第二章5『逃げて逃げて、逃げ続けた先の話』
「頼む……頼むから」
「何?」
「もう、勘弁してくれ……」
「それが人にものを頼む態度?」
「勘弁してください……」
「ダメ。はい、僕はフォーカード。君たちは……あ、見せなくていいよ。君はジャックのツーペア。そっちはワンペア。それと……そうだね、フルハウスだ。あたってるだろ? 惜しかったね、僕の勝ち。総取りだ」
僕の手元にはすでにチップが山積みになっていた。
すでに彼らの資金の七割程度は奪いとった計算になるだろう。
「ハジメさま……もう」
流石に可哀想になったのか、リデルが僕の肩にそっと触れる。
許してやれ、という意味だ。
「そうだね……彼らも精魂尽き果てたって感じだし。これじゃゲームも楽しくないか。じゃあここらで手打ちにしよう」
僕はパンと手のひらを鳴らした。
「……金はここにある分はすべて持っていけ」
潔いことに、ボスは部下に指示して巨大なケースを持ってこさせた。
ケースの中には現金がどっさりと敷き詰められている。
「リデル、これってどのくらいあるの?」
「えっと……こんなにたくさんのお金は見たことがないので、なんとも」
「三万セレスくらいだよっ!」
セレスはこの国の通貨単位だ。金貨の代わりに導入された紙幣で、価値は十枚で金貨一枚と同じ。つまり金貨三千枚分というわけだ。
ものすごい金額ということはわかる。
「けど――足りないよね。このチップを換金したら五万セレスは行くんじゃない?」
「くっ……」
ボスが苦い顔をする。
さすがにもう払えないだろう。それは僕にもわかってる。
「だから現物もいただく。君たちの持ってるクスリ、全部差し出しなよ」
「ぐぅ……」
すさまじい形相で僕を睨みつけるボス。
迷っているのだ。このまま僕の言いなりになって良いものか。
「どうする? 戦ってみる? 勝ち目のない戦いで命を落とすのも男の醍醐味だね。それとも蹂躙され尽くしてでも生き恥を晒すことを望むか。それは自由だ、僕はどっちでもかまわないよ。あんたの人生なんかに興味ないしね。だけど――あんただってクスリで破壊してきた人や家族の人生を顧みたことなんてないだろ?」
「ハジメ……さま……?」
「クスリは人の心の弱さに入り込む、負けるのは自己責任さ……だけど。壊されるのは一人の体と心だけじゃない、その周りの人だって苦しむ。何もかも奪い取るようなひどい商売やってきたんだ、まさかいつまでも平和にずる賢くお金を稼いで、気持ちよく死ねるなんて思ってなかったよね。悪が裁かれるとは限らないけど、暴力を振りかざす限りそれ以上の圧倒的な暴力で蹂躙される覚悟はしてきたはずだ。今回は命を懸ける必要はない、懸けるのはモノだけだよ。まだマシなほうだと思うけど?」
「……持っていけ、倉庫に案内しろ」
完全に意気消沈したボスは、部下に命じて僕らを案内させた。
別室。おそらく倉庫のような場所に、クリスタルのような粉の入った袋が大量に保管されている。
僕は躊躇することなくそこに手をかざし――
「ブラスト――焼き尽くせ」
第二章5『逃げて逃げて、逃げ続けた先の話』
僕らは大通りに戻ってきた。もう太陽が真上に登って、昼時だ。
宣言通り一時間で決着をつけた、長い長い休日の午前が今終わったのだ。
リデルの案内で、うまいと評判のレストランに行った僕達は、高級食材をふんだんに使った料理に舌鼓をうっていた。
「……あの、本当に良いのでしょうか。奪ってきたお金を使うなんて」
「ん、いいんだよリデル。この街から不当に吸い上げた資金だ、街で使って還元しないとね。これが最も自然な解決法なんだよ」
「でも……」
「……わかった。今日一日遊んでもどうせ減らないだろうから、残りは憲兵隊に渡す」
「は、はいっ!」
罪悪感に苦しんでいたリデルの顔が明るくなった。
気にせず食べまくっているマリィと違って正義感がとにかく強い。
苦労する性格だな、と思う。
「でも、一つ聞いて良いですか、ハジメさま?」
「ん、なに?」
「ハジメさまは……何か、その。怒っていらっしゃるようでした。悪いことを懲らしめるという目的ではなく、もっと個人的なもののようにわたくしには思えたのです」
「そーそー、ボクもそれ思ったよ! ハジメっ、どうしてこんな大それたことしたのさっ!」
「それはさっき言ったけど、正義のためなんかじゃないよ。ただ気に入らなかっただけさ、僕は弱者がああいう輩に利用されるのはしょうがないことだと思ってるし、同情もしない。だけど巻き込まれる人にとってはいい迷惑だからね。人様に迷惑かけてるんだから、彼らにも同じ思いをしてもらわないと――って答えじゃ、満足できない。みたいだね」
リデルはこくりと頷いた。
「……あんまりおもしろい話じゃないよ」
「わたくしはハジメさまのことなら、なんでも知りたいのです」
純粋で真っ直ぐな瞳で僕を見つめるリデル。
食べながらそんな僕らを野次馬根性丸出しで目を輝かせて見上げるマリィ。
逃してはくれなさそうだ。
「そうだね……あるところに弱い女性がいた。彼女は誰とも知らない男との間に子供をなしたんだけど、息子が生まれてすぐに男は姿を消してしまった。孤独な育児に不安を覚えたその女性はまた別の男にすがって再婚する。新しい夫との間にも女の子が生まれて、彼女たちは四人家族になった。――そこまでは、よかった」
「……」
リデルは黙って話を聞いている。
マリィも食べる手を止めた。
気づいているのだ。これが僕自身の話だってことに。
「やがて息子は今の父親と血が繋がっていないことに気づく。そして母親を問い詰めた。これが悪かった……、昔の男のことが心に深い傷をつけていたらしくね、彼女は心を病んでしまったんだ。消えない痛みの逃げ道を、クスリに求めた。その後はもう……説明するのも面倒なくらい、陳腐な話さ。家庭崩壊、息子は心を閉ざして閉じこもった。父親は仕事から帰ってこない……誰も家の中で話なんかしない。そんなの、家族って言えるのかな。言えないよね……」
「……ハジメ、さま」
「わかってるよ。クスリなんてなくても、遅かれ早かれこうなってたと思う。みんな心に問題を抱えていたから。あの二人が再婚したのだって傷の舐め合いだよ、みんな逃げて逃げて、逃げ続けて……向き合うことが出来なかったんだ。今日のことだって八つ当たりだよ、リデルの言うとおりだ。個人的な怒りをぶつけた、ただ彼らが弱かったから、いたぶって、僕はいい気分だったよ……」
「ハジメさま――」
ふわりと、僕の体を温かいものが包み込んだ。
リデルが僕を抱きしめてたのだ。
「ハジメさま。ありがとうございます」
「どうしてお礼なんて言うの? つまらない愚痴を聞かされただけだよ。文句でも言ったほうが良い……」
「辛い話を口にしてくださったということは、少しでもわたくしたちを頼りにしてくださったということ……そう思っても良いんですよね」
「……そう、かもね。君もマリィも、都合のいい逃げ道なのかも。僕にとってはさ」
なんで、こんなことを言ってしまうんだろう。
リデルは僕に優しくしてくれる。きっとマリィも同じだ。アンジェだって。
オルセンも、ピスケスもそうだった。
――きっと来望も、そんな気持ちを僕に向けてくれていた。
だけど僕はその気持ちに報いることなんてできない。優しさを返せない。
僕は優しくなんてない。人の気持ちを踏みにじるだけだ。
「わたくしは……逃げても良いと思いますよ、ハジメさま」
リデルは、意外なことを口にした。
真面目で、純粋で、正義感の強いリデルが。逃げてもいい、なんて。
「わたくしも自分の出生から逃げ続けて、頭を下げて……そうすれば、気が楽でした。心を閉ざして、自分は弱いからと……心を偽り続けていました。わたくしはなにも努力をしてきませんでした。それでも――ハジメさまに出会えましたから。とても、嬉しいんです。逃げ続けていただけのわたくしを、救ってくださいました」
「そんな……僕は別に、君のこと救ってなんか……」
「なーに言ってんのさ。ボクのことも見つけてくれたでしょ、ハジメは。それにこうして街に連れ出してくれた。ハジメは優しいし、逃げずに戦える人だよ。ボクにはわかる。ずっと見てたんだから」
そう言って、マリィが僕にフォークをさしだす。
「はい、食べよっハジメ。リデルの言うとおりだよ、食べたら嫌なこと忘れられるし、楽しいフリしてたらほんとに楽しくなるかもしれないよ? ハジメはとっても強い人だけど、時々は肩の力を抜いてもいいんじゃない?」
「そうですハジメさま、食べましょう!」
そう言ってリデルは僕に差し出されたマリィのソーセージを横から口で奪いとった。
「おおー、リデルもいい食いっぷりじゃんー。よーしボクも追加頼んじゃうよー、ハジメも食べようよ、ねっ! あーんしてあげるから」
なに!?
あーん、だと……?
それは男の夢。美少女に食べ物を食べさせてもらうなんて高次元の経験じゃないか!
「ふふっ、ハジメさま。良ければわたくしも、はい、あーん」
ふおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!
なんか湿っぽい雰囲気から一気にテンション上がってきた!
僕はジュースを掲げて、お金の力で貸切状態にした店で大声を上げた。
「よーし、豪遊じゃー!!!!」




