第三章1『勇者になるための試練・光の扉』
それはまだ、僕が居場所を失っていなかった時のこと。
来望と一緒にいた時のこと。
「ねえハジメくん、世界の終わりって信じる?」
「世界の終わり?」
「大人たちはいつも、世の中は悪くなっているって言い続けてるけど。本当に世の中が悪くなってるなら……なぜ世界は終わらないんだろう」
「そりゃあ、錯覚だからでしょ。世の中が悪くなってるなんて古代エジプトから繰り返された戯言さ。人は変わっていく世界に耐えられないんだ。だから世界が自分だけを置いていくと感じて、変化を拒絶するようになる。弱いだけさ」
「ほんとうに、それだけなのかな……」
「来望?」
「もしかしたら、世界は常に終わりに向かっていて……人生は考えうる限り最悪なことばかりが起こってて……。世界は平等なんかじゃないし、人の命も平等じゃないとしたら……。もう限界に来てるんじゃないかな、だからみんな無意識に警告を発してるんじゃないかな」
「いや……そうでもないとおもうよ、来望。世界が終わるとしたら、終わらないように警告を発する人がいるとしたら……世界を守る人だっているんじゃない? 少なくとも僕らが今生きてて、最悪なことばかりになってないってことはさ。どこかで世界を守って、バランスをとる人がいるんだとおもうよ。どんな時代でも、どんな世界でも。弱い人のために戦う人がさ……」
「だったら、ハジメくんは……ハジメくんは、守ってくれる? もしも世界が終わるとしても、ハジメくんは――」
――勇者になってくれる?
第三章1『勇者になるための試練・光の扉』
勇者、か。
なれるのかな、僕に。世界を終わりから守れる人に。
世界だって、もしかしたら終わりたがってるかもしれない。死にたいって思ってる人もいるかもしれない。世界は悪くなるばかりだから、終わるべきだって……それが真実なのかもしれない。
少なくとも、弱くて醜くて……そんなものばかりで世界が満たされてしまったら。僕だって全部終わりにしたほうが綺麗なんだと思う。
ダメなのかな。勇者がそんな考えじゃ。
いや――まだ勇者じゃない。これから決まる。全部、運命もなにもかも。
ここで決まる。
「あらあら、そうそうたる面子がお揃いで……」
吸血鬼エリザベート・レ・ファニュがクスクスと笑う。
星空に包まれた異空間に、各種族から出向した代表者が集っている。
「森のエルフ代表、エドルノアである。一言、言わせていただこう」
エルフの男性が一人、前に出た。
長い金髪に荘厳な雰囲気と高い魔力を感じさせる、おそらく長寿のエルフ。
長老かそれに類する上位の存在だろう。
「この神聖なる儀式の場にそぐわぬ吸血鬼が一匹紛れ込んでいるようだが……セラエティア皇帝テオドールよ、どういう了見だ?」
「これはこれは、光の貴族エドルノア卿。エルフは古くから吸血鬼と対立しておりましたな。私も事情は察するところであるが、今では吸血鬼も我ら同盟の貴重な仲間。協定に従い勇者選定の儀への同席をお許し願いたい」
「ふふふっ、エルフのボーヤはずいぶんと余裕がないのねぇ。あたくしはエルフのこ汚い血の匂いも文句ひとつ言わずに我慢してあげてるっていうのに」
「貴様……!」
なんだか一触即発の雰囲気だ。
吸血鬼とエルフの仲が悪いというのは相当に根が深い問題らしい。
2つとも長寿の一族だ、種族の関係という以上に個人間でもいろいろあるのだろう。
「ほう、争い事か……わらわも混ぜよ」
そして余計ややこしくしようとする人が隣にいた。
アンジェは二人の間に割って入ると、仲裁どころか火に油を注ぎ始めた。
「エルフと吸血鬼。いい年こいてまるで子どものケンカじゃな。どうせなら、命を賭けた戦いでも演じてみせよ」
「あら、小娘が生意気よぉ……」
「人間の娘よ、王の子といえど出すぎた振る舞いだな
アンジェ、ファニュ卿。そしてエドルノア卿。三人の雰囲気が険悪になってきた。
とにかく、仲裁しないとマズそうだ。
「あの……」
「なんだ、人間の小僧」
エドルノア卿が僕をギロリと睨んだ。さすがに迫力あるなぁ。
あのファニュ卿やアンジェに一歩の退かないだけはある。
「いやー、その。せっかく同盟を組んでるんですから、もっと仲良く……ね?」
「小僧、何者か知らんが。我らの間に割り込むとはいい度胸をしているな。それだけは評価してやろう。だがそれは勇気ではない、無謀というものだ。格の違いをわきまえよ」
エルドノア卿が僕の肩に手を掴んだ。
すさまじい握力で圧迫される。これは脅しだ。
「いたいいたい、エルフのお偉いさんってのも、案外小心者なんだね
「なんだと?」
「そんな下手くそな脅しをやるってことは、知らない相手を恐れてるってことさ。本当に強いならゆったり構えていればいいのに」
「貴様……」
「僕に触れるな、二度と」
エルドノア卿の手がとまる。
「エルドノア卿、ゴキブリって知ってるかな? 生命力の強い生き物でね、身体が小さいから僕ら人間でも簡単に殺せるけど、繁殖力が高いから増え続けるのさ。だからこそ、僕らはその力を恐れる。不思議だね、個体ごとの『格』ってやつが違っても、全体で見るとどっちが上なのかわからなくなってきた」
「……何が言いたい」
「君の上着のポケットにゴキブリを入れた」
「――っ!!」
エルドノア卿は飛びのき、上着を脱ぎ捨ててポケットを踏みつけた。
慌てて、そこに余裕などなかった。なんと滑稽な。
催眠術の効果だ。リデルと同じで、エルフは催眠術にかかりやすいのだろうか。
「冗談だよ」
「なに……」
「入れたのはバネ付きのおもちゃ。だけど背筋がゾゾッと来たでしょ?」
「人間の小僧……命が惜しくないようだな」
「貴殿の負けじゃ、エルドノア卿。わらわの旦那様を敵に回したのが、運の尽きじゃったな。ここらで茶番は終わりにしよう」
アンジェがクスクスと笑い、手打ちにしようと申し出た。
「旦那様だと――とうことは、この小僧が……勇者候補だというのか?」
「その通りじゃ。わらわも貴殿達も、旦那様の前では赤子同然。この男は――真の強さを知っておる」
「ちょっとアンジェ、ハードルあげないでよ!」
「このくらいがちょうどよい、旦那様はこれから勇者になるのだから」
「――その通りじゃ、儀式が始まるぞ。勇者ハジメよ」
そんなこんなで皇帝が手を打ちならし、場を収拾した。
そして。
「光の扉が開く」
薄暗い星空の世界に、輝きを敷き詰めたような長方形が出現する。
そこから、人影が二つ歩き出てきた。
一人は『盲目の時計職人』、マリィのおじいさん。
そしてもう一人は……。
どこか古めかしい、古代魔法の術式模様が編み込まれた白い装束を身にまとった――
「――マリィ?」
その姿はいつものマリィと全く違っている。
明るく可愛らしい風貌はどこかに言ってしまったように、おちついて、どこか世界から浮いたような……綺麗だけどマリィらしさが見えない。
表情も無く、感情が読み取れない。
「勇者様、お待ちしておりました」
マリィはぼくの前まで歩いてくると、一礼してそう告げた。
感情を感じられない声。まるで機械仕掛の人形のように。
「どうしちゃったんだよ、マリィ……」
「勇者様。儀式を始めます、準備はよろしいですか?」
「マリィ……」
いつもと違うマリィ。
僕は回りを見る。誰もが全くの真顔で、ただ頷いていた。悪い冗談だ。
マリィじゃない。これが『時詠の巫女』。
彼女が果たすべき役割。だったら、僕は――それを邪魔なんて出来ない。
「わかった。準備は終わったよ、儀式を始めよう――時詠の巫女」
「では、参りましょう、勇者様。私の手を」
時詠の巫女が僕に小さな手を差し出す。
この手をとれば、もうもどれない。全ての運命が廻り始める。
わかってる。だけどもう、戻るつもりはない。覚悟なんて言葉は嫌いだけど。今なら言える。覚悟は出来た。
「ああ――行こう」
僕とマリィは手を取り合い、光の扉の前に立つ。
「『カルヴァリオ』へ」




