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第百一話 ソフィアの力

 ソウジがその場に到着した時、既にフェリスたちはアイヴィの作り出した魔法空間に引きずり込まれた後だった。当然、そのことをソウジが知る由もなかったものの、ただ装着しているブレスレットからフェリスたちの状態が芳しいものではないことが微かに伝わってくる程度。


「ソウジさんっ」


 すると、物陰に隠れていたルナが声をかけてきた。どうやら隠れて様子を見ていたらしい。ルナのすぐ傍ではなぜかユキが辛そうに胸を抑えている。


「ルナ、みんなは!? それに、ユキちゃんに何か……」

「みなさんは、えっと、地面の中に沈んでしまいました。たぶん、先輩の魔法なんだと思います」


 アイヴィの魔法に関してはソウジも知っている。地面の中に沈んでしまったということはみんなはきっと魔法空間の中にいるということであり、それに加えて邪人化したことでアイヴィの力そのものも高まっているという事が想像できた。


「ユキちゃんは、さっき急に調子を崩してしまって……」

「だい、じょうぶ、です……」


 と言いつつ、ユキはフラフラとしている。


「これは……たぶん、お兄ちゃんが……」

「ライオネルがどうかしたのか?」

「お兄ちゃんの強い感情が……勇者様の力に呼応して、通路パスを通じてわたしに流れ込んできているのかも……」


 どうやらライオネルは妹に防御策として何らかの魔法をかけておいたらしい。おそらく、ライオネルとユキの間に通路パスのようなものを作り、危険を察知できるようにしたもの。かつてソウジがルナにも同じ魔法をかけていたが、それと同種の物だろう。だが、どうやらその魔法によって繋がった通路パスを通じてユキに異変をもたらしているようだった。


「お兄ちゃん……怒ってる……とても……。ッ……!」


 ソウジは、魔人と出くわした時にライオネルが呟いた言葉を思い出す。あの赤の魔人は、ライオネルとユキの、両親の仇だと。そう言っていた。それを目の前にしたことで感情を制御しきれなくなったのだろうか。しかし、逆に言えばその感情がユキにも伝わっているということはライオネルはまだ生きているということ。魔人相手に戦っているということだ。

 今すぐ加勢しに行きたいが、まずはアイヴィの事が……もっと言えば、命の危険に晒されている『イヌネコ団』の先決である。


「アイヴィ先輩の星眷は特殊な魔法空間を作り出す事……それなら、コイツで!」


 ソウジは、ここまで駆けつけてくる為に使った星霊天馬に視線を向ける。この天馬ならばアイヴィの魔法空間へと移動ジャンプすることが出来るはずだ。そう思ったソウジが天馬に跨ろうとした瞬間――――、


「待ちなさい、ソウジ」


 凛、と響き渡る、声。

 ソウジは動きを止め、ここで聞こえるはずのない声のした方へと振り向く。


「あ…………」


 見間違いかと思った。でも、よりにもよって自分が見間違えるはずも無かった、その姿。

 黒いローブを纏い、同じ色をした、鍔の広い三角帽子を被ったその女性は右手に杖を携えて、ゆっくりと歩いていた。宝石のように美しい黒髪をなびかせて、その女性は静かに微笑む。


「久しぶりね、ソウジ」


 ソフィア・ボーウェン。 

 世界最強の星眷使いと呼ばれている女性が、そこにいた。


「ど、どうして、ここに……?」

「ちょっとあなたに用があったのよ。でも、今はそんなことしている場合じゃないようね」


 そう言って、ソフィアは華麗にウィンクを決めると杖でカツン、と軽く地面を叩く。すると、煌びやかな魔力の波紋がその場に広がった。そしてあろうことか、地面にフェリスたちの姿が映っている。どうやったのかは分からないが、アイヴィの作り出した魔法空間を一瞬のうちに解析し、更に透視しているらしい。


「なるほど、そういう魔法なのね…………。ソウジ」

「え、あ、はいっ」

「今からその子を使ってこの魔法空間を破壊して、あなたの友達を外に出すわよ」

「そんなことが出来るんですか?」

「出来るわよ。だってその子は、そういう力を持っているんですもの」


 ソフィアはソウジの傍にいる天馬を指差した。天馬とソウジはゆっくりとソフィアに近づくと、彼女はそっと優しい手つきで天馬に触れた。


「私が空間を破壊したら、あなたは友達を助けなさい」

「わかりました……でも師匠、体が……」

「あなたはそんな心配をしなくていいの。わかったわね」


 ソフィアの体の調子はソウジも僅かながら知っている。彼女は今、『龍の大地』にて療養を行っていなければならないような体なのだ。無理をすれば彼女の体を蝕むこととなり、命を落としかねないほど。だからこそ、ソウジはなぜソフィアがこの場に、急に現れたのか分からなかった。でもソフィアがやろうとしていることを邪魔したくはなかったし、彼女のいう事に素直に従い、一刻も早くこの状況にケリをつけ、ソフィアを休ませることが近道だと思ったソウジは彼女の言葉に頷いた。


「いくわよ」


 ソフィアが天馬に触れた手で何らかの魔法を発動し、杖で再び、地面をカツンと叩く。


「ッ!」


 すると、またもや波紋が広がり、そして邪人化したアイヴィの作り出した魔法空間が爆ぜた。ガラスを叩き割ったかのような音が盛大に響き渡り、ソウジは魔力を集めてその狙いを定める。


「『魔龍斬デヴィルストライク』ッ!」


 黒い魔力の束が刃となって、フェリスに襲い掛かる触手を全て破壊する。そうするうちにアイヴィを含めた全員が現実世界への帰還を果たした。


「さあ、ここからが本番よ――――ソウジ」

「はい――――師匠」


 ソウジは拳を握り締め、自分の心の中に喜びの感情が湧き上がってくるのを感じていた。今、この場で師であるソフィアと共に立てていることが嬉しかった。だが、嬉しがっている場合ではない。一刻も早くアイヴィを救い、ライオネルを救い、そしてソフィアを休ませてあげなくては。

 ルークは既に気を失っている。だがそれでも、アイヴィは止まらない。


「先輩、いま助けますから」


 告げると、ソウジは紫色の鎧、『トルトニスモード』へと変身した。手に雷の力を得た杖、『トルトニス・ブレイヴ』を構えてアイヴィと向き合う。そして別の属性の力を得た姿へと変身したソウジを見て、ソフィアが微笑む。


「――――あなたもちゃんと見つけたのね。安心したわ」


 そんなソフィアの言葉を耳にしつつ、ソウジはアイヴィの持っているであろう邪人体の核を探る。緑の魔人が言うには、そこを破壊してしまえばアイヴィは解放される。つまりは今までの邪人と弱点は同じ。

 すると、隣のソフィアが魔法を使い、周囲から黒い鎖を生み出した。ソウジと同じ『黒鎖ブラックチェイン』。だが、数が段違いである。漆黒の鎖は瞬く間にアイヴィを捉え、拘束する。


「少し大人しくしててもらおうかしら」

「ううう……こんなものぉ!」


 アイヴィは邪人としての力を発揮して鎖を引きちぎろうとする。だが、鎖は幾重にも巻きついてなかなかその拘束から抜け出せない。


「まったく……困った子ね」


 言うと、ソフィアは更に別の魔力を解放する。すると、アイヴィに巻きついている鎖に『紫色』と『白色』の魔力が迸った。白色の雷と紫色の雷が同時に鎖に流れ込み、邪人化したアイヴィへと確実にダメージを与えていく。


「い、今のって紫色の魔力!?」

「そ、それに今のは……白魔力まで…………」


 唖然としながら呟くクラリッサとフェリス。当然、その二人だけでなく、その場にいた者達全員がソフィアの魔法に驚愕していた。

 通常、一人につき色づく魔力は一つ。

 例えばクラリッサなら『紫』。フェリスなら『赤』といった具合に。

 だがあろうことかソフィアは『黒』、『紫』、『白』の魔力を全て同時に使って見せた。否、それらの魔力を合成させていた。


「どう、驚いた? 『黒鎖ブラックチェイン合成ミックス』よ」


 ソフィアはイタズラが成功した子供のような、かわいらしい笑みを浮かべる。ソウジが別の属性の鎧に変身した際も魔力の色が変わることはあった。だが流石に複数の魔力を同時に発動させ、尚且つ合成させることなどしなかった。


「私、こう見えても七色全部の魔力が使えるんだから」

『な、七色全部!?』


 ソフィアの口から飛び出してきたとんでもない事実に、ソウジを除いた『イヌネコ団』の面々が驚愕のあまり叫んでいた。


「師匠、あんまり得意になってそういうこと喋らない方がいいですって」

「ふふっ。だって、みんなあんまり驚くんだもの。人里離れたところで生活してきた身としては、こういう反応が面白くて」


 子供の用に笑うソフィアについ釣られてしまいそうになるが、今の彼女は魔法を使うだけでも大変なはずだ。はやくアイヴィを助け出さなくては、ソフィアの負担にもなってしまう。


「核は胸の中心よ。決めなさい、ソウジ」

「はいっ!」


 ソウジは『トルトニス・ブレイヴ』に雷を集約させて、その一点を見据える。

 洗練された魔力の刃は今、少女を闇から救い出す為の槍と化す。


「『魔龍雷槍トルトニスストライク』!」


 紫色の雷槍が迸り、一点の互いもなく邪人化した少女の胸へと直撃した。と同時に何かが砕けるような音が響き、邪人は爆発に包み込まれた。轟音と共に、一人の少女が――――人間へと戻った一人の少女が、邪気に満ちた魔力から吐き出された。


 ☆


「チッ。どうやら終わっちまったらしいなァ!」


 赤の魔人ロートは、自分の手渡した邪結晶が破壊されたことを彼女は感じ取っていた。データ収集はリラの方が上手くやってくれただろう。グリューンは黒騎士と戦っていたはずだが、どうやら取りこぼしてしまったらしい。

 だけどまあ、ぶっちゃけロートにとってはどうでもいい。彼女は戦いさえできれば、それでいいのだ。

 しかし、


(退け、ロート)


 頭の中にリラからの指示が聞こえてきた。やはり潮時らしい。ロートとしてはもっともっと戦っていたいが、上司の命令には逆らえない。だけどそれならせめてもう少しは戦っていたいものだ。ちょうど、目の前の白騎士も良い具合に怒り狂っている。この手の負の感情はロートにとっては大好物なのだ。


(もうちょっとだけでいいから戦わせてくれねェかなァ、オイ。今イイトコなんだよ)

(貴様の都合など知らん。それに、この撤退は『あるじ』からの直接命令でもある)

(マジかよ……)


 ボウッとロートは炎を放ちながら牽制し、後退していく。


「あーあ、残念だなァ、オイ」

「テメェ、逃げるのか!」

「うっせぇなァ。アタシだって退きたきゃねぇけど、ご主人様からの直接の命令だからなァ。仕方がねェんだよっと!」


 ロートはついでとばかりに爆発の魔法を辺りにまき散らしていった。ライオネルはそれを何とか耐えるが、爆炎が晴れる頃には既に魔人の姿は消えていた。


「逃げんじゃねぇよ、畜生……! 畜生がぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」


 ライオネルは無力な自分に、そして、憎しみをぶつけるべき相手がこの場から去ったことで、ただただ叫ぶことしか出来なかった。


 ☆


 アイヴィを救った後、多くの生徒たちがこの場に集まろうとしていたので、ソフィアは真っ先に転移魔法で姿を消した。その直前、「ギルドホームで待ってるわ」という言葉を残して。

 そしてソウジはというと、邪結晶が破壊されたことと、アイヴィに邪気が残っていないかなどを確認する。ライオネルの事も気がかりだったが、ユキの口から無事が聞かされたので安堵する。そして、そろそろ自分も転移しとうかと思ったその瞬間。


「黒騎士さまっ!」


 ……この場で対応に困る声が聞こえてきた。おそるおそる振り向くと、そこには案の定ユーフィアがいた。しかも目をキラキラと輝かせており、とても気まずい。というか恥ずかしい。ここで無視するのも、まあ騎士団に対して悪印象を植え付けかねないし国際問題的なものになっても困るので渋々反応する。


「は、はい。お久しぶりです。ユーフィア様」

「わ、わたしの名前を覚えてくださっていたのですか!? ユーフィアはとても嬉しいですっ……!」


 眩しい。彼女の笑顔がとても眩しい。

 フェリスやクラリッサ、チェルシー、ルナからはジトッとした目で見られるし、ソウジとしてはこの場にとても居づらい。


(……げっ!?)


 しかも、よく見てみるとユーフィアの傍にはクリスがいるではないか。物珍しそうに黒騎士であるソウジを見ている。ますますこの場にいたくなくなってきた。妹がいる目の前で、女の子に「わたしの素敵な王子様」的なキラキラとした目で見られるのはとても辛い。主に恥ずかしいという方向で。


「あれが黒騎士……凄まじい魔力を感じます。あんな人がこの王都にいたなんて……」


 まあ、クリスはクリスでどうやら変身したソウジに対してユーフィアとは別の面で感心しているようだ。『スクトゥム・デヴィル』の星眷でこの『黒騎士』という姿(『デヴィルモード』)に変身すると、魔力や耐性をはじめとした全体的な能力が格段にアップする。当然、正体を隠しているので、探れるその魔力からはまるでソウジとは別人のように感じるだろう。そういった意味で正体がバレる心配はないが、どこかでボロが出ないとも限らない。ソウジは頃合を見計らって、転移魔法でギルドホームへと戻った。


「黒騎士様と出会えるなんて……この学園に来て、本っっっっっっ当によかったですっ!」


 転移の直前に聞こえてきたユーフィアの言葉は聞かなかったことにした。


 ☆


 魔人リラは、いつもの『下位層アンダー』の廃墟ではなく、とある闇の結界の中にてその『主』の目の前に跪いていた。頭を垂れ、他の魔人たちも同じようにしている。そして五人の魔人を従えているその『主』である男は巨大な、濁った結晶の中にいた。結晶の中は怪しげな色をした液体で満たされており、男の存在をかろうじて維持していた。


「どうやら、ソフィア・ボーウェンが動き出したようだな。奴から奪った力から伝わってくるぞ」


 男の声が、この空間の中から響き渡ってくる。

 魔人リラはその声に反応し、跪きながら報告を行った。


「申し訳ありません、我が主。ソフィア・ボーウェンの邪魔が入り、新型の邪結晶が……」

「まあ、あの愚かしい女が動き出したのならば今回の結果も当然と言えるか。それに関しては構わんよ。データは取れたことだしな」


 男は、『世界最強の星眷使い』……否、今となっては『世界最強の魔法使い』となったソフィア・ボーウェンを高く評価していた。何しろ、かつて男はソフィアと戦った。その際にソフィアの力、星眷の力の一部を奪い、そしてその残りを封印することに成功した。しかし、それはあくまでも彼女の『弱点』を突いたからであり、真っ向からそうしたわけではない。実質的には敗北したといっていい。


「忌々しい女よ。大人しくしていればいいものを…………」


 思わず手に力が籠る。自分が今、こうして深手を負って治療に専念しているのも、すべてはあのソフィア・ボーウェンに負わされた怪我のせいなのだ。それもただの怪我ではない。これも呪いの類であり、本来ならば即死している。だが男にも力があった。だからこそ、こうして生きている。生きている、とはいっても自らの体を結晶の中に閉じ込めて幾重にも高度な魔法や結界をはり、世界に二つとない魔道具を総動員してやっと、かろうじて生命維持が出来ている状態だ。


「ところで、『器』の完成度は?」

「現状、八割といったところかと。『器』に主を入れるだけならば出来ますが、まだ不完全なのでどんな不具合が出るか……」

「構わん。動きさえすればあとはオレの力でどうとでもなる」

「ですが、今の脆弱な『器』では主の力に耐えきれません。崩壊の恐れがあります」

「フン。それもまた一興。ソフィア・ボーウェンが動き出したとなれば、オレも一度ぐらいは挨拶に出向いた方がいいだろう?」

「ではやはり、次は『主』自ら……?」

「ああ。直々に、な」


 今は確かに弱っている。だが、それはソフィアとて同じことだ。それに加え、こちらには復活する手立てがある。そもそも『邪結晶』というアイテムも、すべては男の滅びつつある肉体に代わって新しい身体となる『器』を作る為の踏み台に過ぎない。

 すべては自身の復活のために。

 その為に男は自身の力の欠片を使って魔人を生み出し、そして『邪結晶』を完成させたのだから。


「ですが主よ、あの学園には『黒騎士』と『白騎士』なる者達がいます」

「あァ、例の……忌々しいあの『鎧』を纏った者たちだったか」

「はっ。奴らは我ら魔人にも対抗できる術を持ち合わせております。我が主の力は存じておりますが、万が一ということもあります」

「構わん」


 むしろ丁度いい、とばかりに男は笑った。結晶の中にいる男は静かな表情で目を閉じており、口すら動かしていない。だが響いてくるこの声は、笑っていた。


「――――次はこの『魔王』自ら学園に乗り込み、あの愚かな女や忌々しい『鎧』共々、全てを葬り去ってくれる」





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