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第二章6『予兆と予感』

しばらく更新できなくて申し訳ありません。

とある試験のため時間が足りなくなっていました。

更新再開します。

 勇者(仮)ハジメ、無職(元)……豪遊ッ!

 それは、湿っぽい空気を吹き飛ばすように。逃れられない過去から逃げ続けるために。

 ネガティブな情動から始まった。

 だけど、リデルは言ってくれた「逃げてもいい」と。だからこれでいいんだ。

 今が楽しいと思えたのは、本当に久しぶりな気がするから。

 だから――


「――イイね。グッとくるね」


 服屋でとびっきりの高級ドレスを試着するリデルとマリィ。

 僕は顎に手をあてて、最大限オヤジくさく「いいよいいよー」と煽っている。

 美少女が着飾る姿を見る。僕だけが独占できる。なんという男の夢。


「どやっ、ボクのせくちーな姿にメロメロでしょー」


「せくちーっていうか……なんというか、可愛いよ、マリィ」


 「君とセクシーさという概念はかなり遠い位置にあると思う」という思考は胸に秘めておいた。


「ハジメさま……やはりわたくしにはこういった高級なものは似合わないかと……」


 もじもじと試着室から出てくるリデル。

 ゴージャスな装飾と大胆に肩と胸を露出したドレス、控えめなリデルの雰囲気とは確かに合っていないきがするけど、素材がとびっきり良いので結局あつらえたように似合っている。

 美少女っていう存在は不思議なもので、多少合わない服も着こなしてしまうのである。

 ちなみに僕のようなひきこもりのゲームオタクは何を着ても芋臭いのでどんな服を着ていてもオタクっぽくなる。だから服にお金をかけなくて良く、経済的なのだ。

 服にお金をかけるにふさわしいのは美少女ということで間違いないだろう。

 彼女たちは服に着られることはない。服が彼女たちに着られたがるのである。


 来望は僕とは違う理由だろうけど、服にこだわるタイプじゃなかった。いつも地味めな服を着ていて、だけど隠し切れない可憐さと美しさがにじみ出ていた。

 幼なじみなのに、僕は来望の好みとか、趣味とか、全然知らなかった気がする。わかっていなかった。理解しようとしていなかった。

 女の子と一緒に買物をした思い出は、小さな頃に母さんと、中学くらいに何度か妹の荷物持ちをさせられたことが最後だ。

 妹はまさにイマドキの女の子で、なんだかそれが眩しくて、たぶん僕は露骨に嫌そうな態度で付き合っていたと思う。

 妹はそんなこと気にすることもなく僕を振り回すような素振りをしていたけれど、きっと本当は僕の態度に気づいていたんだ。


 僕は誰のことも好きじゃない。

 何も楽しいと思えない。


 心のない人間と一緒にいて、彼女たちはどんな気持ちだったのだろう。

 楽しいわけがない。

 悲しいだけだ。


「……」


「ハジメさま、どうなさいました?」


「いや。リデルが本当に綺麗だからさ、見とれてたんだ」


「そんな、わたくしなど……」


「いいんだよ、自分を嫌いになんてならなくていいんだ。僕はリデルに、自分を好きになってほしい。君にはその資格がある」


「ハジメさま……。わたくしは、わたくしも……ハジメさまに自分を好きになってほしいです。だってわたくしにとっては――」


「――あーっ! もう夕方だよっ、帰らなきゃ!」


 リデルの言葉を遮るように、マリィが窓の外を指さした。

 いろいろな店を回っているうちに、もう陽が落ちようとしていた。

 

「……そうだね、帰ろうか、リデル」


「はい、ハジメさま」


 リデルはまだなにか言いたそうな顔をしていた。

 自分を好きになってほしい、か。僕と同じ言葉だけど、きっと意味はぜんぜん違う。

 僕は誰も好きじゃない。

 そんな僕に、自分を好きになる資格があるのだろうか。



      第二章6『予兆と予感』



 城まで戻ると、オルセンが仁王立ちで僕らを迎えた。


「戻ったか。ハジメ、リディエル。そして、時計職人殿」


「あれ、ガルドスじゃん。どしたの~?」


 マリィが脳天気に声をかける。


「あなたのお祖父様――先々代時計職人様に頼まれ、ここで待っていた。ここからは私が時計塔までお送りしよう」


「ちぇー、言われなくてもちゃんと帰るってばー」


 ぶつくさと文句を言いながら、マリィはオルセンのもとへ歩いていく。


「やけに仰々しい出迎えだけど、何かあった?」


「ハジメ、これはお前にも無関係ではない。時計職人殿は明日の儀式においてもっとも重要な役割を担っている……お前も今日はずいぶんと楽しんだようだが、今夜は十分に休養をとって準備をしておいたほうが良い」


「儀式? 役割……? どういうこと?」


「なんだ、聞いていなかったのか。リディエルは……いや、末端の者には知らされていないだろう。ではハジメよ、アンジェリーク皇女殿下に聞いてみるがいい」


「アンジェに?」


「とぼけるな、毎晩部屋で逢引していんだろう」


「えっ――それは、ハジメさま、本当ですか……?」


 なぜかリデルが反応した。


「そうだけど……」


「こっ、婚約者ですものね! そういうことくらい、やっぱりしてますよね……」


 リデルは明らかに動揺した様子で、早口でまくしたてた。

 声が震えている。何やら勘違いしているというか、いかがわしいことを考えているようだ。


「いや、ね。リデル、一応言っとくけど別に性的なホニャララがあるわけじゃないよ?」


「そ、そうなのですか。申し訳ございません、わたくし勘違いを……」


「当たり前だ」


 オルセンは苛立たしげに吐き捨てた。


「全国民の敬愛の対象たる剣姫アンジェリーク皇女殿下に、もしものことがあったら……この私ガルドス・オルセンが黙っておらん。命を賭けてもそのうつけを討つ」


 ご立派。

 言葉は格好いいけど、君じゃ刺し違えても僕には届かないよ。

 そんな考えは一応飲み込んでおいた。


「ま、オルセンはご忠告どうもってことで。アンジェにいろいろ聞いとくことにするよ。マリィも今日はお別れだね。また明日」


「ハジメ……あのね――ううん。何でもない」


「マリィ?」


 マリィは何かを言おうとして、しかし飲み込んだように俯いた。


「……ハジメ。今日のこと、忘れないよ。すっごく楽しかった、きっと思い出になる」


「そう、それなら良かったよ」


 僕にはマリィが何を言いたいのかわからなかった。

 いつもなら表情や状況から推測できるはずなのに。心のなかがわからない。

 肝心なときに、僕の読心術リーディングは意味を成さない。


 当たり前のことだ。

 読心術は超能力でも魔術でもない。ただの技術だ。周囲から得られる状況を、これまでの経験や理論に照らし合わせて情報処理することで現在や未来を予測する。

 確証なんて無い。誰だって知っていることだ、人の心はわからない。心と心は通じ合わない。どれだけ他人の痛みを思いやろうと、同じ痛みを分かつことはできない。

 僕には他人の気持ちがわからない。不完全な読心術でわかったような気になることしかできない。本当に知りたい心は知ることができない。


 マリィのことを知りたい。だけどこの手は届かない。


「おやすみ――マリィ」


 僕はオルセンに連れられるマリィの背中を見つめることしかできなかった。

 彼女に掛ける言葉が何もない。何か言わなければならない気がした。

 だけど、僕にその資格があるのか?


 ――わたしを逃げ道にしないで。


 頭のなかに、来望から聞いた最後の言葉が反響し、広がる。

 あれから彼女とは一度も話していない。僕にはその心がわからなかった。

 今も何も変わっていない。


「あの……ハジメさま」


「大丈夫だよ、リデル。僕は大丈夫。大丈夫だから……」


 だけど僕は気づいていなかった。その予兆に。

 全てを失う――その前兆に。


 ただ、予感だけがあった。

 もう二度と、マリィに会えないような気がする。

 そんな予感が。

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