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第九十七話 悩む緑

 変身を解除したライオネルは襲撃を受けた生徒たちの様子を確認する。確か、ソウジたちの話では今日は講堂に生徒全員が集まっているはずだったがなぜこんなところに。

 まずは傷を確認する。全員、そこまで深い傷ではない。魔法であの邪人と戦おうとした形跡があったがやはり通常の魔法では邪人には敵わなかったのだろう。打撲や切り傷が多く、血も流れているが命に別状はない。


「あの魔人を追いかけたいところだがほっとくわけにもいかねぇし……くそっ。ユキ、頼む」

「うん、わかった」


 言うと、ユキは倒れている生徒の中でもっとも傷の深い者に駆け寄って回復魔法をかけていく。魔法はあまり得意ではないユキだが、回復魔法だけはかなり得意だ。もともと白魔力は聖なる力、癒しの力を持ち、回復や治療に適した魔力なのだ。また、かつての勇者の力を色濃く受け継いでいるユキは回復の魔法に関しては高い才能を持っていた。

 そんな妹が回復魔法をかけている隣でライオネルが懐から包帯や薬草を取り出して他のまだ傷が浅い生徒たちに応急処置を的確に施していく。もともと、ユキと二人で生きていくために冒険者として活動し、金貨を稼いでいたライオネルはこうした応急処置は得意だ。回復魔法の使えない彼なりの工夫の結果である。

 すると、次第にユキの回復魔法による治療を受けている生徒の一人が意識を取り戻した。


「う……」

「だいじょうぶですか?」

「ぐ…………」


 男子生徒はユキの声に反応して目を覚ました。そして治療を行っている彼女の顔をじっと見つめ、


「う、美しい……」

「ふぇっ?」

「め、女神様か……?」

「ふぇぇぇっ?」

「おい人の妹に色目つかってんじゃねーぞコラァ!」

「お、お兄ちゃん! 静かにしてて!」


 暴れそうになるライオネルを叱りつけるユキ。女神扱いされて驚いてしまったが、どうやらまだ意識がもうろうとしているらしい。だがそれは逆にここでユキとライオネルの顔を見られてもハッキリと記憶には残らない可能性が高いということと、女神扱いされて情報も引きだしやすそうだと考える。


「あの、何があったんですか?」

「た、確か……生徒会の奴から重要人物が来るとかなんとかで、護衛をしてくれって頼まれて……」

「重要人物、ですか?」


 その重要人物とやらがソウジたち


「……だが、生徒会のヤツが突然襲い掛かってきて……」

「それって、さっきのやつか?」


 ライオネルの問いに倒れていた男子生徒はゆっくりと頷いた。

 生徒会は交流戦で見かけただけだったが、実力としてはこの学園の生徒たちの中でもトップクラスに高い。そんな人物たちが『邪結晶』を使ってしまったと考えると思った以上に厄介なことになっていそうだ。


「は、はやく委員長たちに伝えねぇと……」


 男子生徒の言葉で、ライオネルが目の前の少年が風紀委員会に所属している者だと気付く。よく見れば腕に腕章もつけている。戦闘によるダメージのせいかボロボロになって原型が分かりにくくなってはいるが。


「その役目ならオレたちに任せろ。アンタはここで寝てるんだ」

「た、頼む……」


 それだけを呟くと、風紀委員の男子生徒はガクリとまた意識を失ってしまった。


「ユキに色目使いやがった点は気にくわねェが、なかなか根性のあるやつじゃねぇか」


 体の傷に構わずに仲間の危機を何とか伝えようとする心の強さはライオネル好みである。


「さてと。応急処置は済んだしさっさと外に出てこのことをソウジたちに伝えねぇと」


 ライオネルは風紀委員会との直接的なコネクションを持っていない。ここはソウジたちに事情を説明するのがもっとも手っ取り早い。


「行くぞ、ユキ」

「ううん。わたしはここに残って、もう少し回復魔法をかけ続けてみる。お兄ちゃんは先に行って」

「いや、それは……」


 ユキは懸命に回復魔法をかけ続けている。そんな妹をこの場に置いていくことはライオネルには出来ない。下手をすれば再びここに魔人、もしくは邪人が戻ってくるかもしれないのだ。妹を一人にしておくことなんて自分には出来ない。


「いくら応急処置が出来たからって、この人たちを放っておけないよ。わたしはここで、わたしに出来ることをするから……だから、行って。お兄ちゃん」

「…………わかった。何かあったらすぐに逃げるんだぞ、いいな!」


 妹の瞳に宿る力強い光を視て兄であるライオネルは決意を固める。どうやら自分の知らぬ間に妹は随分と強くなっていたようだ。両親を失ってからずっと二人で旅してきたが、この街に来て友達が出来たことでユキにも変化が起こっていたらしい。いつの間にか大きくなっていた妹の成長を嬉しく思うと同時に寂しくも思う。だが不安だ。ユキは自分と同じ狙われている立場だ。それにライオネルとは違って戦闘力はあまり無い。狙われたらひとたまりもないだろう。


(って、これも過保護か)


 妹の成長を素直に喜べない自分に苦笑しつつ、ライオネルは全速力で『天庭園』の中を駆け抜けた。


 ☆


 ソウジたちは学園の中を手分けしてアイヴィの捜索を行っていた。だが、一向に見つからない。どこにもいない。ルークも自身の星眷である『ジェミニ・シャドウ』を眷現させ、いくつもの分身体を作りだしてアイヴィの捜索を行っている。

 それでも彼女の姿を見つけることが出来なかった。イヌネコ団は一度、『天庭園』へと繋がる門の前に集合してそれぞれの成果を報告しあったが成果は0だった。


「ソウジ、これって……」

「…………先輩は、もう……」

「……………………」


 クラリッサとチェルシーと同じように、ソウジも一つの結論に達していた。

 おそらくアイヴィはもう、邪結晶を使用してしまった可能性が高い。


「……まだそうと決まったわけではない。とりあえず、あとは『天庭園』の中を捜索しよう」


 漂い始めた暗い空気を振り払うように、オーガストが言った直後。


「ソウジ!」


 突如として、門の向こう側からライオネルが飛び出してきた。制服に身を包んでいるということはユキと外(とはいっても『天庭園』の中だが)に散歩に出かけていたのだろうと思ったが、その表情からあまり良い予感がしない。


「ライオネル、どうしたんだ?」

「ソウジたちに、今すぐ伝えたいことがあるんだ」


 その前置きからしてソウジたちは嫌な予感がしなかったが、その予感が当たってしまう。

 ライオネルの説明を聞いていくうちにみんなの顔はどんどん険しいものへとなっていく。


「新しい邪人に襲われた?」

「ああ。そいつ、魔人みたいな鎧をつけててよ。魔人じゃないんだが、それでもこれまでの邪人とは違ってた」

「アレの新型でも開発されたか?」


 オーガストが険しい顔をしたまま呟く。アレとはもちろん『邪結晶』のことであり、それの原型となったものを使って暴走してしまった過去がある分、オーガストには色々と思うところがあるのだろう。


「多分な。けど、リスクもあるみたいだぜ。それを使って邪人化してたやつ、まともじゃなかったしな。明らかに正気を失ってた。けど厄介なのは……それを使っているのが、この学園の生徒会の人間ってことらしいんだよ」

『ッ!』


 ライオネルのその言葉を受けて、ソウジたちは思わず息をのんだ。もたらされたその情報は、それまでまだ推測でしかなかった、そして限りなく真実に近かったであろうそれを真実に等しいものへと変えてしまう物だったからだ。その様子をおかしく思ったライオネル。そして今度はソウジたちからの説明を受けて顔を険しくさせていく。


「つーことは……さっき戦った邪人は……」

「たぶん、アイヴィ先輩だと思う」


 ルークから聞いた彼女の様子を考えれば、ライオネルの言った『まともじゃなかった』、『正気を失ってた』とピタリと会う。オーガストも似たような状況になったことがあるので確信した。

 だがなぜ彼女が『邪結晶』を使ってしまったのか。それが問題だ。


「あの緑の魔人……グリューンとかいうやつが絡んでたのを見ると、もしかすると魔人のやつらがそのアイヴィ先輩って人に『邪結晶』を渡したのかもしんねぇな。もしくは、無理やり使わせたか」

「おそらく前者だ」


 ライオネルの推測に対してオーガストが口を挟む。


「僕の時は魔人ではなく別のヤツからだったし事情も違うが……魔人はおそらく、先輩の心の隙間につけこんだのだろう。僕が使った忌わしい結晶は心の闇を増幅させる力も持っていた。増幅させ、暴走させる。今回魔人が先輩に渡したそれも、同じような力を持っているのかもしれない。交流戦の件で落ち込み、自分を責めていた先輩の心の隙間につけこんで先輩を邪人化させたんだ」


 この中で唯一、同じような経験をしたオーガストだからこそ、この推測が出来た。そしてそれはアイヴィの邪人化という推測により真実味を帯びさせる。


「そもそも、無理やり邪人化させたとしてもその力で抵抗されたら厄介だしな。渡す相手は選ぶはずだ。それよりも、まずは先輩の居場所を探ることが先決だ」

「魔人の野郎が連れて行っちまったからな……悔しいが、見当もつかねぇよ」

「とにかく、今は先輩を探しましょう。もしかすると、まだこの学園の中にいるかもしれませんから」


 フェリスの言葉に頷いた『イヌネコ団』の面々は、微かな希望に縋って再び捜索を開始した。

 しかし、結局その日アイヴィ・シーエルの姿はどこからも見つからなかった。


 ☆


 最初にその姿を見たときは、何かの間違いじゃないかと思った。


 珍しくリラに呼び戻されたグリューンが命じられたのは、赤の魔人ロートのサポートだった。どうやら新しく開発された新型邪結晶のデータ集めとしてモルモットにレーネシア魔法学園の生徒を使うというもので、生徒に邪結晶を与えるのがロートの役目だった。

 しかし、ロートはたまにやりすぎるところがある。その監視役としてグリューンがつけられたのだ。


「で、アンタはその新型とやらをもう生徒に手渡したの?」

「ああ。ありゃ良いカモだと思ったからな。そっこーで渡してやったぜ。アタシは自分の手際の良さを自分に褒めてあげたいぐらいだね」

「いくらでも褒めるといいわよ。で、どいつなの?」

「アイツだよ」


 物陰からロートはその対象を指差した。グリューンはその方向に視線を向ける。


「…………え?」


 ロートが言う対象は、先日グリューンが出会った少女だった。

 その少女は、音楽が好きなのだという。魔人であるグリューンの歌が好きで、勇気をもらったと。

 そして、守ってあげたい人がいて、その人のために強くなると決意した。その決意は魔人の身からすればささやかなものだったが、不思議と悪い気はしなかった。たかだか人間と話をすることは無駄だとも思っていたが、その少女と話をした時間は無駄とは思えなかった。溜まっていたストレスを吐き出せたから。勿論、それもある。だが今は不思議とそれだけじゃないと断言できる。なぜ? わからない。だがそんなことは問題ではないのだ。


 ――――次に会う時にはわたし、きっと見違えるように強くなっているはずですから!


 あの日、少女はそう言って自分と別れた。

 期待しないで待つとは言ったが、きっと心の中では期待していたのかもしれない。今になってそう思う。

 なぜかは分からない。だが確かに、その時のグリューンは自分でも驚くことにショックを受けていた。ショックを受けて、ただただその場に立ち尽くしていた。

 そんなグリューンの気も知らず、ロートは面倒くさそうにその名を告げる。


「名前は確か――――――――アイヴィ・シーエルとか言ったか?」


 ☆


「ご苦労だったな、グリューン」

「…………別に」


 白騎士にダメージを負わされてダウンしたアイヴィを回収したグリューンは、アジトに帰還すると早々にリラが出迎えた。


「ロートはどうしたのよ」

「黒騎士と白騎士と戦うために力をためているそうだ。すまなかったな、手間をかけさせて」

「手間ってほどじゃないわ。それより、この子どうするの」

「結晶の力である程度回復したら外に転がせておけ。また暴れてくれればデータがより集まるからな。回復するまではお前が管理しろ」

「……わかったわ」


 言うと、ロートはアジトの外に出た。あの場所にこの少女を置いておきたくはない。魔人たちのアジトが存在する『下位層アンダー』は隠れ場所には困らない。アジトにしている場所以外にも廃墟ならばたくさんある。その中の一つにグリューンはアイヴィを抱えて入り込んだ。

 風の魔法で土や砂、埃などを掃い、そっと床に寝かせる。瞼を閉じて静かに眠る彼女は汗をかいていて弱り果てていることが一目瞭然だった。そんな彼女の顔にグリューンは静かに指を触れる。


「…………次会ったときは、見違えるように強くなってるんじゃなかったの」


 ついそんなことを呟いてしまう。だがそれが何になるというのか。


「ワタシのせいよね……アンタがこんなバカなことしてしまったの……」


 アイヴィはきっと悩んでいたのだ。与えられた強大な力を使うか否かで。そしてその時にグリューンと出会った。出会って、しまった。自分との会話が彼女に決意をさせてしまった。させてはならなかったはずの決意をさせてしまったのだ。

 その結果がこれだ。

 もう邪結晶は彼女の体の中に取り込まれている。グリューンには取り出せない。少女を救うには、邪人化した状態で結晶を破壊するしかない。だがそれが出来るのは……。


(って、何考えてるのかしらね。魔人のくせして)


 自分は魔人だ。人間の敵だ。この世界の全ての種族の敵だ。

 世界の全てを絶望へと陥れる存在だ。

 それがこんな、一人の少女を気遣うなど。

 バカバカしい。

 たった一人の人間が邪人化したからといってなんだというのだ。

 それでデータがとれて計画が進むのならば喜ばしいことじゃないか。

 自分は魔人で、魔王復活のために動いているのだから。

 だがそこでグリューンは気づいた。

 そもそも自分は、魔王にそこまで忠誠を誓っているわけではないことを。少女一人の犠牲で計画が進むことを、喜んでいないことを。


「…………ねぇ。アンタは、どうしたらいいと思う?」 


 問うても少女の声は帰ってこない。

 今の彼女は再び邪人の力を振るうために回復に専念している状態に過ぎない。

 そして、いくら言い訳を重ねたところで心の中のもやは晴れないのは事実であり、だが自分が魔人というのも紛れもない事実だった。


 彼女は自分のファンである少女を守るかのように、悩みながらもその場で夜を明かした。




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