなたにあの『星遺物』を託したのも、あなたが自分の力の真実を知り、受け入れて、前に進む時がくると思っていたから。その時のあなたの力になって、後押しができればと思った。でも……あなたは結局、魔王と戦う道を選ぶのね。あなたのことを知った時から、こうなる予感はしていたけど……それでも私は、あなたに……」


 師匠は悲しそうに目を伏せる。師匠はいったい、何を知っているのだろう。

 脳裏を過るのは、魔王との戦いのあと流れてきた女の子の記憶。あれが何なのか、師匠は知っている?


「ソフィア……」

「分かってる。ちゃんと話すわ」


 俺は、こんな風に悩む師匠をこれまで見たことがない。魔王に呪いをかけられ、魔法を奪われた時すらここまで悩んでいなかった。いったい師匠は、何を――――?


「ソウジ。まず一つ確認しておくけど……あなた、前世の記憶はどこまで思い出したの?」

「――――ッ!? な、んで……?」


 俺は師匠にはまだ、自分が転生者だということは告げていなかったはずだ。信用していなかったわけじゃない。ただ……心の整理がついていなかったというのもあるし、それ以上に師匠と暮らす生活が楽しかった。だからこそ、俺が転生者ということを話すことで何かが変わるかもしれないと思うと、怖くて言い出せなかった。師匠は信じることができても、やっぱりあの頃の俺は、俺自身を信じることができなかったのだ。


「知ってたわ。ずっと前から……あなたがはじめて星眷魔法を眷現させた時から」

「て、転生者? ソウジが?」

「それって……前世の記憶があるとかそういうことか? ソウジ、本当なのか?」

「うん……。前世の記憶は後から思い出したことだけど」

「マジで!? うわぁ、すっげぇ……」


 クラリッサやみんなが目を丸くしている。……まあ、普通はこうなるよな。でも師匠はもとよりフィーネさんたち『七色星団』のメンバーは既に知っているのか、特に驚いた様子はない。


「驚くことでもないわ。あまり知られていないことだけど、勇者様のいた時代から転生者というものはいたらしいもの」

「そ、ソウジくんが転生者ということは……分かりましたけど、でも、星眷を眷現させただけでどうして分かったんですか?」

「簡単よ。ソウジの一つ目の星眷は『アトフスキー・ブレイヴ』。『ブレイヴ』という固有名を持った星眷はかつて――――勇者の持っていた星眷の固有名と同じものよ」

「おい、まさか、それって…………」


 ライオネルが俺達の中でいち早く気付く。ワンテンポ遅れて俺もさきほどの『転生者』という話題と『勇者』というワードから一つの真実を導き出した。

 フェリスやみんなもどうやら察しがついたらしい。ハッとしながら俺に視線を集中させた。


「ソウジ。あなたの前世は……かつて魔王ラヴァルスードからこの世界を救った勇者よ」

「俺の前世が……勇者……? でも俺にはそんな覚えがないですよ……?」


 前世の記憶が蘇ったのは師匠と出会う少し前。ドラゴンに体を食いちぎられ、魔王の力である再生魔法が発動した時だ。俺はただの普通の学生だったはずだ。この世界に来て勇者となり、魔王と戦った記憶なんて――――、


「あっ……」

「そうよ。あなたはラヴァルスードとの戦いの中で過去に起きた勇者と魔王の戦いの記憶を見てたはず。……いいえ。どちらかというと、思い出したという方が正しいかしら」

「でも、あれが過去の、俺の前世の、勇者様だった時の記憶? でも俺は勇者様たちが戦っているのを見ていたんですよ?」

「あなたは客観的に、魔王と勇者の戦いを見ていた。そう言いたいのね?」

「…………はい」

「じゃあ、質問を変えるわ。あなたからの目で見て、勇者は何人いた?」


 師匠に言われ、俺はあの時の記憶を思い返す。


「三人です」


 俺が言うと、ライオネルをはじめとしたイヌネコ団のみんながハッとした反応をする。まるで何か決定的な事実に気づいたかのような。


「過去に存在した勇者は全部で四人よ」

「…………ッ!」

「でも、あなたが見たのは三人。なら、答えは一つ。ソウジ、あなたが見た過去の戦いの記憶は勇者としてのあなたから見た視点だったからよ」


 そうだ……あの時見た勇者様は確かに三人いた。それに、白い鎧をまとった勇者様は……見ていない。俺が見れたのは、腕や脚といった部分的なところだけ。それはそうだ。鏡でも使わない限り、自分の顔は自分には見えない。


「俺が……過去に存在した勇者……?」

「そう。あなたの前世は勇者。あなたにその記憶が部分的にしかないのは、まだ完全に思い出していないから。前世の記憶が部分的に蘇ったのはおそらく、あなたの中にある鎧……魔王の力である再生能力が発動し、あなたの中に眠る勇者の力を刺激されたせいなのかもしれない。ソウジ、ラヴァルスードとの戦い以外にも、勇者の時の記憶を思い出したことはあるかしら」

「そんなこと言われても…………」


 勇者の記憶なんてほとんど覚えがない。……だけど、


「…………女の子を、見たことがあります。俺にこの鎧の力を託してくれた女の子のイメージが」

「それもおそらく、勇者だった頃のあなたの記憶。鎧の力をラヴァルスードの姉から受け継いだ時のものよ。それは、どんな時に見たの?」

「交流戦の時、魔人リラにふっとばされて、重傷を負って、再生能力が発動した時に……」

「……やっぱりね。魔王の力の一端である再生能力が大きく働くと同時に、勇者の魂が刺激され、記憶が部分的に蘇ったのかもしれないわね」


 そうか……。だから俺がバウスフィールド家から追放されてドラゴンに食い殺された時に発動した再生能力や、リラにやられて死んでもおかしくないほどのダメージを受けて再生能力が発動した時だけ記憶を思い出したのか。ラヴァルスードと戦った時に記憶が蘇ったのも、ヤツの持つ魔王の力に俺の勇者としての魂が刺激された結果。最後に見たルナに似た女の子の夢……否、記憶も、ラヴァルスードとの戦いの影響か。


「そっか……じゃああれは、勇者としての俺の前世の記憶だったのか……」


 こうやって思い出していくと、不思議と納得がいった。どうしてだろう。師匠の話が嘘だとも思えないし、さっきに比べると別段ショックでもなんでもない気がする。


「じゃあ、俺が星眷を二つも持っているのも、前世が勇者だからですか?」

「そうね。正確には、魔王と勇者の力を二つ一緒に受け継いでいるということ」

「そうだったんですか」

「そ、ソウジ…………アンタ、やけに素直に納得してるわね……」

「…………しょーじき、急すぎてこんらん」


 クラリッサとチェルシーの言うことももっともだ。自分でもおかしいぐらいに納得できてしまっている。


「いや、なんでだろうな……最初は混乱してたんだけど……前世が勇者なんだって言われて、色々とこれまでのこと整理してるとさ。なんか、こう……勇者だった自分に、違和感がないんだよ。うぬぼれとかじゃなくて。すとんって綺麗に収まったっていうかさ。なんだろう、これ……」

「そりゃあ、ソウジの前世が本当に勇者だったからだろ」


 けろっとした顔で告げたのは、ライオネルだった。


「お前の心の中にはまだ勇者としての魂が残っていて、それが星眷ってカタチに現れてて、これまでずっと使いこなしてきたんだ。記憶の件だって、あるべきところにあるべきものが収まったってだけだ。そりゃ違和感なんかねぇよ」

「ライオネル、お前も随分と冷静だな……」


 オーガストの言葉にライオネルはぼりぼりと頭を掻く。俺と同じように、自分でも戸惑っているのだろう。


「なんだろな……不思議なことにオレも違和感ねぇんだ。ソウジが勇者ってことにさ」

「あの……実は、わたしも……」


 おそるおそるといった様子でユキちゃんも手を挙げる。


「それはたぶん、あなたたちの中に流れる勇者の血がそうさせているのよ。わたしもあなた達と同じだったから」

「はい?」

「それって……」

「だってわたしも、勇者の子孫だもの」

『えええええええええええええええええええええええええええええええ!?』


 けろっとした顔でとんでもない爆弾を投下してきた師匠に、俺も含めた全員が驚いた。ていうか叫んだ。流石に『七色星団』のメンバーは知っていたのか同じようにけろっとした顔をして……あ、いや、フィーネさんは頭が痛そうにしている。きっと師匠には学生時代から振り回されてきたのだろう。


「言ったでしょう。わたしは全ての色の魔力を使えるって。白魔力も使えるってことは、そういうことよ。まあ、私自身、自分が勇者の子孫だって知ったのはかなり後になってからだけど。何しろ私の両親は自分達が勇者の子孫だって知らなかったみたいだし……まあ、それにしては酷い人たちだったから、さすがの私も自分の血を疑ったけどね」


 そうだ。師匠が七色すべての魔力を使えると分かった時点でそう考えるのが自然だ。どうして今まで気がつかなかったんだろう。


「ソウジ。あなたを見た時、私は不思議な感覚がしたわ。なぜだか分からないけど……懐かしい感じがした。同時に、私はあなたに昔の自分を重ねていたの。でも、これだけは覚えていて。あなたは私にとって救いであると同時に……大切な宝物よ。前世が勇者だったとしても、そんなことは関係ない。ソウジ・ボーウェンは、私の唯一の弟子なんだからね」

「ありがとうございます、師匠。分かってます、俺は俺です。前世が勇者だったとしても、今は違います。俺はソウジ・ボーウェンで……師匠の弟子で、イヌネコ団の一員です。勇者なんて大仰な肩書はいりませんよ」


 俺はそう言うと、師匠がどこか安心したような笑みを浮かべていた。きっと師匠も心配だったんだろう。俺の前世をあらためて理解させることで、俺が自分の前世と向き合えるのかどうか。ちゃんと受け入れることができるのかどうか。

 正直、少し前の俺なら危なかっただろう。きっと混乱して、たくさん悩んだはずだ。でも、今は違う。みんなに支えられて『ブレイヴモード』に変身したことで俺の心の中で色々なものが一気にすっきりしたのだと思う。今なら素直に自分の前世を受け入れることができる。……まあ、まだ色々と思い出していないからこれから向き合っていくことになるんだろうけども。でも、みんなが支えてくれるというだけで大丈夫な気がする。


「……まっ、そりゃそうだよな」

「ふふっ。ですね。ソウジくんはソウジくんです」

「レイド、フェリス……ありがとう」

「フン。まあ、ソウジがそういうスタンスなら僕も遠慮なくこれまで通り接することができるな。内心ヒヤヒヤしたよ。これから君のことを勇者様と崇めなければならないのかとね」

「オーガスト、アンタって本当に分かりやすいわね……」

「……久々のツン。でも顔がデレてる」

「う、うるさい! 誰がデレてるというのだ!」


 顔を真っ赤にして怒るオーガストに俺はどこかほっとした気持ちになった。みんながこうして俺を受け入れてくれるからこそ、今こうやって落ち着いていられるのだろう。


『……………………』

「……ルナ? ユーフィア様?」

「あ、は、はい」

「な、なんでしょうか、ソウジ様」

「いや、ぼーっとしてたから……どうしたのかなって……って、まあ当然か。さっきから色々と急すぎるし」

「そ、そうですね。頭がパンクしてるのかもしれません」

「……ただ……」

「ただ?」

「わたし、ソウジさんの前世が勇者だって言われて……特に、何も思わなかったんです。まるで、最初から知っていたみたいな……変ですよね。わたしがソウジさんと知り合ってからまだ一年も経っていないのに……」

「ルナさんもですか? わたしも、実はそうで……えと、ソウジ様が黒騎士様だったり、それどころか勇者様だったり……色々と事情が見えなくてついていけないはずなんですけど……どうしてでしょう」


 ルナとユーフィア様はどうやらそんな自分の心に戸惑っているようだ。きゅっと胸の前で小さく手を握りしめる。

 師匠はそんな二人の様子を見計らったかのように、話題を戻した。


「前置きが長くなってしまったわね。ソウジの前世はかつてこの世界を救った勇者の一人……その前提を知ってもらった上で話しましょう。魔王と勇者と、巫女の物語。ラヴァルスードが二代目の魔王として君臨してしまったところからすべてははじまったわ」

「ラヴァルスードが……二代目? じゃあ、先代がいたんですか?」


 フェリスの問いに師匠は静かに頷いた。


「ええ。元々、彼には一人の姉がいたの。その姉が初代魔王。彼女の収める魔族の大陸は自然豊かで他の種族に対しても友好的だった。生まれつき高い魔力を持った魔族たちはその力を平和のために振るったわ。でも……ラヴァルスードは違った。彼はただひたすら力を欲し、支配を欲した。すべてを己が物にしたいと願った。そして彼は…………姉を倒し、力づくで魔王の座についたの。だけど彼はすべての魔族を支配したところで、満足しなかった。世界のすべてを彼は欲した」

「それで、戦争を起こした……?」

「そう。彼は魔族を瞬く間にまとめあげ、軍隊を作り、他の大陸へと侵略を開始した。みんなが知っている、『百年戦争』のはじまりよ」


 かつて起こった、百年にも及ぶ二度の大きな戦争。すべての発端が、ラヴァルスードにある。


「ラヴァルスードによって王座を追われた姉は殺されたと思われていた。でも、本当は生きていたの。彼女は心優しい人で、姉として弟であるラヴァルスードの所業に心を痛めていた。だけど彼女には希望があった。自身に宿った『巫女』の力と、別世界の存在という希望が」

「…………初代魔王が、『巫女』?」

「それに別世界の存在って……」

「うふふ。チェルシー、クラリッサ。そう焦らないの。まだまだ昔話ははじまったばかりなんだからぁ」


 チェルシーとクラリッサのリアクションに対してディアールさんはころころと笑っている。なんていうか、この人もやっぱり師匠の友達なんだな。独特なペースの持ち主っていうか。


「人間、エルフ、獣人、ドワーフの四つの種族は魔王を倒すために星神を創り、星眷魔法を生み出した。この世界そのものの術式に干渉して生まれた星神はやがて自我を持ちはじめた。そして星神は悟ったの。今のままでは、四つの種族は魔王を倒すことができないと。だけど自分ではどうすることもできない。ただ星眷魔法を生み出すためのシステムでしかない存在には。考えた星神は、自身の力を地上にいる少女たちに分け与えたの。それが『巫女』。星神より魔王を倒す力を託された少女たち。その中の一人が、ラヴァルスードの姉だった」

「魔王の姉が『巫女』という存在で……魔王を倒すために勇者様と一緒に戦ったということでしょうか?」

「正解です、ユーフィア様」


 フィーネさんがこくりと頷く。……そういえば、ユーフィア様はまだ自分が巫女ということを知らないはずだ。それなのに平然と話を受け入れている。もしかすると、前世の影響なのかもしれない。ルナの時とは違うのはなぜだろう。……俺がブレイヴモードへの変身を行い、勇者としての力を高めたことで他の巫女にも影響が?


「『月の巫女』。彼女はそう呼ばれていたそうよ」

「確か、ソフィアさんが以前に仰っていた。『太陽の巫女』、『月の巫女』、『空の巫女』、『大地の巫女』、『自然の巫女』、でしたよね?」

「そう。太陽と月、大地と空。その二つそのものである自然。この世界を形作り、種族を象徴した名前が、巫女には与えられているの。そして、この世界に存在する五つの種族の中で、各種族に一人ずつ巫女は存在する。『太陽の巫女』は『人間族』、『月の巫女』は『魔族』、『空の巫女』は『エルフ』、『大地の巫女』は『ドワーフ族』、『自然の巫女』は『獣人』」

「あれ? 『海の巫女』みたいなのはいないんですか?」

「良い質問ね、レイドくん。さっき言った通り、『巫女』の名前はこの世界を形作るものと、種族を象徴とした名前がつけられているの。今よりも……魔王が生まれるよりも遥か昔。太古の時代。この世界で人間は文明を作り、魔法を創りあげた。まさにこの世界を最初に照らした『太陽』。魔族は、高い魔力を持っていたけれど、その使い方が分からなかった。人間が魔法という『使い道』を作ったからこそ生まれ持っていた魔力が活きた。故に、太陽によって輝く『月』。エルフは最初に『空』を飛び、ドワーフは『大地』を誇りに思い、大地と共に生き、獣人はそういった空と大地という名の『自然』をこよなく愛していた。昔、この世界に海は無かったらしいから、『海の巫女』は存在しないと私たちは考えているわ。それに、元々魔族、エルフ、ドワーフ、獣人はすべて人間から派生した生き物よ。つまりもとはみんな人間だったの。だからこそ、はじまりの種である人間が太陽とされているのかもしれないわ」


 話が逸れたわね、と師匠は再びもとの話に戻る。思わぬところで歴史の勉強ができてしまった。


「……おい、未だ解明されていない『空白の創生時代』をサラッと語られてしまったぞ」

「た、確かまだ王都の考古学者でも色々と研究調査している途中だったはずなんですけど……」

「オーガスト、フェリス。気持ちは分かるが師匠のやることだ。諦めろ」

「さすがはソウジさん。ソフィアとの付き合い方を心得てますね」

「フィーネさん、うちの師匠がすみません……」

「いえ、もう慣れっこですよ……」

 

 どうしよう。いきなりフィーネさんに親近感がわいてきた。きっと百年以上も前から振り回されてきたんだろうな。


「むぅ。とにかく、話を戻すわよ。……ある日、星神から選ばれて『月の巫女』となったラヴァルスードの姉は、同時に『星神』の存在を知った。彼女は人間族の大陸に人間として紛れ込み、ラヴァルスードを止めるための手段を模索した。その途中、星眷魔法と……異世界の存在を知ったの」

「異世界というのは、別の世界からこの世界に召喚された勇者様の生まれ故郷ってこと?」

「ええ。そうよクラリッサちゃん。もっと言えば、前世のソウジの故郷……この世界も、今やその異世界の文化を多く取り入れているわ。そうよね? ソウジ」

「え、ええ。例えば……アイドルとかがそうですね。あと、食文化なんかかなり向こうの世界の影響を受けてると思いますよ」


 勇者としての前世の勘が告げている。召喚された勇者に一人、アイドルオタクがいた。絶対に。


「今やそれだけの影響を受けている異世界だけど、それを最初に発見したのは『月の巫女』よ。彼女はこの世界が別の世界と繋がっていることを知った。ねぇソウジ、前世の記憶を取り戻してから不思議に思わなかった? どうしてこっちの世界の星座の名前が、あなたの世界にある星座と同じ名前なのか。異世界というのならば、星の並びが違ったっておかしくないのに……ううん。そもそも同じ星が浮かんでいるかすら分からないのに」

「それは……言われてみれば。でも、どうして?」

「きっとこの世界は、異世界とは別の可能性を辿った世界なのよ。何らかのきっかけがあって分岐した、いわゆる並行世界ね。言ってしまえば、こっちは魔法が存在した世界というやつかしら。話によると、勇者のいた世界には魔法は無く、科学というものが発展していたらしいわね。その技術の一部は、こっちの世界ではドワーフ族が発展させているけれど……それも、異世界から来た勇者が与えたものだし」


 そういえば、交流戦の時に戦ったドワーフ族の人の星眷魔法や魔道具もやけにメカメカしかったな。


「だから、ライオネルくんが使う『オリオン・セイバー』も勇者の血に残っていた記憶がもたらしたものなのかもね。銃に変形するんでしょう? 銃という武器も元々、勇者の世界にあったものよ」

「へぇ……どーりで。やけにオレの星眷が機械チックかと思ったらそういうことか」


 俺も最初にライオネルの『セイバスター』を見たときは驚いた。この世界で銃を見るとは思わなかったから。同じ射撃系の星眷でもチェルシーの場合は弓だしな。


「『月の巫女』は人間に混じって研究を重ねることで異世界の存在を知った。そして彼女は、巫女の力を使って勇者を召喚するための魔法を創りだした。それが、異世界召喚の魔法よ」

「ということは……魔王を倒す勇者を呼び出すための魔法はもともと…………元魔王が作ったということですか?」


 ユキちゃんの疑問はこの場の誰しもが考えたことで、それを肯定するかのように師匠は頷いた。


「ええ。そういうことになるわね。もちろん、当時の彼女は自分が魔族であることを隠していたでしょうけど……とにかく、召喚は成功。四人の勇者が呼び出された。召喚魔法の力により勇者たちには戦うための力が与えられた……はずだった」

「はずだった、とは?」

「四人のうち一人には何の力も与えられなかったの。他の三人には強力な魔力やその他諸々の恩恵が与えられたはずなのに。召喚魔法の不備ってやつね。それに、いくら世界を救うためとはいえ、何の関係もない人を四人もこちらの世界の都合で召喚してしまった。『月の巫女』は罪悪感に押しつぶされそうになったそうよ。だからせめて、何の力も与えられなかったその子を保護しようとした」


 クスッと師匠は微笑ましげになる。


「ちなみに召喚されてなんの力も与えられなかった子は十代の男の子だったらしいんだけど……『月の巫女』と触れ合ううちに、彼女に惚れてしまったみたいなの」

「良いよね~。なんかこう、青春って感じがして」


 ブリジットさんがうんうんと頷いている。俺はというと、不思議と頬が熱くなってきた。どうしてだろう。


「でもある日、ラヴァルスードは『月の巫女』が生きていることを知った。そこで手下を使って彼女を襲わせたの。ラヴァルスードとの戦いで力のほとんどを失い、回復しきっていなかった彼女はせめて無関係の人や勇者を巻き込まないように一人で逃げようとした。でも追い詰められて絶体絶命のピンチの時……なんの力も持たないはずの、異世界からやってきた男の子が現れたの」

「ど、どうなったの?」

「男の子はラヴァルスードの手下に必死に戦おうとしたけど……やっぱりダメだった。歯が立たなかった。でもその時、巫女は自分の力を……魔王の力を、男の子に託そうとした」

「それって、まさか……!」

「そう。その男の子こそがあなたの前世よ。ソウジ。……男の子は『月の巫女』が魔族であり、元魔王であることや、託す力は魔王の力であることをすべて知り、受け入れたうえで、『鎧』の力を託された。元魔王だとか、巫女だとか、そんなことは関係なく、たった一人で戦おうとする小さな女の子を守るために力を受け継いだの。そしてそれは――――『スクトゥム・デヴィル』は、今もあなたの中で眠っている。ソウジ、その力はね。誰かを傷つけるためのものじゃない。最初から、誰かを守る力だったのよ」


 ……そっか。そうだったのか。


 ――――その力が、あなたを守る盾となりますように。


 今なら分かる。

 あの女の子がこの力を託してくれたのは、俺を守るためだ。

 前世の俺がこの力を受け継いだのは、たった一人で戦おうとする女の子を守るためだ。だから、『盾座スクトゥム』か。大切な人を『守る』ための力。


「……そして、黒い鎧を身にまとった勇者は様々な苦難を乗り越え、仲間を増やし、巫女を見つけ、魔王と戦い、勝利した。だけど魔王は完全には倒されていなかった。星神もおそらくそれを察知していた。だからこそ、巫女を転生させ、次の戦いに備えた。それが――――今の時代。ルナちゃんと、ユーフィアちゃん。あなたたちが、今代の『巫女』よ」


 ユーフィア様は師匠の話を理解していただけに少し驚いている。魔王を倒すために生まれた巫女という存在が、自分の前世なのだという事実に。


「そ、ソウジ様……なぜかわたし、自分が巫女という事実に……不思議と納得してしまっているのですけれども、本当に……?」

「はい。俺もライオネルも、ユーフィア様の持つ巫女の力に助けられたんですよ。覚えていないかもしれませんが」

「そうだったんですか!? あ、でもそういえば……交流戦の……もしかして、あの時に?」

「そうです。あの時はありがとうございました」

「と、とんでもないですっ。むしろこちらこそありがとうございました……」


 顔を赤くしてぺこりとお辞儀をするユーフィア様。そういう態度をとられるとこっちまで恥ずかしくなるというか……。

 などと困惑していると、不意にルナが顔を上げて、師匠を見た。


「あの…………わたしは、自分が『巫女』だということは既に知っています。でも……だったら、わたしは何なのですか?」

「ルナちゃん……」

「わたしは生まれつき魔法が使えません。それどころか魔力すらありません。なのに、どうしてわたしが『巫女』なのでしょう?」

「それは…………」

「いいよ、ソフィアちゃん」


 師匠が口を開きかけた瞬間、ブリジットさんがそれを止めた。


「これは、わたしが言う。元々、そういう約束だったでしょ?」

「……そうね。あなたに任せるわ」

「うん。ありがと」


 ルナの保護者であるブリジットさんも、『七色星団』だ。これまでの流れからすると、きっと何か知っている。……おそらく、ルナのことも。




次回更新は10月3日の0時になります。

本来は次回更新分も一緒に投稿するはずだったんですが長すぎたので分割という形に。


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