第一章7『騎士団長の憂鬱』
「だったら僕は――」
第一章7『騎士団長の憂鬱』
「――お待ちください!」
誰か別の声、今度は男の声が僕の言葉を遮った。
出てきたのは騎士団員の一人だ。おそらく隊長格、鎧の装飾や、なにより身のこなしが違う。
騎士は僕の隣にまで進み、跪いて皇帝を見る。
「誠に勝手ながらこの神星セラエティア皇国近衛騎士団団長ガルドス・オルセンから陛下へ申し上げたいことがございます!」
「ほう、申してみよ、オルセン卿」
「ありがたきお言葉! 陛下、報告ではこの勇者を名乗る少年は城壁近くで敵と遭遇し、瀕死の重症を負っています。先ほどの会話からその敵は『混合種』の一体かと推察申し上げますが、そのようなものに遅れを取るこの少年が天魔王と渡り合う勇者足りえる器なのでしょうかと、小官は疑問に思うのであります!」
「ふむ……これをどう思うか、勇者ハジメよ」
「え、僕ですか……。その、確かに敵に遅れをとったのは事実なので、弁解のしようがないかと」
僕は素直な感想を口にした。下手に張り合ったらこういう手合は噛み付いてくる。
適当に受け流したいところだ。
「ふふふっ、面白いじゃない」
しかし、それを許さなさい。好奇心という魔物を携えた吸血鬼が妖艶な笑みを浮かべて僕らを見ていた。
「オルセン卿、あなた面白いわね。堂々とした意見は立派よ、だけど嘘はイケないわぁ?」
「嘘とは、どういうことでありますか。ファニュ卿」
「簡単なことよ、あなたの本音はこうでしょ。ポッと出の小僧に英雄のポジションをとられたくないって……ね」
ああ、どうしてそう角が立つことを!
僕は抗議の視線をファニュ卿に向けた。彼女はいたずらっぽくウインクする。
間違いなくわざとだ。僕をおちょくっている。
「そもそもです、この少年のせいで皇家に使えた優秀な武官――あの『ビッグ・D』が犠牲になり命を落としたのです! 小官にはこの少年を勇者と認めることはできません!」
騎士団長のオルセン卿は取り乱して僕を弾劾した。
本性を表したな。つまり彼は僕が気に入らないわけだ。理由はいろいろあるだろう、ポッと出の小僧が勇者扱いされることの妬ましさ。
それに一番は彼の仲間が死んだこと。城壁警備隊の隊長「ビッグ・D」、彼はアマルガムに喉を切り裂かれてそのまま命を落とした。
その怒りはわかる。きっと仲が良かったんだろう。オルセン卿は悪い人間じゃない、ただ実直で頭が固い。普通の人間だ。
だけど、だからって。
「犠牲、だって……?」
僕はそんな言葉、大っ嫌いなんだ。
「オルセン卿。あなたは犠牲と言った。だけどそれはビッグ・D隊長の戦士としての魂を軽んじているとは思いませんか?」
「何を……言っている」
「彼が死んだのは彼が弱かったからだ」
「貴様、言わせておけば!」
「よせ、オルセン卿!」
剣に手をかけたオルセン卿を、皇帝は制止した。
「勇者ハジメよ、なぜそう思うのじゃ。話してみよ」
「ありがとうごいます」
息を吸う。
「戦いは命の取り合いです。その因果は戦うもの、当人同士の強さに全てが帰結する。奪い合う命には互いの魂をかける。だから『犠牲』なんて言葉は使ってはいけないんです。ビッグ・Dは戦士でした。アマルガムに立ち向かい、そして力及ばず死んだ。犠牲なんて言ってしまったら、彼が誰かのかわりに死んだなんて、そう思ってしまったら……戦士として命を賭けて戦ったビッグ・Dの覚悟を踏みにじることになる」
「っ……!」
オルセン卿は何も言い返せないようだった。
「ふむ……両者の言い分は分かった。オルセン卿、そちは敵に遅れをとり、その結果兵士を一人死なせることとなった勇者ハジメの実力に疑問を抱いているということじゃな? そして勇者ハジメ、そちはビッグ・Dの戦いと死は奴自身のものであると。なるほど、二人共に一理あると見える」
「野暮ったいわねえ、どっちが正しいかなんて簡単にキメられるじゃないのよ。あなた達男でしょぉ?」
ファニュ卿は皇帝の思案に割って入る。
最初からそれを狙っていたかのように。
「勝てばいいのよ、それが全てなんだから。必要なのはそこのボーヤの実力を証明すること、そうすればオルセン卿も納得するって言ってるじゃない。ほら、超てっとりばやーい」
「ふむ、なるほどのう。ファニュ卿の言うとおりじゃ。しかし決闘は当人同士の取り決めによるものとする。どうじゃ、そちらに戦う勇気はあるか?」
僕とオルセン卿は向い合って立つ。
「望むところです」
オルセン卿は好戦的な目つきを僕に向け、迷いなく答えた。
自分の実力にかなりの自信を持っているようだ。
僕はと言えば……正直。迷っていた。
オルセン卿より弱いなんて全く考えてもいない。はっきり言って僕の敵じゃないだろう。
だけど――アマルガムは違う。
奴が『混合種』だとしたら。そんな奴らを相手にして生き残れるのか?
僕は本当に勇者を名乗って良いのか?
「ハジメっ」
迷っている僕の手に、温かい手がそっと添えられる。
覚えのある体温――マリィのものだ。
「ボク、戦争とか政治とか、よくわからないけど……ハジメを信じてるから」
「マリィ……」
「だから、やっちゃえ!」
「……ああっ!」
「決まりのようじゃな」
皇帝が立ち上がる。
そして高らかに宣言した。
「聞け、セラエティアの全ての臣民達よ! 二人の誇り高き戦士が盟約により、決闘が執り行われることを今ここに宣言する! 決闘は明日、王宮前の『闘技場』にて開催する! 戦士に、商人に、農夫に、全ての民にこの知らせを届けよ!!!!」
え、ええ!?
話が予想以上にデカくなってない!?
僕は小規模にほそぼそと模擬戦をやってそれで終わりで良かったのに……!
「ふふっ、面白い面白い。久々にいい暇つぶしになりそうだわ」
この騒ぎの黒幕とも言えるファニュ卿はクスクスと他人事のように笑っている。
「ファニュ卿……なんでこんなこと」
「言ってるじゃない、面白そうだったから。それと、ファニュ卿って野暮ったいからリザ様でもいいわよ? あたくしの下僕になる勇気があるのなら、ね?」
「ならないよ、ファニュ卿」
「あらあら、怖い顔。かわいいのに台無しだわよ。じゃあ明日の決闘、せいぜい頑張りなさいな。あたくしも観戦するのだから無様は許さないから」
「せいぜい失望させないように頑張りますよ」
「期待しているわぁ。では、ごきげんよう」
ファニュ卿は黒い霧となって消えた。高度な転移魔術か、変化系の魔術だ。
吸血鬼という奴らはやはり無駄に器用だ。あまり敵に回したくはない。
「はぁ……」
こういう時、「やれやれだぜ」とでも言えばいいのだろうか。
だけど僕はやれやれ系主人公でもオラオラ系主人公でもない。
中途半端に、それなりに頑張ってそれなりにサボるだけだ。
「じゃあちょっと、明日から頑張ってみるかな」
そうして僕と騎士団長オルセン卿との決闘が、明日行われることとなった。
だけどやっぱり言わせて欲しい。
「やれやれだぜ」