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第二章7『旦那様、今宵は身の上話をしよう・前編』

      第二章7『旦那様、今宵は身の上話をしよう・前編』


「遅かったのう、旦那様」


 部屋に戻ると、既にベッドでアンジェが待機していた。

 全裸待機――とまではいかないけど、スケスケ下着で非常に扇情的。

 いつもなら喜んで視姦するところだけど、今日は事情が違う。


「丁度よかったよ、アンジェ」


「明日の儀式のことじゃな。ガルドスから大方の事情は聞いておる」


「理解が速くて助かるよ。教えてくれないかな」


「だがまだ夜も始まったばかりじゃぞ。それほど急ぐこともあるまい」


「ま、そうかもね」


「今宵はゆっくりと、話をしようではないか。儀式のこともおいおい話題にあがるであろう、旦那様。わらわのそばへ」


 僕は素直にベッドに上り、アンジェの隣に座った。

 彼女は僕に身を寄せる。体温が伝わってくる。


「旦那様、街に蔓延るドブネズミどもを駆逐したようじゃな」


「ああ、その話? 何を聞いたのか知らないけど、僕は街でギャンブルを楽しんでたら相手が破産しちゃってただけだよ。よくあることだ。ギャンブルって怖いよね、楽しくて楽しくて、気づいたら身を滅ぼしてるから」


「わらわは父に賭け事を許されてこなかったから、そう言った世界は知らぬ。本当のところを言えば、この城の外に出たこともほとんどない――マリアンヌと同様に、な」


「そっか」


 マリィも、か。

 アンジェは第三皇女。まさに箱入り娘だ。

 他国の男にも興味を示さないままだと、確かに外との交流もないだろう。

 けどマリィは……。


「旦那様――別の女のことを考えているな」


「えっ、いや……そんなこと」


「他人の嘘は見抜けても、自分の嘘は上手くはないな。そういうところが愛らしいが……わらわがマリアンヌの名前を出したことの意味を考えるべきじゃ。旦那様はマリアンヌのことが気になっているのだろう?」


「……わからない」


「お得意の読心術リーディングでもか?」


「読心術じゃ自分の心は読めないから」


「難儀なものじゃ。その力、さぞ便利なものかとおもいきや……わらわには、旦那様の重荷になっているようにも思える。誰よりも強い力を持ちながら、その力はお前様を孤独にする。人の心を誰よりも知りながら、知れば知るほどに心から離れてしまう……思えば、そういうところに惹かれたのかもしれんな」


 アンジェはそう言って、けだるそうに僕の肩により掛かった。

 女の子の髪特有のいい匂いがする。花の匂いだ。剣の花――グラジオラス。

 特別強くもなく、しかし微かに主張するその芳香が心地よい。

 なるほど。確かに美しいということはこういうことなのかもしれない。

 勇猛で可憐な剣の姫。

 戦いの時にはその手に剣を握りしめ、極限まで研ぎ澄まされた攻撃性を発揮する。

 そして戦わない時に持つものは、花だ。そんな二面性、それこそがアンジェの美しさなのだろう。


 僕なんかにはもったいない。この娘は、最上級の女だ。

 家柄、外見、能力、内面。全てにおいて。完璧を超えている。

 なんで、僕のことなんかに興味を持つのだろう。ましてや婚約者だなんて――


「――嫌いなのじゃな、旦那様。自分自身が」


「っ――」


「そうじゃな、旦那様。今宵は身の上話をしよう」


「身の上話?」


「わらわも旦那様も、互いのことをまるで知らぬ。剣を交えることで現在のことを知り得ても、過去のこと全てまでは知り得ぬ。人は人の知ることしか知れぬからな。しかしそれで終わりではない、こうして寄り添い合って、話すこともできるじゃろう。時には拳を収め、語り合うことが必要じゃ。どれだけ強くても、常に孤独なだけでは壊れてしまう」


「……そうかもね。僕もそれなりに気になってたんだ。なんで君は僕みたいな奴に興味をもったのか。君が望めばもっと高級な男がよりどりみどりだろうに。君は強さを重要視してるみたいだけど、単に強いだけならもっと上がいるんじゃないかな、きっと」


「そうじゃな、一理ある。例えばあの十二級祓魔師ゾディアックスのピスケス。あれはわらわやお前様よりも強いじゃろう。単純な戦闘能力では、吸血鬼のエリザベートにもわわらたち人間では及びようがない」


 アンジェの言うことは、たぶん本当だ。その通りという他ない。

 単純な戦闘能力では、ただの人間――剣士程度じゃそれ以上の怪物に及ばない。これがこの世界の絶対的な真実だ。

 残響器クリロノミアを操る十二級祓魔師、人間の中では間違いなくこの階級の者達が最上位といえるだろう。このクラスの者達が魔族の最上位と比肩しうる。

 とぼけた姿に見えて、ピスケスは実力者なんだ。アンジェがそういうのだから間違いない。

 そして吸血鬼エリザベート・レ・ファニュ。彼女も余裕のある表情に隠して圧倒的な怪物性を秘めている。僕とアンジェの本気の剣撃を片手で受け止めたあの力。

 あれは僕ら人間には想像もつかない異次元の力だ。魔術ではない、失われた古代の「魔法」。吸血鬼の真祖ともなれば、その領域に通じているに違いない。

 僕は強い。実際に戦えば、彼女たちに遅れを取ることはないだろう。だけど……それだけだ。一対一で戦う状況でしか役に立たない、限定された戦力。それが僕だ。

 大した攻撃力も範囲も無い。敵と対面した時に読心術――真眼サトリで有利に戦えるというだけで。これがアンジェの言う強さなのか?


「強さの形は必ずしも一つではない」


 僕の考えを読み取ったかのように、アンジェがそう答えた。


「わらわもかつては、それを知らなかった。認めることが出来なかった……聞いてくれ、旦那様。愚かな女の昔話じゃ――」



      ♪      ♪      ♪



 わらわは神星セラエティア皇国の第三皇女として生まれた。

 赤ん坊の頃、最初に覚えた遊びが花を摘み取ることだったという。

 女らしいと思うか?

 じゃが、わらわにとってそれは可愛らしい花遊びなどではなかった。

 それが命を奪うということだと、わらわは本能的に知っておったのじゃ。

 花を詰み、天に向かって掲げた。それが最初に得たわらわの勝利じゃった。

 生きるという事が、他者の命を摘み取ることにほかならないのだと。すでにその時のわらわには身近に感じられる価値観じゃった。


 じゃが、世界はそうではなかった。


 わらわの生まれたまさにその年のことじゃ。天魔大戦は集結した。

 命を奪い合い、種族を滅ぼし合う最終戦争が和平によって幕を閉じた。

 ほんの小さなすれ違い。たった一度のボタンの掛け違い。それが全てを変えてしまった。

 お前様ならわかるじゃろう、ハジメ。

 わらわは戦うために生まれた。

 わらわは命を奪うために生まれた。

 じゃが世界は変わり、平和を求めるようになった。

 ではわらわの存在意義とはなんだ?

 わらわは生まれたその瞬間から、迷子じゃった。

 生まれてきた意味すら知らぬまま、この小さな箱庭の中……。

 わらわは育った。

 ――。


「アンジェ、アンジェ」


 優しい呼び声が耳を撫でる。その時のわらわはまだ幼い少女だった。


「アンジェ、何をそんなにじっと見ているの? 木がそんなに面白い?」


「ははうえさま! わらわは虫のあらそいを見ていたのじゃ!」


「まあ、虫だなんて。女の子なのに変わったことを。誰に似たのかしら、もう。ほら、お膝にお座りなさい」


 わらわは母上様の温かい胸に飛び込んだ。

 母上様は地方の弱小貴族の娘だった。だがその美しさを父上様に見初められ、この宮廷に召された。

 わらわは皇位継承権とは遠い第三皇女として育った。美しさを磨き、女としての魅力で他国の重要人物と皇室のパイプをつなぐための道具――それが与えられた使命。

 母上様も、自らと同じように、ただ愛される女になるための教育をわらわに施した。


「アンジェ、どうして虫の争いなんて見ていたの? 戦いは野蛮なことよ、戦争は終わったの。あなたの世代は、この世の中を平和にするために努力していかなければならないのよ。私や皇帝陛下とは違う……」


「ははうえさま。あらそいはヤバンなどではない。わらわは、戦うことをとても美しいとおもう」


「アンジェ……あなた」


「木の蜜にはかぎりがある。すべての虫がたかり平和にわけ合えば、すべての虫が飢えてしまう……生き残るためには、他の虫をけおとさなければならないのじゃ。だれもが幸せになれないという真実のまえでは、平和などなんの意味もない」


 今思えば、少女には似つかわしくない言葉だった。

 母上様はただ困惑してわらわの顔を見つめた。叱責することもできただろう、頬をはり、叱りつけることもできたろう。

 じゃが、母上様はそうしなかった。

 優しく微笑んで、わらわを抱きしめてくれた。

 わらわは生まれつき心に刃を秘めていた。そして母は花を。

 決定的に違っていた。


「アンジェ、強さとは、勝つことが全てではないわ」


「ははうえさま……?」


「あなたなら、いつかわかるときがくる。アンジェリーク、私の娘……最愛の――」


 決定的に――


 ほんの小さなことが全てを壊した。

 わらわがわがままを言って、街へ出たいと母上様にねだったその日。

 すべてが変わった。いや――最初から変わってなどいなかった。

 世界の本当の姿。真実、それがわらわの前に現れた。


「ははうえさま……? ははうえさま……?」


 動かなくなった母上様の身体を、わらわは何度も何度もゆすっていた。

 本当はわかっていた。それはもう母上様ではない、ただのモノだと。命を失えば、生物はただそうなってしまうのだと。

 花を詰み、虫の死を冷徹に見つめていたわらわが身体を震わせ、動揺したのは……。

 それが愛だったからだろう。そしてそのことに気づいた時、既にわらわの愛は失われていた。わらわを愛した唯一の人はもういなかった。


 強盗がわらわを取り囲んだ。大物ではない、街のチンピラに毛が生えた程度のものじゃ。

 ホンモノの悪党は力の差をわきまえる。若く身の程を知らぬものほど手の届かないものに手をのばす。

 大方、わらわたちの身分も知らずに、護衛がたまたま離れていた隙間に襲いかかったのじゃろう。偶然が悲劇。


 そして気づいた時には、血まみれの肉塊と化した強盗たちがわらわの周囲に転がっていた。

 原型が無いほど切り刻まれていた。母の身につけていたかんざし一本で。それをやったのがわらわだと気づいたのは、しばらく立ち尽くした後じゃった。

 不思議と動揺はなかった。気づいてしまえば、それが当然の理だと思えた。

 わらわはこのために生まれてきた。


 母上様が死んたのは、弱かったからじゃ。

 たとえ強盗に狙われるという不運に見舞われても、強ければ死ななかった。

 わらわが強盗を皆殺しに出来たのは、わらわが奴らより強かったから。

 単純な理屈じゃ。全てがシンプルな摂理の上に動いていた。

 何も疑問におもうことはない。明確な論理。それが世界の真理だと。

 そう素直に確信できた。


 その日から、わらわは剣を握った。騎士たちを練習相手に鍛錬を重ねた。

 一ヶ月も立てば、剣術でわらわに並ぶものはセラエティアに一人もいなくなっていた。

 父上様はわらわを恐れ、この城に閉じ込めた。

 わらわの噂を聞きつけた王子や貴族達がわざわざ逢いに来ることも会ったが――


 わらわは誰一人愛することが出来なかった。


 旦那様、わらわは男嫌いなどでは決して無い。誰も愛せないわけがない。

 むしろわらわは愛に飢えていると言っても良い。

 じゃが……怖かった。愛することが。愛してしまえば、それを失ったとき、どれほどの痛みを感じるか、わらわは知ってしまった。

 命は簡単に奪われる、弱ければそれを止めるすべがない。

 わらわが愛した人が簡単にいなくなってしまうと思うと……心を閉ざすしかなかった。

 何年も、何年も。剣だけがわらわの友だった。それだけは裏切らない。

 わらわは剣そのもの。痛みは感じない。孤独。誰も愛さない。

 ただ他者を傷つけるだけ……。だから誰にも愛されることはない。

 失うことはない。


 ハジメ――お前様に会うまでは。


 わらわがわらわ以上の強さを持った男を求めたのは……その理由は……。



      ♪      ♪      ♪



「自分が愛した人の死を見るのが怖かったから……そうなんだね」


「そうじゃ……旦那様の言うとおり。わらわは臆病なのじゃ。わらわが愛した人が、わらわより一秒でも長く生きてもらわなければ……。後悔ばかりが積み重なって、海になる。もう愛さなければよかったと……」


「アンジェ……」


「じゃが……旦那様を選んだのはそれだけではない」


「それって?」


「一目惚れじゃ」


「えっ、ええ!?」


「一目見た時にピンと来た。それ以上の理由はない。旦那様、わらわは案外、惚れっぽいのじゃ」


 アンジェはそう言って花のように笑った。

 心に刃を持っている。アンジェはそう自分を表現した。

 だけどそれだけじゃない。僕にはわかる。

 彼女の中には花がある。それは、彼女を愛し、彼女に愛された人が残していったものだ。

 消えていったわけじゃない。残したのは後悔だけじゃない。

 後悔だけじゃ、ないんだ。


「ハジメ――お前様ならば……いや、お前様とならば、わかるかもしれない。母上様の言葉の意味が。勝つだけではない、別の強さの形を……」


 僕とアンジェの手が重なる。

 アンジェは僕の頬に、唇を重ねた。


「アンジェ――」


「ふふっ、旦那様。本番は結婚式で、じゃ。旦那様の貞操観念に、わらわもあわせるとしよう。わらわは案外、好きな相手にあわせるタイプなのかもしれんな。旦那様と過ごしていると、自分自身の知らない一面を垣間見ることができる」


「僕も君といると、なんか驚かされっぱなしだよ」


「ふふふ、ではわらわたちは似たもの夫婦になるな」


「……そう、かもね」


 似たもの夫婦、か。

 アンジェは僕に似ている。だけど同じじゃない。愛を持っている。

 僕とは違う。誰も好きじゃない、僕とは。


「では、次は旦那様のばんじゃぞ」


「ん……。そう、だね」


 僕自身の話、か。

 マリィにもリデルにもしたことがなかった。いや、そもそも誰にも話すつもりなんてなかった。

 あの世界のことは、僕にとって辛いことばかりだ。思い出すのも嫌になる。

 だけど、話してくれたんだ。

 アンジェにとってつらい思い出も、話してくれた。僕もその気持に応えないといけない。

 信じることには報いが必要だ。


「僕は――」

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