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第二章8『旦那様、今宵は身の上話をしよう・後編』


「僕は――特別な人間じゃないよ、ただ普通に生まれて、普通に生きてきた」


「普通、か。それほど旦那様に似つかわしくない言葉もないな」


 アンジェは笑った。確かにそうだ、お笑いだ。

 僕は一応、こっちの世界では勇者――選ばれし者だ。


「だけど実際の僕は、誰にも選ばれてなんかいない。何者でもなかったんだ。全てが変わったのはあの時――」



     第二章8『旦那様、今宵は身の上話をしよう・後編』



 僕は普通の家庭に生まれた普通の子どもだった。

 父さんは仕事の都合上あまり家にいなかったけど、母さんと妹がいて、家族の温もりを知らないってわけでもない。

 どこにでもいるような、普通のこどもだった。むしろ特別なのは――僕の幼なじみだった。


 初めて会ったのは小学校の頃だ。彼女は転校生として僕のいた街にやってきた。

 綺麗な黒髪に雪のような白い肌。細く華奢な手足。

 赤い唇。

 彼女は周囲の誰とも違っていた。

 大人びていて、どこか悟ったような気だるげな雰囲気をして。

 あまりに美しく、それゆえに孤高だった。

 誰もが彼女に注目して、だけど、だからこそ近づけない。


 アンジェ、君は王の本質は孤独といったね。僕もそうおもう。

 彼女は周囲の空間全てを支配するような強い存在感を生まれながらに持ってるみたいだった。

 何より周囲の人間が彼女を恐れた理由は、その漆黒の瞳。

 深い闇のような瞳に見つめられると、心のすべてが曝かれてしまうような気がした。

 僕もそうだ。最初に会った時は、なんとなく来望のことを苦手に思ったよ。

 だってそうじゃないか。

 だれだってさ。知りたくなんて無いんだ。自分のことなんて。

 誰かに知られたくない以上に、自分が知りたくないことがある。

 だけど他人に隠しきれなければ、いつか自分に戻ってきてしまうことになる。

 人の本質を見抜く瞳――「真眼サトリ」。彼女はそれを持っていた。


 だから誰もが来望を恐れた。隠したかったんだ。

 自分が本当はつまらない人間なんだっていう、認めたくない真実を――。


「――あんたね、ムカつくのよ」


 その時の僕は見ていることしか出来なかった。

 女子のグループを仕切る気の強い女の子が、来望に一方的につっかかるのを。

 あまりに他とは違いすぎた来望は、存在するだけで周囲のバランスを見だしていた。

 女という生き物は、群れを守るために他人と仲良くする傾向があるけど。

 和を乱す存在を嫌い、「矯正」する側面もある。そういう性質が時々、過剰ないじめに発展する。来望の場合はその典型例だった。

 大人びて、美しくて、頭が良くて。全てに秀でた来望。

 月日を経るごとに、周囲の男たちの目線が彼女に釘付けになって、自分が望む異性を手に入れづらくなる。

 きっと女子たちはそのことまで本能的に察知して。だから彼女を傷つけ排除しようと企んだ。


「何も言わない、何も話さない。ただあたしたちを見下してるだけ――あんたはね、このクラスにいらないのよ」


「……」


 来望はその女の子をただじっと見るだけ。心の奥底を見透かすように。


「何か、いいなさいよ」


「……何を、言って欲しいの?」


 来望は小さくそう呟いた。


「何を、ですって? そんなこと考える頭もないの? もしかしてバカにしてる? 今どんな気分よ、みんなに嫌われて、無視されて。誰も助けてくれない。あんたは一人ぼっち」


「一人でいることって、そんなに悲しいこと?」


「は……?」


「一人が怖いんだね」


 来望は冷たい目で眼の前の女の子を「見下ろした」。

 身長は変わらないくらいなのに、意識の次元が違っていた。


「あなたは自分には何もないと本当は知っているから、だから奪われることを恐れる。他人から何かを奪って気晴らしをするだけ。それこそが本当に悲しいこと」


「な、何を言って……」


「あなたは尾張くんのことが好きなんだね」


「なっ――」


「――なんでそれを知っているのか、でしょ? 顔に書いてあるよ、わたしを罵倒しているうち、尾張くんに視線を移した回数、教えてあげようか?」


 急に僕の名前が出て、僕は動揺していた。

 僕は正直いって、気の強い女の子のことを苦手にしていたからだ。

 男には、女のいじめというやつは心の底から理解できない。

 来望はそんな僕の表情から全てを読み取ったようで、


「でも尾張くんはあなたのこと、好きじゃないって言ってるよ」


「なっ……何なのよ、あんたは……!」


「自分の弱さを隠すために他人を傷つけるだけのあなたを、心の底から好きになってくれる人なんているのかな。ねえ――尾張くんはどうおもう?」


「――えっ、僕?」


「あなたならわかるはずよ」


 僕は来望のその言葉の意味がわからなかった。その時は。今ならわかる。

 僕がその女の子のことが苦手だったのは、弱かったからだ。

 自分の弱さを隠すために他人の足をひっぱるなんて、赦せなかったからだ。

 来望はそんな僕の本性を見抜いていた。

 だから僕は――


「僕はそういうの……よくない、とおもう」


 その一言がとどめになった。

 いじめは止んだ――なんてことはなくて。

 僕と来望はまとめて無視されるようになった。

 直接的な接触は確かになくなって、いじめとは言えないものになったけど。

 村八分というやつだ。最初からいなかったみたいに、見えないみたいに。

 僕らは無視された。


 僕はそれでもよかった。くだらない同調圧力に負けて人を見捨てるような奴らと、関わり合いになりたくなかった。

 それよりも、来望に興味が湧いて――それは当然の成り行きだった。クラスでたった二人、浮いたくみあわせで関わるようになるのは。


「ハジメくんは、どうしてわたしと関わろうとするの」


「だって君としか話す相手いないから、暇なんだよ」


「嘘が下手だね」


「それって僕の言った理由がうそ臭いってこと?」


「いいえ、もっとマシな嘘を考えて欲しかったと思っただけだよ、だって馬鹿正直すぎるし、デリカシーがないし」


「それって君が可愛いから話しかけたくなったとか、そういうこと?」


「それはそれで……軽薄な感じ」


「そうだね。だけど可愛い娘って見てるだけでも癒やされるからさ、近くで話せるとなおさらだ。そもそも君が原因でハブられることになったんだから、せめてこのくらいの償いはしてもらわないと、ねえ」


「うふふ、今度はちゃんと嘘だね。相変わらず下手だけど。その表情、口ぶり。今の状況を苦に感じてもいなければ、わたしを恨んでもいない。ハジメくんって、変わった人だね」


「そうかな、僕ってどこにでもいるような普通の奴だと思うけど」


「そう思えることがすでに普通を逸脱してるんだよ」


「来望って難しいこというんだね」


 僕は彼女の強さに惹かれていた。

 アンジェの言うとおりだ。強さとは美しさに似ている。

 彼女は美しかった。


 中学に上がっても、そんな奇妙な関係が続いた。趣味も話題もまるであわなかったけど、僕らはいつも一緒にいて。

 他の人達には興味も示さなかった。僕は彼女のことが大好きだった。

 その間に、僕の家のことがちょっとずつ変化していった。

 母さんは僕を見ると、時々悲しそうにため息をつくようになった。

 妹は僕に反抗するようになった。

 徐々に心の距離が離れていって、僕は家の中で孤立していった。

 だけど、来望がいれば大丈夫だった。居場所が会った。彼女の隣にいさえすれば、僕は大丈夫だった。


 あの日のことが――全ての始まりだった。


 物置になっていた家の地下室で、僕はカバンを見つけた。

 革の、茶色のカバン。だけど父さんの趣味とは全然違うし、妙に古ぼけていた。

 なんだか家のものとはぜんぜん違う……違和感みたいなものを感じて。

 僕は部屋の中にそれを持ち帰って中身をみた。

 中に入っていたものは、「サカキ」という名前が書かれたメモと、ディスク。

 そして写真。母さんと二人で写る知らない男の姿。


「サカキ――?」


 胸騒ぎがした。

 いや、その時にはすでに確信していた。家にいた時の、妙なズレ、違和感の正体。

 僕が家族とどこか馴染めずにいる理由。

 その男の――サカキの姿が、僕に似ているという事実が。

 目をそらしても仕方がない。


「これが本当の……僕の父さんなんだ」


 真実から目をそらすのは弱者だ。僕は真実を確かめなければならなかった。

 そして終わらせなければならなかった。

 後悔の連鎖。宙ぶらりんになった悲しみを。


「ねえ母さん、僕の父さんはどこへ行ったの?」


「何言ってるのよ始。あなたのお父さんは――」


「あの人は僕の本当の父さんじゃない」


「何言ってるの、始……?」


「知ってるんだ。母さんが再婚したこと。僕が連れ子だったってことも……」


「やめなさい! ……忘れなさい、あの男のことは。忘れてしまえば、なかったことと同じになるから。わからないの……なにも。どうしてあの人がいなくなったのか、わたしを嫌いになったのか……考えるだけで引き裂かれそうになる。だから忘れたい、もう思い出したくないの……」


 母さんは弱い人だから。真実から目をそらし、後悔だけを抱え続けた。

 何も終わりにできなかった。ただ忘れることを願った。終わりになんてならないのに。


 今度は妹にも話した。



「どうして? どうしてそんな嘘つくの、お兄ちゃん?」


「それが真実だからだ」


「あたしとお兄ちゃんが本当の兄妹じゃない? それが真実? 嘘でしょ」


「嘘じゃない」


「嘘だっ!」


「嘘じゃない!」


「お兄ちゃんはあたしが嫌いになったんだ! あたしが生意気だから、くさいとか言うから、一緒にお風呂入らなくなったから、嫌いになったんだ!」


「違う、嫌いになんかなってない。大事なのは真実なんだ。宙ぶらりんなままはダメなんだ……全部認めて終わらせないといけない。何も始まらないんだ。後悔だけが積み重なって……海になる。沈んで、二度と這い上がれなくなる」


「真実って何? あたしとお兄ちゃんは家族でしょ? それ以外に真実なんてあるの? あたしたちが本当の兄妹じゃないなら……証明してよ」


「証明?」


「キスして」


「は……?」


「あたしとキスしてよ、お兄ちゃん……ううん、赤の他人の始さん」


「ち、ちがっ、赤の他人じゃない、僕らは父親が違うだけで……」


「本当の兄妹じゃないならキスできるでしょ」


「でも、それは……!」


「あたしのこと、嫌いなんだ」


「そうじゃない、そうじゃなくて……」


「キスしてくれないと、あたし死ぬから。お兄ちゃんに嫌われたら、生きてる意味なんてないから」


 妹は手首を切って入院した。それ以来、僕と妹は話さなくなった。

 義理の父親は帰ってこないまま。僕は家の中で完全に孤立した。

 だけどそれでも良かった。僕には来望がいたからだ。


「つらいんだ。どんどん居場所がなくなっていくみたいで……」


「ハジメくん、気を使いすぎてるのよ。周りに気を使って、自分の居場所を狭めてるんだよ。ほんとは誰もあなたのこと嫌ってるわけじゃないのに……」


「君は、来望くるみは嫌ってないのか? 君は僕の友だちなんだよね……」


「うん、友達だよ――ずっと」


「お願いだよ、僕のそばに居て……一人にしないで……」


「もちろんだよ。わたしはあなたをひとりぼっちにしたりしない」


「ありがとう来望。ありがとう……僕は、僕は――君のことが好きなんだ」


「……それ、本当? 本当なら嬉しい」


「うん、本当だ。君のこと、ずっと前から好きだった。ずっと一緒にいたいんだ」


「……嘘。嘘なんでしょ? 始くんは、わたしに嘘をついてる。わたしだけじゃない、自分に嘘をついてるよね」


「そんな、そんなこと……」


「ほんとはわたしのことなんか、好きじゃないんでしょ?」


「違う、僕は君を、来望だけが僕の……」


「わたしが始くんにとって都合のいい女だからでしょ? 優しくするから、抱きしめてあげられるから。そうだよね、あたりまえだよね、わたし始くんのこと好きだもん。ずっと好きだった。あなたが思ってるよりもずっと……ずっと好きだったの」


「来望……?」


「あなたをずっと見てた。だからわかるの、始くんはわたしなんかのこと好きになってくれない。あなたは誰も好きじゃないの……だから苦しいの……お願い始くん、わたしがかわいそうだと思うなら、哀れだとおもうなら、わたしを愛してよ!」


「僕は、そんな……君のこと本当に」


「だったら抱きしめて、キスしてよ! 始くんがわたしに、あなたの全部ちょうだい……。わたし、始くんのためならなんだってできるよ。だからあなたの心が欲しい、ニセモノの愛なんていらない。本物だけが欲しい。大事なのは真実だから……始くんがわたしだけのものにならないなら、わたしなにもいらないよ。だからね、始くん――」


 ――わたしを逃げ道にしないで。


 僕は間違っていた。彼女が強い人だから、僕は憧れて。僕が彼女を好きだから、彼女と一緒にいて。そう思っていた。

 本当は逆だったんだ。来望は強くなんかなかった。来望は僕が彼女に「強さ」を期待していることを「読心術リーディング」で知って、それを演じていただけだ。

 僕が求める彼女への幻想を、彼女は満たそうとしていただけだったんだ。本当の来望は、孤独を恐れ、不安で、普通に恋をして……普通の女の子だった。特別なんかじゃなかった。

 特別だと僕が思い込んでいた。そして普通だと思っていた僕自身のほうこそ、異常だったんだ。僕は強さにしか価値を見いだせない。だから誰も好きになれない。

 弱い他人を見下していたのは来望じゃなく、僕だった。そんな僕を孤独なままにしないため、来望は僕のそばに居てくれた。


 真実は逆だったんだ。僕はそれを知らないまま、来望を逃げ道にし続けた。

 誰も好きになれない、本当の孤独を抱えていた僕のせいで、来望まで人から阻害された。

 僕は来望のことを好きだと思っていだ。だけどそれは自分への嘘だった。

 来望に強さの幻想を見て、勝手な理想を押し付けていただけだ。それはどれだけ彼女の重荷になって、痛みになって、傷つけていたのだろうか。

 何年も。何年も。「真眼サトリ」を持つ彼女はそれを知っても尚、僕の隣にいた。

 僕自身が気づこうともしなかった自分自身への嘘を見抜いたまま、黙ったまま。


 遅かった。全部遅かった。

 全てが後悔になって、終わらないまま。僕は自分の世界に閉じこもった。


 本当の父親「サカキ」が遺したディスク。

 それが――『終焉へのスタートライン』。

 高すぎる難易度故に伝説とすら言われたそのゲームが、僕の居場所への唯一の手がかりだと、そう信じた。

 そして、僕は仮想世界の戦いの中で、身につけていった。

 「真眼サトリ」を。誰かの心を知るために。

 今度こそ、他人を傷つけないように。

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