第百十三話 ソウジ・ボーウェン
――――俺のせいで師匠が呪いを負った。
あの日のことは一度たりとも忘れてはいない。
家から追放されて殺されかけた。絶望の中で唯一、手を差し伸べてくれたのが師匠だった。命の恩人であり、俺が尊敬する最高の『星眷使い』。……いや、今は『魔法使い』だ。俺のせいで魔王から呪いを受けてしまった師匠は星眷魔法という力が使えなくなり、『魔法使い』になってしまった。
そうだ。全部、俺のせいだ。
俺がバカで、力が足りなかったから……黒の『最輝星』の制御に失敗し、暴走し、師匠を傷つけ、そして……俺を庇ったせいで、魔王に呪いをかけられてしまった。
その時のことを思い出すだけで怖くなる。
力の無かったあの時の自分を呪う。
だけど今はそれと同じぐらい、怖い。
俺の力が……魔王と同じ、忌むべき力であること。その力で、みんなを傷つけてしまうのではないかと。こんな俺なんかの傍にいてくれているみんなを、俺が、魔王と同じ力で傷つけてしまうのではないかと。
それに、俺は、同じなんだ。
師匠を傷つけ、呪いを負わせた魔王と。
同じ力を持つ、同じ存在なんだ。
かつて世界を支配しようとしたあの魔王と。
多くの命を奪ってきた魔王と。
なら、俺も、いつか……大切な人の命をこの手で奪ってしまうのだろうか?
いやだ、そんなの。
怖い。
怖い。
怖い。
俺は自分のことが怖い。怖いし、魔王と同じ力を持つ自分自身を信じることが出来ない。暴走して、師匠を傷つけてしまった時のように……俺は知らず知らずのうちに、仲間を傷つけてしまうのではないか。
魔王ラヴァルスードと戦ってから、そんなことをずっと考えるようになった。
いや、正確には、ラヴァルスードの口から俺の持つ力が魔王と同じモノだと告げられてから。
フェリス達と顔を合わせるのも怖かった。俺の中にある魔王の力が暴走して、師匠の時と同じように、フェリス達を傷つけてしまうかもしれない。
やっと会えた、妹のことだって…………。
これじゃあ、俺は本当にただの化け物だ。
これまでそうじゃないと思ってきたけど、でも結局は、エイベル達が正しかった。
俺は、化け物だ。
魔王と同じ力を持つ、化け物だ。
エイベルのとった行動は間違っていなかった。俺は化け物で、家から追い出されるのも当然だった。誰かと一緒にいる資格なんか、俺にはない。
俺なんか、あの時、ドラゴンに食い殺されてしまえばよかったんだ。
でも、死ななかった。
俺の体はダメージを受けるとすぐに再生してしまう。
ためしに自殺しようとしたけれど、ダメだった。
腕を斬り飛ばしても。
足を潰しても。
頭を吹き飛ばしても。
胸を斬り裂いても。
全身を刃で貫こうとも。
すぐに再生してしまう。
これもおそらく魔王の持つ力なのだろうとぼんやりと思った。
この忌むべき力は、死ぬことすら許してくれない。
死ねない。
どうして死ねないんだ。
化け物である俺なんか、死んだ方がマシなのに。
いつか暴走して、俺を受け入れてくれた人たちを、師匠を、妹を、フェリス達をこの手で傷つけてしまうぐらいなら……死んだ方がマシなのに。
だから、俺はみんなと一緒にいることをやめた。
ようやく得た『居場所』の一つを捨てることにした。
化け物である俺は、一人になろうとした。
もう師匠の時のようなあやまちは繰り返したくなかったし、俺を受け入れてくれた大切な仲間達だからこそ、巻き込みたくなかった。
それからは、ただ授業に出て、ギルドホームに戻ってくるだけの日々が続いた。
師匠がどんな思いで俺をこの学園に入れてくれたか分かっているからこそ、何とか授業には出続けた。
でも、前とは違って一人でいる時間が増えた。
それでも良い。
間違って誰かを傷つけてしまうよりは……。
「……………………」
もう何日が経っただろう。
分からない。
ただ授業に出るだけの日々が続いた。学園内はすっかりお祭りムードで、誰もが興奮気味だった。けれどその中にも黒騎士の噂話は絶えなかった。
黒騎士が魔王と同じ力を持つことはどうやら既に知れ渡っていたようで、学園の生徒達は恐怖している者が大半だった。
「怖い……」「不気味な奴だ」「今まで俺たちを騙していたんだ」「味方のふりをして」「魔王達と戦っているのは、自分が第二の魔王になる為なんだよきっと」「裏切られた」「信じてたのに」「正義の味方だと思ってたのに」「失望した」「アイツも化け物だ」「そうだ」「そうに違いない」「化け物に決まってる」「あいつは」「黒騎士は」「俺達を騙していた化け物だ」「化け物」「化け物」「化け物」「化け物」「化け物」「化け物」「化け物」「化け物」「化け物」「化け物」「化け物」「化け物」「化け物」「化け物」「化け物」「化け物」「化け物」「化け物」「化け物」「化け物」「化け物」「化け物」「化け物」「化け物」「化け物」「化け物」「化け物」「化け物」「化け物」「化け物」「化け物」「化け物」「化け物」「化け物」「化け物」「化け物」「化け物」「化け物」「化け物」「化け物」「化け物」「化け物」「化け物」「化け物」「化け物」「化け物」「化け物」「化け物」「化け物」「化け物」「化け物」「化け物」「化け物」「化け物」「化け物」「化け物」「化け物」「化け物」「化け物」「化け物」「化け物」「化け物」「化け物」「化け物」「化け物」「化け物」「化け物」「化け物」「化け物」「化け物」「化け物」「化け物」「化け物」「化け物」「化け物」「化け物」「化け物」「化け物」「化け物」「化け物」「化け物」「化け物」「化け物」「化け物」「化け物」「化け物」「化け物」――――――――――――
そうだ。俺は。ヒトじゃない。大切な人すら傷つける。理性を失って。暴れて。暴走して。どうして? こんなこと望んでいないのに。そんなこと、したくないのに。大切な人を傷つけたくないのに。ああ、そうだ。俺の力が魔王と同じだからだ。多くの命を奪ってきた魔王と、同じ存在だからだ。だから、傷つけてしまった。そうだ。決まっている。そんなの。俺が、ヒトじゃないから。バケモノ、だから。
「ソウジくん!」
「ッ!」
突然、暗闇の中に光が差し込んできた。誰かが俺の部屋の扉を開けたのだろう。いつの間にかベッドで寝てしまっていたらしい俺はそれで目が覚めた。さっきのは悪夢だったのだろうか。
視線を向けると、フェリス達が一斉に部屋に入ってきた。
「あ……フェリス……みんな……」
「あの、勝手に入るのはやめた方がいいとは思ったんですけど、さすがに様子がおかしかったので……」
「アンタ、物凄くうなされてたのよ」
「……とっても苦しそうだった」
みんなは心配そうな表情を浮かべている。どうやら悪夢を見ていたというのは当たっていたらしい。
しかもこうやってわざわざ部屋にまで入ってくるということは相当、うなされていたようだ。
「ソウジさん、お水です」
ルナがコップを持って部屋に入ってきた。手には水の入ったグラスを持っている。わざわざ水を入れてきてくれたらしい。でも、それを受け取る気にはならなかった。体がルナを……いや、ルナだけじゃない。俺を心配してきてくれたみんなを拒否しているかのように、ピクリとも動かない。
「…………」
「あの、すごい汗ですよ。少しでも水分をとった方がいいです」
「いや……いいよ。ありがとう」
「でも…………」
「いらない。それに、もう大丈夫だから。心配しなくていい。だから、みんな出ていってくれ」
ついキツい口調になってしまったが、構わなかった。ルナがしょんぼりしたような顔をして心がチクリと痛んだけど、それでも、離れてしまえばいいと思ったからこそだ。
みんなは優しい。優しいからこそ、俺なんかを受け入れてくれた。だから優しいみんなをこれ以上、巻き込みたくない。魔王の力を持った俺が暴走して、傷つけてしまいたくない。
でも、ルナ達はまったく動こうとしなかった。
「……ッ。もういいから。だから、みんな部屋から出て行ってくれ。邪魔だ」
「そ、ソウジさん。それはちょっとひどいです。ルナちゃんやみなさんはソウジさんを心配して……!」
「余計なお節介だ。こっちは心配してくれって頼んだ覚えはない」
言った瞬間、ライオネルに胸ぐらを掴まれた。
「テメェ! みんなお前のこと心配して来てるのに、何だその言い方は!」
ああ、やっぱりユキちゃんに対して乱暴な言い方をしてしまったせいかな。妹思いのライオネルなら、キレて当然か。
「だから、それが余計なお節介だって言ってるんだよ」
「……おいコラ。魔王に言われたことをまだ引きずってるのか? それになんだ? 魔王だとか、あんなヤツの言うことを信じるのかよ。お前の力が本当に魔王と同じモノかは、分からないじゃねぇか。もしかすると、アイツのお前を動揺させる作戦って可能性も――――――――」
ライオネルの言葉が終わらないうちに、俺は自分自身の左腕を、右手で握りつぶした。
肉と骨が潰れたような、嫌な音が僅かに光の差し込んだ暗い室内に響き渡る。
ルナとユキちゃんが咄嗟に口元を抑えた。それを見て、ああ、悪いことしたなとまた胸が痛む。
「ソウジ!?」
「おっ、お前、何やって――――ッ!?」
今度は怒りではなく、驚きを露わにしてライオネルとレイドが目を見開く。
潰したはずの俺の腕が、黒い魔力によって一瞬のうちに再生したからだ。
もう怪我をした痕跡が跡形もなくなっている。つい今しがた潰したとは思えないぐらいに、再生した。
シンとした無言の空気が、場を支配した。
「……今見た通りだ。俺の再生能力は、尋常じゃないんだ。化け物じみてる。ここ最近だって何度も死のうとした。昨日も、さっきも死のうとしたんだ。でもだめだった。腕を斬り飛ばしても、足を潰しても、頭を吹き飛ばしても、胸を斬り裂いても、全身を刃で貫いても、死ねなかった。あっという間に再生する。今みたいに。死ねないんだ。俺は。こんなの…………こんなの、どう見たって化け物じゃないかッ! 魔王の言うとおりだ! 感覚でわかるんだよ! 俺は、俺の力は、アイツと……魔王と同じモノだって! それに俺は昔、この魔王の力が暴走して、師匠を傷つけてしまったことがあるんだよ! 俺が暴走して、師匠はそれを止めようとしてくれて、そのせいで、師匠は呪いを受けた! 俺のせいなんだよ! 全部! だからもう放っておいてくれ! こんな化け物の傍には近寄らないでくれ! 俺は……俺は、暴走してみんなを傷つけたくないんだよ!」
頭を吹き飛ばしてもすぐに再生する程の能力何て普通はありえない。化け物じみている。いや、化け物そのものだ。これでみんなも分かっただろう。決定的な何かを砕いてしまったような気がした。でも、これでいいんだ。俺は誰かの傍にいる資格なんてない。いつか魔王の力が暴走してしまうかもしれない。仮にそうなったとしても、傍に誰もいなければ、誰も傷つけなくて済む。
「…………言いたいことはそれだけか」
だが、オーガストが、沈黙を破った。
そのままつかつかと俺の傍に近寄ると、
「歯を食いしばれ」
それだけを告げて、オーガストはいきなり俺の頬を拳で殴り飛ばした。完全に不意打ちをくらってしまった俺はベッドから勢いよく吹き飛び、壁に叩きつけられる。口の中が切れたのか血の味がした。怪我が小さいせいか、治りは遅い。
「お、おいオーガスト、何やってるんだよ」
「うるさい。僕はただ、このバカを殴りたかったから殴っただけだ。文句あるか」
レイドに対してオーガストがギロリと一瞥くれてやると、今度はその視線を俺の方へと向ける。
「何をうじうじ悩んでいるのかと思ったら、そんなことだったのか」
「そんなことって……俺は……」
「忘れたか。僕もかつては暴走し、化け物となったことがある」
オーガストの言葉にハッとする。そうだ。オーガストも過去に……春のランキング戦の際に暴走したことがあった。エイベルの作った黒い結晶の力で。そしてその一件がきっかけでこのイヌネコ団に入った。
「僕はあの黒い結晶の力に飲み込まれ、多くの人を……レイドも、傷つけた。もう少しで殺してしまうところだった。あれが化け物でなくてなんだ」
「……………………」
「暴走して大切な人を傷つけてしまったことに対する罪悪感や恐怖は……全部とは言わないが、少しは分かる。確かにソウジ、お前の持つ力は魔王と同じモノなのかもしれない。過去にお前は暴走し、師を傷つけてしまったのかもしれない。だが、それがなんだ」
「……………………」
「そのことに怯え、恐怖するのは仕方がない。だがいくら怯えたところで、恐怖したところで、仲間を遠ざけたところで、お前の師を傷つけてしまったという罪は消えない。その消えない罪にお前が苦しんでいることも分かる。だが、だったら、やりなおせばいい」
「…………やりなおす?」
「そうだ。僕も過去に化け物になった。だが、お前とレイドが止めてくれた。それだけじゃない。僕は、やりなおすチャンスをもらった。罪を償うためのチャンスを、お前とレイドから……いいや、このギルドのみんなからもらったんだ。それと同じだ。仮に暴走したとしても、僕たちがお前を止めてやる。そしたらまたやりなおせばいい。また新しい一歩を踏み出せばいい。僕のようにな」
どうやら言いたいことを言いきったらしい。オーガストはコホンと小さく咳をすると、「ま、まあ、僕が言いたいのはそれだけだ。殴って悪かったな」と顔を少しだけ赤くしてごにょごにょと言った。
「…………あーあ、オーガストにだいたい言われちゃったわね。ギルドマスターとしての威厳ってやつを見せつけてやりたかったのに」
「……クラリッサ」
「まあ、言いたいことはだいたいオーガストが言ってくれたわ。それにね、ソウジ。『わたしはそんな魔王と同じ力を持っているぐらいで、アンタみたいな戦力を外すようなマヌケはしないわ』」
今のクラリッサの言葉には覚えがあった。確か、俺たちが最初に出会った時……クラリッサが俺とフェリスとレイドをまだ設立前のイヌネコ団に勧誘をした時の言葉だ。
「つまり、アンタが出ていけだとか、放っておけだとか、そういうことを言おうがこっちは出ていくつもりも放っておくつもりもないし。ソウジを手放すつもりなんて、これっぽっちもないわよ」
クラリッサは膨らみに乏しい胸をはって、いつものように、いつもの調子で言った。
ただ、彼女がいつも通りであることが嬉しかった。捨てようとしたのに、拒絶しようとしたのにこんなことを思うのも、おかしなことなのかもしれないけれど。
「……クラリッサ、ソウジのことずっと心配してたんだよ? 最近ずっと心配そうにそわそわして、夜は心配で眠れないからってわたしのベッドに潜り込んできたの」
「チェルシぃいいいいいいい! せ、せっかくわたしがギルマスとしての威厳たっぷりに喋ってたのに! またまたアンタは台無しにして!」
「……でもね、ソウジを心配してたのはわたしも一緒だよ。心配してたけど、今はちょっと怒ってる」
あまり表情を表に出さないチェルシーの感情を、俺はいつも僅かな変化で読み取っていた。でも今回はそれが必要ないほど、チェルシーにしては分かりやすく不機嫌だった。
俺の左腕にそっと、優しく触れる。小さな手から伝わってくるぬくもりが心地良い。
「……もうこんなこと、しちゃだめだよ?」
チェルシーが言っているのはきっと、たった今、俺が、自分の化け物じみた再生能力を見せるために左腕を潰したことだろう。
「……勝手に治るからいいんだよ」
「……よくない。わたしはソウジが傷つくの、見たくない。勝手に治るからって、こんなことしちゃだめ。自分の体、もっと大切にして? 今度また同じようなことしたら、ちょっと怒るかも。ぷんぷん」
「う…………」
じっ、といつものチェルシーとは違う、真剣な表情でそんなことを言われて、無視できるはずもなかった。
「ううううう……チェルシーも言ってくれるじゃない。わたしの、ギルマスとしての威厳がピンチね」
「……威厳…………ふっ」
「ああ、笑った! いま、鼻で笑ったわ!」
「……クラリッサはどちらかというと微笑ましいギルマス。威厳からは程遠いかも」
「うにゅうううううううう! み、見てなさいよ、いつか威厳たっぷりになってやるんだから!」
クラリッサが耳をピコピコさせながらそんなことを言うけれど、今のままかわいらしいギルマスでいた方が彼女らしい気もする。それに威厳なんかなくたって、俺にとっては最高のギルマスだ。
そんなことを考えていると、ルナがまた水の入ったコップを差し出してきた。
「いらないかもしれませんけど、それでも飲んでください」
「…………」
「わたしもチェルシーさんと気持ちは同じです。ソウジさんはもっと自分の体を大切にしてください」
「……分かったよ。飲む」
ゆっくりとコップを受け取って水を飲み干す。たくさん汗をかいたせいか、喉が渇いていた。水が体の中に沁み渡っていく。
「学園が襲撃された時、わたしはソウジさんに助けられました。ソウジさんの持つ、魔王の力に助けられたんです」
「…………」
「ソウジさんは今、自分のことが嫌いなのかもしれません。自分の持っている力が嫌いなのかもしれません。わたしもその気持ちは少しは分かります。わたしも『巫女』だなんて呼ばれて……正直、まだよくわからないですし、わからないことだらけです。でも、わたしの持っている力を魔人達が狙って、そのせいでたくさんの人が傷つきました。だからわたしは、わたし自身と、この力があまり好きじゃないです」
そうだ。ルナは突然、力を持つようになった。その力を魔人達に狙われて、その結果、多くの人が傷ついている。それを本人が何とも思っていないわけがないのに……俺は、そのことに気が回らなかった。……最低だ。俺は。
「でも、わたしは、わたし自身を好きになりたいです。ソウジさんが、みなさんが必死に守ってくれたわたし自身を、好きになりたいです。だからソウジさんも……自分のことを嫌いにならないでください。自分を傷つけないでください。自分をもっと、好きになってください」
「まあ、要するにもっと自分を信じろってことだ、ソウジ」
「レイド……」
ガリガリと頭を掻くレイドは、気難しそうな顔をしていたがやがてどこか吹っ切れたような。そんな顔を見せた。
「オレにはさ、難しいことはよく分からねぇ。オーガストやルナと違って、ソウジの気持ちはよく分からねぇ。でもさ、たまにはオレ達を信じてくれよ。最近は頼ってくれるようになったけどさ、もっと頼って、もっともっと信じてほしいんだよ。オレ達は。お前が仮に暴走しちまったとしても、オレ達が全力で止める。ほら、オレだって星眷魔法が使えるようになったし、前より少しは役に立てると思うしさ。体は頑丈だし。つーか、オレはいつもソウジに何かしてもらってばかりだからさ。たまには何かさせてくれよ」
いつものようにニカッと笑う友達に、俺はまた安心感のようなものがわき出てしまった。手放そうとしたはずのものに対して、安心感を抱いている。
「…………ソウジくん」
「フェリス……」
「あはは。えっと、みんなに言いたいことは言われちゃったので……わたしも、みんなと同じことを考えています。ソウジくんは、もうちょっと自分のことを大切にして、自分を信じてください。わたしたちはみんな、ソウジくんに助けられてきたんですから」
「…………無理だよ、そんなの」
みんなの気持ちは伝わってきた。それは素直に嬉しい。でも、やっぱり、俺は……、
「……みんなの気持ちは嬉しい。でもやっぱり俺は、自分を信じることが出来ない」
俺は自分自身を信じることが出来ない。自分の中にある力を信じることが出来なくなってしまっている。
結局のところ、これは魔王の力なのだ。俺はそれを持ってしまっている。そんなものを、どうやって信じたらいい。信じたところで、またあの日のように暴走して、みんなを傷つけてしまうのがオチだ。
そんなの耐えられない。
こんなどうしようもない俺を受け入れてくれた大切な人たちを、俺がこの手で傷つけてしまうなんて……。
「…………分かりました。それなら、信じなくてもいいです」
「…………」
「今は、まだ」
「……今はまだって……だから言ったろ。俺は自分を信じられない。それはこれからもきっと変わらない。こんな力を抱えている限り」
「そんなのまだ分からないじゃないですか」
まだ分からない。そうなのかもしれない。でも俺は先に自分の力の正体を分かってしまったのだ。
黒の『最輝星』が暴走して、いつかまた制御できるようになると思っていた。制御できるようにしようと思っていた。信じていた。でも俺の持つ黒の星眷魔法の正体が魔王の力だと分かって、信じられなくなった。
そんな俺の心を包み込むかのように、フェリスがいきなり俺の体を抱きしめてきた。
ふわりと華のような香りが体を包み込む。安心できる感覚に抗うことが出来ず、ただただ身を委ねてしまう。不思議な安心感がフェリスにはあって、体の中がぽかぽかとしてくるような気がした。
「今はまだソウジくんは自分のことを好きになれないし、信じることも出来ないかもしれません。それならせめて今は、わたしたちを信じてください。わたしたちが信じたソウジくんを信じてください。わたしたちが好きになったソウジくんを好きになってください」
「……フェリス達は、俺を信じるのか?」
「当然じゃないですか」
「どうして? 俺の力は、魔王と同じモノなのに…………魔王の力なのに。暴走して、師匠の時みたいにみんなを傷つけるかもしれないのに……」
「魔王の力を持っていても、ソウジくんはソウジくんです。持っている力なんて関係ありません。それに、暴走したって、わたし達が止めてみせます。たとえその過程でわたし達が傷ついたとしても、それはソウジくんのせいじゃありません。誰のせいでもないんです。何度傷ついたって、あなたを信じます」
「なんで……どうして……」
「だから言ったじゃないですか。わたし達は、ソウジくんのことが好きだからです。ソウジくんが好きだから、信じられるんです。これまでわたし達を助けてくれた優しいソウジくんだから、たとえ暴走して、傷ついたとしても、信じられるんです」
だから、と。
フェリスはぎゅうっと強く、でも、痛みを感じない程度に俺の体を抱きしめる。
「今だけで良いですから……わたし達が信じたあなたを、信じて。わたし達があなたを、支えるから」
「――――――――ッ」
☆
フェリスは、ソウジを部屋に残してクラリッサ達と共に部屋の外に出た。ソウジは今、きっと、迷っていて、自分自身と戦っているのだろう。悩んで、もがいている途中なのだろう。だからこそ、自分達の気持ちや思いを伝えきった後はそっとしておくしかない。
「わたし、ちょっと外の風にあたってきます」
それだけを口早に言い残してパタパタと廊下を走る。
一人になると、かぁっと顔が熱くなるのを感じた。気のせいではないだろう。ソウジを抱きしめた時の感触はまだ残っている。恥ずかしい。まさかみんなが見ている目の前で、抱きしめてしまうなんて。
(わ、わたしったら、あんなことっ。みんなが見ている前で、してしまうなんて……)
抱きしめるどころか頬にキスぐらいまでしたような気がしたが、それでもその時は周囲に見ている人なんかいなかった。でも今回はギルドのみんなが見ている前で。あんな、あんなこと……。
(はふぅ……ソウジくん、やっぱり男の子らしい体でした……じゃなくてっ!)
外に出て、しゃがみこむ。顔を埋める。
外の風に当たっても、火照った頬はなかなか冷めてくれない。
思い出すだけでまた顔が熱くなる。
「うぅ……恥ずかしいです……」
抱きしめた時は無我夢中だった。とにかく、これまでにない程に傷ついたソウジを目の前にして、黙っていることが出来なかった。なんでもいいから、自分に出来ることならなんでもいいから、どうにかしてソウジを少しでも癒してあげたかった。
でも、伝えたいことを伝えきって冷静になって。
冷静になったら自分のしていることに恥ずかしくなって。
ぱっと離れてもうそこからわけがわからなくなった。
ドキドキして、どきどきした。
ただ覚えているのは、ペンダントを渡した。あの日、子供の頃、ソウジが色分けの儀を迎える日に渡す予定だったものだ。ソレイユ家に代々伝わるお守りのようなもので、赤い結晶のような形をしたペンダント。それをソウジに手渡した。あの時渡せなかったお守りとして。
それと、最後に……。
――――ありがとう……みんな。俺も……………………頑張ってみるよ。
「……えへへ」
ソウジが最後に見せてくれた微かな、ぎこちない笑み。
久しぶりに見せてくれた好きな人の笑顔が、フェリスにはたまらなく愛おしかった。




