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第一章3『アマルガム』

「どうして?」


 妹は僕にそう問うた。


「どうしてそんな嘘つくの、お兄ちゃん?」


「それが真実だからだ」


「あたしとお兄ちゃんが本当の兄妹じゃない? それが真実? 嘘でしょ」


「嘘じゃない」


「嘘だっ!」


「嘘じゃない!」


「お兄ちゃんはあたしが嫌いになったんだ! あたしが生意気だから、くさいとか言うから、一緒にお風呂入らなくなったから、嫌いになったんだ!」


「違う、嫌いになんかなってない。大事なのは真実なんだ。宙ぶらりんなままはダメなんだ……全部認めて終わらせないといけない。何も始まらないんだ。後悔だけが積み重なって……海になる。沈んで、二度と這い上がれなくなる」


「真実って何? あたしとお兄ちゃんは家族でしょ? それ以外に真実なんてあるの?」


 妹は泣いていた。僕はそんな妹の顔を初めて見た。

 妹は僕を嫌っていると思っていた。だから距離を空けているのだと。

 僕は何もわかっていなかった。


「あたしたちが本当の兄妹じゃないなら……証明してよ」


「証明?」


「キスして」


「は……?」


「あたしとキスしてよ、お兄ちゃん……ううん、赤の他人の始さん」


「ち、ちがっ、赤の他人じゃない、僕らは父親が違うだけで……」


「本当の兄妹じゃないならキスできるでしょ」


「でも、それは……!」


「あたしのこと、嫌いなんだ」


「そうじゃない、そうじゃなくて……」


「キスしてくれないと、あたし死ぬから」


 僕は立ち尽くしていた。何も出来なかった。

 ただ見ていることしか。


「お兄ちゃんに嫌われたら、生きてる意味なんてないから」


 手首を切った妹が救急車に運ばれるところを見ている時も、僕は何も出来なかった。

 ただ見ていた。悲しみも怒りも感じられず、ただ乾いた涙を海にためていた。こんな思い出ばかりが積み重なる。後悔だけが心にひっかかる。

 沼みたいに足をとって、動けなくなる。僕はなにもわかっていなかった。彼女の気持ちを。

 妹は一命をとりとめた。だけどそれ以来、妹とは一言も話していない。



      第一章3『アマルガム』



「ハジメ、ハジメ――!」


「うああああああああああああああああ!!!!」


 はぁ、はぁ……。

 嫌な夢を見た。


「おはよっ、ハジメ」


 眼の前には眠る前と同じ、美少女のとびっきりの笑顔。

 ああ、嫌な夢はこれで帳消しだな。いいものを見た。

 マリィは僕の身体の上に馬乗りになって揺さぶって起こしてくれたようだ。そのおかげであの悪夢から抜け出せた。いつもならあと三時間くらい妹の幻影に罵倒されていた。

 いや、そもそもマリィが僕の上に乗って息苦しくなったから悪夢をみたんじゃないのか?

 まあ細かいことはいい、起きたんだから今日のことを考えよう、そのほうが建設的だ。


「おはよう、マリィ」


「それでさ、ハジメ」


「なんだい?」


「お尻に硬いものがあたってるんだけど」


「あー! あー!」


「これって……」


「い、いや、それはアレだよ。ベルトの金具だよ」


「そっか、いいベルトつけてるんだね。さすが勇者さまっ」


 純粋な子で助かった。

 僕らは昨日の残りの料理を食べ、一部は日持ちするように加工してマリィのポケットに収納した。


「便利だね、それ。重さとか感じないの?」


「感じないよー、ふっふーん。すごいでしょー、軽い!」


 マリィはポケット付きのスカートを持ち上げてぴらぴらと揺らした。

 白いふとももがきらきらとちらつく。小柄で細いけどすらっと伸びてそれなりに肉付きの良い綺麗な脚だ。

 こういうのは眼に毒だ。また前かがみになりそうなので目をそらした。


「とにかく、目的地はプロヴィデンスだ。行こう」


「おー!」


 僕らは折りたたみ小屋を収納し、出発した。

 太陽の状態からするとだいたい朝八時ごろだ。しっかり歩けば昼までには城壁につくだろう。

 小さな冒険の始まりだ。


 だけどしばらく歩くと、すぐにマリィが音を上げ始めた。


「あーもう歩けないー。きゅーけーしようよー」


「さっきしたばっかりだろ」


「のどかわいたーみずー、みずのみたいー」


「水か……肉はあるけど水は殆ど無いんだよな、小屋に備え付けてた分は昨日つかっちゃったし」


 配分を考えておけばよかった。少し歩けばプロヴィデンスだと思ってたけど、それは自分の基準だ。体力も歩幅もないマリィには当てはまらない。


「そうだマリィ、道具とかないの?」


「すぐそーやってボクを便利屋みたいに――あ。そういえば」


 マリィはポケットを探り始める。なかなか見つからない。


「あ、そこ……たぶんそこ……あっ……」


 結局僕が手伝うことになった。教育に悪いからその声はやめてくれ。


「あった。これでしょ?」


 僕は目的のものらしき物体をマリィに手渡すと。


「テテテテン、水分凝縮器ー!」


 何か版権的に危ない発音が聞こえたが僕の空耳だと思う。きっと問題ない。


「これはねっ、ハジメ。地面にコップをおいてスイッチを押すだけでほら簡単、水分が集まってコップに溜まります。すごい!」


 確かにすごい。初めて見た道具だけど、これがあれば旅にも便利だろうに。

 なぜ普及してないんだろう。普及してたら僕も知ってるはずだけど……。


「こういうことか……」


 その疑問の答えはすぐにわかった。

 遅い。とにかく遅い。

 数十秒に一回、小さな水滴がコップに落ちる。僕とマリィはそれを神妙に見つめる。


「小さな頃はドモホ○ンリンクルを一滴一滴見つめるだけでお金がもらえる仕事につきたいって本気で思ってたけど、僕には向いてないな……」


「なにそれっ、時計職人よりつまんなそう!」


「自分の仕事をさりげなくつまらないって言うのやめよ?」


 君のおじいちゃんが悲しむよ。


「ていうか、時計職人って楽しそうだと思うけどな。聞いてる感じだと時計作ったり調整したりするだけじゃなくて、発明全般やってる感じだし」


「好きなもの作ってるときはそりゃ楽しいよー。でもボクのお仕事ってそれだけじゃないし、だいたいはつまらない仕事だよ?」


「へぇ、たとえは普段なにやってるの?」


「ずっと部屋に閉じこもって時計の調整やってる。ボクの一族は先祖代々『原始と終末の時計ホロロロギオン・ディエス・イラエ』っていう『神器レガリア』の管理を任されててね、それが一番大事な仕事なんだー。でも『制御中枢コンソール』にいる間は誰とも会えない。時空を乱さないように気をつけてなきゃならないから、すっごくつまんないよっ!」


 『原始と終末の時計』、なるほど。それが『時空を司る神器』か。

 時計職人の一族はその神器の管理と、その神器を元にした『残響器』を作ることが仕事で、マリィがやっている所々の発明は本人の趣味や暇潰しという理解でだいたい間違いないだろう。

 それにしても仕事ってどれも大変なんだな。僕は働きたくないし一生ニートでいたい。養ってくれる女性は常に募集しています。


「そっか。若いのに大変なことやってきたんだ。すごいね、マリィは」


「そうかな、すごいのはハジメだよ! あのゲームをクリアしたんでしょ! ボク、すっごく感謝してるんだー」


「どうして?」


「そのおかげでこうして『制御中枢』から出て外の景色を見ることができたからだよ。ボク、生まれた時からずっと時計職人になるために訓練と勉強ばっかりだったんだよ。だから同じくらいの歳の子と話したの初めてなんだ」


「……それは、光栄だな。僕みたいなので良かったの?」


「すっごく良かった。ボクね、ハジメと話してるととっても楽しいし嬉しい!」


「……」


「どしたの、ハジメ?」


「なんでもないよ」


「ボクなんか悪いこと言った?」


「ううん、ただ砂が目に入って……」


 僕はマリィに顔を見られないよう立ち上がり、上をむいた。


「ん……?」


 すると、何か見覚えのあるものが見えた。


「あれは……」


 上空を飛び回る黒い影、あれは――


「――『偵察鴉スカウトレイヴン』だ」


 こうしちゃいられない。


「マリィ、いくよ!」


「ちょ、ハジメ。もうちょっとでコップ半分くらいに――」


「そんなこと言ってる場合じゃない!」


 僕はマリィを昨日のように抱え上げ、走った。

 本気で走れば数分で到着も可能だが、マリィの身体に負担がかかるし、そもそも僕は本調子じゃない。

 慎重さを失わない程度に、それでも迅速に行動する必要がある。


「ハジメ、いきなりどうしたの?」


「『偵察鴉』が飛んでる。あれは魔族が獲物の位置を知るために飛ばすんだ」


「で、でも。なんかこの格好……ちょっと女の子っぽくて恥ずかしいよぉ」


 マリィは顔を赤くしてもじもじと恥じらった。


「今更羞恥心が芽生えたのか……」


 そういうの正直グッとくるけど、今はそういう場合じゃない。


「いいかいマリィ。君は女の子でしかも可愛いから少しは自覚を持つべきだけど、今は僕に全部任せて欲しいんだ。恥ずかしいのはわかるけど我慢してくれ」


「でもさ、ハジメ。強いんだから戦えばいいと思うな」


「あのカラスを使う魔族は高位の魔族で間違いないからね。油断できない」


「そ、そっか」


「それに君を危険に晒せない。できるだけ戦闘は避けるよ」


「……うん、ありがとっ」


 僕の服をぎゅっと握ったままおとなしくなったマリィ。好都合だ、抵抗されなくてよかった。

 砂埃を巻き上げながら僕は走った。良いペースだ、もう城壁が近くに見えてきた。

 これならあの偵察鴉の主に発見されることなく城壁に――


「――っ!?」


 ゴゥッ、という鈍い音と共に進行方向の地面が爆発した。


「なになにっ、なんなのさっ!」


「そう上手くはいかなかったみたいだね……現実ってのはいつもそうだ。クソゲーだ」


 巻き上げられた大量の砂埃の奥に一瞬人影が見えた――その刹那。


「来た!」


 砂埃に巨大な穴を開けて、幾つもの光線が僕達を襲う。

 二つ、三つ、僕は左右に素早く回避する。けど、多すぎる。避けられない……!


「くぅっ――!」


 直撃する――けどさせはしない。

 額を貫通する直前だった一条の光を手で遮り、なんとか射線をズラした。

 手から腕にかけて、肉を光線が深く抉り取った。だけど直撃よりはマシだ、脳が焼き切れるか、運が良ければ綺麗に貫通して穴が空くだけで死なないこともあるか。後遺症に苦しむことになるけど……。


「ハジメ!」


「大丈夫だよ」


 今の光線攻撃は『ブラスト』――最も基本的な攻撃系魔術の一つだ。光線による単純な破壊力と着弾の早さが武器。単純故にその殺傷性は保証されている。

 拳銃が何百年も人殺しの最も実用的な道具であるように、単純な破壊の力こそが最も信頼に足る武器なのはファンタジーの世界でも同じことだ。

 射線がまっすぐだから着弾点を読めば回避可能という弱点はあるけど、さっきの不意打ちは砂埃でうまくその弱点をカバーしていた。


「こいつは――手練だ」


 ゲームとはいえ、この世界の写し鏡のような場所で戦い続けてきたんだ。相対する敵の強弱くらいはわかる。

 僕に通用したブラストの威力といい、最低でも魔王軍連隊長クラス。

 たった一体でも人間の街を壊滅させるには十分な戦力を有している。


「おやおや、お褒めに預かり光栄です」


 晴れつつある砂埃の中から、その影は姿を表した。

 全てが奇妙だった。あまりに奇妙すぎて、むしろ全体が調和していた。

 まずはその風貌。白いタキシードと大きなシルクハット。手足が異様に細長く、帽子と合わせて実際よりに大柄に感じる。

 そして特に奇妙なのは、道化のようなその白い『仮面マスク』。

 肩には先程の『偵察鴉スカウトレイヴン』がとまっている。間違いない、こいつが追跡者だ。

 しかし奇妙なのは外見だけではない、最も気になるのはその気配だ。


「お前、何者だ。……人間か? それとも魔族か?」


「鋭いですねぇ、さすが勇者さま」


「何……?」


 勇者さま、この男はそういった。

 マリィと同じ表現だ。僕を知っているということか?


「答える義務はありませんよ、それに無意味でしょう、あなたはの旅はここで終わりです」


 僕の思考を読むように奴は言った。


「マリィ……あいつを知ってる?」


「わからない……でも変なカンジがする。ハジメ、お願い。あいつと戦わないで……」


 マリィは怯えている様子だった。

 落下していた時も魔獣に襲われた時もこんなに取り乱したりはしなかった。マリィは僕の実力を信頼しているはずだ。

 おそらくマリィが怯えているのは、この敵の戦闘能力じゃない。何かもっと根本的な……。


「戦っちゃだめ……?」


 どういう意味だ?


「おしゃべりは終わりですか?」


「――っ!?」


 僕がマリィに気を取られていたその時だった。仮面の男は一瞬で僕の眼前にまで接近していた。感知することすらできなかった。

 スピードの問題じゃない、気配が完全に消えていたのだ。

 そして仮面の男は指の間から突如ナイフを出現させ、僕の首を薙いた。

 僕は上体をそらし間一髪で交わす、しかし攻撃は止まらない。

 男は長い手足を鞭のようにしならせ、まるで関節が無数に存在するかのような不規則な角度と軌道で二撃目、三撃目を繰り出した。

 速い――体制を立て直す暇もない。

 二撃目の腕を膝で蹴り上げてそらし、三撃目はナイフの腹を手のひらで受け流す。


「フフフ……良く防ぐ。ならこういうのはどうですか」


 指と指の間から、さらに数本のナイフが出現した。

 男は不規則で変則的な軌道の斬撃を、柔軟な指使いで連続して繰り出す。


「くっ……!」


 まるで防戦一方だった。

 軌道の読めない斬撃、気配のない高速移動。それはこの男に全く殺気が無いからだ。

 殺意ではない、もっと強力な意思にしたがって戦っているのか?


「どうしました。反撃しないのですか?」


 仮面の男が僕を挑発する。くそっ、本調子で二割の力も発揮できない上に、今は武器がない。神器『デュランダル』ほどじゃなくとも、せめて術式回路を持った剣さえあれば……。


「つまらないですね、まさか私のような弱者に本気を出すのは憚られるという優しさですか? そういった心配は無用ですよ」


 仮面の上からでもわっかるような気味の悪い笑みを浮かべた男が次に何をしようとしているのか、直感的にわかった。

 男はナイフを投げる。予備動作すら無い洗練された動きで――マリィを狙って。


 間に合わない。


 僕にはすぐに理解できた。このタイミングでは絶対に間に合わない。

 ナイフの軌道が見える。心臓を狙っている。あの勢いで刺されば致命傷は免れない。

 失う。

 失うのか?

 僕は、また……全部。

 そんなの、そんなこと――嫌だ。

 嫌だ、嫌だ。


「嫌だあああああああああああああああああああああああああああ!!!!」


 血が、荒野の砂に飛び散って、花のように広がった。

 この血は……。


「――クククッ、そうこなくては」


 仮面の男が感心して手を打ち鳴らした。

 そうか。

 この血は、僕の血だ。

 間に合ったんだ。


「ハジメ……どうして」


 マリィは呆然と僕を見ていた。


「大丈夫……マリィ?」


「ボクのことはいいよ! でもハジメが、血が……!」


「僕は大丈夫だから。心配しないでよ」


 僕はマリィに笑いかけた。きっと青い顔をしてて、説得力がなかっただろう。

 ナイフは僕の脇腹に刺さった。けっこう深い。致命傷ってほどじゃないけど、放っておけば失血死するかもしれない程度に。


「ハジメ、ごめん。ボクがトロいから……」


「いいんだ、それよりこれからのことだよ。マリィ……僕の顔を見て、話を聞いて。奴はまたすぐ僕らに攻撃を仕掛けてくる。ここにいたら危険だ、だから今から城壁まで走って、助けを呼んできてくれないか。決して振り返らないで……僕はここで奴をくいとめるから」


「そんな……一人だけなんて」


「問答してる暇はない、僕を信じて!」


 僕はマリィの目を見た。マリィも涙のたまった目で僕を見る。

 一瞬の沈黙。


「……わかった。ハジメを信じる」


 マリィは決意を込めた顔をして立ち上がり、城門を目指して走りはじめた。

 彼女の歩幅じゃ全速力で五分はかかる。この出血量から考えて、僕の限界もそのくらいだ。

 仮面の男はゆっくりと僕に近づきながら、ぱちぱちと拍手を続ける。


「泣かせますねぇ、それが人間の自己犠牲というものですか。いやはや、素晴らしい物を見せていただきました。生涯忘れることのない思い出となるでしょう」


「厭味ったらしい奴だな。あんた、何者なんだよ。教えてくれたっていいだろ」


「ふふふ、これから死ぬ定めの不甲斐ない勇者さまにはお教えできませんね。無駄でしょう、死ねば思い出も全て消えてしまうのですから。必要のない思い出など、持つ必要はない。ただ後悔になるだけですから」


「なるほどね……ちょっと哀れだな、あんたは」


「哀れだ、とは?」


「なに、簡単なことだよ。素性を知らないままあんたを瞬殺したら、あんたは僕にとってそこらのザコみたいに記憶に残らないまま消えてしまうってね、そう思うとちょっと残念で」


「下手な挑発ですね」


「あんたほどじゃないさ、謙遜するなよ」


「ふふふ……なかなか興味をそそる。ここで終わらせるにはもったいないくらいですよ、あなたは。しかし覚悟をしていただかなければなりません」


 仮面の男はナイフを再び構える。


「なんだ……一分も稼げなかったか。ま、いいさ。一応言っとくけど僕は自己犠牲とか覚悟とか、そういうの大っ嫌いなんだよ。そんなの奪われるだけの弱者が言うことだからさ。だから覚悟をするのは――あんただよ、クソ野郎」


 僕は地面を蹴って加速し、先に攻撃をしかけた。


「減らず口を」


 仮面の男は余裕ぶって『ブラスト』を放射する。当然のごとく発動までの予備動作はない。

 だけど発射した瞬間が見えているなら、僕なら射線を予測してかわすことが可能だ。


 ――だけどここは当たりに行く。


 指先から放たれた光線が僕の肩を貫いた。傷口が焼き切れ、出血すらしない。


 男は初めて動揺した素振りを見せた。

 それはそうだろう。僕が射出角度を見切ってブラストを回避することまで予測した、あれは牽制攻撃だったんだから。

 本命は避けた地点への投げナイフ。偏差攻撃だ。これが奴の立てた戦術だ。

 良い読みだけど、僕に対してはあまりに浅はかな作戦だ。攻略するのは簡単だった。

 避けて欲しい攻撃なら――食らってしまえばいい。致命傷は受けないし、まっすぐ走れば最短ルート。


 最速、最短。僕の拳が男のこめかみをぶちぬいた。

 細い見た目通り、身長よりもずっと軽い男の身体が派手に吹っ飛び、荒野の地面に巨大な爪痕をつけた。


「はぁ、はぁ……これで三割くらいの力だ。マリィを狙ったのが仇になったね……あんたは僕を怒らせたんだよ」


 『加速魔術スタンピード』を付けて全身の力を収束した打撃攻撃だ。頭部にクリーンヒットしたから奴もタダではすまないだろう……けど。油断はしない。

 トドメを刺させてもら合う。今まで油断して死んできたプレイヤーを何人も見てきた。

 僕は吹っ飛んだ仮面の男に追いつく。

 気を失っているのだろう、ピクリとも動かない。いや、それとも死んでいるのか。


「なんにせよ……終わりだよ」


 僕は男の首に手をかける。


「終わりではありませんよ、まだ、何も始まってないのですから」


「っ!?」


 男は不自然な動きで、倒れていた姿勢から直接ぬるりと立ち上がった。


「すばらしいですよ勇者さま。これほどとは……予想以上、想像以上、期待以上!」


 饒舌に語り始める仮面の男。どういうことだ、さっきの攻撃が効いていなかったのか?


「いやはや、素晴らしい殺傷性だ。まさかこの私が『一回殺される』とは」


「あんた、『不死者アンデッド』か?」


「私をそんなゲスな種族と一緒にしてもらっては困りますよ、ククク……。では続けましょうか、『殺し合い』を」


 殺し合い、だと? よく言う。さっきのダメージが全くない顔をして。

 もしこいつが不死の力を持っているのだとしたら、出血している僕が不利だ。

 こっちのほうが力は上でも、持久戦に持ち込まれたら……やられる。


「さあ、はじめましょうか。我々の『終焉へのスタートライン』を――」


「なっ……!?」


 やはりこいつは僕のことを知っている。だから狙ってきたんだ。人間を無差別に襲う魔族じゃない、僕がこの世界に呼ばれた「目的」、それに関係がある。

 間違いない、こいつは僕自身の敵なんだ。


 くそっ、やるしか無いのか。

 僕が構えをとった、その時――僕と仮面の男の間の地面が爆ぜた。

 ブラスト、別方向からの。敵の増援か、いや、これは……。


「そこの仮面の男、武器を捨てて投降しろ!」


 城門警備隊だ!

 杖や剣を持った警備兵たちが続々とこちらに接近していた。

 五分が過ぎていたのだ。マリィが彼らを呼んでくれたに違いない。

 先頭に立つ大柄の男は巨大な剣と無骨な鎧を携えた、歴戦の戦士といった風貌をしていた。


「俺様は城門警備隊隊長『ビッグ・D』だ。このセラエティアで人間を襲うとはてめえ、いい度胸してやがるな……。どの『支配地域ドミニオン』の魔族だ。人類魔族協定はどうした?」


 大男の「ビッグ・D」は僕をかばうように立った。

 どうやら仮面の男が「人間」でも「魔族」でもないことに気づいていないらしい。


「ククッ……ドブネズミがちょろちょろとうるさくなってきましたね。不快ですよ。そろそろ退散するとしましょうか」


「誰が逃すといった」


 退散しようと踵を返した仮面の男の首筋に、ビッグ・Dの大剣がつきつけられていた。

 その巨大な体躯に似合わぬ速い抜刀だった。この男、隊長という肩書に違わぬ実力者だ。


「投降してもらうぜ、ピエロ野郎――ガッ‥…なっ、に‥…」


 しかし。

 次の瞬間に切り裂かれていたのはビッグ・Dの喉だった。

 鎧の構造的な隙間を狙った性格な一撃だった。おそらく、僕以外は攻撃された事実にすら気づかなかっただろう。


「あ、があ……!」


 鍛えた人間といえど、急所は脆い。血が派手に噴出する。

 ビッグ・Dの巨体は為す術もなく倒れた。


「ドブネズミですら生物としての上下関係を理解しますよ。この私に噛み付くなど、あなたがた人間はやはり畜生にも劣る家畜以下の生命体だ。退化しきっている。あまりに絶望的な存在ですよ」


 怒りも憎しみもないさらりとした声で仮面の男はそういった。


「興が削がれました。今回はこの下衆の命で我慢しましょう。勇者さま、ではまた」


 仮面の男が指で空間をなぞるように動かすと、空間に切れ目が入ったようにベロリと端が剥がれる。高度な転移魔術だ。

 隊長を殺された警備隊はそれをなすすべもなく見ることしか出来なかった。

 僕も出血で意識が朦朧として、既に戦う体力も気力も失われていた。

 仮面の男が空間の剥がれた場所に細い体をねじ込む。徐々に男の身体が消えてゆく。

 そして完全に消える直前、奴は僕を見てこう言った。


「あなたの奮戦に敬意を評し、教えておいてあげましょう。最大の後悔として刻まれる私の名を」


「ま、まて……お前、は……」


「私はアマルガム。全てを終わらせるものです」


 僕は奴が消えるのと同時に意識を手放した。

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