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黒の星眷使い ~世界最強の魔法使いの弟子~  作者: 左リュウ
第一章 世界最強の星眷使いの弟子
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第零話 プロローグ

 星暦せいれき1014年。

 ソウジ・バウスフィールドは今日で七歳になる。ソウジには同い年の弟と妹がいるものの、母親は同じではない。父親は同じだが、母親に関しては自分と弟と妹はそれぞれ違う女性から生まれてきた。ソウジは自分の母親の事はよくわからない。ソウジを生んですぐに死んでしまったからだ。

 このバウスフィールド家は古くから伝わる魔法の名門だ。

 よってこの家では魔法の実力こそが総べてである。母親のいないソウジはこの家の人間として生まれてからずっとそのことを父親から教えられて育ってきた。

 故に、ソウジにはこの家では肩身の狭い思いをしていた。親や使用人はては弟からすら冷たい目で見られ、蔑まれてきた。

 その理由として、まずソウジは魔法が使えない。大量の魔力だけは有しているものの、肝心の魔法がソウジには使えなかった。魔法を使おうとしても上手くいかない。術式を構築しようとすれば途中で暴走して砕け散り、同年代の子供たちが使えるはずの簡単な魔法すら使えなかった。


 だからソウジは、この家ではただの『お荷物』であり、『落ちこぼれ』であり、『一族の恥さらし』として嫌悪されてきた。


 この世界の子供達は七歳になると『色分けの儀』と呼ばれる魔法を扱うための力……魔力を調べる儀式を行う。魔力と呼ばれる力にはそれぞれ色があり、七歳の誕生日を迎えると魔力が色づく。魔力の色によってその属性が分かり、自分がどのような属性の魔法を扱えるのかがハッキリと分かる。

 また、この『色分けの儀』を終えることが魔法使いとしてのスタートラインに立つことにもなるのだ。

 普段は冷たい父親だが、この日だけは特に優しかった。ソウジは子供の身でありながら大人よりも膨大な魔力を有していることは分かっていたし、上手く使えれば強力な魔法使いになるだろう。父親はそこに期待していた。逆に言えば、それが出来なければもうソウジには何も残されていなかった。父親はこの『色分けの儀』でソウジに魔力が色づけば、何かが変わるのかもしれないと期待しているのだ。


「ソウジ、すぐに済むからな。さあ、いきなさい……」


 バウスフィールド家の地下にある儀式場。優しい笑みを浮かべながら、父親に背を押されて、儀式場の中央に設置された透明なクリスタルへと歩んでいくソウジ。

 最後に見た父親の表情は期待に満ち溢れており、ソウジが期待した結果を出すことを望んでいる。弟はソウジのことをじっと冷たい眼で見つめている。

 だからこそ、前々からこっそりと屋敷を抜け出して、屋敷のある山の麓のところにある村で遊んでいたことが昨日、バレても怒られなかった。

 歩いてクリスタルのすぐそばまで到着したソウジは深呼吸すると、そっとクリスタルに触れた。

 ぽうっ、とクリスタルが淡い輝きを放ちはじめた。ソウジの持つ膨大な魔力の量を示すかのように半透明色の輝きを放つ。

 ソウジたちの父親にしてバウスフィールド家の当主であるアーロンは「おおっ」と息子の持つ強大な魔力に感嘆の声を漏らした。


 だが、その声は次第に不審なものへと変わっていく。


 ソウジの触れたクリスタルから放たれる輝きが、次第に黒へと染まっていくためだ。最初は見間違いかと思ったが、眼をこすっても見間違えたということではない。確実に、その黒い輝きがソウジの魔力の色を表していることは確かだった。


「く、黒……だと……? 黒の魔力だと⁉」


 信じたくなかった。だが、紛れもない現実がそこにある。

 ざわっ、とその場の雰囲気が変わったことを感じ取ったソウジは父親の方へと振り返る。だが、かつて家族だったはずの者から見て取れるのは、明らかな……嫌悪の表情。

「黒色の魔力は……強大な闇の魔力を持つ魔族のもの……そ、そんなものが我がバウスフィールド家から出たなど……! 歴史ある我が家から……このままでは『十二家』の称号が……地位が……誇りが……!」

 ブツブツとうわ言のように呟くアーロン。黒色の魔力が不吉なものだという事はソウジだって知っていた。だからこそ、これは何かの間違いであるという言葉が欲しかった。紛れもない、父親の口から。


「ち、父上……ぼ、ぼく、ぼく……」

「違うッ!」


 救いを求めるソウジを切り捨てるように、アーロンは吐き捨てる。

 その表情は先ほどまでのような優しい笑みはなく、明らかな嫌悪の表情と拒絶の色がハッキリと表れていた。


「違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違うッ! 貴様は私の息子などではないッ!」


 目の前の現実が受け入れられないのか、明らかに動揺したアーロン。同時に、息子であるはずの七歳の子供が別の生物か何かに見えてきた。

 七歳の子供が魔力に色を授かるようになると、たいていの場合は赤、青、緑、黄、紫の五種類のどれかに変化する。だが黒色の魔力を持つ者はごく稀だ。

 古くから黒の魔力は強大な力を持つ魔族の象徴であり、各地に様々な災禍をもたらしてきた。そしてあの『魔王』と呼ばれる魔族の王……魔族と人を含めた四つの種族との六十年にも及ぶ『第一次星眷戦争』の発端となった存在も黒い魔力を有していた。黒の魔力はその特性からも『侵略の魔力』として恐れられているのだ。

 そんな魔力を持つ子供が生まれてきたと知られれば……そう考えただけでアーロンの視界がぐらりと揺らぐ。


「…………出ていけ……」

「……え?」 

「今すぐこのバウスフィールド家から出ていけ、この化け物め! 二度とバウスフィールドの名を語るな!」


 怒鳴られてビクッと怯えたように肩をはねたソウジは涙で視界を滲ませながら地下の儀式場から飛び出した。

 信じられなかった。今日の朝、ほんの数時間前……楽しく家族と談笑していたのがまるで何年も前のような気がした。クリスタルに手が触れただけで、父親のソウジを見る眼が変わってしまった。あれは息子を見る眼ではなかった。化け物を見る眼そのものだった。

 ソウジはひたすら走り続けた。バウスフィールド家の屋敷は山奥にある。技術を隠匿したがる魔法の一族はこうした場所に屋敷を構える事が多い。一心不乱に走り続けているうちに、ソウジはこれからどうすればいいのか、どうやって生きればいいのかを頭の片隅で考え始めた。

 外の風が頭を冷やし、嫌々ながらに現実に引き戻してきたのだ。だが、そんなことを本格的に考える前に三つの赤い閃光がソウジの背中に直撃した。激痛に顔を歪め、ソウジは山道を転がり落ちる。


「ぐあああああっ!? な、なにが……?」


 赤い閃光。つまり火属性の魔法が直撃したことで背中は焼け焦げ、どす黒くなっていた。激痛で頭がおかしくなりそうになる中、ソウジはうっすらと開いた視界に見覚えのある人物が歩いてきたのを確認する。それは、バウスフィールド家の使用人たちだった。


「な、なんで……」

「当主の命令だ」

「魔族は処分する」


 冷ややかな目でソウジを見下ろす、黒いローブに身を包んだバウスフィールド家の使用人たち。その冷徹な声と瞳で自分が殺されることを悟ったソウジは逃げようともがいたが、追撃の魔法攻撃がソウジの両足を直撃した。炎に焼き尽くされ、背中と同じようにどす黒くなってしまった自分の脚。


「がああああああああぁああああああああああぁああぁあああぁぁぁッ!」


 獣のような悲鳴をあげて叫ぶ。だが、使用人たちはそんなソウジに何も感情を抱くことなく、淡々と更なる魔法攻撃を繰り出した。今度は別の使用人が雷の矢を放ってきた。それが肩、腹、脚と体中に突き刺さり、全身に電撃が流れる。もう叫びをあげる気力も残っていなかった。


「が……あ……うぅッ……」


 もはや動くこともできなくなったソウジの脚を――骨も砕け、もはやただの肉塊となった脚を乱雑に掴む使用人。その使用人の男はソウジの脚をつかんだのとは逆の手を空にかざす。すると、円形の転移門ゲートが現れてバウスフィールド家の領域と別の空間を繋げた。


「やっぱり一族のお荷物はこんなもんだな。ようやくゴミを処分できる」

「処……分……?」

「そうだ。今から貴様を処分する。最後は化け物らしく、化け物と戯れて死ぬんだな」


 何の感情もなく告げると、男はその転移門ゲートの中にソウジを放り込んだ。ソウジは一瞬の浮遊感の後、硬い地面の上に激突した。ボロボロの体が転がり、仰向けになる。そこは、さきほどまでのバウスフィールド家の領域と似たような暗い森の中だった。

 だがさきほどの森と違うのは、周囲の木々がやけに巨大であることと、あちこちに強い魔物の魔力を感じる点だ。自分が強力な魔物がうようよと住んでいる森のど真ん中に転移させられたのだとすぐに理解した。ソウジはこの場に一人動けない体で放置されていることがどれだけ危険で、望みの無いことかを瞬時に悟った。絶望で心が沈んでいくさなか、森の木々をバキバキと掻き分けて一匹の巨大な魔物が地面を踏みしめてソウジに近づいてきた。

 顔を現したのは、優に十メートル以上の巨大な体を持つドラゴンだった。体を覆う緑色の鱗に暗い森の中でも獲物をはっきりと捉える事の出来るであろう眼。ゴブリンやオークどころではない。ドラゴンは魔物の中でも最上位に位置する。そんなものがうようよといる森の中に、自分は転移させられたのだ。

 はじめて眼にするドラゴンに恐怖で全身を支配されてしまった。もう逃げることもできない体が恐怖によりガタガタと震えている。目の前のドラゴンは雄叫びをあげると、その大きな口を開いてソウジに向かって巨大な牙を突き立てる。叫び声をあげることもできず、涙を流すだけのソウジは――――、


「ぁ……が……た、たすけ……」


 無慈悲にもドラゴンの牙に成す術もなく体を貫かれ、体の大部分を食いちぎられた。もう自分の体がどうなっているのかも分からず、ただただすぐそばに迫る死を享受しようとした。……だが、不思議な事に意識が途絶えない。本当ならあまりの痛みでもう意識が途絶え、死を認識する前に死んでいてもおかしくないのに。


 ここでソウジは、自分の体の異変に気が付いた。


 ボウッ、と既に食いちぎられたはずのソウジの体が黒い光に覆われて――――再生をはじめていた。

 痛みも和らぎ、手足が蘇るのを感じた。だが体が癒えていく感覚と共になぜか頭痛がソウジを襲う。ザザザザザザ、と砂嵐のように脳内で映像が乱れ狂う。その映像は明らかにこの世界のものではなかった。

 映像の中の世界は魔法もない。魔物もいない。自分は平凡なただの学生だった。ごくごく普通の家庭に生まれて、追放されることもなくすくすくと育ち、どこにでもいるごく普通の青年になった。だがある日、道路に飛び出してしまった小さな女の子を助けようとして――――死んだ。


「ッ!?」


 ズキンッと鋭い痛みが脳を襲うと同時に、ソウジはもやが晴れたような、頭の中がすっきりになったような気がした。同時に、全てを思い出した。頭痛が収まると、既に体が全快していることに気が付いた。ちぎれた体もくっついている。

 突然の記憶の混流と自身に起こった信じられない現象にソウジは驚いていた。自分は魔法をロクに扱えないのに、どうして体が元に戻ったのか? 明らかにこれは魔法だ。でも、なんで? どうして? それに、今の記憶は? 


 だが、目の前のドラゴンが叫び声をあげてはっと我に返った。


 感覚も戻り、健康な状態になったソウジはすぐに走ってその場から走り出した。ドラゴンがその爪を振り下ろしたその数瞬前にソウジはなんとか脱出できた。そのまま一目散に逃げ出した。遠く。ずっと遠く。ドラゴンが追ってこないぐらい遠くに……。

 だが、ドラゴンも伊達に最上位の魔物という位置づけを有していない。ソウジの見立てでは優にSランクを超えるドラゴンは翼をはばたかせるとすぐにソウジの前に回り込んだ。着地の衝撃に思わず脚をとられ、しりもちをつくソウジ。だがすぐに反応し、再びその場から逃げ出そうとしたものの、ドラゴンの方が素早い反応をみせた。

 口をぱっくりとあけると巨大な……五メートルはあるであろう巨大な火球を放ってきた。その一撃は周囲の木々をなぎ倒し、燃やしてソウジに迫る。こんな一撃を防げる魔法をソウジは使えない。

 ズバッ! と、一筋の光が火球を薙いだ。同時にその光はドラゴンまでも真っ二つにし、鮮血の雨が降り注いだ。ソウジは呆然としながら、いつの間にか自分の目の前にいた、一撃でドラゴンを葬った人物を見る。暗闇なのでかろうじて女性、ということだけは分かった。黒いローブを身に纏い、手には剣を持っている。


「まさか『特別指定禁止区域こんなところ』にこんな小さな子供がいるなんて思いもしなかったわ。思わず助けちゃった」


 女性はたったいま、S級の魔物であるドラゴンをあっさりと殺してしまったことなど、どうでもよさそうな顔でソウジをじっと見ていた。その瞳はソウジの父親だった人の向けていた憎悪などではなく……ただ純粋に、どうしてソウジのような七歳程度の子供がこんなところにいるんだという疑問だった。

 そして女性はローブを翻しながらつかつかとソウジへと近づく。


「あなた、行くアテがないの?」


 ソウジは思わず無言で頷いていた。するとその女性から「そっか」というと、まるで今思いついたかのようにあっさりと、


「なら、うちに来る? 私は構わないけれど」


 差しのべられたその手に。

 ソウジは静かに応じた。


 これが、ソウジと最強の魔法使いにして『星眷使い』。


 ソフィア・ボーウェンの出会いだった。




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