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黒の星眷使い ~世界最強の魔法使いの弟子~  作者: 左リュウ
第七章 オーバーブレイヴ
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第百十四話 崩壊への足音

 学園祭当日。

 王都に立ち込める不安な空気を振り払うかのように開催されたそれは賑わいを見せていた。かつてこの世界を支配しようとした魔王の復活。噂で駆け巡ったそれを信じている者は実際のところ少ない。本当に嫌なこと、恐怖していることを信じたくないと思うのは当然のことであり、この場合は黒騎士の力が魔王と同じモノだったという部分のみが矛先として大きくピックアップされていた。

 不機嫌さが顔に出ないようになんとかコントロールする。

 とりあえず、深呼吸。


「ふぅ……」


 一息吐くと、フェリスは再び校舎の廊下を歩き出した。

 異世界から召喚された勇者様がもたらした文化の一つ。それがこの文化祭。当日ともあって人の賑わいが凄い。だが、フェリスは人の流れに逆らうようにして校舎の奥へ奥へと進んでいた。

 今朝、届いた使い魔の指示に従ってとある教室へと入る。すると、そこにはレイド、オーガスト、クラリッサ、チェルシー、ルナのイヌネコ団のメンバーが待っていた。


「なんだ、やはりフェリスも呼び出されたのか」

「もしかして、みなさんもですか?」

「その通りよ。今朝、急に鳥の使い魔が来てこの教室に来るように指示されたのよ」

「……プルフェリック先生からの指示だから、何かあるのかなって思って」


 プルフェリック先生はこの学園の教師の一人だ。ここしばらく、長い間姿を見なかったからこそ急に呼び出しがかかって驚いたのだ。そもそも、生徒であるフェリス達ならばまだ分かるがなぜルナが呼び出されたのか。そこが謎だ。


「みなさん。お揃いのようですね」


 気配を一切、感じさせずにプルフェリック先生がすぅっと教室に入ってきた。正確には、気がついた時にはいたというべきか。久しぶりに見たプルフェリック先生は相変わらず穏やかな顔つきだったが、身に纏っているローブがきつも以上にくたびれているような気がした。


「少し、長旅をしていましてね。まあ、かわいい教え子に頼まれたからなのですけど」

「その長旅と、わたしたちをここに呼び出した理由は関係が?」

「察しがいいですね、フェリスさん。流石は優等生です」


 ニコリと穏やかな笑みを浮かべるプルフェリック先生。が、不安そうにこの場にいるルナへと視線を移すと先手を打つ。


「ルナさん。これから行うことには『巫女』であるあなたの協力が不可欠です」

「ッ!? せ、先生……?」

「大丈夫です。事情はすべて把握しています。そして、私の教え子からこれも預かってきています」


 プルフェリック先生が懐から取り出したのは、ソウジがソフィアに預けていたあのブレスレットだった。


「先生がどうしてそれを?」

「いいですか、みなさん。私の教え子は……ソフィアさんの組み込んだ新しい術式。これを完成させるには、みなさんの協力が不可欠です。これからソフィアさんが来る前に説明を行いますが……時間はあまり残されていません。奴が来る前に、なんとしてでもこれを完成させ、ソウジくんへと届ける必要があります」


 目の前にいる初老の教師が事情を把握していることにも驚いたが、この後、彼の口から語られたこれから行う『儀式』のことを聞いてフェリス達は更に驚くことになる。だが、それがソウジの助けになるのならと。


 イヌネコ団の面々は、覚悟を決めた。


 ☆


「はぁー。結局、ソウジ来ないなー」

「そうだね……ちょっと心配かも」


 ライオネルとユキは、校舎の外にある模擬店を冷やかしながらなんだかんだと学園祭を楽しんでいた。元々、追っ手から逃げるばかりの生活でこういった祭りごとにはまともに参加したことがあまりない。良い息抜きにもなるだろうということで二人は参加していた。


「演劇も中止になっちゃったしなぁ」


 黒騎士をテーマにした演劇は無用な混乱を招くし面倒なトラブルに巻き込まれるのもごめんだ。それ以上に、ソウジの気持ちを考えると……ということで取りやめになった。フリーパスの夢は泡と消えたが、仕方がない。どっちにしろ、部外者である自分達には縁のないものだったのだから。


「あ、ライオネルさん。ユキさん」

「おっ、クリスちゃんじゃねぇか。どうしたんだ」

「えっと……兄さんは?」

「あー……ソウジなら、まだちょっとフラフラしてるかな」


 前回、フェリス達の気持ちを受け止めたことでソウジはまた少し立ち直れたようだ。とはいえ、抱えている力が力だけに心の整理が必要なのだろう。


「でも、もう大丈夫だよ。アイツなら。今はただ、ちょっと心の整理というか……まあ、自分の中で折り合いってやつを見つけようとしてるんだろ。だからそっとしておいてあげてくれな。もう近いうちに復活するだろうからさ」

「そうですか……分かりました。ありがとうございます」


 ほっとしたクリス。彼女も事情は分からないにせよソウジのことをずっと心配していたのだ。無理もない。


「そういえば、ギルドの他のみなさんは?」

「あー、フェリス達ならなんか今朝からいないんだよな。先生に呼び出されたとは言ってたけど」

「そうなんですか?」


 クリスに様子からすると生徒全員に関係するようなことではないらしい。だとすればどういった理由で?


「クリス、探したぞ」

「あ、フレンダ」

「こんな人混みなんだ。もう少し気をつけろ、わたしからあまり離れるな」

「うん。ごめん」


 人混みをかき分けて出てきたのはフレンダだ。彼女は微かにライオネルへと視線を向ける。

 白騎士の正体がライオネルということは既に薄々勘付いているだろう。騎士団側がアクションを起こしていない以上、現状では味方なのかもしれないがここはあえてとぼけておく。


「聞いて、フレンダ。ライオネルさんが言ってたんですけど、兄さんがもうすぐ回復しそうだって」

「そうか。よかったな」

「ええ、本当に……よかった」


 心の底から安堵するクリスと、それを見て微笑むフレンダ。こうやって傍から見てみると、確かにひしひしとフレンダからクリス好き好きオーラのようなものを感じる。フレンダは普段から笑顔を見せないというわけでもないが、クリスに対して向ける笑みだけは別格だ。


「……なあ、フレンダの嬢ちゃんよ」

「なんだ」

「もしかしてアンタ、女の子同士で恋愛するべきとか、そういう思想をお持ちなので?」

「はり倒すぞ」


 氷のように冷たい眼で睨まれてしまった。一部のマニアには踏んでくださいと拝みかねないようなたまらない視線だったが、あいにくライオネルにそんな趣味は無い。それよりも隣にいる妹のユキが軽蔑したような眼差しを送ってくるのがとても辛い。


「ま、まあ、アレだ。せっかくだし一緒に学園祭でも回るか? ユキもオレとばかりじゃ退屈だろうしさ」

「わたしは構いませんよ」

「クリスが良いなら、わたしも構わない」


 ライオネルはこの二人を加えて、とりあえずは学園祭を楽しむことにした。ソウジのことも心配だが、あとは自分で折り合いをつけるしかない。ならば、今は妹を少しでも楽しませてあげようと思った。

 クリスとフレンダの二人を加えた一行は学園祭の模擬店を回っていく。学生が自分達の力で作り上げた模擬店だが、なかなか凝っているので案外バカにできない。


「ドネロン商会の新製品『雨玉』発売だよー!」

「こいつを空に投げるだけでなんとその場所に小さな雨が降る!」

「運命の出会いの演出にどうぞ! ちなみに俺の隣にいるバカは先日フラれて彼女募集中みたいです!」

「こっちは『マウスモーク』! 見た目はただのネズミの形をしたクッキーだが、口に含んで息を思いっきり吹きかけるとあら不思議! なんと息が煙になるのです!」

「俺の隣にいる余計なお世話だこの野郎な奴に不意打ちをくらわせてやりたい時にもどうぞ!」


 学園祭のド本命のドネロン商会の模擬店には大行列ができている。模擬店、といってもちょっとしたお店のようなものなのだが。これは勿論、学生が作ったもので厳密に言えばギルドマスターであるヒューゴ・デューイの星眷魔法で一瞬のうちに作り上げた建物だ。


「話しには聞いていましたけど、凄いんですね。ドネロン商会って」

「長い歴史のあるギルドだからな。あそこの商品は王都にあるそこらの店よりもよっぽど人気のあるらしいぞ。私は剣の修行ばかりでああいうのとは無縁だったがな」

「あ、それなら機会を見て一緒に行きましょう、フレンダ」

「ん。そうだな。よければユキもどうだ。ルナを誘ってみるといい」

「はいっ。ルナちゃんも誘ってみます」


 さりげなくユキにも気をまわしてくれるフレンダの気配りにライオネルは妙に感心してしまった。まあ、これぐらい出来ないと調査任務なんて出来ないのかもしれないが。


「あれはなんでしょう?」


 ユキが指をさした方向にあったのは空に浮かぶ人影だった。ドネロン商会には劣るものの、そこそこの賑わいを見せている。近づいてみると、ようやくどのような出し物かが分かった。


「ギルド『大空同盟』の出し物みたいですね」

「ふむ。『飛行体験』か……どうやら『大空同盟』のギルドメンバーのサポートを受けて魔道具で空を飛べるらしいな」

「へぇ。すげぇじゃねぇか。空を飛ぶなんてよ」

「当然よ!」


 感心するライオネルの声に対し、やたらと自信満々な声が聞こえてきた。


「『大空同盟うち』と『ドネロン商会』が協力して作った特注品の傑作魔道具よ。まあ、学園にある『核結晶コアクリスタル』や学園に埋め込まれている専用の術式があってはじめて成り立つもので飛行範囲も学園内のごく一部だけなんだけどね」


 どやっとした顔で説明をしたのはやたらと小さな……パッと見、十二、三歳ぐらいにしか見えないような少女だ。ルナやクラリッサ、チェルシーよりも少し身長が低い。


「えーっと、お母さんとはぐれちゃったのか?」

「た、大変っ。お兄ちゃん、迷子ってどこに連れて行けばいいんだっけ……」

「オイこらわたしは迷子じゃないわよっ! このギルドのギルマスよギルマス!」

「嘘ぉ!?」

「嘘って何よ嘘って! こう見えてもね、わたしは十七歳よ! 十七歳!」

「と、年上だと!?」


 どう見てもユキより年下にしか見えない。だが、注意して観察してみると今は抑え込んでいるものの中に大きな魔力を秘めていることは察した。これならばギルドマスターを務めていてもおかしくないぐらいには。


「ライオネル、こちらは上位者ランカーズ第八位のラナ・フェリー先輩だ」

「そういうアンタは十二家のフレンダ・キャボットね。ふん。アンタはまだ礼儀正しいじゃない」


 どうやら身長のことを気にしているらしい。悪いことをしてしまったと思ったライオネルとユキはぺこりと素直に頭を下げた。


「悪かったな、年上って気づかなくて」

「えっと……ごめんなさいっ!」

「ふん。別にいいわよ。慣れっこだもの。それより、アンタたちってソウジの知り合いよね?」


 この言葉はどうやらライオネルとユキだけではなく、クリスとフレンダにも向けられているらしい。頷いて肯定する。


「ああ。そうだけど」

「そ、それなら聞きたいんだけど……あの、ソウジってどこにいるの?」

「ソウジなら今ちょっと自分探しの旅ってやつをしているからな。どこかフラフラしてるんじゃないか」

「何それ?」

「さあな。それより、ソウジに何か用事があったのか? なんだったら、オレが代わりに伝えておくけど」

「べ、別に大したことじゃないわ。ただ……お礼を言おうと思ってたのよ」

「お礼?」

「ええ。アイツの送ってくれた薬のおかげで、ママの体も回復してきてるの。今はもうかなり元気になって研究職に復帰してるわ」


 話を聞いたところ、どうやらラナの母親は重い病にかかっており、それを治療するには特殊な魔法薬が必要で、手に入れるためには莫大な金貨が必要だったこと。交流戦の予選がきっかけでソウジから魔法薬を提供してもらい、母の体を回復させることが出来ていることを聞いた。


「ラナ先輩の母親と言えばリナ・フェリーさんですよね?」

「そうよ。よく知ってるわね。えーっと、クリスだっけ?」

「はい。クリス・ノーティラスです。わたし、個人的にリナさんの研究には前々から興味があったんです。でも重い病にかかって研究を中断されたと聞いて……残念だと思っていたのですが、そうですか、兄さんが……」

「ソウジには本当に感謝してるの。だから直接お礼を言いたかったんだけど……まあ、今はそれどころじゃないみたいだし、遠慮しとくわね」

「なあ、オレはそのリナって人は知らないんだけど、どんな研究をしてるんだ?」

「かつて異界からやってきた英雄……勇者の研究よ」


 ラナからサラッと出てきた言葉に、反射的にライオネルとユキの体が硬くなった。


「まあ、研究って言っても個人レベルで気になっているところを調べてるって感じね。勇者の資料は戦争時代に殆どなくなってしまったらしいから結構、大変みたいよ」

「だが、考えてみればおかしな話だな。勇者ともなれば人々の記憶に残り、今にまで伝えられてもおかしくないはずなのだが」

「そうですよね。勇者様の時代には既に『魔撮機カメラ』はあったはずですから、写真の一枚ぐらいは残っていても不思議じゃないはずなんですけど……そういえば、誰も勇者様の姿を知りませんよね」

「そうなのよ。ママが言っていたわ。いくら戦争で資料がなくなったからってここまで勇者の詳細について語り継がれていないのはおかしいって。そういう所をママは調べてるのよ」


 言われてみればそうだ。確かに勇者の残した功績は数多く聞く。この世界の文明が発達したのも勇者達がいたからこそだ。しかし、肝心の勇者本人についての情報が殆ど聞かない。これはなぜなのだろうか。


「とりあえずママの話は置いといて……どうせだからうちの模擬店よってく? 空を飛ぶのってとっても気持ち良いのよ」


 思考を一旦、中止したライオネルは素直にラナの提案にのることにした。

 現状で考えても答えが出ないことだし、それはまた後でゆっくりとラナやソウジ達に相談すればいいだろうと思ったからだ。


「そうだな。よし。じゃあ、ユキ。せっかくだから飛行体験ってのをしてみるか。良い思い出になりそうだし」


 ライオネルの言葉にユキが年相応にわくわくとした表情で頷いた。

 このようなユキの表情を見る機会がここ最近は増えてきた。ライオネルにとってユキの笑顔は平和の象徴である。これだけでも学園祭に参加してよかったと思ったものの、平和はあっけなく崩れ去ることになる。


 ☆


「――――――――頃合いか」


 ラヴァルスードは再生した『器』の調子を確かめつつ、暗闇の中で呟いた。

 器の再生は終了した。先日、黒騎士の攻撃によって破壊された腕も直っている。相変わらず不完全な復活のままではあるが、遊ぶには問題ない。


 ラヴァルスードは王都の中にある王立レーネシア魔法学園の門をくぐる。下等生物達が張り巡らせた警備など魔王である彼にとっては簡単に突破できる程度のものに過ぎない。

 突破し、進んだ先にあった様々な種族で溢れかえった学園の敷地内はラヴァルスードを不快にさせた。

 このような下等生物共が楽しげに笑っていることそのものがつまらない。

 前回の勇者に倒されてから再生するまでにかなりの時間がかかり、更にソフィア・ボーウェンの呪いによって器に入って動くことすら更なる時間を要した。


 その間どれほど退屈だったことか。


 魔王は、退屈を嫌う。

 退屈なくらいなら、世界なんて滅んでしまえばいいと思えるほどに。


「つまらん時間は終わりだ。さあ、この魔王を楽しませてもらおうか。下等生物共」


 直後。


 学園は、炎に包まれた。





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