第三章9『あなたが好き』
光の中を漂っていた。
身体が軽い。心も。なにもかも、世界すべての束縛から解き放たれたように。
僕は心地よくゆられていた。
「始くん」
不意に聞こえてくる、声。
その呼び声の主は、すぐに分かった。わからないはずがない。
「来望」
「そうだよ、始くん。やっと会えたね」
「君は、どうしてここに」
来望もまた、この光の中を漂っていた。
「ここはね、狭間の世界。わたしはここに堕ちたんだよ。ずっとここにいたの、始くんと一緒だった。ずっと……見てたよ」
「狭間の世界……。それってポータルのこと?」
「ううん、魔法とか魔術とか、そういうはっきりしたものじゃなくて。もっと抽象的で、感情的で、不安定で……きっと『真眼』を手に入れた人にしか観測することのできない場所なんじゃないのかな」
「だからここには、僕と君しかいない……」
「そう、わたしたち、二人だけの世界」
「ってことは、僕は……死んだんだね」
「どうしてそう思うの?」
「だって僕にも君にも、重みがない。生命はもっと重くて、ぐちゃぐちゃで、がんじがらめにされてるものなんだ。ここは自由だ……自由すぎるくらいだ」
「始くんはここのこと、気に入らない?」
僕は首を横にふった。
「いいや、そういうわけじゃないよ。良いところだと思う。なにより――来望がいるから」
「相変わらず、そういうキザなセリフはうまいんだね。ちょっと、嬉しくなちゃうよ」
来望はそう言って照れ笑いをした。
『生きていた頃の』彼女とは少し雰囲気が違っていた。
以前に感じていた悲しみから開放されたように見える。
「始くん、本当に今でも私のこと、好き?」
「うん」
僕は深く頷いた。今度は嘘じゃない。
心から。
「……今度は、本当だったね」
「最初からずっと僕の気持ちは同じだよ」
「……そうだね。なんで、小さなことにこだわってたんだろう。わたしは。あの時の始くんには、他人を本気で愛してあげられる余裕なんてなかったのに。だけど悲しかった。始くんに好きって言われた時……ずっと欲しかった言葉なのに」
「本当に、ごめん。来望、君を傷つけた……心から好きだって人に言っていいのか。僕にはわからなかったんだ。僕は……誰も愛せない人間だって、そう思ってた」
「だけど違ったんだよね」
「ああ、今ならわかるよ」
「そっか。見つけたんだね、居場所。そこにわたしがいないのは、ちょっと残念だけど……でも、嬉しいの。始くんが誰かを好きになってくれて。だってわたし、始くんに自分を好きになって欲しかったから……。あなたには愛される資格があるって、知って欲しかったから」
「……ありがとう。来望。僕を好きになってくれて。遅いかな、今になって言うのは。僕は君のことが好きだった」
「うん」
「君の笑顔が好きだった」
「うん」
「君の困った顔も、好きだった」
「うん」
「君と一緒にいる時間が好きだった」
「うん」
「君の全部が好きだった」
来望は目を伏せて、はにかんで。深く頷いた。
「うん……わたしもだよ。始くん、好き。大好き」
「これからはずっと一緒だ」
「……そうだね。始くん、ここはわたしとあなた、二人ぼっちの世界。だけど……まだ終わってないよ。このままは嫌なんでしょ?」
そして来望は僕をみる。まっすぐに。
「始くんは愛することを知ったんだよ。わたしを愛してくれるのは、一緒にいてくれるのはとっても嬉しいよ。だけど……まだ、残ってるんでしょ。このままじゃ、きっと後悔する」
「だけど、僕はもう……」
「まだだよ、まだ完全に堕ちてはいない。始くんも、わたしも」
「来望……?」
「始くん――」
――あなたはどこに堕ちたい?
第三章9『あなたが好き』
「ハジメさま……ハジメさま……!」
リデルはハジメの身体を必死で揺する。
治癒魔術は施した。身体の損傷は完全に修復されたはずだ。
なのに。
ハジメに血が通わない。
動かない。
もう、抜け殻だった。
「そんな……ハジメさま……そんなの……!」
「やめろ、メイド」
ピスケスがリデルの肩をつかみ、制止した。
「死者に鞭を打つな。ゆーしゃは精一杯の努力をした。生を全うしたものは、尊敬をもって永遠の安息を送らねばならない」
ピスケスは両手を合わせ、祈りを捧げる。
彼女は祓魔師。戦士であると同時に聖職者だ。
死者にとって最も適切な手向けを知っていた。
それは静寂。
安らかな眠りを捧げること。
「でも……でもっ……わたくしを置いて行かないで……ハジメさま……!」
「……血界真祖」
「なによ……話しかけないでよ」
号泣するリデルのそばで気丈に振舞っていたエリザベートもまた、まぶたに涙を浮かべていた。
「一応確認しておくが、お前の固有魔法で再び心臓を動かすことはできないのか」
「……無理よ。あたくしの血を注入すれば再び動き出すかもしれないけど、死後にそれを行えば不完全な吸血鬼――心のない食屍鬼になるだけ。それはあなたの言う死者の冒涜ではなくって?」
「そう、だな……そうでなくとも、ピスケスたちは皆、すでに魔力切れだ」
「ほんと、頼りにならない人間ね……! このくらいの傷で……死んでんじゃ、ないわよ……! バカっ……」
リザは耐えられなくなり、悲しみに顔を歪めた。
先ほどの攻防で、すでに三人の魔力も体力も尽きていた。
もはやアマルガムを止める術はない。
「……さらばだゆーしゃ。けっこう、すきだった」
ピスケスは覚悟を決め、目を閉じた。
世界の終わり。
ピスケスの育った星神教会においては、世界の終焉は最後の天魔王がもたらすとされていた。
そして終焉から世界を救う救世主こそが異世界より現れた最後の勇者その人なのだとも。
思い出す。
ピスケスが最初にハジメと出会った時。正直頼りないと思った。
魚好きでセンスは良いとは言っても、魔術の技量も剣の技量も中途半端な凡人だと。
実際に、ハジメの魔術も剣術も、根底に流れている彼自身の戦闘センスに支えられたもので、それ自体は大したものではなかった。
世界各地から才能のある子供を集めて英才教育を受けさせられる祓魔師の中で育ち、その中でもなお才あるものとして突出した力を示した十二級祓魔師としての目にはかなわないと。そう思っていた。
それは間違いだった。
戦闘の天才だったから? 否。
心を読む力があるから? 否。
ハジメはピスケスが今まで出会ってきた「強者」とは全く違っていた。
それはハジメが――
「――好き……それと、固有魔法……?」
その時、何か重要なことに気づいたような、リデルの声がはっきりと聞こえた。
「まだ……手はあるかもしれません」
「本当か……!」
「ちょっとあんた、適当なこと言ってんじゃ……」
リデルにリザが食って掛かろうとするが、ピスケスが制する。
「やめろ吸血鬼。……聞かせてもらう、その手段を」
「わたくしの固有魔法です」
「固有魔法!? ハーフエルフのあんたに!?」
リザは疑念の声を上げる。
しかし……。
「いや、ハーフだからこそという可能性はある。『混合種』は雑種強勢で両親の長所を受け継ぐことができる。もしかしたら」
「……あー、わかったわよ。それしかないって言うなら、あたくしも賭けてやるわ。で、あなたの固有魔法って一体何なのかしら?」
「それは――命の共有です」
「命の……共有?」
ピスケスとリザが揃ってそう返す。
命の共有。そんなの聞いたことがない。
「母との思い出はハーブティーの淹れ方を教わったことと……そしてこの魔法の話だけ。あまりに悲しい思い出だから、ずっと思い出さないように、考えないようにしていました。だけど……ハジメさまが言ってくださったから。わたくしは自分を好きになって良いのだと。母の思い出を……忘れないでいいのだと」
「つまり……命そのものが失われたハジメの肉体にお前の命を与えるということか……? 肉体は修復されている今、原理的には蘇生が可能、だが……」
「固有魔法には発動条件があるわ。膨大な魔力も」
「魔力は――ピスケスさま、エリザベートさま。わたくしに残存した魔力をすべて集中してくださいませ。それで足りると思います。無い命を生み出すのではなく、すでに今あるわたくしの生命を分けるだけなので……それと、発動条件は――」
――愛、です。
「愛?」
「お願いします。わたくしの手をとってください」
半信半疑のまま、しかし他にすがることのできる可能性もなくなった二人はリデルの手を握った。
接触した手のひらから、体内にほんのすこしだけ残存した魔素をリデルに与える。
これで小さな魔術程度は発動できるくらいの魔力は集まるだろう。
だが……愛が条件とは一体何なのか。
「……この魔法はわたくしの母の一族の女にのみ伝わる秘術にして禁術です。お母様は、わたくしに一度だけお父様のお話をしてくださいました。お父様は人間、お母様はエルフ。種族の違う、禁じられた恋の物語を……」
ピスケスとリザにはわかっていた。
そんな物語が、ハッピーエンドのはずがないと。
「エルフと人間の寿命は違いすぎる。エルフがたとえ別の種族を愛しても、寿命の違いからかならずエルフは取り残され、孤独になる。だから、真に愛しあうことができた2つの種族の恋人だけが、命の共有を許される……条件はたった一つです。とても簡単なこと……『エルフが真実の愛を込めたくちづけをすること』、それができれば二人は悠久の時を共に過ごし……そして、共に死ねる」
それでも――
「――わたくしのお母様には、それができませんでした。真に愛し合っていると信じて、わたしという子を成した。それでも……人間を本当に愛せるのか。自分で自分の心を疑ってしまった。心のそこから信じることができなかった。だからわたくしをおいて、どこか遠くへ去ってしまった。わたくしは、偽物の愛から生まれた子供なのだと……共にいる資格がないのだと、きっとお母様は気に病んでしまったのだと思います。それでもわたくしは、お母様を愛しています。ハジメさまが教えて下さいました。愛されてもいいのだと。自分を愛してもいいのだと。……人を愛しても、良いのだと」
だから――
「――わたくしは、ハジメさまを愛しています」
そしてリデルは、彼女の唇をハジメの唇に重ねた。
♪ ♪ ♪
「お別れだね」
光の世界が崩壊してゆく。
来望は笑った。このことを最初から全部、知っていたみたいに。
「始くんは、一人じゃないんだよ。始くんを好きになってくれる人が、絶対にいる。孤独になんて、させない。だって――わたしの愛した人だから」
「来望……君は最初から」
「ううん、先のことなんてわからなかった。わたしたちは神様じゃないから、未来のことなんてわからないよ。だから現在を失敗して、過去を後悔する。でもね、それでいいと思うんだ。わからなくて、失敗して、後悔を積み重ねて。それでも前を向いて歩いていける。それが人の力でしょう。だから――そんな悲しい顔、しないで」
「来望……僕は……君に……」
「ねえ、笑って? 始くん、わたしを忘れないでって言ったでしょう。ごめんね、きっと始くん、思い出すたびに悲しい顔してたよね。だけどもう、囚われないで。前を向いて、笑ってよ。わたし、始くんの笑顔が大好きだから。優しさを感じられるから。そうだよ、始くん。最初からわかってたのかもしれないね。始くんが本当の強さを知ってるって」
「本当の……強さ?」
「それはね――優しさだよ。弱い人に、助けを求めてる人に、手を差し伸べる勇気。最初から始くんの中にあったものだよ。忘れようとしても、消し去ろうとしても、否定しても。ずっと始くんの中に……ねえ、始くん。最後にもう一回だけ聞くよ」
――ハジメくんは、勇者になってくれる?
……。
「もちろん」
光が広がってゆく。
真眼。
偽眼。
僕の2つの目が、再び開いた。
「……リデル。泣いてるの?」
「っ……ハジメ……さま……!」
視界には、リデルの泣き顔。
大粒の涙が、僕の頬に落ちて、流れてゆく。
「ハジメさま……ハジメさま……わたくしは……!」
「うん、わかってる。ありがとう」
僕は立ち上がる。
驚愕するピスケスとリザ。だけどすぐに確信した顔に変わる。
「いけ、ゆーしゃ」
「ふ、ふんっ。さっさと行きなさいよ。……勇者なんでしょ!」
「ああ、当然!」
僕はアマルガムに向かって、『加速魔術』をぶっぱなした。
フルドライブだ。
魔力残量なんて気にしない。気にする必要がない。
今の僕は――勇者なんだから。
無限の力が湧いてくる!
♪ ♪ ♪
「ククク……これで終わりです。術式の書き換えはもうじき完了する。時詠の巫女を手に入れたことで、大幅に工程が短縮出来ました」
アマルガムはマリィの神を撫でる。
この小さな少女が世界崩壊の引き金になるのだ。
あの時――両親を殺した時。気まぐれに見逃した小さな命が。今この手にある。
「フフ、フハハハハハ!!!!」
しかしその瞬間――アマルガムの脇をすり抜ける何かが。
疾風のように通りぬけ、一瞬にしてアマルガムとマリィの間に割り込んだ。
「何……!」
「やあ、アマルガム……これは予想外だっただろう?」
ハジメ。目の前には、命を奪ったはずの少年が立っている。
目を疑った。とうとう本格的に狂ってしまったのかとも思った。しかしどれも違う。
本物だ。確かな質感を持ってハジメは存在していた。
「貴様……どうやって……! 命を完全に絶ったはず……!」
「死人が生き返るなんて、子どもじみたお伽話だと思うだろ? 僕だって信じられなかったよ。本気で人を愛して、信じて。命まで捧げられる……。愛なんてバカバカしいって、僕もお前も思ってたはずだ。それでも――今なら信じられる」
「……」
「信じさせてくれたんだ」
「戯言を……! 人は人を疑い、騙し、壊す……あなたとて、それを知っていたはずです。理解していたはずですよ。優しさは踏みにじられる。勇者など、この世にいないのだと」
「バカだね、確かに今までならそうだったよ。だけどね、アマルガム……勇者ならいる。ここにいる。それが唯一の答えだよ」
「バカな……」
「僕が勇者だ」
「私は認めない――っ!!!」
アマルガムがさらに狂化し、突進する。
本気の一撃だ。今までハジメたちに絶望を感じさせるため、あえて加減していたが。今は違う。
否定する。破壊する。蹂躙する。
認められない。目の前の存在が。すべてが。
「ぶっ――ごああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!」
咆哮と共にアマルガムが吹っ飛んだ。
アマルガムが接近した瞬間、それよりも数段速い動きでハジメが反撃したのだ。
全く反応できなかった。狂化によって増強した反応速度、動体視力、身体感覚を持ってしても。
真眼をもってしても。
「また偽眼……いや、これは……」
「ただ殴っただけだ。お前には速くて見えなかった、シンプルだろ?」
「ならばこれなら……!」
アマルガムが肉体を切り離した無数の銀の刃が空中に躍り出る。
ハジメの周囲を取り囲むようにそれらが静止する。
「これならどうです!」
アマルガムの合図で一斉に、無数の刃がハジメに襲いかかった。
すさまじい密度と全方向からの攻撃。
どれだけのスピードを持っていようと避けられない。
「血晶爪か……所詮、他人の猿マネだろ」
ハジメがそう吐き捨て、空中に手をかざすと、すべての刃がその場に停止した。
「なっ……!?」
「パクった技に頼るなんて、自分を信じられない証拠だ。ほら――返すよ」
ハジメが人差し指をアマルガムに向けると、銀の刃が一斉にアマルガムに襲いかかった。
苛烈な連続攻撃がアマルガムをバラバラに引き裂く。
当然再生するが、しかし技をことごとく破られた精神的ダメージは重くのしかかる。
「術式のコントロールを奪ったというのか……こんなことが……!」
「信じてるからね。僕たちは神様じゃないから、未来のことなんてわからない。だからこそ自分たちの望んだ明日を作るんだ。それが人間の力。これが――勇者の力」
「イメージを現実に変えているとでも言うかっ……認めない、私はそんな幻想……!」
もはや勝負の行方は明白だった。
アマルガムにハジメを倒すすべはない。
「……くくっ、ククククククク……」
「何がおかしい?」
「いえ、おかしいじゃありませんか。なぜ我々はこうして真顔で戦っていたのかと思うと。実におかしくて……。気づいていないのですか? 勇者様、もうすぐ世界は滅ぶのです。その少女が発動する崩壊の術式により、全てね……ここでの勝負がどういう結果になろうが、私の目的は達成された。私の勝ちですよ、勇者様」
「……それはどうかな?」
「まだ悪あがきを……」
「悪あがきをするのは、どうやら僕じゃないみたいだよ? 気づいてないの? さっきからこの世界の歯車が逆回転してるけど?」
「なっ――これは……! 術式が再び書き換えられているだと……!」
アマルガムは管制室の椅子を見る。
確かにそこに時詠の巫女――マリィを眠らせたはずだ。
が――その両目は開いていた。
「なぜ……!」
「ふっふーん。だまされちゃったねー。そうっ、すべてこのボクの作戦通りだったのです!」
マリィは普段通りの元気な様子で話し始める。
「マリィ、作戦成功したんだね」
「ぶいっ! ばっちりだよっ、あの時わざとハジメとの間に割り込んで捕まったのはね……術式と術者を間近で観察するため。ハジメと一緒におじいちゃんのパズルを解いた時の経験がヒントになったんだー」
「なるほどね。術者を知り、その立場に立つことで構造を把握する。……そして、解き明かす、か。やっぱりマリィ、才能あったじゃないか。僕の見込み通り」
そう、マリィがハジメとアマルガムの戦いに割り込み、無抵抗で捕らわれたことはマリィが自身で計画した行動だったのである。
マリィとハジメは、祖父の制作した知恵の輪を異例の早さで解き明かすことに成功した。この経験が生きた。
アマルガムにあえてさらわれ、その術式と本人の行動、性格を間近で観察することで術式の解放を探っていたのだ。
そして今、奪われる前に密かに意識をポータルに転送していたマリィは、その内部からアマルガムが書き換えた術式を解き明かし、元の術式に書き換えていた。
もちろん、アマルガムが別のことに気を取られていなければ成立しない作戦だった。もしもアマルガムの注意がマリィに向けば書き換えに気づかれる。
そうなれば肉体を破壊されて意識も消滅していただろう。
「だけど――ハジメのこと、信じてたからねっ! きっと来てくれるって!」
「マリィ、でかした!」
「こんな……こんなふざけたことが……」
アマルガムは立ち尽くし、何もできない。
長い時間をかけた計画だった。途中までは完璧だったのだ。
それを破られた今、もはやどう反応すれば良いのかわからない。
ただ唖然として、ハジメを見ていた。
「アマルガム。終わりだ、降伏しろ。罪を償え」
「罪? 罪だと……まだわかっていないのですか、あなたは。罪を贖うには、終わるしか無い。罪は消えないのです、赦されることなどありえない! すべてを救うには、終焉しか……それしか手段は残されていない!」
「……本当に、それだけなのか?」
「あなたに何がわかる……」
「わからないさ。だけどお前だって他人のことを知ろうとしないで消そうとしたんだ。誰だって、互いのことがわからないから。善意を押し付け合うだけしかないのかもしれないけど……それでもさ。いいと思う」
「何を……言っている……」
「わからないままで、手探りのままで。それでも良いんだと思う。みんなそうやって出会って、いつか繋がっていくんだ。人を好きになることだって、できるんだ」
「認めない、認めない……私はそんなもの……愛だと、そんな安っぽい答えが……認められるはずがない……終わらせる、全部! 終わらせる! 終わらせる!! 終わらせる!!!」
アマルガムはハジメに向かって腕を振り上げ、突貫した。
技などなかった。それはもはや戦いではなかった。
ただ、認められないものに向かって、牙を向くだけ。
追い詰められた獣の、最後の一噛み。
諦め。
ハジメの中で引き伸ばされた時間にとって、その攻撃は取るに足らないものだった。
あまりにスローで、ため息が出る。
ハジメは下を向いて眼を閉じた。
「……」
そして、正面に向き直って、目を見開く。
「マリィ――ポータルを解錠」
「あいよっ!」
「カルヴァリオに部分接続」
光の渦がハジメの目の前。宙に出現した。
その中に腕を差し込む。異空間にハジメの腕の先が転送される。
ハジメはその手に、確かな感触を感じた。
勇者にとって最も馴染むその感触――選ばれし者の剣。
「神器デュランダル――起動!!!」
一気に引きぬき現れたその刀身は、輝ける水晶で作られていた。
厚みを全く感じさせない、異次元の構造物。これこそが神の遺物。
勇者にのみ許された剣、デュランダル。
「その意味は『不滅』。真なる不滅をもって、偽りの不滅を祓う――!」
一閃。
すれ違いざまに振りぬいたデュランダルの一撃が、アマルガムを切り裂いた。
しかし、一見どこにも外傷はない。アマルガムの胴はまだついている。
「痛みは感じないよ。アマルガム、君の苦しみにも終わりが来たんだ」
「これは……」
アマルガムは自分の手を見る。
光の粒子が手から少しずつ漏れだしてくる。体を構成する魔導銀が分解されているのだ。
アマルガムを構成する粒子一つ一つに刻まれた「死を奪う呪い」を浄化して。
「私が……光に還ってゆく……これが――勇者の力。あたたかい……」
「どうだい、ちょっとは人間のことだって見なおしただろ?」
「ふふっ……優しいのですね。私などに、これほどの『終焉』を与えてくださるとは……。勇者様、やはりあなたは甘すぎる。いつかあなたも知るでしょう、このあたたかさを持った人間こそが人間を苦しめ、傷つけ……やがて世界すら壊してしまうと」
穏やかな佇まいだった。
しかしそれでも、アマルガムは考えを変えなかった。
だが、ハジメにとっては。それでも良かった。
「いいよ、それでも。裏切られても――何度だって信じてやるさ」
「ハッ……では、見届けさせてもらいましょう。私の魂が本当に……堕ちるまで……」
そうしてアマルガムの肉体は粒子に還元されてゆき。
やがて――完全に消滅した。
「……さよなら」
さよなら――父さん。




