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第三章3『勇者になるための試練・アマルガム』

 それは、ハジメとマリィがカルヴァリオに向かっている間のこと。


「ハジメさま……」


 合掌して祈るリデル。その肩にアンジェは優しく手をかける。


「リデルよ、心配するな。旦那様は強い。必ず勇者として戻ってくるはずじゃ。初代勇者ローランの血を引くセラエティア皇家の剣姫がいう言葉じゃぞ。信じよ」


「はい……アンジェリークさま」


「だけどこの前のニセ勇者のようになるかもしれないわねぇ」


 くすくすと笑うエリザベート・レ・ファニュ。


「ファニュ卿、その話はよせと申したはずじゃ」


 皇帝テオドールがエリザベートを制止する。


「あら、あのボーヤにだけでしょう、『真実を秘密にする』のは」


「ニセ勇者とは、どういうことだ。リザよ、わらわに申してみよ」


「あら、そうだったわねぇ、あの時はまだ物心もついてない用事だったわよね、アンジェリーク。いいわよ、あれはつい最近――十年と少し前のことよ。現れたのよ、この世界に伝説の勇者が」


「何……? 父上様は――」


 アンジェは父、皇帝の顔を見る。

 その表情を見てすぐにわかった。隠していたのだ。娘である自分に対しても。

 勇者候補の婚約者である自分に対しても。


「なぜ隠した」


「当然よ、その勇者候補は『剣を抜けなかった』。簡単な理由でしょう? 儀式により召喚され、勇者として期待され……だけどそれを証明できなかった。だから彼は勇者を

騙る罪人として幽閉され、その存在は闇に葬られた。今は――どうなっているのかしらねぇ、皇帝の坊や?」


「ファニュ卿……それ以上は」


「父上様、隠さずに言わなければ、わらわは軽蔑する」


「アンジェリーク、王には守らねばならぬことがあるのだ」


「わらわに二度も同じことを言わせるな……父といえど容赦はせぬ」


 アンジェの気迫に本気を感じた皇帝は、しばし沈黙し、口を開いた。


「ファニュ卿の言っておることは本当じゃ。確かに勇者候補がかつて現れた。対となる天魔王が存在しないままに。そしてその男は、デュランダルを抜けなかった。だが、それだけのこと」


「では父上様、その勇者候補は――どこへ行った?」


 ――ここですよ、姫様。


「――っ!?」


 要人たちの中心に、突如一つの人影が現れた。背が高く、細長く……奇妙な仮面の。

 アンジェには瞬間的に理解できた。これが――アマルガム。

 ハジメの言っていた「全てを終わらせる存在」。


「お久しぶりですね、皆様。そして――さようなら」


 その瞬間、アマルガムの肉体が炸裂した。

 体内に「ブラスト」のエネルギーを溜め込んでいたのだ。


(自爆攻撃か――!?)


 アンジェはその反応速度で即座に攻撃を見切り、「防衛力場フォースフィールド」を展開した。

 巨大なバリアがアンジェと周囲の人々を守る。戦う力を持たない皇帝やリデルを守らなければならない。

 しかし――防いだブラストを貫通して、さらに針のように細く研ぎ澄まされた短剣ダガーが飛来する。


(――二段攻撃っ!)


 さらに瞬間的にブレスレットから術式剣「グラジオラス・ラピエル」を展開したアンジェは、飛来した無数の短剣を切り払う。

 アンジェの剣速は音を遥かに超える。周囲への被害は出るが、衝撃派によって短剣の起動をそらす。


(守りきれるか……!?)


 一瞬。刹那の時間が引き伸ばされる。永遠にも感じられる瞬間の中で、アンジェは剣を振るった。

 人を守るために振るう剣など初めてだった。心臓の鼓動が高鳴る。

 今まで、戦いにおいて冷静さを失うことはなかった。しかし今、剣筋のブレをアンジェ自信が感じている。怖いのだ。失うことが。

 父親を、年の近い友人のような召使いのリデルを。愛した男がこれから守っていく世界を。


 心の乱れ。剣の乱れ。全てアンジェにとって初めての出来事だった。

 だが、それゆえに――


(――面白い! これが恐怖か、これが試練か! 戦うべき価値がある!)


 爆撃が止んだ。

 アンジェの周囲の人間は、軽傷、重症を負ったものはいるが死んでいなかった。

 だが、それ以外は。エルフ、ドワーフ。そしてアンジェから離れていた人間。

 多くのものが血を流し、物言わぬ躯と化していた。


「ほう、耐え抜きましたか……さすがに剣の姫と呼ばれるだけのことはある」


「貴様……わらわと対峙して命があると思うな」


「私は全てを終わらせるもの。あなたの不敗神話はこれで終いですよ、剣姫様」


「……ガルドス!」


「はい……皇女殿下……っ!」


 オルセンはアンジェから少し離れていたが、第一波のブラストをフォースフィールドで防ぎ、第二派の無数の短剣を剣と鎧で軽減したため動ける程度の傷で済んでいた。


「皆を連れて逃げよ、ガルドス! わらわはこの狼藉者を――!」


「心得ました!」


 オルセンが皇帝やリデルたちを連れてこの場を離れる。

 オルセンは信頼していた。セラエティア最強の剣士、剣姫アンジェリークの力を。

 得体のしれない仮面の男などに、遅れを取るはずがないと。


「乱れ咲け、グラジオラス・ラピエル。わらわに仇なす敵を討て」


 アンジェは眼前に刺突剣を構え、次の瞬間に高速で突進した。


「ほう」


 アマルガムはどこからかナイフを出現させ、アンジェの第一撃を防いだ。

 が――


「無駄じゃ」


 ――その打突はナイフの刀身を貫通し、アマルガムの額を貫いた。

 そのまますれ違いざまにアンジェの剣がアマルガムの肉体を切り刻む。

 圧倒的な速度と攻撃力を前にすれば、生半可な防御など紙切れに等しい。


「まだじゃ――64分割にしてやろう」


「それはご勘弁願いたいですね」


 明らかに致命傷を負ったはずのアマルガムが平然と言葉を発し、首を180度回転させる。

 目と目が合う。仮面の奥に隠された焼けただれたような潰れたまぶたがアンジェを見ていた。


(こいつ……!)


 似ている。覚えがある。「真眼サトリ」だ。


(心を読んでいるのか!?)


「ご名答」


 肉体を再生させたアマルガムがアンジェの剣の刀身を手で掴んでいた。


「しまった!」


「そして――終わりです」


 アンジェは手のひらを切り落として剣を取り戻そうとするが、ビクともしない。


「刀身が――!?」


「察しが良いですねぇ、その通り。すでに刃はもがれたのですよ」


 アマルガムは手のひらから、アンジェの「グラジオラス・ラピエル」の刀身を構成している素材「魔導銀ミスリル」を吸収していた。


「剣がなければ剣姫様もかたなしですね……クククッ」


「それは……どうかのう!」


 ふいに放たれたアンジェの手刀がアマルガムの喉元に突き刺さった。

 アンジェは柄から手をはなし、アマルガムから距離を取る


「わらわは剣そのもの。剣を失ったところで同じことじゃ、わらわそのものが刃なのだからな」


「くくっ……それは面白いですが、しかし失策でしたね」


「何……これはっ……!」


 喉を突き刺した時に手に付着したアマルガムの体液。

 それがアンジェの指を「喰っていた」。酸のように皮膚と肉を溶かし、体内に侵入してくる。


「体液が攻撃してくるだと……! この能力は……!」


「そうです、この能力は――」


「――吸血鬼、ねぇ」


 一閃――アマルガムの肉体が縦に二分割された。


「あなた、妙な気配をしてるわねぇ。吸血鬼の能力を持ちながら、吸血鬼以外の何かも身体に秘めている……はっきり言って、気持ち悪いのよ」


 エリザベート。本物の吸血鬼がそこに立っていた。


「遅いぞ……リザ」


「あらあら、まさかいつも自信満々の小娘ちゃんが、ピンチになるなんて思ってないじゃない?」


「うるさいぞ、こいつは油断ならん」


「誰に言ってるの? あたくしは……最強の吸血鬼」


 アマルガムの肉体が高速で再生してゆく。

 分割された肉体が逆回しのようにくっつき、完全に回復していた。


「魔力切れになって再生不能になるまで……切り刻んであげるわ! 行きなさい、『血晶爪サンギス・アンギス』!!!」


 エリザベートは指先を発達した犬歯で傷つけ、その傷口から血液を空気中に飛散さる。

 血液は鋭く薄く、そして強固な結晶となって高速回転しながらアマルガムに四方八方から飛来。

 全方位オールレンジ攻撃。吸血鬼の持つ血液を結晶化させ、自在に操る能力「血晶」を使った必殺の技。


「下賎な男が吸血鬼の力を使うなど……身の程をしりなさい!!!」


 アマルガムの肉体を血晶の雨が破壊してゆく。

 細切れになるまで、塵になるまで。細胞レベルで分解するまでに。

 一切の容赦なく、慈悲がなく、情もなく。ただひたすらに破壊を繰り返した。

 一撃一撃の威力は人間を死に至らしめるに十分過ぎるほどに高い。

 それを何十発、何百発と、再生中のアマルガムに対して構わずぶつけ続けた。


「案外、あっけなかったわね」


 攻撃が止んだあと、そこには跡形もなくなったアマルガムの跡だけが残っていた。

 跡形もなくバラバラにされたのだろう。原型などとうに止めないほどに執拗な破壊を受けていた。


「リザ、油断するなと言ったろう!」


「え……」


 しかし、アンジェからは見えていた。エリザベートの背中に、一本のナイフが。

 魔導銀製の短剣が突き刺さっていたことを。

 アマルガムが消滅する直前に放った、遠隔操作付きの一撃だ。


「なによ、この程度。虫が死ぬ前に噛み付いたた程度のこと」


「そうでしょうか」


 その短剣がいきなり声を発した。アマルガムの声だ。


「その虫は……案外毒をもっているかもしれませんよ?」


「……うっ!」


 エリザベートの全身に激痛が走り、膝をつく。


「これは……」


「確かに、ただの魔導銀の短剣程度の傷ではいかに吸血鬼の弱点とはいえ、信組たるあなたを脅かすことなどかなわないでしょう。ですがあなたの血液中に液体として侵入すれば……どうでしょうね」


「あ……ああああああああああああああっ!!!!」


 拒絶反応だ。もともと吸血鬼にとって、銀は弱点だった。真の銀とされる魔導銀ミスリルならば効果はなおのこと高い。通常の吸血鬼ならば一突きされただけで死に至るだろう。

 しかし真祖であるエリザベートは別だった。魔導銀による攻撃程度ではビクともしない生命力を持っている……はずだった。

 液体状の……『流体魔導銀フローミスリル』が体内に侵入した場合は話は別だ。耐性の高い真祖ですらもこの毒性を無効化することはできない。


「うぐっ……あたくしを……あたくしの身体をおおおおおおおおおおおおおお!!!」


 もはやエリザベートは戦闘不能だ。

 いや、それだけではない。再生不能状態だ。拒絶反応で吸血鬼の力の源である血液が病み、魔力が弱まった今では傷を癒やすことができない。

 この状態でダメージを与えられたら、いかに真祖といえど――死ぬ。


(どうする……)


 アンジェは考えていた。戦闘不能となったエリザベート。この場では最も戦闘力が高かったであろう存在。

 そして剣を失い、手刀による直接攻撃も体液の侵食能力で封じられた自分。

 拳で殴ればなんとか殺せるかもしれないが、一回殺したところで即座に再生されるだけだ。ハジメからもそう聞いている。


(こいつを倒すには……考えろ、わらわは旦那様の妻、負けるわけにはいかぬ。強さをみせよ、アンジェリーク・カーラ・セラエティア!)


「そうです、頭を絞って考えなさい。もしかしたら、私を倒せる良いアイデアが出てくるかもしれませんね」


「くっ……」


「ですがサービスです。無駄な希望を抱く前に教えておいてあげましょう。私は死なない能力を持っているわけではありません。死を奪われたのです、終わることの出来ない呪いによってこの世につなぎとめられている……だから殺すことは不可能ですよ」


「なんだと……?」


「ではそろそろ終わりにしましょうか、勇者様と時詠の巫女が帰ってきます。用があるのはそっちですからね……姫様、良き終わりを」


(負けるのか……わらわが負けて、死ぬのか……こんなところで)


 考えたこともなかった。自分が、誰よりも強いはずの自分が戦いに負けることなんて。


(嫌だ……嫌だ……死にたくない……まだ、わらわは旦那様と――)


 旦那様――っ!!



「そこまでだ」


「――クククッ……タイミングがよろしいことで」


「ヒーローは遅れてやってくるって言うだろ」


 この声は。

 聞き覚えのある声。アンジェにとって、なにより待ち望んだ声。

 この声の持ち主は。


「旦那様!」


「遅くなってすまなかった、アンジェ。アマルガムは……僕が殺す」


 ハジメ。

 ついにハジメが、再びアマルガムと対峙する瞬間が訪れたのだった。


 世界の終わりをめぐる戦いが――今、始まる。




      第三章3『勇者になるための試練・アマルガム』

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