第三章8『最終決戦・偽眼開放』
「まるで、迷宮だな」
僕らは無事、空に浮かぶ球体に侵入した。
中は星空に見下された空間、歯車がひしめき合い、入り組んで、僕らの進行を阻む。
「ピスケス、アルレシアの絃はまだつながってるよね。道筋は辿れる?」
「可能」
ピスケスは残響器アルレシアを掲げ、先導してゆく。
「敵は管制室にいる。そこにおそらく時計職人も」
「アマルガムがマリィを攫った目的はポータルを通ることと、管制室に入ることか。二つの世界が破裂すれば連鎖反応で全ての世界が崩壊する……」
「――ですが」
リデルが疑問を口にする。
「どうして、あの方はそうまでして世界を破壊しようとするのでしょうか。自らが改造され、苦痛を受けた恨みを晴らすだけなら、こちらの世界にくる必要もなかった。私達の世界で術式を書き換えた時点で、放っておけば世界は崩壊したのに……全ての平行世界を道連れにする必要なんてなかったのでは……?」
「はっ、狂人の考えることなんて思いやるだけ無駄よ」
リザはそう吐き捨てた。
その言葉は正しい。アマルガムは狂っている。
最初から狂っていたのか、それとも改造手術に耐えかねて狂ったのかはわからない。
どちらにせよ、全ての世界を滅ぼすなど常人の発想じゃない。
だけど――
「あいつは――恨みとか復讐とかで世界を終わらせようとしてるんじゃない。他人からはそう見えても、自分ではそう思っていないんだよ。あいつにとっては、終わりこそが唯一の救いなんだ。……世界には後悔ばかりが積もり積もって、人が足を取られて動けなくなる……その前に全部おわらせようって……きっとそんな考えにとりつかれている」
「ハジメさま……」
「僕が、そうだったから。何も終わらせないまま、中途半端なままなんて嫌だって、何者かにならなきゃならないんだって。そう思ってた、思い込んでいた。だから勇者になろうとした。別の世界に逃げ込んだんだ。きっとアマルガムも……だけど僕らは勇者なんかじゃなかった。そんなの勇気じゃないんだよ、幸せを求める心から逃げてるだけだ。どうやっても幸せになんかなれない、ただ、悲しみから目をそらしているだけ」
僕とアマルガムは同じなんだ。
あいつは、僕の未来の姿だ。僕だっていずれはああなっていた。
全てを終わらせるために、他者を傷つけるだけの怪物に。
僕の心の中にも、怪物がいる。
だから、
「だからこそ、僕が決着をつけなきゃならない。世界を道連れになんかさせない、間違ってたのは僕らのほうなんだ」
僕らは広い空間に出た。
感じる、奴の気配を。その中心に工房と、そして――管制室。
すべての歯車がつながる先にある椅子に、小さな身体の少女。
マリィがいる。今は眠っているようだ。目を閉じて、動かない。
「ようこそ、『終点』へ」
立ちはだかるは、銀の魔人アマルガム。
「まさかここまで追いかけてくるとは思っていませんでしたよ、全てが予想外。しかしそれこそが人生。楽しいとは思いませんか?」
「そうだね、僕らは神様じゃない。先のことなんてわからないんだ――だから、アマルガム。悪いけど、お前の計画は全部ここで終わらせてやる」
僕は術式剣を構える。
始まる。
僕たちとアマルガムの、最後の戦いが。
第三章8『最終決戦・偽眼開放』
「フフフ……いいでしょう、四人で存分にかかってきてください。絶望がただ深くなるだけだ、あなたがたが努力すれば努力するほどに……」
「そんなの本気で努力したことない奴のセリフだって、小学校の頃先生に習わなかったのか?」
「軽口は相変わらずですか、絶望の中で自分を鼓舞しているのか、それとも本物の愚か者か……見せてもらいましょう」
アマルガムが急加速する。
やはりアマルガムはこの世界に来たことで身体にかかる負担の影響をうけていない。
もともとこっちの世界の住人ということと、強化された肉体による二重の要因だろう。
「ハジメさまっ!」
リデルが心配して名前を呼ぶ。
「手出し無用だ!」
だけど大丈夫。
「ほう……まさかとは思いましたが、やはり受け止めますか」
「人間は学習する生き物なんだよ……!」
僕はアマルガムのナイフを受け流して一旦距離をとる。
「リデル、リザ、ピスケス。作戦通りだ、アマルガムは僕に任せて『準備』を」
「ククッ、一対一とはなかなか勇者らしいことをすると思いましたが。何か作戦があるようですね、ではそちらのお仲間から先に終わらせてあげましょう」
アマルガムはリデルたちに向かってナイフを飛ばす。
すかさず軌道をよんだ僕が射線に割り込んでたたき落とした。
「させると思うか?」
「面白い、あくまで勝つ気だというのなら乗ってあげましょう、この勝負。あなたの絶望する姿を見せてください……」
アマルガムから禍々しい気配が噴出する。
肉体が一気に膨張し、再び凝縮。巨大な魔力が一点に集中するのを感じる。
「『狂化』……かつて存在した『狂戦士族』のもつ固有魔法です。これを使うことで魔力と身体能力を十倍以上に強化することができる。その代償に寿命が大幅に削れ、理性を失うことになりますが……あいにく、私は最初から狂っていますので」
「デメリット無しの強化ってことか。それなんてチート?」
あらゆる魔族の特質を備えた究極の改造人間、か。
当然吸血鬼以外の能力も持っていると思ったけど、これほどの切り札を隠していたとは。
「ハジメっ、やはりあたくしが……!」
「大丈夫だって言っただろ、リザ。それよりも君は自分の役割をまっとうして!」
確かにこの状態のアマルガムとガチでやりあえるのはリザくらいだろう。
この環境で魔力が吸われてかなり消耗しているピスケスにもにが重い相手だ。
だけど、アマルガムが予想外のパワーアップをしたからと行って作戦は変えない。
僕が戦う。
「そうです、作戦とやらを早く見せてくださいよ。でないと――死にますよ」
「っ――!?」
アマルガムがいつのまにか僕の背後に立っていた。
速い――!
「くっ……!」
アマルガムの攻撃が首をかすめた。反射的に身をかがめなければ即死だった。
実力差は明白。やるしかない――最後の切り札だ。
天魔王と戦った時。
アンジェと戦った時。
確かに僕の中に感じた。戦いの権化――アマルガムと同じ獣を。
呼び覚ますしかない。
あれも僕自身なんだから。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!」
心の刃。
獣の牙。
全てが開放されていく。
叫びと共に。
僕がずっと心の中に押さえつけていたもの。その、全てが――
「――!!!」
アマルガムの二撃目を受け流す。
すれ違いざまにアマルガムの胸を引き裂く。
覚醒する。
最強の自分が呼び覚まされてゆく。
再生するアマルガムは、怯まず三度目の攻撃を繰りだそうとしている。
無駄だ。
避けるまでもない。
アマルガムの攻撃はあさっての方向を向いている。
ただ僕は、そこに剣をおいておくだけで良い。
「何っ!?」
アマルガムには何が起こっているのかわからない。
当たり前だ。奴には眼の前の現実も見えない。
奴の「真眼」では――いや、中途半端に「真眼」を持つからこそ、見えなくなった。
これが――僕の切り札。
偽眼。
♪ ♪ ♪
「すごい……ハジメさま」
「ああ、ゆーしゃがアマルガムを完全に圧倒している」
リザとピスケスは術式を構築するリザを守るように立ち、二人の戦いを見ていた。
圧倒的だった。
身体能力、魔力。速さ、力。反応速度。全てに勝るアマルガムを、ハジメは完全に上回っていた。
この環境では常人レベルの身体能力しか発揮できず、魔力に限りがあるため加速魔術も使えない現状で、だ。
「ピスケスさま、一体なにが起こっているのですか。なぜハジメさまは、ここまで……。わたくしにはアマルガムが見当違いの方向を攻撃しているように見えます」
「そうだろうな。傍から見ている分には。だがアマルガムにとっては違う、ゆーしゃを確かに攻撃している……」
「それってハジメさまの『催眠術』にかかっているということですか?」
「それに近い状態。ハジメは行動前の予備動作に常にダミーを仕込んでいる。その集積を利用して敵に『偽の未来予測』を植え付けている。深層意識に小さく暗示を刻んでゆき、やがて完全に幻覚をみるようになる……今のアマルガムはゆーしゃの無数の幻影に攻撃をかけている」
「すごい……これがハジメさまの――」
――本当の力。
ハジメの筋力はアマルガムとくらべて微々たるものである。
その圧倒的な戦力差を、ハジメは技術のみで補っていた。
重い攻撃を、激流に沿う静水のような動きで受け流し、ダメージを最低限に抑えこみ。
早すぎる動きを真眼で見切り、予測し。
さらにアマルガムのもつ真眼を偽の未来予測を植え付ける真の切り札――『偽眼』で封じている。
それどころか、真眼による予測を騙しきり、幻影まで見せているのだ。
魔術の一分野として幻術があるが、アマルガムほどの相手には通用しなかったであろう。
しかしこの幻影はアマルガム自身の未来予測能力が生み出したものだ。
消えはしない。アマルガムが、自分の能力を消し去らない限り。
「できないよなぁ、アマルガム」
ハジメが挑発するように指摘する。
「お前だってこの状態がどういう理由で起こったのかそろそろ悟ったはずだ。お前の真眼が誤認識を起こして僕の幻影が生まれていると――。例えば眼を閉じ、耳を塞げば真眼での状況認識と予測に使われる誤情報は封鎖できるだろう。だけど……お前にはそれができない」
そう、それこそがハジメの狙いだった。
「真眼があれば、攻撃された瞬間に『触覚』から相手の位置を把握して反撃もできただろうけどね。アマルガム、お前は常に拒絶反応が起こっていることで痛覚が麻痺して触覚がバカになってるんだろ。だから僕がどれだけ攻撃しても幻影を払拭できず、ただしい位置を把握できない」
ハジメはアマルガムに一撃を加えるとすぐに後退。
ヒットアンドアウェイを繰り返し、徐々に追い詰めていた。
ただの人間が、魔術をほぼ行使せず。あの銀の魔人を追い詰めていた。
多数の種族の、それも精鋭レベルの者達を圧倒したあのアマルガムを。
「ククッ……フフ、フハハハハハハ!!!! 素晴らしい! 素晴らしいですよ!! ここまで私を追い詰めるとは!!」
「だったらさっさと諦めなよ、お前の負けだ」
「負け? 私に決定打を与えられないあなた方に? 私が? 笑わせる――」
アマルガムの身体が輝き始める。
リデルたちには見覚えがあった。これは時計塔でアマルガムが出現した時に発動した――自爆攻撃だ。
「ハジメさまっ!」
「わかってる、リザ――今だっ!!!」
「もう、遅いですよ。終わりです」
アマルガムの膨れ上がった身体が破裂する。
大量の凝縮された魔力がブラストとして放たれ、同時にアマルガムの肉体を形成していた魔導銀が刺となって飛散する。
体力と魔力の落ちた今、ハジメたちに防ぐ術はない。
たった一つを除けば――
「終わり? 血界真祖の血族を舐めないことね。終わりには――まだ、はやい」
停止。
一切が停止していた。アマルガムの飛散した魔導銀の欠片の、全てが。
紅色の光が星空の空間を塗りつぶしていく。
「古代魔法の術式が空間の法則を書き換えてるんだ……これがリザの固有魔法」
「そう、これこそが血界真祖の力『心蝕血界』。全ての血液を支配下に置く、究極の古代魔法」
心蝕血界。
通常魔術とはあるいっていの法則化で発動する現象である。
しかし魔法は、世界そのものの法則を術者が書き換えてしまう。
血界真祖であるエリザベートのもつ固有魔法は、全ての血液を支配する。
そういう世界に、強制的に法則を塗り替えたのである。
「あなたの魔導銀は、血液の代替物なんでしょう? それを固形化して武器にする力はあたくしの『血晶爪』と同じ――だったら全ての血液のコントロールを奪うあたくしの固有魔法で支配できる。当然の道理だわ――さらに」
パチン。
リザが指を鳴らすと、飛散したアマルガムの魔導銀が、赤色に変わってゆく。
「この心蝕血界内部では血液を『書き換える』こともできる。あなたの魔導銀の半分以上が今、あたくしの血に変化した。今よ――メイド!」
「はいっ! 回復魔術!」
リデルが両手を前に突き出し、やわらかな光を放出した。
飛散し、空中に制止したアマルガムの破片は元の一点に再び収束する。
アマルガムが人の形を取り戻す。
「私に回復魔術などかけて、一体何を……こ、これは……!? があああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
アマルガムが激痛に苦しみ始めた。
「拒絶反応、吸血鬼と魔導銀が交じり合ったのだから当然でしょう? あたくしにあなたがやった仕打ちをお忘れかしら?」
「貴様……!」
アマルガムがリザに飛びかかろうとする。
この固有魔法さえ押さえ込めば――
「――無駄だ」
しかしアマルガムの身体は何かみえない絃に縛られるように強制停止した。
「お前につけていたアルレシアの絃は、神経に絡みついている。動こうとしても無駄」
ピスケスの残響器アルレシアの効果によるものだ。
元々アマルガムに絃をつけていたピスケスだったが、今までその絃でアマルガムに攻撃を仕掛けることはなかった。
神経に絡みつく絃は通常外されることはないが、再生能力をもつアマルガムは一度自分の身体を破壊すれば神経ごと絃を外すことも可能。
アマルガムの居場所を追跡するためには、攻撃を控え絃の存在に気づかれないよう立ちまわるしかなかった。
そして今この瞬間、これが功を奏した。
身体の半分以上を構成する魔導銀をリザの固有魔法によって支配され、拒絶反応によって力を奪われ、自身を破壊しようとしてもリデルの回復魔法によって防がれ。
この状況ならば、神経に絡みつく絃から逃れる方法は存在しない。
「そして――僕が今まで魔力を節約してきた意味が今わかっただろ、アマルガム」
ハジメの右手には、魔力を凝縮した巨大な光球が。
ブラスト。
ハジメが異世界で体内に貯めた魔素、全てを絞り出した最後の一撃。
こちらの世界には魔素はない、一度魔力を消耗すれば回復しない。
それ故に、偽眼を使って魔力消費を節約したのだ。
全て、ハジメの計算通りだった。
「グッ……まさか、これほどとは……!」
「終わりだ――チャージブラスト!!!」
ハジメの右腕から放たれる巨大な光線がアマルガムの身体を蒸発させてゆく。
「があああああああああああああああああああああああああ!!!!!」
アマルガムには為す術がなかった。
身体を飛び散らせることは、リデルの回復魔術とリザの固有魔法で封じされた。
身体を動かして逃げることは、ピスケスのアルレシアに封じられている。
欠損した身体を回復魔法で再び修復され、確実に身体を蒸発させられる。
「エクステンド!!!」
さらに追加された魔力の本流がアマルガムの身体全てを包み込んだ。
強い輝きの中で、アマルガムの身体は溶解し、さらに分解されてゆく。
「はぁ……はぁ……」
そして魔力の輝きが消え、そこには跡形も残っていなかった。完全は破壊痕だけが、アマルガムが直前まで存在したことを示していた。
「完全に魔力反応が消えた、アマルガムは消滅」
ピスケスがいつものように平坦な声で呟く。
しかしその中にも確かな安堵の色があったこを、ハジメは聞き逃さなかった。
「やった……これで、あとはマリィを――」
しかし――ハジメは。
ハジメだけが、気づく。
魔力じゃない、もっと嫌な気配を。
これは……。
「――呪い……?」
その不快な感覚に導かれ、ハジメはリデルの方向を見る。
そこには黒い霧が不自然に集中し、リデルを取り囲もうとしていた。
リデルは気づいていない。
「リデル――!」
いち早く反応し、駈け出したハジメはリデルの身体を押し出した。
「がっ……!?」
その刹那――ハジメのくちからうめき声が漏れ出す。
胸に、強い衝撃が走ったのを感じた。
見下ろすと、背中側から胸にかけて、銀色の刃が突き出している。
完全に、心臓を貫通していた。
「なっ……ん、だと……」
「おしかった……」
黒い霧は徐々に形を持った塊に変化してゆく。
そこから聞こえる声は、間違えるはずもない。先ほどまで戦った相手。
そして、消滅させたはずの宿敵。
「おしかったですよ、全く。肉体を完全に、一欠片も残さずに蒸発させた……素晴らしいですよ、私自身もまさか『こうなる』とは予想していませんでした……いやはや『呪い』とは恐ろしいものです」
「おま……なん、で……」
「言ったはずですよ、私は不死者ではない。『すべてを終わらせる』、その使命のため『死を奪われた』……呪いの生み出した怪物が私なのです」
黒い霧が完全に一つの塊となり、そこから現れたのは無傷のアマルガムだった。
腕を変化させた巨大な一本の剣が、背中からハジメの身体を貫いている。
心臓を完全に破壊した。
「そして勇者様、あなたの物語はここで終わりです」
その声はすでにハジメには届いていなかった。
もともと、ここまでハジメの意識が保ったのが異常だったのだ。
すでに生物としては、完全に死んでいた。
心臓を貫かれたのだ、即死は免れない。それを魔力で少しだけ軽減できただけだった。
アマルガムが剣をハジメから引き抜く。
乱暴に投げ出されたハジメの身体が、床に倒れた。
力が完全に失われた身体特有の重みで。
「は……じめ、さま……」
呆然と立ち尽くす三人。ピスケス、リザ、そしてリデル。
「ハジメさま、ハジメさま、ハジメさま……!!!」
倒れたハジメの身体に駆け寄るリデル。
「ハジメさま、今治療を!」
治癒魔術で胸の傷を防ぐリデル。魔術は確かに効いている。
血はとまり、貫通した穴はみるみる塞がってゆく。
だが。
動かない。息が止まって、心臓が止まって。血はもう流れない。
失われていた。最も大事なものが――命が。
「わかっているはずですよ、治癒魔術では死者をよみがえらせることはできない」
アマルガムは哀れみと蔑みが含んだ声で冷たくそう告げた。
「『それ』はもうモノです」
そしてアマルガムは彼女らに背を向け、歩き出した。眠るマリィのもとへ。
「これで戦いは終わりですね、あなたがたは殺さないでいてあげますよ。どうせこれから世界は終わるのです、それを見届けるのもまた一興でしょう。あなたがたの信じた、ニセ勇者様の亡骸とともに……ね」




