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黒の星眷使い ~世界最強の魔法使いの弟子~  作者: 左リュウ
第七章 オーバーブレイヴ
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第百十二話 信じる者達

 出来るだけ人のいない場所を選んで戦ったとはいえ、周囲から完全に人が逃げ切れていないわけではなかった。瓦礫で身動きのできない人もいた。そんないくつかの要因が重なり、黒騎士と魔王との会話の内容を聞いていた者がいて、そこから人々の間に一つの真実が広まった。


 ――――黒騎士は魔王と同じ存在であるということ。


「ラヴァルスード様」


 魔人リラは、ラヴァルスードが眠る巨大な結晶の前に跪きながら報告を行った。

 先の黒騎士との戦闘に置いて自分の開発した『器』が不完全で未熟なために自分の主の――器のものとはいえ――片腕を失うことになってしまった。そのことをリラは自分のことがいまだに許せなかった。

 自然と、拳に力がこもる。


「リラよ。例の件はどうなった?」

「はっ。予定通り、黒騎士の持つ力が――――生意気にも、魔王様と同じ力であるということ。『再誕リヴァース』の下の者達を使って情報を王都の民の間へと流しておきました」

「ご苦労。それで、反応はどうだ?」

「民達の黒騎士への信頼感が揺らいでいるようです。多くの者は黒騎士のことを恐れはじめたのではないかと」

「結構」


 ラヴァルスードの本体はクリスタルの中に収められており、表情に変化はない。ただ静かに眠っているだけ。しかし、響いてくる声だけは楽しげだった。


「これまで愚かな下等生物共を守ってきた黒騎士がその信頼を失った。それでも奴は、他者を守る為に戦えるのか? 見物じゃないか」


 魔王は楽しげに笑う。所詮、彼にとって黒騎士の民からの信用を失わせることなど暇つぶしに過ぎない。言うなれば黒騎士はオモチャなのだ。器が再生すれば今度は黒騎士が度々現れているという学園へと出向き、全てを壊すまで。


「……ラヴァルスード様」

「なんだ」

「グリューンの件はどうしますか?」


 魔人達は王都に集まるようにリラが招集をかけた。グリューンはそれを無視した。それだけならばまだ良いが、あろうことか彼女は魔王が王都の大地に足を踏み入れても現れなかった。

 主であるラヴァルスードを、魔王を、守ろうと立ち回らなかった。

 リラはそれも我慢ならない。

 おまけに、グリューンは未だ帰ってきていない。聞けば人間達の間に混じって偶像の活動しているという。そうせよと指示したのは自分だが、魔王が現れた際はこちらに来るようにと指示していたし、魔王より生み出された魔人からすればそれはごく当たり前のことだ。


「あの愚か者を罰する準備は既にできております」

「構わん。放っておけ」

「なっ……! なぜですか!?」

「面白いからだ」


 リラは一瞬、ラヴァルスードの言っている意味が分からなかった。


「お前達魔人は確かにこのオレが生み出したモノだ。しかし……お前達は今やオレの欠片より生み出されたモノではなく、一個の生命体としての自我を持ちはじめている。いや、自我なら最初から芽生えていた。しかし、ここ最近それがより強固になっている。ただの欠片でしかなかったお前達魔人が。興味深いことだ」

「だから、グリューンを放置しておくと?」

「そうだ。お前達がこれからどんな変化をするか。暇つぶしにそれを眺めてみるのもまた一興」

「しかし……」

「リラよ。オレは暇なのだ。ご覧の通り、自由に動けぬ身だからな」


 視界に収まるラヴァルスードの体は巨大クリスタルの中で静止している。

 自由に動けぬ身だからこそ、リラは『器』を……邪結晶を作ったのだ。

 黒騎士によって一部が破壊されてしまったが、現在は修復作業を急いでいる。


「……分かりました」

「それで良い。それよりも今は、黒騎士という役者を見物していようではないか」


 ☆


 王都では黒騎士と魔王の噂は既に多くの人に広がっていた。それが魔人リラが意図的に流した噂だと気づく者は誰もいない。当然、学園内でもそれが話題の中心だった。


「俺は前からアイツのことは怪しいと思ってたね」

「魔王が復活したなんて本当なのかな?」

「お前も感じただろ。あの恐ろしい魔力……」

「怖い……」

「もしかすると魔王というのは黒騎士のことかもしれないぞ」

「アイツの正体はきっと復活した魔王だよ」


 様々な噂や憶測が学園内を飛び交うが、やはり全体的に黒騎士に対する印象はあまり良くない。

 フェリスは必死に何かを堪えながらもつかつかと学園内の廊下を歩く。歩いていなければ、何か動いていなければ怒って何をするか分からないからだ。


「あの、フェリスさん」


 とりあえずギルドホームに向かって歩いていると、背後から声をかけられた。


「クリスさん」


 振り向いてみると、そこにいたのはクリスだ。

 いつも見せていた笑顔はどこへやら、どことなく落ち込んでいる。というか、元気が無い。理由は知っている。


「兄さんは……」

「一応、授業には出てましたけどね。まだ元気が無いみたいです。今日も授業が終わるとギルドホームに戻って行きました。練習になったらまた顔を出すと思います」


 元気が無いという表現をしたが理由は知っている。あの鎧の力が魔王の力と同じモノだというショックをまだ引きずっているのだろう。だが、クリスはそれを知らない。ソウジが知らせたくないと言っているから、まだ誰もそのことを知らせていない。


「兄さん、あの日……魔人と呼ばれる者たちが襲撃した日から、元気が無いんです。あの時、あの場で何かあったのでしょうか?」

「さあ……わたしにはよく分かりません。周りの人達の避難誘導や救助にあたっていたので」

「フレンダは何も言ってくれないし……兄さん、大丈夫でしょうか」

「今のわたしたちには何もできません。ただ、ソウジくんを信じることしか」


 きっと、ソウジは自分の力を恐れているのだろう。だからこそ今、悩んでいる。悩み、もがき、苦しんでいる。その苦しみを癒すことはフェリスには出来ない。クリスにだって出来ない。ソウジ自身の手で考え、答えを出すしかないからだ。


(……でも)


 ソウジの苦しみを取り除くことは出来ないけれど、頑張る彼を支えることなら出来るかもしれない。


「フェリスさん。そういえば、学園祭はどうなるんですか?」

「とりあえず中止にはならないそうですよ。交流戦が中止になったところで学園祭まで……色々な種族の方々が留学している今の状況で学園祭を中止したら、やはり種族間交流の面で信用とか色々と不都合なことがあるようです。あまり詳しくは分からないのですが」

「そうですか。学園祭で兄さんも少しは元気になってくれればいいのですけど……。そうだ、わたしたちの劇はどうなるのでしょう? 今はこんな状況ですし……」

「わたしはやりたいと思っています。でも、分からないというのが正直なところです」


 イヌネコ団の出し物である演劇は黒騎士をテーマにしている。今の状況だと観客の反応的にもどうなるか分からない。というか、出し物として許可が下りるかどうかも分からない。


「……クリスさんは、黒騎士のことをどう思いますか?」

「え?」

「ちょっとした世間話です。どう思いますか?」

「えと……そうですね。噂されているほど、悪い人じゃないと思います。実際、これまでユーフィア様や他の人達も助けてくれたわけですし。それに……」


 クリスはほんの僅かに過去のことを思い出したかのような目をすると、決意をもった顔をフェリスに向けた。


「仮に、本当に黒騎士の力があの魔王と同じモノだったとしても、わたしは黒騎士さんを信じます。持っている力だけでその人を判断するなんておかしいです」

「……そうですね。わたしも、そう思います」


 かつてクリスは兄であるソウジを失った。魔力の色が黒。そんな理由だけで。それはエイベルによって仕組まれたことだったとしても、その時の絶望や悔しさ、無念さは忘れてはいないのだろう。

 この子は自分と同じだ、とフェリスは思った。

 同じようにフェリスもある日突然、魔力の色というくだらない理由でソウジを失った。

 だからこそ持っている力がどうだろうと今更ソウジのことを蔑んだりはしない。


(……だから…………)


 はやく、戻ってきてください。


 ☆


 放課後の会議室では、生徒会と風紀委員会、有志の生徒達が一堂に会して学園祭に向けての会議が行われているところだった。その場にはフレンダに加えて、マリアとエドワードをはじめとした他大陸からやってきた留学生の代表者達も参加している。先日の魔王の襲撃事件を受けて学園内でも警備の強化などの必要性を感じたからだ。

 とはいえ、騎士団の方も当日は警備にあたることになっている。この学園の結界のレベルが高いとはいえ魔人達はそれを突破する方法を持っている。それだけでなく、魔族やエルフ族の王族がいるのだから元々、警備が強化される予定はあった。

 これならば学生で警備を行う必要性は無いと思われるが、『皇道十二星眷』や強力な星眷魔法を持つ彼らは学生の身でありながらそのレベルはかなり高い。下手な兵士や騎士達よりもよっぽど戦力になりえるのだ。そもそも『星眷使い』そのものが限られた人しかいないのだから。


「――――というわけだ。皆、当日は頼むぞ」


 ちょうど会議も終盤に差し掛かり、大方の警備計画が立った。

 が、この場にいる者達の表情は優れない。コンラッドは学園祭の概要がまとめられた書類を眺めつつ、


「けどよぉ。仮にその魔人やら魔王様とやらが出たとして、オレ達はどうすりゃいいんだ? 聞くところによるとアイツら、普通の魔法攻撃どころか星眷魔法すら受け付けねぇって言うじゃねェか」

「受け付けないっていうより、くらったダメージがすぐに再生しちゃうって感じらしいですよ先輩」

「そんじゃあ倒しようがないじゃねぇか」


 実際、騎士団も頭を悩ませているのはそこだ。彼らの親玉が魔王だと分かった時点で、なぜ過去の人達が異世界から勇者を召喚しなければならなかったのか。その理由が身に沁みた。彼らの持つ白魔力の力ならばダメージを与えることが出来るからだ。


「まァ、黒騎士と白騎士頼みになるでしょうねぇ。来るか分かりませんけど」


 デリックが投げやりに言った。


「その黒騎士ってやつは信用できるのか?」

「聞けばそいつの力は、あの魔王と同じだと言うじゃないか」

「もしかしたら魔人ってやつらの仲間なのかもしれないぞ」


 会議に参加していたドワーフ族や有志で参加してくれた生徒の何人かが黒騎士への不満を露わにする。黒騎士に助けられた経験のあるマリアはムッとしたが何とか堪えた。


「でも現状、魔人達にに対抗できるのは黒騎士と白騎士しかいないでしょ。それとも君達ならアイツらに勝てるって言うの?」


 ルークの棘のこもった言葉に、不満を漏らした者達は黙り込んだ。実際、現状はそれしか対抗手段がないのだ。それにルークとしては、黒騎士にはアイヴィを助けてもらった恩がある。


「僕は黒騎士は悪い奴じゃないと思うな」と、ルーク。

「あ、それはオレも賛成かなァ。なぁアイザック、お前もそう思うだろ? ほら、学園襲撃事件の時とかは助けられたわけだしさ」と、デリック。

「悪い奴かどうかはさておき、現状、黒騎士はあの魔人達と敵対しているように見える。少なくともこちらの味方と言えるのは賛成だ」と、アイザック。


 ルークと風紀委員会の二年生コンビは概ね黒騎士に対して好意的な反応を示す。それぞれ、実際に黒騎士には直接助けられた面が大きいのだろう。


「し、しかしですね。ヤツの力は魔王と同じ……」

「情けねぇ奴だな。仮に同じだとしても力っつーもんはそれをどう使うかだろうが。少なくとも、今までアイツはその力をオレ達を護る為に使って来たぜ。つーか、お前も助けられただろうがよ根性ねーな」


 最後にコンラッドがピシャリと言ってのけて、有志で参加した生徒は黙り込んでしまった。


「黒騎士が味方かどうかの話し合いはここまでだ。現状、黒騎士にこちらと交戦する意思はなく、こちらと協力して魔人達と敵対する意思は示していると聞く。今はそれだけで充分だろう」


 クライヴがこの場を締めくくり、会議は終了した。


 ☆

 

「どうしたの? 今日は、あんまり喋らなかったわね」


 会議が終わった際、生徒会室に戻ってきたコーデリアは珍しくあまり話さなかったエリカに疑問を投げかけた。エリカはというとじっと考え込んでおり、ポツリと言葉を漏らす。


「ねぇ、コーデリア。アンタは黒騎士のこと、どう思ってる?」


 友人からこぼれた意外な返答にコーデリアは驚きつつも率直な気持ちを伝える。


「そうね。これまでの黒騎士の行動は少なくともこちらの味方だったはずだし、あの魔人達とも敵対していたように見える。仮に本当だとして、魔王と同じ力を持っているという点が不安だけど……でも、あの人は良い人のようだし、私は信じてるわ」

「そうねぇ……さっきの会議でも思ったけど、信じてる人はいるのよねぇ」

「エリカ?」


 今日の友人はとことん珍しい。このような様子を見せることはあまり無い。大抵は妹ラブの気持ち悪い程のシスコンっぷりを披露しているのに。


「…………まァ、本人が自分を信じられるかはまた別問題よね」


 エリカの呟きが何を意味するのか。


 コーデリアは分からず、ただ首を傾げることしか出来なかった。



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