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第一章6『謁見』

 陽が落ちようとしている。いよいよセラエティア皇帝への謁見の時が近づいていた。

 振り返ればここ数日でいろいろなことがあった。誰もクリアしたことのないゲームをクリアしたかと思えば、異世界の空から落下して。

 時計職人ウォッチメイカーの女の子と出会い、仮面の道化師と戦い、ハーフエルフのメイド、変わり者の祓魔師エクソシスト。いろいろな人と出会った。

 何が何だかわからないままここまで来たけれど、今その理由がわかるはずだ。神星セラエティア皇国皇帝。マリィによると「依頼人のお偉いさん」。

 僕を勇者として呼び出し、何をさせいようとしているのか。今夜、わかるんだ。


「お似合いですよ、ハジメさま」


「そうかな、田舎ものが無理した感じにしか見えないと思うけど」


 姿見の前で僕はリデルに衣装の着付けを手伝ってもらっていた。

 一国の皇帝にお目通りともなれば、それなりの格好をしていかなければならない。無職でなんの責任とも向き合ってこなかった僕といえども、最低限の礼儀はわきまえている。

 テキパキとした調子で上着を整えてくれるリデル。腕の良い彼女の手にかかれば確かに背が低く細腕な僕でもパリっと決まっているように見えなくもなかった。


「馬子にも衣装とは良く言ったもんだ」


「ふふっ、わたくしはかっこいいと思いますよ」


「え、カッコイイ?」


 言われ慣れたことのない言葉に少し照れてしまう僕。

 やめてよ、そういうこと言われたら好きになっちゃうだろ。基本的に僕はちょろいんだ。

 だって引きこもりの童貞思春期男子なんですよ?

 美少女に優しくされるのってそれだけで猛毒なんだ、これが。


「ええ、かっこいいです。胸をお張りになってくださいませ」


「そっか……ありがと」


 ここまで言われたら男として引き下がれない。

 僕とリデルは衣装室から廊下に出て宮殿の中心、王の間へと歩いた。

 王の間に近づくにつれ、警備兵が多くなる。得体のしれない異世界人との対面だ、警戒しないわけがない。彼らも僕らに奇異の視線を向けていた。

 なるほど、リデルを僕に遣わせたのもこういうことか。よそ者はよそ者同士ってね。


「ハジメさま」


 ついに王の間にたどり着こうとしていたその時、リデルは僕の背中にそっと囁いた。


「わたくしはこの先何が合っても、ハジメさまの味方です」


「……うん、行ってくる」


 リデルは皇帝との直接的な対面は許されない身分だ。だからここまでらしい。

 僕の両側を背の高い兵士が固める。見たところ騎士団員級の実力はある。

 僕の護衛なんかじゃないだろうな、何かがあれば僕を殺すための人員だ。

 そして王の間の扉の前に待機していた番兵が、僕らの到着と共にその扉を開いた――



      第一章6『謁見』



 黄金。

 そこは全てが輝いていた。金銀財宝、あらゆる宝石で彩られたインテリア。この世の全ての富を凝縮したような空間がそこに広がっていた。

 高い天井からは見事な細工のシャンデリアが下がって部屋全体をプリズムのように照らしている。窓はステンドグラスで、おそらく腕の良い職人の作だろう。

 広大な王の間を縦断するレッドカーペットの先。最奥に鎮座するのが王。

 彼がこの国、神星セラエティア皇国の皇帝。白い髭を湛えた巨体を、サイズの合っていない椅子に敷き詰めて。僕を見下ろしていた。まるで、虫けらみたいに。

 まあそれはいいさ。僕は直属の騎士団が取り囲む中を突っ切って皇帝まで十歩の距離まで歩き、跪いた。


「よい。楽にせい、勇者よ」


 皇帝は優しげにそう言った。

 さすがに一国の王だ。さっきの表情と視線からして、僕に対する尊敬なんて微塵もないことは明白。しかしそれを言動では表に出さない。

 僕はその言葉に従い、立ち上がった。


「勇者よ、よく来たな。余が神星セラエティア現皇帝テオドール三世じゃ。そちの名は何という?」


尾張始おわりはじめと申します、皇帝陛下」


 僕は軽くお辞儀をした。


「ふむ、結構。勇者ハジメよ、此度の召喚に応じたこと、ご苦労であった。余がそちを呼び寄せた理由は、既に知っておろうな」


「……それが、まだ何も」


「ふむ、聞いておらぬのか」


 皇帝はピクリと眉を潜めた。


時計職人ウォッチメイカーはおるか!」


「はいはーい、いるよっ!」


 荘厳な雰囲気の空間に完全になじまない脳天気な声と態度の持ち主がどこからともなく現れた。

 マリィだ。彼女はふりふりと手を降って。


「へーか、ボクのこと呼んだ?」


 なんて言ってる。

 マリィ、さすがにそれは一国の主に対して失礼なんじゃ……。


「マリアンヌよ、久しぶりであるな。美しくなられた。貴公の母親に瓜二つであるのう」


「へへー、照れるなぁ」


 皇帝は怒るどころかなんだか優しい目をしていた。嘘でも取り繕いでもなんでもない、皇帝は間違いなくマリィに対して親心のような、親愛の上を向けている。

 時計職人という立場がすごいのか。それともマリィの両親と個人的な付き合いがあるからななのか。たぶんその両方が関係しているのだろう。


「しかしマリアンヌよ、貴公は勇者ハジメに状況の説明もなくここまで連れてきたというのか?」


「え、そうだけど」


 そうだけど、じゃないよ!


「ふむ……勇者ハジメよ、すまなかったな。マリアンヌ……いや、時計職人の一族は代々人付き合いに無頓着故、迷惑をかけただろう」


「い、いえ……その。マリアンヌさんにはとてもお世話になりまして……」


 しどろもどろで答える。正直こういう場でどんな話をすればいいのかわからない。


「よいよい。無理をするな。大方余の口から説明するとでも言われたのだろう。マリアンヌはそういう娘じゃ」


 はは、よくご存知で……。


「では勇者ハジメよ。余がマリアンヌに変わって全てを話そう。そちが聞きたいことを自由に申してみせよ。これは詫びじゃ、遠慮はいらぬ」


「その深きお心に感謝いたします、陛下」


 遠慮するなとは言われたけど、本当に無礼講ってわけではなさそうだから一応それっぽくお礼を言っておいた。

 さて、本題だ。


「僕はなぜここにいるのですか?」


「わはーっ、ハジメそれ哲学じゃん!」


「ほほっ、マリアンヌよ。勇者ハジメの問いはもっと具体的なことにあると思うがのう。つまり自らがここに呼び寄せられた理由の全てを話せと、こういうことであろう?」


「はい、そのとおりです」


「結構じゃ。では話そう、始まりはそうじゃな、天魔大戦からになるか……。うぬはマリアンヌの作り上げた儀式を遂げたはずじゃな、では天魔大戦については知っているであろうな?」


「はい、陛下。天魔王ザハクが魔族を率いて挙兵し、人間と魔族の長年にわたる全面戦争が起こった……これが天魔大戦です」


「過去の天魔大戦を疑似体験することがうぬが勇者として選ばれるための儀式であった。そのための手段としてマリアンヌは儀式装置としての『残響器クリロノミア』を作り上げ、そちの世界へと送ったのじゃ」


 そこまではだいたいマリィの言葉の断片から推測できたことだ。


「では陛下……天魔大戦を過去とおっしゃられましたが、現在は大戦から何年が過ぎたころなのでしょうか」


「そうじゃな……おおよそ十七年といったところか。天魔王ザハクが討たれてからというもの、もうそれほどの歳月が過ぎ去った……ワシには、昨日のことのようじゃが」


「……僕も、です」


「そうであろうな。擬似的なものとはいえ、そちもまた大戦を生き抜いた一人じゃ。それも勇者としてあの天魔王を倒した」


「聞いても、いいですか」


「遠慮するなと言ったであろう」


「史実の戦争では、天魔王ザハクが討たれたといいましたね。では今の世界は勇者ラインが勝って、人間が勝ったということなんですか……?」


「それは――」


「――それは違うわ」


 皇帝の返事を遮るように、女性の声が僕の横から投げかけられた。

 マリィのものではない。もっと挑発的な響き。そして異様な違和感。

 空間を張り詰めさせるような得意な雰囲気。これは――


「――魔族!?」


 僕は気配の元に向かって戦闘態勢をとった。

 そこに立っていたのは銀髪と紅い瞳、上品な紅いドレスを身にまとった少女。

 僕はその気配に覚えがあった。


「どうしてここに――吸血鬼ヴァンパイアがいるんだ!」


 吸血鬼。夜の世界を支配する「不死者アンデッド」の最上位種。通称「闇の貴族」。

 強大な魔力と身体能力を持ち、その再生能力は上級魔族の中でも群を抜いている。


「どうしてって失礼しちゃうわね、闇の貴族エリザベート・レ・ファニュ様の御前なのよ。もう少し怯えたらどうかしら、ボーヤ?」


「何……!」


「よさぬか、ファニュ卿。勇者ハジメも、余に免じてここは抑えよ」


「あらあら、王様に言われちゃしかたないわね。でも言うよりも見るが易し、でしょう? 人間は勝ってなんかいない。魔族はまだこうしてピンピンしてるってね」


「人間が……勝っていない?」


 全面戦争に決着がついたのに?


「戦争は講和条約によって終結したのじゃ。天魔王ザハクの死と同時期に、魔族の幹部は我々人の王達と密約を交わした。だからあの大戦に勝者はおらぬのだ」


 なるほど、そういう終わり方をしたわけか。あのゲームは戦略ゲームじゃない。勇者という個人として天魔王を倒す、それだけがストーリーの要点だった。

 実際の戦争はそうやって話し合いで解決される。終末戦争と言われるような規模だとしても、互いに本物の絶滅を賭けてまで殺し合いはしたくないのだ。


「今は人間と魔族が共存してるってわけよ。まああたくしとしては不本意なのだけれどね。だってそうでしょう、飲める血まで制限されるなんてサイアクよ」


「そう言うな、ファニュ卿。互いに難しい立場なのだ」


「ま、今は政治云々の話がしたいわけじゃないのよ。あたくしや皇帝があんたを呼んだ理由の話。天魔大戦が終わってからは条約でなんとか人間と魔族は共存していたの。だけどその平和を脅かす存在が現れた。それが本題ってわけ」


「平和を脅かす存在……それって――」


 僕の脳裏にあるビジョンがよぎる。

 道化の仮面。白いタキシードに大きなシルクハット。不自然な細長い手足。再生能力。


「――アマルガムのこと、ですか?」


「アマルガム、じゃと……?」


 予想された答えとは全く違った単語が出たらしく、皇帝は動揺した様子だった。


「どこでその名を……」


「城壁の外で僕とマリィ……マリアンヌさんが襲われたんです。あれは人間でも魔族でもない異様な存在だった。あれが僕の『敵』ということではないんですか?」


 どうやら僕を襲った敵について詳しくは報告されていないようだった。

 皇帝は狼狽した様子で口を閉ざす。

 吸血鬼の少女――といっても実年齢はわからないけど――ファニュ卿がかわりに口を開いた。


「へぇ、面白いわね。初めて聞く名だけど、もしかしたらそいつも『混合種ハーフ・ブリード』なのかもしれないわよ」


「『混合種ハーフ・ブリード』?」


 初めて聞く言葉だ。


「天魔大戦後に出てきた最も大きな問題はね、混血のことなのよ。戦争中は互いの陣営が固く血の混じりあいを禁じていたから、人間と魔族のハーフなんてほとんどいなかったし、生まれたらすぐに殺されたものだわ。だけど終戦後は違う、爆発的に増え始めた」


 僕はリデルのことを思い出す。リデルはエルフの人間の混血だから正確には違うけれど、年齢的には辻褄が合う。十七年前の終戦、そして重大な半ばのリデル。


「協定によって人間と魔族は同等の権利を得た、だから表面化しなかった『混合種ハーフ・ブリード』が社会に姿を現してきたのよ。もちろん差別はあった、けど奴らは止まらなかった。ハーフはね、なぜだか純粋種よりも強力な力を発揮することがあるの。あたくしに言わせれば、汚らわしい豚のような存在なのだけれど……それでも力だけは強かった」


「……一年前のことじゃ。それが全ての始まりになる」


 肩を落とし沈黙していた皇帝が口を再び開いた。


「『混合種ハーフ・ブリード』は忌み嫌われていたがその力で生き残り、結束した。そして人と魔族の世界を壊し、『混合種』の楽園を作らんと欲し、我らに宣戦布告したのじゃ」


「宣戦布告……。ちょ、ちょっと待って下さい! 『混合種』っていくらなんでもそんなに数が多いわけないですよね? 人間と魔族が協定で結びついてる状態で戦っても……」


「――奴らには天魔王がついている」


 ファニュ卿が忌々しげに答えた。


「天魔、王……?」


 そんな。

 天魔王ザハクは死んだはずだ。


「現れたのよ、新たな天魔王が。悔しいけれども、あの男は強大な力を持っている……天魔大戦期のどの英雄たちよりも強い。おそらくこの世界に現在並び立つものがいない、完全に別次元の強さを誇っている。そんな新たなる王が少数精鋭の『混合種』を率いて世界を敵に回して戦いを始めたの。これがこの世界の現状、お分かりかしら?」


 ファニュ卿はいたずらっぽく笑い、首を傾げた。

 ああ、よくわかったよ。


「つまり――僕にその新しい天魔王を倒せと、そういうことなんですね」


「……そうじゃ」


「陛下、聞いてもいいですか。前の勇者は……本物の、勇者ラインはどうなったんですか?」


「運命が導けば……すぐに会えるじゃろう。じゃが、今は戦える状態にない」


「そう……ですか」


 僕は勇者様の代役として呼ばれたってわけだ。

 話は見えてきた。

 終わった戦争。終戦により生じた新たな社会問題。

 そして新たな天魔王の君臨。

 なるほど、この世界には勇者が必要だ。


「だったら僕は――」

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