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第一章5『双魚宮の十二級祓魔師』

      第一章5『双魚宮の十二級祓魔師』



「ハジメ、ハジメ、ハジメー!」


「ゲフッ! マリィ、脇腹はまだ痛むから……!」


「あ、ごめん。でも無事で良かった!」


 新しい服を着て病室を出ると、外でずっと待っていたらしいマリィが僕にタックルをかました。

 なんだか懐かしい感じだ。マリィとは会ったばかりで、一日しか離れていなかったはずなのに。遠くに行った友達と久々に会えたみたいな。

 きっと死にかけた経験は自分の中では思ったより重いのだろう。


「キミもありがとねっ、ハジメを助けてくれたんだって!?」


「あ、あの、『時計職人ウォッチメイカー』さま、そんな。わたくしはただ……」


「謙遜すること無いよ。マリィ、恩人のリデルだ。僕の友達だよ」


「じゃあボクのトモダチでもあるってことだよねっ。ボクはマリィ、よろしくねっ!」


 マリィはリデルに手を差し出した。


「あ、あの……」


 リデルは僕に許可を求めるように視線を向けた。

 僕はただ頷く。するとリデルも納得したようで、マリィの手を握り返した。


「こちらこそ、よろしくお願い致します。召使いのリデルでございます、ハジメさまの小間使いを申し使っております」


「よろよろー」


 マリィが無邪気にも手をぶんぶんと振った。


「そうだっ、二人共お昼ごはんまだだよねっ。食べに行こうよ!」


「そういえば、一日寝っぱなしでお腹へってるな……」


「では食堂へご案内いたします。ハジメさま、マリィさま、こちらへ」


 僕らはリデルに連れられて長い廊下を歩き、食堂へ入った。

 きらびやかな内装、大きなテーブル。なんというか落ち着かない感じの部屋だ。


「ここって宮殿の中なんだよね。やっぱり食堂も豪華なんだな」


「ここはお客様用の部屋でございますから」


 見ると先客がいたらしい。

 修道服を来た女の子がテーブルの端っこに座っている。


「こんにちは、修道女シスターさん。食事ご一緒していいですか?」


 知らない人にあまり話しかけたくなかったけど、慣れない場所でトラブルは避けたい。

 頭の上に大きなリボンをつけた若いシスターさんは僕のほうをじっとりとした眼で見る。

 ぼんやりとした表情で、敵意も好意も感じられない。


「どぞ」


 ぼそりと呟くようにシスターさんは自分のとなりの椅子を引いた。

 もしかして、ここに座れということか?


「じゃあ、失礼します」


 仕方ない。女の子のとなりに座るのって緊張するけど。

 無用なトラブルを避けるために仕方なく従った。


「ボクはハジメのとなりー」


 そしてマリィがボクのとなりに座る。テーブルは広いのに使っているのは端の一角だ。

 ていうかマズい、女の子が両側に座るなんて……僕に耐えられるのか?

 まさに未体験ZONE。

 助けてー! 助けてリデルさん!

 ばちりばちりと下手くそなウインクをリデルに飛ばす。

 リデルはなにか合点がいったようにはっとした顔をした。


「気が利かなくて申し訳ございません。すぐにお食事をお持ちいたしますね」


 すごくお腹が空いてる人みたいに受け取られてしまったようだ。リデルは厨房へひっこんだ。


「まて」


 その時、シスターさんがぼそりとリデルを呼び止めた。


「はい、ピスケスさま。なんなりとお申し付けください」


 リデルは足をとめてシスターさんの方を向いた。

 ピスケスというらしいシスターさんは何を考えているのかわからない無表情な瞳を向けて言った。


「さかな」


「さかな、でございますか」


「さかな、たべたい」


「かしこまりました」


 どうやら食事のリクエストだったらしい。


「ハジメさま、マリィさまも何かご所望があれば仰ってくださればご用意いたします」


「僕も同じでいいよ」


「ボクはさかな嫌いだからお肉ね!」


 マリィは空気を読まない。いや、むしろ日本人の僕が勝手に同調圧力を感じていただけか。


「ではご用意いたします。しばしお待ちを」


 リデルは今度こそ厨房へひっこんだ。


「さかな……」


 シスターのピスケスさんは僕をみてまた「さかな」と呟いた。

 いや、僕は魚じゃないんですけども。


「さかな、すきか?」


「え、ああ。まあ。シスターさんは――」


「――ピスケス」


「ピスケスさんは」


「さんは不要」


「ピスケスは、魚が好きなの?」


「うん」


 ピスケスは頷いたきり何も言わなかった。

 会話終了。

 どうすればいいんだ……引きこもりのトークスキルがいま問われているのか。

 僕はアイコンタクトでマリィに助けを求める。

 マリィはなにかを読み取ったように頷いた。


「ボクは魚嫌いだなー、骨が喉にささるから」


「おいぃ!!!」


 空気を呼んでくれよ!!

 ピスケスはあからさまに不機嫌そうなじっとりとした眼で僕らを睨んだ。


「さかな、きらいなのか。時計職人ウォッチメイカー


 ピスケスはマリィのことを知っていた。

 やはりこの世界ではマリィは有名人ということなのだろう。


「だから、ちんちくりんなのだ。ふふふ」


「あーっ! 嘲笑! ボク嘲笑されてる! っていうか身長は同じくらいでしょ! そもそもキミどこ中なのさっ!」


 どこ中って。

 田舎のチンピラか何かか。


「所属、星神教会。ピスケスは祓魔師エクソシストをやっている」


「祓魔師だとぉー! ってなんだっけ?」


 マリィはとぼけた様子を見せた。意外と彼女はものを知らないようだ。

 星神教会はこの世界の最大宗教だ。僕らの世界で言うキリスト教のようなもので、教義も少しにている。

 そして祓魔師エクソシストは魔族や人間社会に反する形で魔術を行使しようとする輩を粛清する役割を背負っている、世界の警察的な立場の人々だ。

 もちろん各地に治安維持の魔術組織があるけど、祓魔師は群を抜いたエリートだけが選ばれる。その肩書だけでも彼女の実力がうかがい知れる。


「マリィ、祓魔師っていうのは星神教会専用の魔術『星辰術式』を極めたエリート魔術士集団なんだよ。つまりピスケスはかなり上位の魔術士ってことさ」


「ぬぅーエリートか。今日は勘弁してやるぜ……」


「権力に弱すぎでしょ。伝説の職人の孫でしょ、マリィだって」


「そうだった、ボクだって時計職人なんだよ! ぷんぷんっ!」


 ぷんぷんって。

 どっかの惑星からきたような変な設定がついたあざといアイドルじゃないんだからさ。

 そういうの許されるのは美少女だけだけなんだぞ。マリィは可愛いから僕は許すけどね。


「所詮、時計職人など世襲。ピスケスは実力で『十二級祓魔師ゾディアックス』になった。もっと敬え」


「すげぇ! ……って十二級祓魔師って何?」


 知らないのに一応驚いてあげるマリィ。

 むしろこの二人、言い争っているようで波長が合ってるんじゃないだろうか。


「マリィ、十二級祓魔師は星皇直属の選ばれた十二人の祓魔師のことだよ。一言で言えば超エリート。エリート中のエリートなんだ」


 星神教会の教皇だとか法王の立場にあるのが「星皇ネメシス」。

 そして星皇直属の選びぬかれた最強の祓魔師が『十二級祓魔師ゾディアックス』だ。

 おいおい、それってすごいお偉いさんじゃないのか。

 っていうか皇帝の城に客人として招かれてるってことはこれ、かなり失礼しちゃいけない系の相手なんじゃないのか。

 ちょっと怖くなってきた。汗がだらだらと流れ始める。


「マジで!? 超エリートって時計職人とどっちがすごいの!?」


「無論ピスケスがすごい」


「えー、ボクだってけっこう偉いっぽいから負けないよっ」


 そしてなぜか張り合う二人。どうでもいいだろ。

 元凶は魚なのにいつのまにか立場の話になっていた。


「わかったわかった、二人ともおさえてよ」


「ハジメはどっちが上だと思う!?」


「ゆーしゃはさかな好きの同士だ。ピスケスを選ぶ」


 なんだこれは。二人の女の子が両側から僕のうでを引っ張って争っている。

 構図だけみると僕の愛を争った二人の修羅場みたいじゃないか。

 いや、内容は子どものケンカレベルなんだけど。


「ああもう、どっちでもいいじゃないか! っていうか二人共働いてるんだからすごいよ! 僕なんてニートだよ、引きこもりだよ、無職だよ!? 僕と比べたら二人とも天上人だよ! そんな二人に囲まれた僕の気持ちも考えてよ!」


「なんか、ごめん……」


「すまない……」


 二人はなにかを察したのか急に静かになってうつむいた。

 い、いや。そこまで憐れまれると逆に困るしどうしていいかわからないよ。

 こういう時は僕をバカにして笑ってもいいんだ。そうして団結してくれたらそれで。


「ゆーしゃは、ゆーしゃではないのか? 無職だったのか?」


「今は勇者じゃなくて無職引きこもりの始っていうんだ。ピスケスもハジメって呼んでよ」


「そうか、はじめ」


「よろしくね、ピスケス」


「ああ、はじめがさかな好きでよかった」


「どうして?」


「はじめと会うのが任務だった」


「そうなの?」


「悪人ならば粛清していたが無用だった。さかな好きには悪人はいない」


 え?

 いま、非常に物騒な言葉が聞こえたきがするんだけども。


「ピスケス、それってどういう――」


「おまたせいたしましたー」


 僕がピスケスにその発言の意味を追求しようとした時、リデルが食事を運んできた。

 なにやらタイミングを逃したようで、僕は黙って魚料理を口にした。

 今まで食べたことがないほど美味しくて、僕はついおかわりをしてしまった。

 隣のマリィとピスケスは、おかわりの量でも争っていたが僕は無視して二皿目でやめておいた。

 食べている二人を尻目に立ち上がり、僕はリデルに飲み物を頼んだ。

 出てきたのはハーブティ。独特な香りでなにやら今までの疲れがすっととれていくようだった。


「ハーブティおいしいよ。リデルが淹れてくれたの?」


「はい、母上に教わりました」


 リデルは何か大切なものを懐かしむように、眼を細めた。

 

「母上との思い出は少ししかありません。なぜ人と結ばれ、わたくしを宿したのか。なぜわたくしをおいて行ってしまったのか、それはわかりませんが……今でもずっと、お茶の淹れ方を教わったことだけは忘れていません」


 僕には何も言えなかった。

 彼女の過去のことは僕にはわからない。だけどみんないろいろあるんだろうな。


「お母さんのこと、好きなんだね」


「え……」


「顔を見ればわかるよ――会えるといいね」


「……はい」


 リデルは噛みしめるようにそう答えた。

 彼女は僕とは違う。後悔ばかりを積み重ねる僕とは。

 リデルは自分に過酷な運命を強いた母親のことを恨んでいないんだ。それどころか、一緒にいた思い出を大切に生きている。

 ハーフエルフという境遇、母との離別。なぜそうなったのかはわからないけど。

 リデルには心がある。美しい心が。それだけはわかる。


「ハジメさまは、お優しいのですね。人の心を思いやることができるお方です」


「そんなたいそうなもんじゃないよ。君が命の恩人だからさ。それにこういうの、結構押し付けがましいと思う。きっと人によっては、受け入れられない」


「それでも、少なくともわたくしは、その言葉に救われました」


「……そう言ってくれると、僕も救われるよ」


 僕とリデルは静かに笑いあった。

 マリィとピスケスは今もくだらない言い争いをしていたが、なんだかんだで気が合うようだ。

 いい人達に出会えたな。と思う。

 この先どうなるかはわからないけども、きっとこの出会いは思い出になる。

 僕もリデルのように、思い出を大切に持ち続けられるのだろうか。

 それとも、また後悔して、逃げてしまうのだろうか。

 今はまだ、わからないけど。

 少なくとも今、僕は楽しいと思った。ここにいたいと、思った。

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