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第三章7『吸血衝動』

 その頃。セラエティアでは。


「父上様……全部、知っていたのだな。アマルガムのこと、そして……ハジメのこと」


 ベッドに半ば縛り付けるように寝かされるアンジェ。

 そこに寄り添うように、皇帝が娘を見守っている。

 監視と拘束をつけなければ、ハジメを追いかけて別の世界に行ってしまう。

 そのことを誰もがわかっていた。


「やはり気づいていたのか、アンジェリーク」


「わらわを甘く見るな。剣を交えればわかる。あの『真眼』、そして終焉を望む心。二人は他人というには似すぎている。父上様は残酷じゃ、直接手を下してはいないとはいえ、二人の人生を狂わせた原因はセラエティア皇室。無論わらわも……旦那様の重圧でしかなかったのだな」


「アンジェリーク。過去を後悔するな、余は『始まり』こそが最も価値あるものだと考えておる。誕生し、多様性を生み出し、新しいことを始める。それこそが人の力じゃ。人は生まれるだけでは、真に自分の生を歩んでいるとは言えぬ。何者でもない自分を、自らの手で変えなければならない。ハジメにも……かつて出会ったサカキにも、そうなって欲しかった。奴らは何者でもなかった。薄っぺらな笑みを顔に貼り付けて……まるで仮面じゃ。そんな空虚を埋めてやりたかった」


「そんなものは……父上様の独善にすぎない。旦那様は……ハジメは、ハジメなのじゃ。最初からずっと、何者かになる必要などなかった。変える必要などなかった! ただっ……そばにいるだけでよかった……触れ合うだけで、言葉をかわすだけで……」


「若いな、アンジェリーク。そんなものは欺瞞だ。いつかわかる時が来る、皇帝として生きるということ。余は皇帝として生まれてきたわけではない、皇帝になる必要があった。そうならなければならなかった。誰もが自分の強さを見せなければならない時がくる。他のだれでもない、唯一の自分になるために――」



      第三章7『吸血衝動』



「よし、みんな準備はできたね」


 食事を終えた。栄養をとると余裕が出来て作戦を立てるのもそう難しくなかった。

 リデル、リザ、ピスケス。そして僕。この四人が揃っていてよかった。

 僕は勝てない戦いはしない主義だけど……正直、自暴自棄になってたと思う。

 僕一人では……絶対とはいえないけど、勝ち筋が見えなかったかもしれない。


「サバ缶たべたからいける」


 ピスケスが親指をたてる。


「わたくしも大丈夫です、魔力残量も足りると思います!」


 リデルも大丈夫みたいだ。


「あたくしは……」


 リザはといえば。物足りなさそうだった。


「しっかりしてよ、君の『固有魔法』が今回の切り札になるんだ」


「それはわかってるわよ。だけど……血がたりないわ」


「トマトジュースじゃダメ?」


 僕はトマトジュースの缶を差し出す。


「ダメに決まってるじゃない! もらうけど!」


 リザはぼくの手から缶ジュースを奪い取ると一気に飲み干した。


「プハッ、この一杯のために生きてるわぁー――ってそういうことじゃなくて。血よっ、あたくしの全力のためには血が必要なの!」


「確かに、僕らの中で魔力を自力生成できるのは吸血鬼の君だけだからね……。みんなで少しずつ血を提供すれば……」


「ではわたくしが」


 リデルは躊躇なく包丁で指に切れ目をいれようとする。


「それもダメ、あたくしは人間の血じゃないと受け付けないの。エルフの混ぜ物なんで口にあわないわよっ!」


「はぁ、好みがうるさいなぁ」


「当然よ、あたくしの口にあう血の味なんてめったにないのだから。だから、その……ハジメ。あなたの血が……その……欲しい、の」


「僕の?」


「さっき再生するためにあなたの血をもらって、これだ――と」


「なんだ、それで解決するなら最初からそう言ってよ。いいよ、首がいい? それとも腕?」


「あの……できれば他の二人は別で。あたくしたち二人きりで」


「どうして?」


「乙女の吸血姿を人前に晒すのは恥ずかしいのよ……察しなさいよ!」


「察せないよ! 何、その吸血鬼女子アルアルみたいな奴! はぁ、わかったよ。それならリデルもピスケスも待ってて。僕の部屋にいこう、さっさと済ませないと時間がない」


 僕らは心配そうに見ているリデルと、テレビをじっと眺めているピスケスをおいて部屋に戻った。


「ねえリザ、さっきから何か隠してない?」


「えっ!? い、いえ、そんな……」


 ベッドに腰掛けてもじもじと顔を赤らめるリザ。

 あからさまに何かあるだろう。


「まあ別になにもないならいいんだけど。じゃあいつでもいいよ」


「……それが――」


 リザはやっとのこと、今まで言わずに隠していた事実を隠し始めた。


「――吸血衝動が湧いてこない!?」


「吸血鬼はいつでも吸血できるわけじゃないのよ。吸血衝動がないと……」


「でもアマルガムにやられて死にかけてた時は僕の血を吸えたよね」


「あれは死の危険に反応して生存欲求が衝動を呼び覚ましたのよ。でも今みたいな万全な状態だと……吸血衝動を呼び起こすには一つしかない」


「方法はあるんだね、それってどうすればいいの?」


「それはその……せ」


「せ?」


「せいてきな……こうふん」


「は?」


「何度も言わせないでよっ、性的な興奮が吸血衝動につながるの!」


「それってつまり、エロいことを考えたらってことだよね」


「下品な言い方しないで!」


「ご、ごめんごめん。そっか、わかった。ちょっと待ってて」


 僕はベッドに下を探った。僕が「行方不明」になってる間に捨てられてなければ――


「――あった。とりあえずこれを読んで」


「これは……何よこの、いかがわしい本はぁ! あたくしをバカにしているの!?」


「君が言ったんじゃないか、エロいことを考えたらいいって」


「吸血対象に興奮しなければ意味が無いのよ、それくらいわかりなさいよ! バカ、アホ、エロ本大好き人間!」


「ええー……めんどくさいなぁ」


「めんどうさい言うな! あたくしだって恥ずかしいのを我慢して正直に言ったのに!」


「わかった、わかったよ。とにかく君を興奮させたらいいんだね」


「……そう、よ」


 リザが二人きりになりたがった意味がわかった。

 そして今ベッドに腰掛けている意味も。

 そりゃ恥ずかしいだろう、人に見られたくなんてないはずだ。

 だけど正直に言ってくれたんだ。ちゃんとその気持には応えないと。


「何よ、今ならあたくしの肌に触れてもいいのよ。特別に許可するわ……」


「そうだね、いい機会だからいろいろ発散させてもらおうかな」


「ちょ……まっ……!」


 僕はベッドの上にリザを押し倒して、上から覆いかぶさって腕を押さえつけた。

 こっちの世界の環境に慣れた僕だから、本来圧倒的に僕より強いはずの吸血鬼だってこうして普通の女の子みたいに簡単に組み伏せられる。

 とはいっても――魔力を本気で使われたら僕はひとたまりもない。

 そうなっていないということは、本気で拒絶されるわけじゃないらしいということだ。


「まだ心の準備が……」


「君から誘ったんだろ? いまさら無しなんて言わないよね?」


「それは……だけどあたくし、その……」


「ん? いいよ、言ってみなよ。いまさら恥ずかしいも何もないだろ?」


「初めて、だったから……」


「もっと大きな声で言わないと聞こえないな」


「あなたの血を吸ったのが……吸血、初めてだったの……」


「へぇ……じゃあ君、吸血処女だったってわけか。意外だねぇ、いつも余裕ぶって僕らを子供扱いしてるわりにさ。君もお子様だったってわけだ。可愛いよね、強がって……そういうのわりと好きだよ。でも吸血鬼なのに血を吸わないで、どうやって生きてきたの?」


「普通に魔術を使うだけなら空気中の魔素で十分だったから……」


「その生娘の君の初めてを僕が奪ったと……どんな気分だった?」


「なによ、いきなりそんな強気になって……!」


「君、マゾでしょ」


「ひぅ……!?」


 僕はリザの白い首筋に息を吹きかけた。

 彼女の身体がビクリと揺れ、ベッドが軋む。


「そ、そんなこと、あたくしがそんな……!」


「僕の『真眼』の力は知ってるだろ、最初からわかってたんだよ。君って余裕がないから他人を見下したような態度をとって自分を守ってたんだろ。だけどそれは傷つきたいからじゃない、ほんとは期待してたんだ。こうやっていつか、自分を傷つける相手が現れることをさ」


「デタラメを、いわないで……んっ……」


 直接的におさわりはしてないけど、リザの感情が徐々に高まっているのがわかる。

 興奮の形は一つじゃない。

 性的興奮を得るには、男なら直接的な行動でなんとでもなるけど、女の子は違う。

 重要なのはムードとシチュエーションだ。


「君は何百年も生きてて生娘だったわけだよね……悶々としただろうねぇ、普段から何度も何度も、想像してたんだろう? こういうふうに無理やり迫られたり、自分が下になったりすることをさ……願いがかなったね」


「うっ、そんな、そんな……」


「認めたらどうかな、世界の危機だっていうのに、君が感じていたのは命の危機じゃなくて自分の性的興奮に関してだったんだよ? 君って変態だったんだね……変態。変態だよ、生娘で、美少女なのに、変態だなんて……恥ずかしくないの?」


「だっ、だめ……あたくし、もう……っ!」


 リザの瞳が紅く輝いた。

 すかさず僕の首筋にキバが食い込む。

 成功だ。彼女は潜在的Mで、僕はそれを刺激した。

 ほんとはおさわりしたかったけど……こっちのほうが早いし確実だから。

 だって僕童貞だから、どこを触っていいかわからなかったんだ……。

 下手に頑張って女の子に笑われたりしたら、僕はもう立ち直る自信がない。

 こんな弱い僕を、どうか笑ってください。


 そんなこんなで血液の供給は終わり、僕らは出発することになった。


「さあ、ピスケス。アマルガムの今の居場所を教えてくれ」


「ゆーしゃ、その必要はなくなったようだ」


「え、今なん――!?」


「ハジメさま、あれは……」


 僕らは空を見ていた。

 太陽が浮かんでいるはずの空。

 そこに浮かんでいるのは、全く別の球体だった。


「あれは……なんだ」


「あれは神器『原初と終焉の時計』だ」


 ピスケスが答えた。

 白く巨大な、機械じかけの球体。確かにどこか見覚えが会った。

 ポータル、カルヴァリオ、マリィの工房アトリエ。それらに似た意匠。

 だけど外観をはっきりと見ることはなかった、僕らは常に内部からそれを見ていたからだ。


「ちょっと待って、神器ってセラエティアにあったんじゃないの!? なんで日本の上空に……」


「あの神器は時間と空間を支配する。故に全ての並行世界で同時に偏在する。おそらくアマルガムが術式を書き換えたのだろう、セラエティアとこの世界がつながり始めている」


「ということは、放っておいたら二つの世界が重なって……」


「間違いなく、崩壊する」


 ピスケスはなんてこともないように言った。


「どうする……あんなに高くにあると移動手段が……」


「まかせなさい!」


 リザが僕らの前に出る。


「今のあたくしならば余力を残しながら三人持ち上げていくくらいなんでもないわ!」


 リザが黒いストールをコウモリの羽に変形させた。

 巨大だ、あの吸血でかなりの魔力が補給されたのだろう。


「みんなあたくしにしがみついて」


 いちばん体力の少ないリデルを安定する背中にしがみつかせ、僕とピスケスはそれぞれリザの右手、左手を掴んだ。


「振り落とされてもしらないわよ、テイクオフ!!」


 そうして僕らは空へと飛び出した。



      ♪      ♪      ♪



「んっ……ここ、は……」


 マリィが目を覚ますと、そこは星空の世界だった。


「神器の……『時計ホロロギオン』の中……だけど、なんで」


「目を覚ましましたか、時計職人ウォッチメイカー。それとも、時詠の巫女と呼んだほうが良いですか?」


「お前は……っ!」


 マリィは立ち上がろうとするが、椅子に縛り付けられていて動けない。


「アマルガム!」


「ここはいいですね、どの世界にも偏在する空間……見てください、『私たちの』世界を。これが過去の勇者候補たちが育った世界です」


 星空に光が広がり、映像が投射される。

 そこに映しだされているのは、高層ビル、排気を出す工場、汚された海、伐採された森。

 夜の街を照らすネオン。


「この世界は光に満ちている。地上があまりに眩しすぎて……夜空に星が見えることはない。これほどつまらない場所もありません。これでは互いを尊敬することもできない」


「そんなこと……ない。ここは……」


「そう、この世界から勇者が生まれる。なぜなんでしょうね、考えたことはありますか、時詠の巫女。勇者とは一体、なんなのでしょうか。天魔王と戦うための選ばれた人間……従来は初代勇者ローランの血をひくセラエティア皇室の男児がその称号を継いでいた。しかし予言に記される『最後の勇者』は違う、この世界から現れる。なぜそんな、まわりくどいことをしたのでしょう。例えば戦闘能力ならば、男児ではないにせよ皇室にはアンジェリーク・カーラ・セラエティアでも務められるレベルのはずです。なのになぜ」


 アマルガムはただその光を見つめている。

 何を考えているのかはわからない。

 仮面の笑顔がずっと張り付いて変わらないまま、心を隠してしまう。

 その悲しい姿が、どこかハジメに似ていた。


「時詠の巫女、私は『終わり』こそが最も価値あるものだと考えています。終わらなければすべてのものは価値をもつことがない。始まりがあれば必ず終りがある。どれだけとりつくろっても、誤った道を歩んだ世界が赦されることはない。だから終わらせなければならないのです、真に手遅れになる前に。あなたには見届けてもらいますよ、この世界の行く末を……勇者という幻想に翻弄された愚かな人間たちの――」


 その――末路を。

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