第三章4『勇者になるための試練・真実』
怖かった。真実を受け入れることが。
だから僕は逃げた。逃げ続けた。
「始……ご飯できたわよ」
「……」
「お願い、部屋から出てきて……」
「……」
「扉の前においておくから……ちゃんと食べてね」
「……」
「母さんね、始のことが心配なのよ……昔……あの人もそうだった。始と同じになった……いつからか部屋に閉じ持って、変なゲームの世界で魔王と戦って……救いだすんだって。全部終わらせないと誰も幸せになれないって……」
「……」
「始にはおなじになって欲しくないの……いなくなってほしくない……始は母さんの息子だから……愛してるから。そのディスクを捨てて……それがあの人を奪った」
「……だったら話してよ。『サカキ』のこと。ちゃんと……僕の、本当の父さんなんだろ」
「それは……っ!」
「出来ないなら僕のことが心配なんて言うなよ! 愛してるなんて……言うなよ!! どうせ今の環境を失うのが怖いから真実から目をそらしてるんだろ、そんなの弱い奴がやることだ!!」
「始……ごめんなさい……ごめんなさい……わからないの……私にも、わからない……話すことなんて、できないのよ……ごめんなさい、始……」
扉は開かない。心の扉を閉ざしたまま、僕は逃げ続けた。
本当はわかっていた。世界が僕を拒絶したんじゃない。
世界を拒絶したのは、僕だ。
母さんの心は壊れてしまった。それは母さんが弱かったからじゃない。
僕が壊した。
僕が真実から目をそらして、母さんを傷つけて。壊してしまった、それは僕の弱さの結果だ。
背負うものがないから強いとか。人を傷つけても気にしないから強いとか。
確かにそうかもしれない。僕はそういう人間だ。
人間性を切り捨てた――怪物だ。
人は誰かに優しくしたり、期待したり、愛したり、共感したり、好きになったり……それが人間らしさ。証明なのに。
僕にはなにもない。誰にも優しくしない、期待しない、愛さない、共感したい、好きにならない。それは弱さにつながるからだ。
だけど来望がかつて言った通り、それは幸せなことじゃない。ただ不幸を感じられないだけ。
人が他者と関わろうとするのは、幸せを探し続けるからだ。そして裏切られた時、身が引き裂かれるような痛みを感じる。だったら、最初から関わらなけば良い。
そうすれば、傷つくことも不幸になることもない。たった一人の獣として生きれば、全ての悲しみから逃れることができる。
それを勇者といえるのか? どれだけ強くても、どれだけ強い敵に立ち向かうことができたとしても、打ち勝つことができたとしても。
――それを勇気と呼ぶのだろうか?
第三章4『勇者になるための試練・真実』
「アマルガムゥうううううううううううううううう!!!!」
「ハッ! 面白い!」
僕の術式剣とアマルガムのナイフがぶつかり合う。
剣圧がぶつかり合い、衝撃となって空間全体を揺るがす。
だがアマルガムの攻撃は早さと起動の不規則さがあっても重みはない。
押しきれる。
「そこっ――!」
一気に喉を持っていく。ばっくりと割れて流体魔導銀の体液が噴出する。
しかしこの程度の攻撃では致命傷にならない。アマルガムの再生能力は知っている。
粉々にしても再生するほどの強固な生命力……吸血鬼以上の能力。
それにも限界というものはある。
「ククッ……あなたの考えていることを当ててあげましょうか、勇者様」
瞬時に喉を再生したアマルガムが突如そんなことを口にし始めた。
「あなたはこう考えている。私の再生能力は厄介だが、限界が二つあると。一つは魔力の限界、魔力切れで再生不能になるまで攻撃を続ければいつかは終りが来ると。そしてもう一つは――」
「――魔導銀の限界、だ。お前に言われるまでもないだろ」
「おや、動じないのですね。作戦を読まれたというのに」
「んなもん、お前の能力なんだからお前が弱点もよく知ってるってだけだろ。それと……その『真眼』の力でも誇示したいのか? アマルガム、案外小さい奴なんだな」
「クククッ……なるほど。知っていましたか。そして動じないと」
「ああ、僕に読まれない動きなんてそうそうできるもんじゃない。たとえ天魔族レベルの実力があろうとね、これは単純な強さの問題じゃないんだよ……僕と同じ『特技』があると考えるのが自然だ」
「自分だけもののはずの特技を相手が持っていると知ったら絶望するだろうと考えていましたが……私の勉強不足だったようです」
「生憎だね、この特技は人から教わったものだからさ。話を戻そう、魔導銀の限界。つまりお前の再生能力は身体に溜め込んだ流体魔導銀が形を変えて肉体の損傷を補うって性質があるんだろ。だったら魔導銀がなくなれば仮に死ななくても、身体が保てなくなる。それで勝負はつくってわけ」
「いいでしょう、その予想は正しいと保証します」
「どうも。あともう一つわかったことがある。考えてたんだ、どうやって警備の厳重な王宮に……それもこの時計塔にまで侵入したのか。答えは魔導銀だったんだ、そうだろ?」
「ほう……」
「僕も騙されたよ、人はもっともらしい答えに飛びつくものさ。この街に搬入される魔導銀に混ぜ物があると知ったとして……そこに入っているものが違法薬物だと一旦思い込むとそれ以外の可能性を排除してしまった……安息日のあの日、王宮に運び込まれた魔導銀……そこにアマルガム、お前が入ってたんだろ」
「なるほど、面白い」
「さっきの死体に刺さっていたのは大量の魔導銀のナイフだ、それがヒントになった。今スキャンしたお前の身体の60%は魔導銀で構成されている……搬入された時は過剰に魔導銀を取り込み、体内の魔導銀比率を90%以上にしていた。そして時計職人の工房である時計塔にまで運び込まれ……あとは華々しく登場したと同時に体内の余剰魔導銀を『ブラスト』と共に放出した。一見自爆攻撃に見えるようなこの攻撃でもお前にとっては身体の一部を切り捨てるだけでなんてことはない、これで邪魔者の大半を抹殺した……大したやつだよ、アマルガム。まさか違法薬物をカモフラージュにして、儀式の瞬間にこの場所に侵入するという真の目的を達成するなんてね」
「お褒めに預かり光栄です。ククッ……全て正解ですよ、あなたは勇者よりも探偵になったほうが良い。向いています」
「御託はいい、お前は攻撃と再生を繰り返す度に少しずつ体内の魔導銀を消費しているんだ。再生能力があるから長期戦は不利だと思って短期決戦に持ち込むのは間違いだったんだよ……お前の弱点は持久戦だ、少しずつ削り取ればいつか身動きがとれなくなる」
「ククッ……なるほど素晴らしい。ではあなたの仮説が正しいか試してみましょう。人間であるあなたにも体力と魔力の限界がある……どこまでもつか――」
アマルガムは僕に向かって走りだす。
確かに、アマルガムの言うとおりだ。持久戦に持ち込めばいつかアマルガムは再生不能になるかもしれないが、人間である僕のほうが体力の限界は早いだろう。
こればかりは戦ってみなければわからないが、分の悪い賭けであることは確かだ。
だけど……悪いが負ける戦いはしない主義なんだ。
今のアマルガムの問答、それは無駄に時間を消費したわけじゃない。
時間を稼いでいたんだ。十分な時間を。
『ブラスト』。アマルガムの注意を剣と僕の言葉に集中させながら、空いた片手はずっと魔力を集中し、凝縮を続けていた。
アマルガムに持久戦を意識させながら、僕の真の作戦は短期決戦だ。
魔導銀を一撃で一気に蒸発させる。それほどの威力をもったブラストで身体を大幅に削り取る。
一撃で倒せるということはないだろうが、アマルガムは魔導銀不足で一気に不利に転じるだろう。勝ち筋はこれしかない。
真眼を持っているとしても、真眼を持ったモノ同士では読めない部分がある。それはアマルガムの行動を僕が読みきれなかったことで証明済みだ。
だったら僕だって奴の裏をかいてやる――
「終わりだ!!!」
「――ダメっ、ハジメ!!!」
「っ――!?」
アマルガムに渾身のチャージブラストを叩き込もうとしたその瞬間。
僕とアマルガムの間に割り込んできたのは――マリィだった。
「くっ……!」
すんでのところで僕は攻撃を止める。
が、飛びかかってきたアマルガムは止まらない。
割り込んだマリィの首を掴み、そのまま腕をねじり上げて拘束した。
「クククッ……勇者様、あなたは待っていたのでしょう。この私の身体の大半を一撃で蒸発させる攻撃力を得られる時を。浅はかですね、そんな時間稼ぎをわたしが許すとでも?」
「何……」
「私も待っていたのですよ。『時詠の巫女』を。最初から、これが私の目的です。あなたが私の狙いだと思い込んでいたのならば、読み違えましたね」
「なんだと……バカなこと言うなよ、お前は最初の時……」
「そうです。私はこの少女に向かって攻撃しました。ですが結果は……あなたが命をかけて守ったでしょう?」
「最初から……僕を排除してマリィを手に入れることが狙い……マリィを狙ったことでその可能性を僕に排除させた……」
そんな。バカなことがあるか。
全てにおいて、アマルガムが上回っていたのか。戦術、戦力。
全てにおいて。
だけど……。
「どうして……マリィが僕をとめたんだ」
そうだ、まだわからないことがある。
もしかしたらアマルガムを倒せたかもしれない一撃を、マリィが制止した。
なぜだ?
「では、話してあげなさい。哀れな勇者様に」
アマルガムに促され、拘束されたマリィが口を開く。
「ハジメ……ごめんなさい。アマルガムが死んだら、この世界が危ないんだ……」
「マリィ、それどういう……」
「もともとこの儀式は、つないだ二つの世界の扉を閉じて、安定させることが目的なんだけど……アマルガムに術式を書き換えられて今、二つの世界は不安定になってるんだ……。元に戻すには、アマルガムがどういう術式を使ったのか解析するしかないけど、複雑に暗号化されてて解析するには時間がかかりすぎる……」
「つまり……それって」
「簡単な事です、私を殺せばこの世界を救う方法は失われる」
「嘘、だろ……!」
そんな。そんなことってあるか。
全部最悪じゃないか。
アマルガムは僕を完全に上回って。
しかも、アマルガムをどうにかして殺してもこの世界はすでに危険な状態で。
アマルガム自身から使用した術式の情報を得なければどっちにしても……終わりだ。
――「ねえハジメくん、世界の終わりって信じる?」
今更来望の言ったことを思い出す。
――「もしかしたら、世界は常に終わりに向かっていて……人生は考えうる限り最悪なことばかりが起こってて……。世界は平等なんかじゃないし、人の命も平等じゃないとしたら……。もう限界に来てるんじゃないかな、だからみんな無意識に警告を発してるんじゃないかな」
来望の言うとおりだったんだ。最悪なことばかりが起こって。
世界は滅びに向かっていて。そして今、本当に終わる。
僕ができることなんて、何もない。
「……」
僕は膝をついた。もう、打つ手が無い。
希望はすべて奪われた。
「これで終わりですか、勇者様。ふぬけですね……だからあなたは、剣を抜けなかったのでしょう?」
「……だったら、なんだっていうんだ」
「いいえ、ただ道化の子は、結局道化だと。そう納得しただけです」
「……今、なんて――」
「――時詠の巫女を手にれた今、この世界に用はありません。では勇者さま、良き終わりを」
アマルガムは術式を発動する。これは、転移の術式だ。
「ポータルへ……」
光の扉がアマルガムとマリィの前に出現する。
アマルガムがマリィを手に入れたのは、ポータルに行くためだ。
だけどその先は――どこへいくつもりだ?
そんなこと、もうどうでもいいか。この世界と共に僕は終わる。
魔王とか勇者とか、もうどうでもいい。些細なことだ。世界が終わるんだから。
そこに生きてる人が何を思おうと、全部終わるだけなんだからさ。
もう頑張るの、やめよう。




