第十話 手渡されたクリスタル
魔力測定は模擬戦の時以上に多くの生徒がソウジの黒魔力を目撃した。そのことでやはり噂になった。とはいえ、以前からヒソヒソ声は嫌というほど聞いたので今さらそれが増えたところで問題ない。
それよりもソウジは自分のポイントが0からスタートになるかもしれないと言われて気落ちしているところだった。
「あはは……げ、元気だしてください」
「そうだぞ。んな辛気臭い顔してたら飯もまずくなっちまうぜ」
放課後の食堂では気落ちするソウジを励ますフェリスとレイドの姿があり、そこにまたルナが差し入れを持ってきた。
「ソウジさん、どうしたんですか?」
「ちょっと張り切りすぎちゃってな……失敗した」
「?」
ちょこん、とかわいらしく首を傾げるルナ。
「えっと、実は……」
そこでフェリスはソウジが先日行われた魔力測定で『測定不能』という前代未聞の結果をたたき出したことを知った。
「学園で使われているクリスタルって、かなり高性能の物でしたよね? それですら測定不能なんて……」
「どうやら測定の時に魔力の制御を失敗しちゃったみたいで」
入試の時は魔力量を抑えてから測定した。が、今回はそれをしていなかった。バウスフィールド家にいた頃の『色分けの儀』を思い出してしまったことが原因かもしれない。ふっきったと思っていたが、心の奥底では未だにあの家の事を考えているのかもしれないとソウジは思った。
「にしても、かなりぶっとんだ魔力量だよなぁ。ソウジって。もうお前に驚かされることなんか無いと思ってたけどまたまたビックリしちまったぜ」
「昔からソウジくんはとてつもない魔力量でしたから、こうなってもわたしは今さら驚かな…………」
はっとフェリスは慌てて口を噤んだ。
「昔から?」
「えっとえっと、言い間違えました! 『昔からとてつもない魔力量を持ってそう』です!」
昔を懐かしんで思わず出てしまった言葉を慌てて修正するフェリス。ソウジは自分がバウスフィールド家出身であることを隠しているし、だったら自分との思い出も黙っておいた方がいいのでは、と考えたからだ。きっと彼なりに理由があるはずだし、昔の事を思い出させて辛い思いをさせたくなかった。
でも微かに胸がずきん、ずきんと痛むのだ。あの頃の思い出を楽しいと思っているのは自分だけなのかもしれない。そう思うと胸が痛む。あの頃の思い出が嫌なモノだったとすれば、それは自分と過ごした思い出を否定されているという事になる。そう思うと胸が痛む。だからフェリスは怖くて言い出せなかった。昔の自分とソウジのことを。フェリスにとっての、宝物のような思い出を否定されたくなかった。
「それにしてもソウジさん、ランキング戦に参加するつもりなんですか?」
「ああ。五十位以内に入りたいんだ」
「五十位以内……それはとても大変ですね。毎年、その辺りの順位は変動が少ないですし」
ルナはソウジたちが入学してくる前からこの学園で働いている。そのため、この学園についてはソウジたちよりも詳しい。
「ルナ、出来ればランキング戦の現状について色々教えてもらいたいんだけど。いいかな」
「……わかりました。わたしなんかでお役にたてるのなら、ある程度の事情を説明します」
そういってルナは小さく「こほん」と咳払いすると、説明をはじめた。
「ではまず、ランキング戦では上位五十人の多くが三年生です。中には二年生もいますが数としては少ないですね。そしてその中で更に上位十人は『上位者』と呼ばれています。そして『上位者』の全員が……星眷使いです」
「そして、その中には当然、『十二家』が混じっているんだろ?」
ルナはこくりと頷いてソウジの言葉を肯定した。
「はい。『十二家』以外にも、『上位者』はその多くが魔法の名門出身の方です。彼らは殆どがそれぞれのチーム……『ギルド』に入って互いに牽制し合っています。そのため、ランキングそのものに大規模な変動はありません。何度か入れ替わりはしているようですが、ギルド間のパワーバランスが崩れるほどの変動はここ最近は起こっていません」
「ん? どうしてギルドを作ってまで牽制してるんだ?」
疑問を投げかけたのはレイドである。
「順位を落としたくないからじゃないか? この学園でランキング戦の順位ってただの数字じゃなくて将来に関わってくるような面もあるし、下手にしかけてポイントを減らして順位を落としたくないんだろ。名門が多いなら、実家からの期待やプレッシャーもあるだろうしな」
「おー、そっか。なるほどなるほど」
レイドは納得したように頷く。
とはいえ、ランキング戦で五十位以内に入るのは狭き門のように思えた。だがそれでもソウジはやらなければならない。やらなければならない、理由があるのだから。
「……でも、ランキング戦じゃなくてもポイントを手に入れることは出来るんだよな?」
「はい。例えば、生徒同士の決闘がそれにあたります。ですがそれには申請が必要ですし、生徒会の承認も必要です。手間がかかるのでそれをとる生徒は少ないですし、あったとしても回数は少ないですね。それと、普段の授業でしゅ」
(……噛んだ)
(……噛んだな)
(……噛みましたね)
ルナが最後につい噛んでしまったことはあえて口にしない三人。ルナは顔を少し赤くしてこほんとかわいらしく、そしてわざとらしい咳をした。
「……普段の授業です」
「え、でも授業でどうやってポイントをゲットするんだ?」
レイドがまた首をひねり、その疑問にまたソウジがこたえる。
「恐らく、普段の発表点じゃないか」
「正解です。普段の授業における発表点などでもポイントが加算されます。これは戦闘が得意でない生徒のための配慮です。成績とランキングポイントにプラスされるので、成績的なことを考えれば実質的にはポイントが二倍つくことになりますね」
「なるほど。そういう生徒は、学園内のポイントよりも成績の方が関心がありそうだしな」
「ソウジさん、理解が早いですね」
「師匠にもよく褒められてたぞ」
えへん、とちょっと子供っぽく誇らしげになるソウジ。そんなある意味珍しいソウジを見てフェリスは思わず頬が緩む。見てみれば、ルナも「……ちょっとかわいいです」と呟いているような気がした。これは心穏やかではない。
(む……そ、ソウジくんのことはわたしの方が先に知り合ったんですから)
心の中で意味もなく張り合ってみる。
「かわいいな」
「ふぇっ!?」
とつぜん、ソウジからかわいいと言われて、フェリスの心を一気に緊張が駆け巡った。思わず頬が熱くなってドキドキと鼓動が止まらない。
「か、かわいいって……」
「いや、そこに小鳥がいるから。かわいいなと思って」
ソウジが指をさした先にいたのは、言った通り小さな鳥がいた。
フェリスは「ああ、小鳥ですか……」とがくっと肩を落とした。
「食堂の近くには森があるので……そこから間違って入り込んできたのでしょうか」
ソウジたちがいるのは食堂のテラスである。近くに森もあるし、ここに鳥が迷い込んできても不思議ではない。
「ほら、おいで」
ソウジが指を動かすと、小鳥がすいっと吸い込まれるようにしてソウジの手の中に納まった。だが、ジタバタと暴れているのでソウジはその小鳥を優しく撫でると、小鳥はすぐに大人しくなった。
「わあっ。かわいいですね」
「ほんとです」
フェリスとルナの女子コンビは鳥の仕草に目をキラキラと光らせている。レイドはというと「……焼き鳥」と何やら不穏な単語をボソッと呟いていた。
「そうだな。でも、ここまでだ」
そういって、ソウジは小鳥を逃がす。
「もう捕まるなよ」
解放された小鳥は森の中へと帰っていった。何者にも縛られることなく悠々と飛翔する小さな鳥を見てソウジは、自分もあの小鳥になれたのだろうか、と自分に問うた。
☆
オーガスト・フィッシュバーンはイライラした気持ちを抑えることなく廊下を歩いていた。先日の模擬戦のことで教師から注意を喰らった。それが腹立たしい。自分はあの化け物を退治しようとしただけなのに。
(そうだ……黒魔力を持つ者など、『下位層』の人間など、ただの犯罪者だ! 汚らわしくて、母上のような優しい人を殺すような屑なんだ……!)
レイドは血がにじみ出るほど、自分の拳を握りしめる。
――――あなたのお母様は、あなたにそんなことを教えてはいなかったはずですが。
(ああ、分かってるさ、そんなこと。分かっているに決まっている。そして母上が、今の僕を望んではない事ぐらい……)
自分の母は『下位層』の現状をなんとかしようと尽力していた。人望もあった。でも、殺された。よりにもよって『下位層』の人間に。それを、オーガストは目の前で見ている。母が、自分を庇って死ぬ光景を……。
オーガストは『下位層』の人間が憎い。黒魔力を持つ人間が憎い。そしてそれらよりも何より一番……自分が、憎い。
母を護りきれなかった自分が憎い。あの時、力を持たなかった自分が憎い。だから力を手にした。もう二度とあんなことがないように。星眷という名の力を。
だがその力は、真っ向からたたき伏せられた。
よりにもよって、黒魔力を持つ少年に。
(ソウジ・ボーウェン…………!)
ギリッと歯を食いしばる。自分が間違っていることは解っている。あの少年は何も関係ない。『下位層』の人間が全員悪いわけじゃない。悪いのは母を殺した犯人なのだ。だが、あの魔力の色を見ただけで自分が母を護りきれなかった無力さを思い出してしまう。
結局はただの逆恨み。それも承知している。あの模擬戦に負けたのは、自分の奢りと傲慢さ。そして何より実力が足りなかっただけのこと。
フェリスは言った。オーガストの母はオーガストにこんなことは教えてないと。
オーガストは思った。自分の母はオーガストに『下位層』の人間を虐げることを望んでいないことを。
でも、だったらどうすればいい?
犯人は未だ捕まっていない。
どうすればこの気持ちを晴らせる?
ただの学生の身である、ちっぽけな存在である自分の気持ちは?
「くそッ! くそっくそっくそっ! ソウジ・ボーウェンめ! 化け物め!」
そんな時、だった。
「どうやら君も、あの化け物を憎んでいるようだね?」
「誰だ!?」
ここは学園の中にある森の中だ。放課後のこんな夜の時間に人は通りかからない。
ここなら多少は頭も冷えるだろうと思った場所だ。
そんな場所に、黒いマントを身に纏い、フードで顔をすっぽりと覆った人物が立っていた。
「誰でもいいさ。ボクも、あの化け物にはちょっと困っていてね」
「化け物……ソウジ・ボーウェンのことか」
「そうさ。君は、この前の模擬戦であの化け物に敗北した」
今や学内の誰もが知っている苦い事実に顔をしかめる。
「おっと、ボクは君をバカにしにきたわけじゃない。力を貸しにきたんだ」
「力を……貸しに?」
「そう。君に復讐するチャンスを与えようと思ってね……」
そういって、その黒マントの人物はオーガストに近寄る。
「復讐……」
「そう、復讐だ。憎いんだろう? 黒魔力を持つあの化け物が。だが、今のままでは君はあの化け物には勝てない。だから……これを、あげよう」
黒マントの人物はオーガストに小さな濁ったクリスタルを手渡した。
「これは……」
「使ってみればわかる」
そういって黒マントの人物は怪しげに微笑んだ……気がした。
「それはあの化け物を倒すのに大いに役立つだろう。一度使ってみるといい。出来るだけ、人けの無い場所でね」
オーガストは手渡された得体のしれないモノにごくりと喉を鳴らす。
「大丈夫……君は何も考えなくてもいい。君の母親の仇を討てばいいだけだ」
不思議とその人物の言葉は、オーガストの頭の中にすんなりと入ってきた。オーガストの頭の中にもやがかかったようになり、自然とその人物の言葉を受け入れていた。
「仇……そうだ……僕は、母上のために……復讐……しなければ……!」
ぎゅっとクリスタルを握りしめ、オーガストは意を決したようにそのクリスタルに魔力を込めた。
黒マントの人物はその様子を満足げに確認すると、あたかも仲間を歓迎するかのような口ぶりになった。
「さあ、あの化け物に復讐してくるといい。哀れなお坊ちゃん」
そういうと、黒マントの人物はオーガストにある情報を吹き込んだ。
夜は更けていく。
闇は更に色を濃くしていく。
何者かの暗躍を、塗りつぶし、隠すかのように。