第百九話 鎧の真実
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「魔王……だと?」
突如として現れた邪悪な存在。それは自らの名を魔王と名乗った。あの、かつて世界を支配しようとし、戦争を仕掛けたあの魔王だ。今は、『再誕』のボスのような立場にあるはずの存在。
「まさか、もう復活しやがったのか!?」
ライオネルはロートへの怒りを未だ抑えきれているというわけではないが、見ている限りではそれ以上にあの魔王の登場が衝撃的だったようだ。ロートへの注意を向けつつも、視線はあの魔王へと向けている。
「愚か者めが。たかだかこの程度の力しかない状態で復活だと? 笑わせるなよ小僧。このラヴァルスードの本来の力はこのようなものではないわ」
(この程度……!?)
ラヴァルスードと名乗った男からは得体のしれない魔力を感じる。その量が、とてつもないということも。今の状態でも脅威だというのに、どうやらこれで完全に復活しているわけではないらしい。
ますますこんな奴にルナやユーフィアを渡すわけにはいかない。身構え、警戒心と集中力を高めていく。
だが、気のせいだろうか。自分はあの男を前から知っている気がしたのだ。
「…………フン。少し見ない間に王都も随分と、変わったものだな」
対するラヴァルスードはというと、こちらの様子にはまったく興味がないようだ。いつでもどうとでもできるということだろうか。
「随分と余裕じゃねぇか」
「当然だ。貴様ら如きに警戒する必要があるとでも? それよりも今は、この変わり果ててしまった王都を堪能するのに忙しい。邪魔するな。相手なら後でしてやる」
「そうかよ!」
ライオネルは『セイバスター』の銃口を突き付けると、瞬時に引き金をひいた。白魔力によって生み出された魔法弾が魔王へと殺到する。が、着弾する前に紫の魔人リラが回り込み、魔法弾をすべて雷で叩き潰した。
「無礼な! ラヴァルスード様の時間を邪魔するな!」
ライオネルの攻撃にリラは怒り狂い、全身からバチバチと雷が迸り、爆ぜ、周囲の建物や地面を抉り取っていく。荒れ狂う雷はそのままライオネルへと向かって突き進み、対するライオネルはと言うと銃を『オリオン・セイバー』という剣へと変形させて雷を斬り裂き、かろうじて防ぐことに成功する。
「チッ!」
親の仇とその元凶を目の前にしたライオネルはやはり感情を制御し切れていないらしい。忌々しげに舌打ちをして共に下がった。その様子を見たラヴァルスードは面白そうに笑い、リラを制止させる。
「リラ、下がれ」
「しかし……」
主の身を案じているのか、リラが更に何かを言おうとした時だった。
突如としてラヴァルスードの体から黒い波動が広がり、周囲を押し潰さんとするかのような威圧感と共に王都一帯の空間を駆け抜ける。
「下がれと言っている。二度も言わすな」
「はっ!」
魔人の中でも最強であるとされる紫の魔人リラをああも従わせるラヴァルスードの実力は計り知れない。
それよりも、
「…………!」
ラヴァルスードという男の存在を、なぜか自分は前から知っている気がした。それだけではない。
あの男を知っている。見たことがある。
(そうだ。俺は知っている。アイツを。アイツを知っている……!)
ドクン、ドクン、ドクン、と。
心臓の鼓動がどんどん加速する。頭の中であの時の光景がフラッシュバックする。
師であるソフィアの背中に突き刺さるいくつもの鎖。それを発した張本人を。
「…………おおおおおおおおおおおおおおおおおッ!」
気がつけば、大地を蹴って駆け出していた。右手の剣を握りしめ、魔人が四人も揃っていることや、ラヴァルスードの持つ膨大にして邪悪な魔力のことが、頭から吹っ飛んだ。
ただただ、あの男を叩きのめしてやるという気持ちでいっぱいになった。
そうだ。
この男だ。
ソフィアの力を奪ったのは。
彼女を苦しめる呪いをかけたのは。
だから。
(コイツを叩き潰して、師匠を助けるッ!)
ラヴァルスードが発した黒い波動。アレの力によって転移魔法は使えない。
よって走るしかなかったのだが、そのためか当然魔人たちがラヴァルスードの前へと集結する。下がれ、と言っておいたのにわざわざ集まってきた魔人達にラヴァルスードが呆れているようだが、そんなことはどうでもいい。
「邪魔だァッ!」
全身から黒い魔力が噴出した。
それはこれまでの比ではない。
荒れ狂うように噴出した魔力を剣に纏わせ、立ちはだかる魔人達を薙ぎ払う。
「ッ!」
「なんだ、このパワーは……!?」
「これまでの奴の比ではないぞ!」
驚愕する魔人達をよそに、ラヴァルスードめがけて突進していく。
ソフィアに預けている為にあのブレスレットは今は手元にない。あのブレスレットにはこの『鎧』の能力を底上げする力と別属性の力を有したモードへと変わる能力があり、それらを使ってもこれまで魔人と互角かやや上回るか程度でしかなかった。
だが、ソフィアを傷つけた、仇とも言うべき存在が目の前に現れた。ラヴァルスードを今すぐ叩き潰しない、壊してやりたいという感情が鎧に伝わり、魔力を増幅させていた。その結果、立ちはだかる四人の魔人を一度に薙ぎ払うだけの力を得たのだ。
もはや止める者など誰もいない。
あとはこの剣で奴を倒し、ソフィアの力を取り戻すだけだ!
「ラヴァルスード様!」
リラが悲鳴のような声をあげる。一瞬とはいえ圧倒されてしまったことを悔いているような声だ。
しかし、そんなものはどうでもよかった。叩き潰してやりたかった。ぐちゃぐちゃに壊してやりたかった。そういった負の感情が鎧の力で増幅されていくのが分かった。それだけではない。増幅された負の感情がそのまま魔力へと変換されていく。
この感情に従っていれば更なる力が手に入る。魔人すら圧倒することのできる力を。
魔王を討ち、ソフィアを救うことのできる力を――――、
「甘いわ小僧」
だが、そんな幻想はアッサリと打ち砕かれた。振り下ろした刃は、ラヴァルスードに片手で受け止められてしまっていた。
「なっ――――!?」
驚く暇も無かった。空いている方の手が拳を作り、顔めがけて放たれた。喰らうとまずいことは一目見て分かる。首を傾けて咄嗟に拳を紙一重でかわし、剣を手放して今度はこちらの拳を相手の腹部へと叩き込む。何かが爆発したかのような音が轟き、ラヴァルスードは『アトフスキー・ブレイヴ』を手放して吹き飛んだ。が、すぐに地面を踏みめてこらえきる。
ラヴァルスードは何事も無かったかのように顔を上げると、じっと右手を見つめた。それは先ほど『アトフスキー・ブレイヴ』を受け止めた時の手だ。不思議なことにその手は火傷を負ったかのように焦げていた。
「なるほど……報告で聞いた時から考えていたが……その剣、やはりあの忌々しき力だな」
ラヴァルスードの言葉に押し黙る。
何を言っているのだこいつは。こいつは、
「が、妙だな。その剣を持ちながらなぜ貴様の魔力は黒い」
「知らねぇよ。気になるなら図書館にでも行って調べてこい!」
轟ッ! と更なる黒魔力を吹き荒れさせ、『黒加速』で超加速を行う。一瞬で距離を詰めて再び刃を叩きこもうとしたが、ラヴァルスードは一瞬にして目の前から消えた。
転移魔法か、と思ったが違う。地面に影が出来ている。
(上か!)
ラヴァルスードは背中に、魔族特有の黒い翼を広げて空中に浮きあがっていた。真紅の瞳が空からこちらを冷たく見下ろしている。
「更に鎧に剣……やはりそうか。なるほど、貴様がそうなのだな」
「なんだ? さっきから何を言っている!」
「相変わらずその鎧は忌々しい。が、同時に面白くもある。なにせ、貴様は何も知らないらしいからな。何も知らず、貴様はその鎧を身に纏い、オレ達に逆らっている」
「鎧……?」
確かにこの鎧に関しては謎が多い。自分の力でありながら何も詳しいことが分からない。しかし、それがあのラヴァルスードと何が関係しているというのだろうか。
「知らぬのなら、心優しく立派ななオレが教えてやろう。黒騎士、その鎧はオレ達が使う力と同じ力だ」
「同じ? スクトゥムが、お前達と同じ力だと!?」
絶対に違う。そんなはずがない。そう思うが、否定できない自分が心のどこかでいた。
本当に違うというのなら、そんな自信があるのなら、どうして今こんなにも嫌な汗が流れているんだ?
そんな心の中の混乱や迷いを押し潰すかのように、ラヴァルスードは口を開いた。
「王の血族であるオレは『王の鎧』と呼ばれる特殊な鎧を持つ。貴様らでいう『星霊』のようなものを体内に宿し、鎧として身に纏う力だ。オレはその力の欠片を与えることで魔人たちを生み出した」
思えば、魔人達は人間体と魔人体の両方を使い分けることが出来た。魔人体は歪な鎧を身に纏っているかのような姿をしている。その姿は恐らく、魔王から生み出されたものだったからだ。
「そして黒騎士、貴様が今現在纏っているものこそが魔族の『王の鎧』。貴様達の言葉で言うなれば――――『魔王の鎧』だ」
ラヴァルスードの目が細められるのが分かった。
対するこちらはというと唇を噛むことしか出来なかった。そうしていなければ、どうなるか分からなかったから。信じたくはない現実が、そこにあったからだ。
「分かるか、黒騎士。つまり貴様のその力は、このオレと同じモノなんだよ。光栄に思えよ、魔王と同じ力を受け継いだ者などそうはいない」
「…………ッ!」
ぎゅっと拳を握り締める。自分がこれまで頼りにし、使っていた力がどういう経緯かは分からないが元は魔王の力だったことがショックだった。それだけではない。この『魔王の鎧』である『スクトゥム・デヴィル』の『最輝星』が暴走してしまったことでソフィアが傷つき、ラヴァルスードに力を奪われるきっかけを作りだしてしまった。
目の前が真っ暗になるかと思った。すべてが終わるかと思った。ソフィアはこのことを知っているのだろうか? もしも自分の力が元々は魔王のものだったと知れば、彼女はどんな反応をするのだろうか? もしかすると、バウスフィールド家から追放された時のように……。
それだけじゃない。
フェリス達はどう思うのだろう。
これまで通り友達でいてくれるのだろうか? もしかしたら、あの時と、バウスフィールド家の時と同じように化け物を見るかのような目を――――、
「そこまでだッ!」
発せられた声と大きな魔力で我に返る。
気がつけばライオネルがあの『星霊天馬』を召喚して跨り、ラヴァルスードへと突撃していた。『セイバスター』の銃口を向けながら次々と魔法弾を撃ちこんでいく。
「なにぼーっとしてんだ! そんな野郎の言うことがなんだ、しっかりしやがれッ!」
叫びながらライオネルは次々と魔法弾を撃ちこみ続けた。対するラヴァルスードはまたもや盾になろうとした魔人達を手で制し、魔法弾を片手で弾き飛ばしていく。
「この野郎ッ!」
銃を剣へと変形させたライオネルは刃に魔力を集約させ、『星霊天馬』に必殺の一撃を纏わせる。
「『勇龍斬』ォッ!」
高密度の白魔力を纏った星霊天馬の突進攻撃はそれそのものが必殺の一撃と化していた。今現在のライオネルが放てる最強の攻撃。『勇龍斬』の魔力を纏った天馬が、白き騎士と共に魔王ラヴァルスードへと殺到する。
これを真正面から受けるのは魔人とてタダでは済まない。
「――――なにッ!?」
しかし、ライオネルをあざ笑うかのようにラヴァルスードは片手で突進攻撃を受け止めていた。手から放たれる黒い、邪悪な障壁が『星霊天馬』とライオネルの攻撃を受け止め、防いでいる。ライオネルは何とかして押し出そうとしているらしいが、ビクともしない。
対するラヴァルスードはというと、興味深そうに『星霊天馬』を眺めていた。
「ほぅ……これが報告にあった『巫女』の力によって生み出された『星遺物』か。それに加え、その腕の魔道具……」
ニヤリとしながら、まるで芸術作品を鑑賞するかのようにじっくりと『星霊天馬』を眺めるラヴァルスード。その視線はライオネルの左手にあるブレスレットへと注がれる。無邪気な笑みは子供のようで、不気味でもある。実際、この男に視線を向けられてライオネルはゾッとしているかのようにも見えた。
「『星遺物』の力を模した魔道具か。中々面白い」
ニヤリとしながら、まるで芸術作品を鑑賞するかのようにじっくりと『星霊天馬』を眺めるラヴァルスード。無邪気な笑みは子供のようで、不気味でもある。
「だが、この天馬にしても貴様らの鎧にしても、所詮は『過去の勇者の力』を再現しただけのモノに過ぎん」
「……ッ!?」
「つまらん」
それだけを言い捨てると、ラヴァルスードは一気に力を解放した。爆発のようなものが起こり、ライオネルは天馬と共に吹き飛ばされる。それを何とか受け止めようとしたが体が咄嗟には動いてくれず一緒に吹き飛ばされてしまった。かろうじてライオネルと共に空中で体勢を立て直す。
両の拳を握り、戦う姿勢を見せるが魔王の口から語られた『真実』によって体に力が入らない。
頭の中にあるのは自分の力がソフィアを傷つけた『魔王』と同じモノであるということと、それによってもしかすると仲間達から見捨てられてしまうのではないかという恐怖。
「おい、しっかりしろ!」
「ッ……。あ、ああ」
ライオネルは聞いていたはずだ。さっきのラヴァルスードの言葉を。なのになぜ。
声が出ない。力も出ない。ライオネルの言葉に応えられない。
「……ショックなのは分かるけどよ、でも、今お前が動かなかったら誰が動くんだ。オレ達の仲間は、オレ達が守らなきゃだろ!」
白銀の剣を構えながら、ライオネルは叫ぶ。どうやら先程の一撃で既に星霊天馬は解除されてしまったらしい。また、魔力も大きく消耗したはずだ。それなのに、ライオネルは前に立っている。これが勇者の血族か。と思った自分がいて嫌になる。
違う。そんなのは関係ない。ライオネルは、仲間を護る為にこうしているだけだ。勇者だとか、そんなのは関係ない。ライオネルはここで自分達が倒れてしまえば妹も、イヌネコ団のみんなも危ないということを知っているからだ。
未だショックは抜け切れていない。だが、ここで立たなければ、ここで立ち向かわなければ、ここでライオネルを、仲間達を守らなければ、自分は本当の意味で化け物になってしまう。
「……ほぅ。まだ何か見せてくれるのか?」
フラフラとしながら立ち上がる。ここであの圧倒的なラヴァルスードを倒す手は。
一つしか、ない。
「――――『最輝星』……!」
不思議なことにそれを唱える事にためらいは無かった。
仲間を守らなければ、と思う反面、もうどうなってもいいという自暴自棄な部分もあることは確かだった。
剣は黒い魔力に包まれ歪な形へと変化する。やはり完全にコントロールしきれていない。だが構わない。コントロールが出来なかろうが、暴走している力をそのままラヴァルスードへと叩きつければいい。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおッ!」
叫びながら地面を蹴りだしていく。魔王なる人物へと駆け出していく。
ラヴァルスードは「面白い」と呟くと、先程ライオネルにした時と同じように片手で『最輝星』を受け止めた。
荒れ狂う魔力の刃と魔王の障壁が激突する。
「む……!?」
最初は優勢かと思われたラヴァルスードだが、がくん、とすぐに膝をつく。見てみると、攻撃を受け止めている右手が壊れはじめていた
「これは……なるほど、さっきの白騎士の一撃か」
どうやら先程のライオネルの一撃に知らぬ間にダメージが蓄積していたらしい。同じ手で『最輝星』の攻撃を受け止めた為に、限界が来てしまっていたようだ。
(ここだ!)
勝機を見つけたと言わんばかりに攻撃を押し込み、捻じ込んでいく。
時間にすればほんの一瞬。だがその一瞬さえあれば十分だった。
「チィッ!」
辺りが光に包まれる。魔力が爆ぜ、衝撃で後ろに吹き飛ばされた。が、それをライオネルが受け止めてくれる。同時に、魔王のいた場所が爆発に包まれた。
「奴は!?」
ライオネルが確認しようとするも、爆炎はすぐに切り裂かれる。
そこにいたのは…………ラヴァルスード。
「畜生、今の攻撃でもダメなのかよ……!」
「…………いや」
拳を握りしめるライオネルだが、
「そうでもないらしい」
よく見てみると、ラヴァルスードもタダでは済んでいなかった。右腕が吹き飛んでいる。傷口は煙を上げながら焼け焦げており、再生する気配はない。
「ラヴァルスード様ッ!」
リラが悲鳴のような声をあげてこちらを睨み付けてくる。今にも殺しにかかってきそうな様子だが、それをまたもやラヴァルスードが無事な左手で制していた。
「なるほど、な。どうやら思った以上にはやるらしい」
恐ろしいことに、ラヴァルスードは吹き飛んだ右腕を見てくつくつと笑っていた。
まるで新しいオモチャを見つけた子供のように……。
「面白い。実に面白いぞ。気が変わった、帰るぞリラ」
「よろしいのですか?」
「あァ。もう少しこいつらと遊んでいたいところだが、この腕ではそう満足に楽しめまい」
器を得たことで少々はしゃぎ過ぎたようだ、とも呟くラヴァルスード。魔人達はそんな主の元へと集まっていく。
「楽しかったぞ。王都を守護する二人の騎士よ。特に黒騎士。次に会う時はせいぜいオレを楽しませろ。何しろその鎧は、あの忌々しい女から受け継いだモノなのだろうからな」
ラヴァルスードはそれだけを言い残し、魔人達と共にその場から消えた。
戦うべき敵が消えると、後に残ったのは知りたくなかった、目を背けたい真実のみだった。
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