第百十六話 ブレイヴモード
遅くなって申し訳ないです。
みんなはこんな俺を受け入れてくれた。支えてくれると言った。
嬉しかった。
俺は正直、まだ自分のことを信じられない。師匠を傷つけてしまったこの手を、師匠が呪いをうける原因となってしまった俺という存在を、信じることが出来ない。
でも、みんなを信じることは出来る。
みんなが俺を信じてくれるというのなら、俺はみんなを信じる。
だから俺は、魔王と同じ力を持つ鎧を身に纏ってここに立つことが出来ている。
「オレを……止めに来ただと?」
ラヴァルスードは既に倒れているライオネルには目もくれず、真紅の瞳を俺に向けて問う。
「面白いことを言ってくれるな、黒の騎士よ。だが、良いのか?」
チラリ、と。ラヴァルスードは周囲へと……炎が燃え盛る、戦場と化した学園へと視線を向ける。
「ここにいる者達は陰で貴様を信用ならない者だと、所詮は黒き魔力を持った敵だと罵った者達だ。貴様も知らないわけではあるまい。そんな者たちの為に戦うのか?」
「……………………」
俺が無言を貫いていると、ラヴァルスードはコツ、コツと一歩ずつ、静かに俺に向かって歩み出てくる。普通に歩いているだけなのに、どこか優雅さを感じるリズムだ。舞台の上に立つ役者のような大仰な仕草で、魔王は語る。
「貴様の身に纏うその鎧はオレと同じ力だ。これでもオレは貴様を評価しているのだぞ? かつての勇者の力を用いているとはいえ、貴様は世界の頂点に立つ、オレの作り出した魔人を幾度も退けている。そこは評価してやるべき点だ。オレはそこら中に、無様に転がっている下等生物共とは違う。敵の力を使っているとはいえ、評価すべき点は評価する。だからこそ問おう、黒騎士よ」
ラヴァルスードはゆっくりと、友好を示すかのように俺に対して手を差し伸べる。
「オレの部下になれ。そうすれば、その忌々しい鎧は砕いても命だけは助けてやろう」
「断る」
即答だった。考えるまでもなく、俺は反射的に『アトフスキー・ブレイヴ』を振りぬいた。白い刃は空気を切り裂きながらそのままラヴァルスードの首を斬りおとすはずだった。が、ラヴァルスードは空いている方の手で白銀の刃を素手で掴み、俺の不意打ちを防いだ。
「…………このオレが手を差し伸べてやったにも関わらず、刃を振るった無礼は置いておくが……理由を聞こうか?」
「悪いが、上司は間に合っていてね。何しろ今の上司はついつい、いじめたくなっちゃうぐらいかわいいから、お前みたいな野郎の勧誘はお断りなんだよ」
「なるほど、な。よく分かった。お前が――――」
ラヴァルスードは先程までの友好的な態度を一変させて、死を髣髴とさせる程、冷たい眼を向け、全身から殺気を迸らせる。ビリビリと鎧越しにも魔王の殺気と魔力が肌を指してくる。
「――――オマエが、どうしようもなく愚かな男であることがな」
「……ッ! ああそうかい!」
俺は剣を素手で掴まれていることを利用し、刃に魔力を走らせる。次はこのまま直接、至近距離で『魔龍斬』を叩き込む!
黒い魔力が集約し、必殺の一撃を構築したその瞬間、
「ッ!?」
全身に得体のしれない、凄まじい圧迫感を感じた。まるで上から巨大な手が俺の体を無理やり押し付けているかのような謎の圧力に逆らえず、俺はがくん、と体勢を崩して地面に膝をつく。ビキッと地面に亀裂が入り、全身が鉛のように重くなる。
「ぐ……!? な……んだ……?」
体の動きが極端に鈍い。手を少し動かすのもやっとだ。鎧が軋み、微かに悲鳴を上げている。鎧が影響を受けているということは、これは間違いなく魔王の魔法攻撃。でもなんだ、この魔法は? いったい奴は、どんな魔法を使っている?
「オレの魔法の前では、あらゆるモノが跪く。貴様も例外ではない。黒騎士よ」
「ッ……!」
「が、どうやら貴様は目上の者に対する態度がなっていない。こういう姿勢は苦しいだろう? 楽にするがいいさ」
間髪入れず、魔王は俺の腹部に蹴りを叩き込む。
「げほっ……!」
その瞬間、圧力はフッと消えて俺は弾丸のような勢いで蹴り飛ばされた。が、ラヴァルスードは転移魔法で先回りし、吹き飛んできた俺の体を容赦なく、ピンボールのように空中に蹴りあげる。そのまま転移しては蹴られ、転移しては蹴られを繰り返し、俺は空中でなす術もなく魔王に蹂躙される。
おまけにただの蹴り一発一発が、とてつもなく重い。以前、王都の街中で戦った時は遊びだったのか。いや、今はそれより、このままじゃまずい。何とかしないと……!
「ぐ……!」
俺は痛みに耐えながら、蹴られた直後にかろうじて転移魔法を発動することに成功する。地上に転移し、呼吸を整える。畜生、人をサッカーボールみたいに蹴りまわしやがって。
「どうした、休憩にはまだ早いぞ?」
「ッ!」
しかし、転移魔法を使えるのはあちらも同じだ。ラヴァルスードはまだ遊び足りないのか再び俺を蹴り飛ばそうとしたが、咄嗟に『アトフスキー・ブレイヴ』を盾にして防ぐ。たった一発の蹴りであるはずなのに、とてつもなく重い。防御に成功としたとはいえ、あまりの衝撃に足が地面を滑る。それでも、耐えた。
「耐えた、と油断してはいないだろうな?」
「ッ……!!」
ラヴァルスードが目の前に手を上げる。まずい。何か……来る!
「特別だ。オレに跪き、称えることを許してやる」
「誰がそんなことを…………うッ!?」
魔王から得体のしれない魔力が発せられると、また謎の圧力が俺の体を襲う。抗うことすら許されず、俺はされるがまま地面に跪いてしまう。剣を持つどころじゃない。手の力が緩み、指が広がり、とうとう剣を手放してしまう。柄から手が離れた瞬間、白剣はピタリと地面に張り付いた。落としてしまった剣に手を向けるが、ダメだ。動けない。それどころか、立つことすらままならない。鎧の防御力を無視して俺の全身を圧迫するこの力は……まさか……!
「『重力』を操っているのか……!?」
「正解だ。貴様のようにこのオレに刃向う愚か者を支配するには素晴らしい力だと思わないか?」
「ふざけるな……!」
俺は魔力をフルパワーを引き出し、少しずつ、少しずつ起き上がり、重力に懸命に抗う。ラヴァルスードの……否、魔王の支配下なんかに置かれてたまるか。負けてたまるか。ライオネルだって、みんなを守る為に必死に戦ったんだ。俺だけが、こうやってのうのうと寝ているわけにはいかない……!
「お……おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!」
動くだけで体や鎧がギシギシと軋む。ラヴァルスードは俺が立ち上がろうとする姿を楽しげに見ていた。それが尚更、頭にくる。その余裕面、今すぐ吹っ飛ばしてやる……!
「面白い。では、もう少しランクを上げてみよう」
ラヴァルスードが魔力を込めると、重力が更に強まる。全身を無理やり地面に押さえつけられ、俺の動きそのものを支配されているかのようだ。
「が……あァ……!?」
ありったけの魔力を引きだして全身に駆け巡らせる。魔王の放つ重力魔法に対抗するため、全身に強化を何重にもかさねがけしていく。動け。動け。動けッ!
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!」
魔法で生み出された重力を振り切り、俺はラヴァルスードに向かって拳を叩きこもうとした。が、魔王はそれを片手で軽くあしらうと、俺の鳩尾を蹴り上げる。ふわりと体が宙に浮き、一瞬意識が飛びそうになる。ダメだ。ここで気を失ったら終わりだ。
懸命に意識を現実に引き戻そうとするが、逆に言えばそれをするので精一杯だった。ラヴァルスードは悠々と右手に剣を生み出すと、まるで試し斬りをするかのように俺に刃を叩きこむ。喰らったのはたった一撃。だがそのたった一撃が拳と同様、とてつもなく、重い。
「っ……!」
これまであらゆる攻撃を……魔人達の攻撃からすらも護ってくれた黒鎧が、激しく損傷するのを感じた。薄れゆく視界の中で見たのは――――魔力が鮮血のように吹き出し、破片を舞い散らせる鎧の胸部。共に戦い、俺の体の一部として戦ってくれた『スクトゥム・デヴィル』の鎧。ついにその一部が砕けてしまった。まずい。この鎧でも、あの剣の攻撃を防げない……! 鎧の胸部に大きな切り傷が刻まれている。もはやこの鎧の防御力でさえ、ラヴァルスードの前では無意味だというのか。
「…………!」
「やはり強すぎるというのも考え物だな。これではつまらん。楽しむ以前の問題だ」
つまらなさそうに呟くラヴァルスードは、黒剣を持っていない左手を周囲の瓦礫に向ける。すると、瓦礫の山はふわりと軽やかに空中に浮きあがった。まるで風船のように。ラヴァルスードが手を弄ぶと瓦礫がふわふわと周りに集まる。壊れた建物の破片でしかない物が、意思を持っているみたいだ。これも重力を操作して行っているのか!?
「さあ、その体で避けられるかな?」
「ッ……!」
ラヴァルスードが指揮棒でも振るかのように手を華麗に操ると、瓦礫の山が一斉に俺めがけて殺到する。手放してしまっていた剣を咄嗟に拾おうとするが、
「誰が剣を使って良いと言った?」
魔王が手を振るうと、『アトフスキー・ブレイヴ』を拾おうとした俺の腕がズシッと、見えない何かに抑えつけられたかのように重く、鈍くなる。思っていた以上にヤツは自由自在に重力を支配している。一定の範囲だけを指定し、重力をかけたり逆に重力を無くすことだって可能のようだ。
剣はピッタリと地面に張り付けられてしまったかのように動かない。ビキビキと腕に負担がかかり、骨が軋む。だがそうしている間にも瓦礫は襲い掛かる。このままじゃまずい。
「『黒矢』…………!」
剣を拾うのは諦め、咄嗟に魔法で迎撃を試みる。だが、ラヴァルスードは片っ端から瓦礫を周囲から引っ張り、四方八方からぶつけてくる上に瓦礫そのものに強化の魔法をかけている。敵の物量が圧倒的すぎる。迎撃の手数が足りない。くそっ……!
「ッ…………! 『黒箱』!」
俺は迎撃することを諦め、周囲を完全にガードできる魔法を発動させる。瓦礫ぐらいなら何とか防げるはずだ。
「おいおい。つまらんことをするなよ」
「ッ!?」
展開した防御魔法も、ラヴァルスードの持つ右手の剣の、たった一振りで砕け散ってしまう。形を失った魔力の欠片が視界に広がり、後を追うように瓦礫の群が迫る。
拳で砕こうとするが、間に合わない。
大量の瓦礫に押しつぶされるように、俺の体はラヴァルスードの操る力に飲み込まれる。
「がああああああああああああああああああああああああああッ!!」
重力魔法や先程の剣の一撃で『スクトゥム・デヴィル』にも相当のダメージが蓄積されていた。もはや大量の瓦礫にすら傷つけられてしまう程に。
瓦礫に押しつぶされて目の前が真っ暗になる。体が……動かない。
「ぁ……がはっ……」
「フン。この瓦礫も最早、邪魔だな」
ラヴァルスードが何かを言うのが聞こえた。直後、全身を押し潰すかのような圧力が周囲一帯にかかる。
ゴッッッ!! と、強化した瓦礫すらも粉々に砕けるほどの圧倒的な重力が襲い掛かる。恐怖すら感じる絶望の魔力の塊が俺の全身を圧迫し、蹂躙する。
やがてすべての瓦礫が砕け散り、形あるものとして残っているのは俺だけになる。が、先程の瓦礫の山と区別がつかない程にボロボロだ。
直後、ラヴァルスードは黒魔力で槍をいくつか作りだし、人形のように力尽きた俺をあの瓦礫を浮かせたように重力魔法を使って浮遊させる。すると、槍でピッタリと狙いを定め、俺に向かってそれらを殺到させた。
腕、脚、肩……俺の全身に、次々と黒槍が突き刺さる。刃はしっかりと鎧と俺の体を貫通し、焼き尽くされんばかりの激痛が迸る。
「ッッッ!! ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!」
次第に、かろうじて繋ぎ止めていた意識すらも朦朧としてきた。鎧も激しく損傷し、亀裂が走っている。もう今まで程の力を発揮できないだろう。鎧の中の体も、腕や脚をはじめとした全身がズタズタだ。どこから血が流れているのか、数えるのもバカらしい。
「ぁ…………ぁ……」
「弱い。弱すぎる。あの女が託した鎧を受け継いでいるから期待してみたが……これでは、先代の勇者にも遠く劣る」
そうかもしれない。
「貴様如きでは、オレには勝てん」
確かに、まったく勝てる気がしない。
「――――諦めろ」
でも……それが、どうした。
確かに全身はボロボロだ。相手が欠片から生まれた魔人ではなく本体である魔王だからなのか、再生能力も発動してくれない。つまり怪我も治らない。皮肉なことに、俺は魔王と同じ力を持つ化け物でありながら、魔王と戦う時だけ人として戦うことが出来るというわけだ。
鎧も全体に亀裂が走り、今にもバラバラに砕けてしまいそうな、崩壊を待つだけの塊にすら思える。
ラヴァルスードと俺との間には絶対的な差がある。相手はまだ本気すら出していない。このまま立ち上がったって、勝てるとは思えない。
でも、それが何だっていうんだ。
勝てないことは、逃げるための言い訳にはならない。
諦める言い訳にはならない。
守るものがあるなら、尚更だ。
「ッ…………! まだ……終わってない…………!」
腕が動く。
脚が動く。
立ち上がることが出来る。
なら、それだけで十分だ。
「俺はまだ…………戦える………………!」
立ち上がる。大地を踏みしめる。動くたびに亀裂の入った鎧からパラパラと欠片が零れ落ちる。既に鎧の崩壊が始まっている。変身も解けるだろう。だけど、それでも、止まるつもりは無い。
フラフラと、我ながら覚束ない足取りで一歩ずつラヴァルスードに向かって歩き出す。もう脚が殆ど動いてくれない。歩くだけで精一杯だ。でも、逃げるよりはマシだ。逃げたら何も守れないから。
やっと目の前にたどり着いても、ラヴァルスードはフラフラになっている俺を冷たく見下ろしている。けど、関係ない。例えもうほんの少しの力しか残っていなくても、それでも、俺を信じた仲間の為に戦うことぐらいは出来る。
傍から見たらバカなのかもしれない。ここまで圧倒的な実力差があるのに、負けると分かっているのに立ち向かうなんて。こうまでしてラヴァルスードに立ち向かう理由なんて、普通は無いのかもしれない。逃げるのが正解だろう。
……でも、俺は違う。理由なら、ある。
こんな俺を信じてくれた人達の為に戦う。
俺がコイツに立ち向かう理由なんて、それだけで充分だ。
たった一つだけの理由さえあれば、俺は戦える。
その相手がたとえ、魔王であっても。
「ぁ……ぐ…………」
パンチを打つ。拳はフラフラと頼りない軌道を描いて、ラヴァルスードに当たった。いや、こんなのはパンチとは呼べない。ダメージなんて、当然あるわけがない。
「…………満足か?」
「…………いや……まったく…………」
俺の弱々しい拳はすぐに払いのけられた。ラヴァルスードは拳に黒い魔力を集めると、
「付き合ってられん」
まるであてつけのように、魔力を凝縮させた拳を俺の顔に叩き込む。
「ッッッ…………!」
これまで感じたことのない程の重い衝撃。
兜の左目の部分が砕け散る。下にあった素顔も部分的にだが露出し、左目の周りだけ異様に外の光が入って、破損した兜の欠片がバラバラと空中を舞うのがよく見えた。
首がぐらん、と力を失ったように回り、最後にだらりと垂れさがる。
視界がグラつき、今度こそ意識が飛びそうになる。
脳が揺れているのだろうか。自分が今、どうなっているのかすらハッキリ分からない。体が大きく吹き飛ばされ、かろうじて地面に脚をつけることは出来たらしいのだが…………それだけだ。
(…………みんな、ごめん……ダメだった……)
完全に力尽きた俺はとうとう立つことすら出来なくなり、ゆっくりと地面に向かって倒れはじめる。
視界から光が失われ、目を閉じる。あとはもう、目の前に迫る死を享受するだけの存在になり果てることしか、俺には出来ない。
ごめん、師匠。
ごめん、みんな。
俺はもう、ここで終わりだ。ラヴァルスードには……魔王には、俺なんかじゃ勝てなかった。手も足も出なかった。
悔しい……。みんなを守れないことが、とても悔しい。ここまで悔しいなんて、思ってもみなかった。
もっと戦いたかった。みんなを守りたかった。でも……もう、体が動いてくれない。
ごめん。俺が弱いばっかりに、みんなを守れなくて。
「――――ソウジくん」
刹那、首から下げていた真紅のペンダントが淡く輝いた。
ふわり、と。冷たい地面ではなく、誰かの柔らかい腕の中に俺は体から倒れた。いや、倒れたんじゃない。誰かに受け止めてもらったんだ。
「ぁ…………」
受け止めてくれた人から温かい何かを感じる。いくらボロボロになったといっても、鎧なのに。鎧越しなのに、どうしてこんなにも温かいのだろう。どうしてこんなにも安心できるのだろう。
かろうじて動く頭を上げ、僅かに目を開ける。
「フェリ……ス……?」
「ごめんなさい。遅くなってしまって……ソウジくんを、一人にしてしまって」
よく見れば、フェリスだけじゃない。
「そ、ソウジさんっ。こんなにボロボロに……酷い怪我……」
「また一人で無茶したんでしょう、このばかっ!」
「……クラリッサ、泣きそう?」
「う、うるわいさよっ。……わ、悪いっ!?」
「……悪くないよ。わたしも泣きそう。とっても悲しい。ごめんね、ソウジ。遅くなって」
「アイツがラヴァルスードか……ライオネルやソウジをここまで痛めつけるとはやはり強敵だな」
「けどよ、オレ達が来たからにはもう安心だぜ! 待たせて悪かったな、ソウジ」
ルナに、クラリッサに、チェルシーに、レイドに、オーガスト。みんながいる。みんなが、倒れるしかなかった俺の体を支えてくれている。
「ギリギリで間に合ったみたいね」
「師匠……? それにみんなも、どうして…………」
「あなたから預かっていたものを返しに来たのよ。フェリスちゃん」
「はい。……ソウジくん、これを」
フェリスが俺に手渡してきたのは、以前、この学園に師匠が現れた際に預けた『星遺物』だ。『巫女』であるルナが俺を助けるために生み出した物。手渡されたブレスレットを受け取ると、ルナ達がこれまでの経緯を説明しはじめた。
「ソフィアさんがこれを預かっていたのは、ソウジさんの『最輝星』を安定させるための術式を『星遺物』に組み込む為だったんです」
「ですがその術式を完成させる為には、巫女を中心にわたしたち自身の星眷魔法の力を集める儀式を行う必要があったんです」
「だからさっきまで、わたしたちはその儀式をしてたの」
「……完成してすぐにソフィアさんの転移魔法で駆けつけたんだけど……」
「思いのほか儀式に時間がかかり、遅くなってしまった」
「悪いソウジ。でも、ここからはもうお前一人だけに戦わせたりはしねぇからよ!」
そうだったのか。しかもよく見れば……みんなも相当、消耗している。魔力もかなり枯渇しており、疲労度だけで言うならば俺と変わらない。そこまでして、みんなが俺の為に……。
「…………みんな……ありがとう」
俺は受け取った、みんなの力が集まった『星遺物』を握りしめる。
ダメージが回復したわけじゃない。鎧が修復されたわけじゃない。
相変わらず全身はズタズタだし、穴だらけだ。疲労だってなくなったわけじゃない。
それなのに、体中から力が満ち溢れてくる。
さっきまで勝つことがまったく想像できなかった相手なのに不思議と今なら勝てる気がする。
いや、勝てる。
相手が魔王だろうがなんだろうが関係ない。
ラヴァルスード何かに、今の俺は負けはしない。
「ソフィア・ボーウェンか。久しいな」
「そうね。そっちも変わらず元気そうで何よりだわ。まあ、体はお人形さんを使ってやっと存在を保っているみたいだけど」
「ほざけ。貴様に負わされたこの忌々しい呪いも今日で終わりだ。貴様を殺し、呪いを解く」
「それはどうかしら。だって、あなたに私は殺せないもの」
「ほぅ……。相当な自信だな。試してみるか」
「何か勘違いしているようだけど、あなたを倒すのは私じゃない。…………私の弟子よ」
「弟子?」
俺は師匠の言葉に応えるかのように、ラヴァルスードに向かって一歩、踏み出す。
ラヴァルスードは遊び飽きた玩具を見るかのような目で俺を冷たく睨み付ける。
「貴様か…………何をしに来た」
「ラヴァルスード、お前を止めに……いや、倒しに来た」
手の中にある『星遺物』を装着する。力が漲り、今なら目の前にいる魔王ぐらいは倒せそうな気さえする。不思議だ。みんながいるだけで、こんなにも違うなんて。こんなにも、力が漲ってくるなんて。
「貴様はオレの足元にすら及ばぬ。いや、先代の勇者にすら大きく劣るオマエ如きがオレを止めるだと? 笑わせるな」
「それはこっちのセリフだ。師匠が出るまでもない。お前はここで俺が倒す。――――覚悟しろッ!」
俺は一度、崩壊寸前の鎧を解除する。素顔が出てしまうが構うものか。変身解除した鎧と『アトフスキー・ブレイヴ』は魔力と化して『星遺物』へと吸い込まれる。
俺は今、自分が出せるありったけの魔力を込めて、『星眷魔法』の限界を超える。
不安は無い。
恐怖も無い。
今なら、みんなが信じてくれた俺自身を信じることが出来る。
「――――『最輝星』!」
左腕に装着した『星遺物』が眩い輝きを放つ。
色は黒ではなく…………『白』。
白の輝き。
キラキラと光る欠片と共に『星遺物』から『アトフスキー・ブレイヴ』と星霊天馬が飛び出してきたかと思うと瞬く間に剣は砕け散り、欠片が天馬へと吸い込まれ、一体化する。
俺の体は『スクトゥム・デヴィル』の黒い鎧を身に纏った。ラヴァルスードから受けたダメージが既に回復している。天馬は咆哮と共に空を駆け廻り、ラヴァルスードに突進攻撃を仕掛ける。
「くっ……!」
ラヴァルスードは迎撃として魔力の波動を放つものの、天馬はそれをアッサリと弾き、魔王に体当たりで一撃を与えてやると、今度は俺の方に向かってやってきた。そのまま星霊天馬は俺の体に着弾し、光り輝く白魔力の嵐となって俺の鎧と一体化した。
光り輝く嵐の渦の中。
鎧が黒から白へと色を変化させてゆく。
「――――『ブレイヴモード』ッ!」
両の拳を握りしめた腕をクロスし、剣の如く振り下ろして嵐を斬り裂く。
中から現れたのは白銀の鎧に身を包んだ戦士の姿。
全身が刃になったかのような感覚がするこのモードは武器を持っていない。いや、全身そのものが武器なのだろう。あの制御不能の魔力の塊と化していた『アトフスキー・ブレイヴ』そのものを、俺は纏っているのだ。
これがブレイヴモード。
みんなが俺に託してくれた、新しい力だ。