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第二章9『たった一つの望み』

「それが……旦那様が儀式を行い、この世界に来た理由、か」


「どうだいアンジェ、ひどいとおもうだろ?」


「ひどい、とはどういうことじゃ?」


「だってひどいじゃないか、僕は誰も救ってこなかったし、愛せなかった。なのに他人からは賞賛されたがって、愛されたがってるだけで……誰も助けられない。傷つけるだけなのに、勇者だなんてお笑いでしょ」


「わらわは……それでも良いとおもうぞ」


 アンジェは優しく僕の頬を手のひらでなでた。


「わらわが愛してやる。誰に愛されなくても、誰を愛さなくとも良い。ハジメ、お前様は美しい」


「君は……なんでそんなに」


「一目惚れしたわらわの負けじゃ。引き分けなどではない、最初からわらわは、旦那様に負けていた」


「……どれだけ優しくされても、僕は君になにも返せない」


「すでにもらっている」


「何を……?」


「秘密じゃ」


 アンジェは唇に指をあて、不敵な笑みを浮かべた。



      第二章9『たった一つの望み』


 そして安息日の夜が終わった。

 朝に弱いアンジェをなんとか叩き起こすことに成功した僕は、リデルのもとで一緒に朝食をとっていた。

 テンションが低くフラフラなアンジェに、リデルがハーブティーを淹れている。


「ハジメさま――?」


「――ん、どしたの、リデル?」


「いえ、なんだか浮かない顔をしていますから。ハーブティーのおかわりはいかがですか? 疲れが取れますよ」


「もらうよ、ありがとう」


 ハーブティーをすすると多少気分は晴れる。

 だけどその原因が取り除かれない限り、根本的解決は得られない。宙ぶらりんのままだ。

 いつものように、また後悔することになる。


「……もしかして、今日の儀式のことでしょうか」


「勘がいいね、リデル。僕の読心術リーディングが身についたのかな?」


「それほどのことでは……ただ、わたくしはハジメさまのことをいつも見ていますから」


 リデルはそう言ってから少しして、はっとなって顔を赤くした。


「い、いえ。妙な意味ではございません。ただお世話を仰せつかっている身として」


「いいよ、アンジェがいるからって遠慮しなくてさ。君の厚意には感謝してる。僕にこんなに良くしてくれて……ここの人たちはみんな優しいよ、僕のもといた世界とは全然違うみたいだ」


「そうなのですか?」


「ああ、こっちの世界は科学技術が発展してて、たしかに便利で暮らしやすい世の中だし、世界規模の戦争はこっちよりずっと前に終わった。だけど人の心は……汚れきってた。僕もそうさ」


「そうでしょうか……わたくしには、ハジメさまこそお優しい方に思えます。わたくしは……ハジメさまを育てだ世界がそれほど悪い場所だと思えません。いつか、できることなら行ってみたいとすら思っています」


「行ってみたい、か。次元転移の魔法が実在するんだから、いつかは二つの世界を自由に行き来できるようになるのかな……そうなったら」


 ――戦争になるかもな。

 なんとなく、そうおもう。きっと二つの世界は相容れない。


「あの――ハジメさま!」


 何か意を決したように、リデルは強い声を出した。


「どうしたの、リデル」


「もしも……もしも全てが終わって。ハジメさまが故郷へお帰りになることがあるのなら……その、わたくしも……」


「……」


「わたくしも、連れて行ってくださいますか?」


「……それって」


「わたくしは皇室の持ち物です……許されないことは知っています。けれど、勇者さまが望んでくださるならば……許してくださるならば……!」


 リデルの目は真剣だった。半端な覚悟で言っているわけじゃないだろう。

 ただこっちの生活が苦しいとか、辛いとか、そういう逃げ道を求めているわけでもない。

 僕はいった、あっちの世界は良い所じゃない。素直なリデルならばそれを疑ったりしないだろう。きっと別の世界に行くことが大変だなんて百も承知で。

 それでも彼女は、僕についてくると。そう思ってくれたんだ。


 うれしい。

 うれしい。

 うれしい。

 だけど。


 それほどの価値が、僕にあるのか?

 尽くしてくれるほどの。優しくされるほどの。僕はそれに値する人間なのか?


「そうだね、もしも帰ることがあるのなら、その時は、ね」


 リデルはほっとしたようで、胸をなでおろして微笑んだ。

 大変な決断だっただろう。自分の故郷を捨て、居場所を捨て。

 それは僕にだってわかる。だから、だからこそ――嘘をついた。


 元々僕には、元の世界に戻る気なんてない。一切ない。あそこは僕の居場所じゃない。

 あの世界に勇者はいない。だって魔王がいないんだから。

 あの世界は、弱者だけの世界なんだ。真の強者を排除する弱者の集合体、それが僕が元いた世界の正体だ。

 それなりに平和で、それなりにスリリングで。くだらないことで一喜一憂して。

 だけどそこに僕の居場所はない。僕はあの世界では、何者でもなかった。

 ここは違う。この世界には魔王がいる。

 もしも。もしも僕が何者かになれるとしたら――


 ――勇者になれるとしたら。僕はここにいてもいいという証明になる。

 そして、この世界で戦って、死ねる。

 それが僕の唯一の望みだ。


      ♪      ♪      ♪


 昨晩のこと。


「デュランダル!?」


「そうじゃ、勇者の剣、デュランダル。その剣を抜くことが明日の儀式の内容……ハジメ、お前様が真の勇者であることを証明することが儀式の第一の目的」


 デュランダルは僕がゲームの世界で使っていた「神器レガリア」だ。

 魔族の中でも強力な力を持つ「天魔族」と人間が戦うには、神の力を秘めた神器が必要不可欠だった。

 今の僕は「とても強い人間」に過ぎない。残響器をもつピスケスや吸血鬼のファニュ卿には遅れをとるだろう。

 だけど神器さえあれば……天魔王を倒すことも可能になるはずだ。


「でも、『抜く』ってことは。どっかに刺さってるってこと? お伽話みたいに、選ばれしものにしかそれを引き抜けないってパターンだよね」


「そういうことになる。わらわも実際には見たことがないのじゃが、次元の狭間に存在する『カルヴァリオ』にその剣は封印されていると聞いている」


「次元の狭間……ってことは」


「そうじゃ、そこへ勇者を案内する役割を負っているのが『時計職人』じゃ。いや、正確には……『時詠ときよみ巫女みこ』と言うべきかのう」


「時詠の巫女?」


「本来、神器『原初と終末の時計』の管理者は「つがい」となる二人必要なのじゃ。一人は男の『時計職人』、そしてもう一人は女の『時詠の巫女』。時計職人は外部から、時詠みの巫女は内部から神器を管理コントロールすることで世界の調和が保たれている」


「ちょっとまってよ、だけどマリィは『時計職人』なんだよね! あのおじいさんが「つがい」って感じにも見えないし、『巫女』もマリィってどういうことなんだ!」


「わらわにもわからぬ……じゃが明日の儀式もまた変則的なものになるじゃろう。少なくともマリィは、残響器を作り勇者をこちらの世界に呼び出すという『時計職人』の役割と、明日の儀式において勇者をカルヴァリオに導く『巫女』の役割を兼任することは間違いない」


「……そんなに大変な役割だったんだ」


「幼い頃から修行続きであれは外の世界をしらぬ。今はずいぶんと明るい振る舞いをしておるが、わらわがそれ以前に何度か顔を合わせた時……マリィに笑顔はなかった。お前様と出会って、やっと笑顔を知ったのだろう」


「そっか、そうだったんだ……」


 だからか。マリィが僕に「ハジメはボクを見つけてくれた」って言ったのは。

 こんな事情でもなければ、本来マリィが城壁の外に出ることなんてなかったんだ。たぶん、城下町に行くことだってなかった。ただでさえ、街でアンジェの母親が殺されたんだ。

 もっと重要な役割を背負わされているマリィを外に出すなんて危険なこと、するわけがない。


「でもさ、アンジェ。僕が剣を抜いて、勇者だって認められたら……マリィの役目は終わりなんだよね。それからは自由に生きていいんだよね……?」


「……わらわには、わからぬ。時計職人の一族は父上様たち皇帝や一部の重要人物によって保護されておる、詳細な情報も秘匿され、皇女であるわらわにもあずかり知らぬところがある」


 アンジェは俯いて、目をそらした。

 何か、違和感がある。嘘を付いている、その確信があった。

 だけど、なんの嘘をついているんだ? アンジェらしくない、嘘をつくなんて。


 いったい、明日の儀式で何がおこるんだ?


      ♪      ♪      ♪


「では、行くぞ、旦那様」


「うん……」


 昼前になった。やっと調子を取り戻してきたアンジェの準備が整い、僕らは時計塔ホロロギオンへと向かう。

 重要人物しか入れないという規定があるけど、アンジェと僕の共通の付き人として特別にリデルも同行することになった。

 僕らは三人で、時計塔の扉をくぐり、階段から地下へ向かう。

 暗い螺旋階段に足を取られれそうになるリデルの手を握り、地下へ、地下深くへ導いていゆく。震えるリデルの手。


 いや……震えているのは、僕なのかもしれない。どっちなのか、わからない。

 何か嫌な予感がする。全てが失われてしまいそうな、奪われてしまいそうな。

 致命的なことが起こる予感が。


 そして僕らは星空に囲まれた広大な空間まで辿り着いた。

 もうここは神器「原初と終末の時計」の中だ。全ての世界から独立した空間。

 そして幾多にも分岐した世界全てにつながる次元の通り道。


「来たか、勇者ハジメ」


 すでに主要な人物は到着していた。

 皇帝と、それを守るように立つのはオルセンを含む選りすぐりの精鋭騎士たち。

 そして各地の重要人物や、その代理人として現れたピスケスとファニュ卿。

 あとは顔も見たことがない魔族や亜人種の、おそらくは王かそれに親しい者達が並んでいる。今朝到着したのだろうか。

 なるほど、この儀式は本当に重要なことなんだ。

 魔王に立ち向かう救世主を選ぶための、最後の試練。

 その条件は一つ、剣を抜くことだ。

 それだけ。それだけで僕は勇者という証明を得られる。そうすれば――


「――役者は揃った。ではこれより、勇者継承の儀を始める!」


 星空の世界に轟く王の号令。

 始まる。僕が勇者になるための試練。最後の儀式。


 僕は今日――真の勇者になる。



 第二章・終わり

これにて第二章終了です。

この章は小ネタや会話や説明ばかりであまり楽しい感じじゃなかったと思いますが、三章はクライマックスで戦闘が多くなる予定です。


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