第二章4『ドランク・ドラッグ・ドラスティックゲーム』
第二章4『ドランク・ドラッグ・ドラスティックゲーム』
僕とリデルとマリィの三人は大通りから逸れた脇道の隅にある酒場の前に立っていた。
「すみませんハジメさま、わたくしの知る限りではここくらいしか……」
「確かに物騒って感じじゃないねー、ボクには普通の酒場にみえるなぁ」
マリィの言うとおり、物騒な場所自体に縁のなさそうなリデルでは限界ギリギリにガラの悪い場所だろう。
荒くれ者の集まる寂れた酒場という感じだ。頑固なマスターがいて、時々喧嘩が起こる。そんな雰囲気を醸し出している。
「ま、そのくらいがちょうどいいのかもね。でもリデル、たぶん当たりだよ」
僕はちょうど酒場に入っていった客を横目にそう告げた。
「当たり、でございますか?」
「ハジメ、どういうことなの? ボクにもわかるように説明してよっ!」
「今の客、ニオイがしたからさ。リデル、この店を君が選んだのって、こんな噂があるからじゃないのかい? 例えば――クスリの売人が出入りしてるとか」
「なっ――なぜわかったのですか!?」
リデルが口を手で抑えて上品に驚愕した。
「さっきの大通りで、取引してる奴らを見かけたんだ。今入った客も同じ雰囲気を持ってた」
「大通りって、休日でしかも人通りの多い場所で違法薬物の取引なんてするもんなの?」
「木を隠すのは森のなかってね、後ろめたい取引ほど後ろめたい場所でやるってのは素人の考えだよ。それじゃすぐに捕まる、憲兵団もそういう場所はパトロールしてるだろうしね。だからむしろ人が多くて監視の目が行き届きにくい昼の大通りなんて環境のほうが、悪い奴が紛れ込むにはちょうどいいのさ」
「なるなるー」
マリィが納得して手をポンと鳴らした。
「では、すぐに王宮に連絡をして取り締まりを――」
「――いや、それはダメ」
僕はリデルの提案を即座に棄却した。
「なぜですか?」
「証拠がない。王様のお膝元でわざわざクスリを売るってことはそれなりの組織力と信用、販売網と情報網を持ってるってことだ。リデルにも噂が流れるほどなんだ。憲兵だってとっくにこの店のことくらい掴んでるさ。だけど確固たる証拠をつかめずにいるってとこだろうね。大きく動けばすぐに察知されて結局逃げられる。イタチごっこだ」
「じゃあ……ハジメさまはどうするおつもりなのですか?」
「それはこれからわかるよ」
僕は酒場の扉に手をかけた。
と、そのまえに――
「ここからは危険かもしれないから、二人は適当に表通りで買い物でもしてたほうがいいと思うよ。一時間くらいでケリをつけるから待ってて」
「やだ、一緒にいくっ!」
マリィが即答した。
「マリアンヌさまの仰るとおりです。わたくしもお供いたします」
リデルも同じようだ。
薬物の話題が出てから、リデルの目には正義感の炎が浮かんでいる。
許せないのだろう、王の収めるこの街に犯罪がはびこっていることが。
それにしても二人、か。守りきれるか心配だけど……。
「ま、いいか。じゃあ入るよ」
そうして僕ら三人は酒場に入店した。
中は外観同様、ステレオタイプそのままって感じのバーだ。
カウンターの奥にマスターがいて、木製の丸テーブルには扇情的な格好をした女の子がお酒を運んでいる。
休日の午前中から飲んだくれているゴキゲンな連中のたまり場だ。
マリィは興味津々でキョロキョロと見ているが、リデルは少し震えていた。
僕はリデルの手を握る。
「ひぁ――」
「安心して、リデル。ちゃんと僕が守るよ。怖いなら腕にしがみついててもいいから」
「ハジメさま……! で、では、お言葉に甘えて」
リラックスさせるための冗談のつもりだったけど本当にリデルは腕にしがみついてきた。
あたってる。何がとは言わないけど柔らかい感触が腕にあたっている。
パッとしない小僧一人と美少女二人という珍しい組み合わせに、客達の視線が集まる。
騒がしい店内が一瞬鎮まり帰った。
穏便に行こうと思ってたけど、話しやすそうな環境になったし派手に行こうかな。
「あのさ、『例のもの』が欲しいんだけどこれで足りるかな?」
僕はリデルに借りた銀貨一枚を取り出す。
掲げられた硬貨に客達の視線が一気に集まった。
「小僧、なんのつもりかしらねえが、ここはおめえみたいな奴が来るところじゃねえ。帰って歯ぁ磨いて寝な」
客の中から、リーダー格らしき強面が立ち上がり僕を睨みつける。
「歯なら毎晩磨いてるよ、あんたみたいな汚い歯になりたくないからね」
「あぁ……?」
「粗悪なクスリを使うからそうなるんだよ、貧乏人はつらいね」
「てめえ、死にに来たか」
強面の男が術式回路つきらしいナイフを取り出し、にじり寄ってくる。
「子供相手にナイフって、見た目の割に小心者なんだな、オッサン?」
「てめえ、殺す!」
ついに激昂してナイフを突き出す男。
その瞬間、僕は手に持っていた銀貨に魔力を込めて親指で弾いた。
「――ぅが!!!」
超高速で飛来した銀貨に反応できず、顔面に直撃した男がのけぞり倒れた。
銀は魔導銀ほどじゃないけど魔力を通しやすい物質だ。威力強化はたやすい。
そして男にあたって跳ね返ってきた銀貨と、折れて飛び出した男の歯を僕はキャチした。
「やっぱりねぇ。この歯は残したままだと口内環境に悪影響だったからとっといてあげたよ。親からもらった歯に感謝して、今度差し歯でも作ることだね。で――」
――他の奴らはどうする、僕に歯の治療されたい?
「こ、こいつの顔、見覚えがあるぞ……前に闘技場を半分ぶっ壊しやがった野郎だ……!」
前の決闘を見ていたらしい客がそう言うと、ざわついていた客達は一斉に黙り込んだ。
戦う意思なし。勝てない相手に立ち向かうのは愚かだ。うん、賢い選択だと思う。
「リデル、マリィ。これからが本番だけど、大丈夫? 怖くない?」
「ハジメが面白からオールオッケー!」
「わ、わたくしもハジメさまと一緒なら……」
「そっか。じゃあ今からクスリを売りさばいてる元締めに会いに行こうか」
「元締め? それってどこにいるの?」
「この酒場の奥だよ。たぶん地下に通じる通路がある――そうだな、カウンターの裏」
僕はギクリと顔をひきつらせるマスターを尻目にカウンターに周りこんだ。
棚を調べていると、なるほど簡単だ、小さく術式回路のスイッチがある。
おそらく魔力反応による個人認証の術式が組み込んであるだろう。僕はさっきリーダー格の男から奪った歯に一度魔力を通し、魔力反応を偽装して認証をパスした。
すると2つの棚がすんなりと両側にスライドし、地下への階段が現れた。
「ビンゴ」
「すごい! ハジメ、どうやってわかったの?」
「さっき銀貨を投げた時、何人かはこの棚を見た。普通は銀貨に注目する場面なのにね、理由は簡単だ。僕は銀貨を投げる時『例のもの』を探していると暗示した。知られたくないものの在処を知ってる人間は、その在処を見るわけ」
僕らは地下の階段に足を踏み入れる。
と、その前に。
「ああ、もうこの酒場に迷惑かけるつもりはないよ。ゆっくり休日の朝っぱらから呑んだくれる究極の娯楽を続けてもらってかまわない。あとこれは迷惑代、受け取って」
僕が投げたのは迷惑代としての銀貨――ではなく男の歯だ。
受け取ったマスターは一瞬銀貨かと期待して手の中の物を見ると、驚いてそれを投げ捨てた。
地下への階段を進んでいく。
地下二階程度の深さにたどり着くと、開けた部屋に出た。
四角いテーブルに四人の男がカードゲームに講じていた。なるほど、ギャンブルか。
この男たちが、プロヴィデンスにはびこる反社会組織の元締めってわけだ。
醸し出す雰囲気がさっきまでとは全く違う。売人ではこうは行かない。
「何者だ?」
テーブルの奥に座る初老の男が完結に僕に問うた。
「いや――その顔は闘技場で見た。……あんた、異世界からきた勇者だな?」
「知ってるなら話は早いね」
「何をしに来た……。『戦争』か?」
さすがにマフィアのボス格だけあって無駄口はない。
要点だけをつきつけてくる。
「いいや、暴力沙汰は僕も望んでない。それに君たちほどの男ならわかるはずだよね、本気でやりあったら君たちひとたまりもないだろ」
四人の男のうち左側の一人が立ち上がろうとした。が、奥の男が手で制止する。
この男は冷静だ。なるほど修羅場をくぐってきたのだろう。
おそらく従軍経験がある、天魔大戦を生き残ってきた戦士といったところだ。
「なんの根拠があってここまで来た。俺たちに取り締まられる証拠があるのか?」
「別に取り締まりに来たってわけじゃないよ。僕は一応皇女様の婚約者ってことになってるけど、お国に使えてる気はさらさらないしね。給料ももらってない無職だ。なんなら僕に給料を払って見る? 用心棒として雇うとかさ」
「……いくらだ」
「半分。月々にあんたたちが得る収入の半分なら考えてやる」
「交渉は決裂だな」
「あら残念」
「だが十分な証拠もなしに踏み込んで暴行でも働こうものなら、不法行為を犯しているのはあんたのほうだな」
ああ、正論だ。
リデルが不安そうに僕を見ている。そうだ。暴力団ってのはこれだからなくならない。
弱者を食い物にして、法律の隙間をついて。守られるべき人だけが傷ついていく。
だけど――
「――証拠ならあるんだよね。あんたたちの販売ルートはうまく憲兵から隠されてるけど、輸入ルートはどうかな?」
ぴくりとボスの眉毛が動いた。痛いところをつかれたと言ったところだろう。
「いろいろ考えてたんだ。王様のお膝元であるこのプロヴィデンスで堂々とクスリを売りさばく方法をさ。確かに取引は人混みの中に隠れてしまえば良い。もし憲兵に見つかってもクスリを隠したり処分したりする方法はいくらでもある。だけど輸入は違う……城壁警備隊が物資にスキャンをかけてチェックしているはずなんだ。ここは城塞都市、危険物なんかが持ち込まれたら大変だからね」
「そのとおりだな、だったらなおさら、クスリを売りさばく証拠なんてのは――」
「――魔導銀、でしょ?」
「っ……」
「今、瞳孔が開いたね。じゃあ正解ってことだ。僕もちょっと確証が持てなかったけど、今完全に確信できたよ、ご協力ありがとう」
「あの……ハジメさま」
リデルが口を開く。
「わたくしにはさっぱり状況が飲み込めないのですが……」
「そうだよっ! ボクたちにもわかるように説明してよ!」
マリィも頬をふくらませて追求してくる。
「わかったよ。二人とも今朝、王宮の門ですれ違った魔導銀の運送業者を覚えてる? その従業員の目がちょっとうつろでね、薬物の症状に似てたんだ。それだけじゃない、荷物をスキャンした時、90%の魔導銀と不純物と僕は言った。それはその他の成分を省略したんじゃなくて、本当にわからなかったんだ――」
「そっか!」
マリィには合点がいったようだ。
さすがに素材の性質には詳しい。
「え、え、マリアンヌさまもご理解なさったのですか? わたくしだけですか、飲み込めていないのは?」
「それが普通だよ。リデル、魔導銀は魔力を通しやすい性質を持っている。薄く引き伸ばした魔力風を当てて荷物の内部をスキャンする時、伝導率の違いから魔力風は魔導銀に強く引き寄せられて反応する。つまり……魔導銀に混入された不純物の中身は具体的にはわからないってことだ」
「つ、つまり魔導銀に薬物を混入して輸入すれば見つからないと……?」
「そういうこと。一旦混ぜ物になってる状態から戻してるから、この街で出回ってるクスリの純度は低いんだろうね。粗悪な薬物で歯がボロボロになったりさ……」
「……何が、望みだ?」
ボスは冷静な表情から変わらないままそう短く言った。
だけど僕にはわかる。微細な表情の変化が彼の焦りを表している。
これ以上刺激するのは危険だ。下手をすればマリィやリデルにも危険が及ぶ。
守り切る自身はあるけど、できれば暴力は避けたい。だから――
「――簡単だよ、僕も君たちのギャンブルに混ぜて欲しい」
「何……?」
「別に僕は正義の味方とかじゃないからね、狙いはお金のほうさ。嫌なら君たちに有利な条件を用意してもいい。そうだね、この銀貨」
僕はテーブルの上に銀貨をおいた。
「これが僕の元手だ。この銀貨を僕から奪えた時点で、僕は身を引く。最初の1ゲームで勝てばそれで終わりってわけさ。綺麗さっぱりここのことは忘れて、憲兵団にも告げ口はしない。なんなら僕に給料って名目でお金を払って、守秘義務が発生するって契約書にサインでもさせると良い。僕の証言は裁判での証拠として扱われないかもね。それどころか僕を訴えられるかも。どう、君たちに有利な条件だと思うけど?」
「……おまえ、狂っているのか?」
「どうかな。少なくともクスリはやってないしシラフなのは間違いないね」
「……良いだろう。受けてやる」
そうだ。こうするしかない。どのみちお前たちは追い詰められてるんだ。
僕は一番彼らにとって逃げ道のある選択肢を提示している。
ように、見えるだろう。だから乗るしかない。
それが本当は最も過酷な地獄につながってるとも知らずに。
こうして僕とクスリの元締めとの苛烈なゲームが始まった。




