第二章2『時計塔』
第二章2『時計塔』
「ハジメさま、今日は城下町に行ってみませんか」
太陽が顔を出し、オルセンとピスケスと三人で朝食をとった後、リデルがそう声をかけてきた。
「今日は安息日ですから、朝でわたくしの業務は終わりです。よければ街をご案内いたします」
「それはありがたいけど……せっかくの休日なんだから僕に付き合わなくてもいいんじゃない? もっと遊んだりとか、部屋で休んだりとか……自分の楽しみを優先しなよ」
「ハジメさまとご一緒することがわたくしの楽しみです。ハジメさまはご迷惑なのですか?」
リデルは純粋な笑顔を僕に向けた。眩しい。
良い子すぎて心の怪我れた僕には直視できない。
「……迷惑なわけないじゃないか、リデルがそうしたいならいいよ。行ってみようか」
「はい! では準備してきますね!」
「ごゆっくりー。あ、そうだ。マリィも誘ってみようかな。そういえばここ数日マリィを見かけないけど、どこにいるの?」
「マリアンヌさまも、ですか?」
「え、ダメかな」
「いえ、でも今は……」
目を伏せ、何か考えているリデル。
「どうしたの? 都合が悪い?」
「いえ、きっと時計塔にいらっしゃると思います」
「そっか。まあ一応声かけてみるよ。じゃあまた後で」
「はい、ハジメさま、お気をつけて」
リデルといったん別れた僕は時計塔へ向かった。一度城の中庭に出て、他の場所とは繋がらない特別な道筋を通った先にそれはある。
塔の上には大鐘楼があって、深夜を覗いて三時間ごとに正確に鐘を鳴らしている。さっき一度なったから今は九時過ぎ頃だ。
そうして僕は時計塔の扉の前に到着した。重そうな扉だったが鍵がかかっているわけでもなく、押せば素直にすんなりと開いた。
「ごめんくださーい」
中は薄暗かった。人がいるような気配もない。
上を見る。螺旋状に伸びた階段が最上階の大鐘楼まで続いている。
だけどどうも人のいるようには思えなかった。だったら……。
「地下、かな」
螺旋階段はこの一階の床の下にまで進んでいる。
どうやら時計職人の仕事場というのはこの下にありそうだ。
僕は階段をつたって地下へと降りていく。
てんてんと壁に立てかけられたロウソクだけが視界を照らす薄暗い空間。
僕はその灯火だけを便りに進んでゆく。
妙な感触がする。ぴりぴりと鼓膜が揺れるような。一見気圧の変化かと思うけど、それも違うような気がする。
舌に苦味を感じる。そういえばこの感触はこの世界に転送されてきた時にも似たようなものを味わった記憶がある。
時間と空間が歪む感覚。
どれだけ降りたのかわからない。地表から遥か下に、螺旋階段の終点に僕は降り立った。
ロウソクの灯火ももはや続いておらず、完全な暗闇の中にいた。
「動くな――」
その時、僕の首筋に何か冷たいものが突きつけられた。
動くな、という声。おそらく老人男性の発したものだ。少なくともマリィじゃない。
僕は黙って両腕を上げた。
「小僧、ここは封時結界が張られていたはずじゃ……、どうやって侵入した」
「ふ、普通に階段を降りて……」
「誰が喋って良いと言った!」
そんな理不尽な!
「常人ならば空間がねじ曲がり、螺旋階段を下るうちに元いた場所へ戻っていたはずなんじゃ……小僧、只者ではないな。神器が狙いか……?」
「……しゃ、喋っていいですか?」
「いいだろう、話せ」
「ふぅ……まず。僕につきつけてるその物騒なものをおろしてくれませんか。僕は別に敵意があってここに入ったわけじゃないですよ。時計職人のマリィ――マリアンヌ・ドロッセルマイヤーさんに会いに来たんです」
「マリアンヌに……?」
なるほどね、今の声色と反応でだいたいわかった。
「おじいさん、どうやらあなたがマリィの『おじいちゃん』らしいですね。僕はマリィの友人です。あって話をする権利くらいあるでしょう。そもそも、かわいい孫娘の友達に向かって銃を突きつけるのが時計職人の礼儀ってやつですかね」
「小僧、調子に乗って――」
「――それ、もう弾は抜いたんで意味ないですよ」
「何っ!」
もちろんハッタリだ。
僕は手のひらからコインを地面に落とした。金属音が暗闇に響き渡る。
冷静に聞けば銃弾とは全く違う音だけど、心理的な効果はこの場合同じだ。
一瞬銃を引いて残弾を確認しようとした隙に、僕はすばやく背面に手を伸ばし、銃を奪い取った。
「形勢逆転ですね。だけど老人に銃をつきつけたりしないので安心してください」
「……ずいぶんと無作法な小僧と知り合いになったものじゃな――マリアンヌ」
「あっれー、ハジメじゃん。来てたんだ! あ、今灯りつけるねっ!」
久々に聞く明るい声とともに、僕らのいる空間に光が差し込む。
僕の前には老人と、その隣にマリィが立っているのが見えた。
二人の背後には巨大な歯車や機械の山が積み重なり、道具や素材が積み重なっている。ここが彼ら時計職人の「仕事場」なのだろう。
「この明かり……どこから」
「『空』を見て、ハジメ」
マリィが上方を指さす。すると僕の目の前に信じられないような光景が広がった。
暗闇に満ちた巨大な空間の、遥か天上に銀河の輝きが広がっていた。
「星……こんな地下に」
「地下じゃないよ、ここは一つの閉じたセカイ。神器が観測する無数の異空間の一つなんだー。あの星空みたいに見える光は『時の歯車』、その一つ一つがいろんなセカイの時を刻んでるんだよ」
「世界の時を刻むとか、異空間を観測するとか……『原初と終末の時計』って一体なんなんだ」
神器は古き神々の生きていた神代の遺産だ。
だけどこれほどに大規模で想像もつかないほどの能力を持った神器なんて、聞いたことがない。
「ふん、小僧の頭では理解できんじゃろう」
「もう、おじいちゃん。ハジメの悪口いわないでよ!」
「むぅ……こんな軟弱そうな小僧のどこが良いのだ」
「だってハジメはボクを見つけてくれたんだもん!」
見つけてくれた? どういう意味だ。マリィが僕を見つけたんじゃないのか?
「ここが時計職人の工房だよっ、ハジメ。来てくれてありがとね。今日はどうしたの? あたらしい武器でもなんでも作ってあげるよ」
「いや、ありがたいけどマリィにそこまで頼ったりはしないよ。それより今日はリデルと城下町に行こうと思うんだけど、一緒に行かないかって、誘いに来たんだ」
「ほんとっ!? 行きたい!」
「ならぬ」
乗り気なマリィを、マリィの祖父が制止する。
「マリアンヌ、お前の『使命』を果たすときが近いのだ」
「それはわかってるけど……」
「使命?」
「小僧、お前には想像もつかぬほどの責任を背負っているのだ、時計職人はな。マリアンヌもそれを承知している、そうだな?」
「うん……」
マリィは目を伏せる。
気づいていないのか? マリィは外に出たがっている。祖父なのになんで悲しませるんだ。
それでも本当の家族なのか?
だけど僕はそのことを口にしない。そういう湿っぽいのはスタイルじゃない。
それに他の家族の関係に口出しするなんてれっきとしたマナー違反だ。
僕とマリィはただの友達だ。それならそれなりの接し方をするだけだ。
「だったらおじいさん――僕と一勝負しませんか?」
僕は工房に散らばっていたガラクタの山から拾い上げたアイテムを差し出す。
「生憎ワシは盲目でな」
それはわかってる。暗闇の中でも光の下でも動きに全く変化がなかった。
見えているように振る舞えるほど盲目の状態に慣れているのだ。
そもそもマリィの祖父は、『盲目の時計職人』という称号を持っている。
僕はおじいさんの手にアイテムを持たせた。
「これは……ワシが作った『知恵の輪』じゃな。もしかして小僧、これを解こうとでもいうつもりか?」
「ええ、その通り」
「ちょっとハジメ、これってめちゃめちゃ難しいやつだよ! 見た目は普通の知恵の輪だけど術式回路に魔力を流し込んで形状が常に変化しながら、たった1通りの手順を選び出さないと解けないんだから!」
「マリアンヌの言うとおりじゃ。勝負が成立しておらぬ。仮に解けたとしても何年後か……もっと手早く終わるものに変えても良いのじゃぞ?」
「いえ、これでいいですよ。最初に選んだものがたいてい正解なんです。今からそれを証明してあげますよ」
「ふん……無駄なことを」
「それほど有利な勝負だと思ってるなら、一つ条件を出していいですか?」
「なんじゃ? まさか物理的に破壊することで解決するなどと言い出すのではないだろうな」
「ははっ、そういう乱暴なのは僕の主義じゃないですよ。いえ、マリィの手を借りたいんですよ。だって彼女も外に出たいって言ってたじゃないですか、僕側の人間ってことで」
「えっ、ボクはおじいちゃんのパズル、全然解けたことなんてないよ! 役に立たないよっ!」
「マリアンヌもそう言っておるように、加わったところで影響はない。好きにすることじゃ」
「ずいぶんと自分の孫を過小評価してるんですね。僕はマリィなら解けると信じますけど」
そして勝負が始まった。僕は知恵の輪をマリィに持たせ、後ろから抱きつくように手を回す。
「小僧、密着しすぎじゃ!」
「またまたー、これって手が四本ないと解けないでしょ、見ればわかりますって」
「……ふん、それがわかったところでどうにもならん」
反応を見るに正解のようだ。
さて、僕は密着した状態で背後からマリィにささやきかける。
「マリィ、準備はできてる? 僕の言うことをよく聞いて」
「ハジメ……なんか恥ずかしいよ、おじいちゃんの前で……」
「そういうの正直グッとくるけど今は抑えて。いいかい、君はパズルの解き方の本質を知らないだけで、このパズルを解く方法は知ってる。君は時計職人、あのおじいさんの孫だからね。君こそが一番正解に近い位置にいるんだ」
「う、うん。なんとなくわかるよっ」
「パズルってのはね、どんなものでも『解けるように』できている。難しいってことは解けないって意味じゃないんだ、解けるって意味なんだ。正解は一通りであれ確かに用意されている、いや、一通りしかないからこそ明確なんだよ。作り手が自分の目的をはっきり自覚し、それを実現する才能があればあるほどにパズルの解き方は明瞭になる。逆に才能のない作り手ほど自分が何を作りたいのかわからなくて、道筋がぼやける。解答だって一通りには収まらない。これこそらこのパズルの攻略法なんだ」
「なんか難しいよ……それってどういうこと?」
「どんな鍵でも開ける方法はある、鍵は開けられるために作られる。本当に締め出したいなら扉を溶接すればいい。大丈夫、このパズルはマリィを受け入れる、これから僕の誘導にしたがって……。まず君はパズルをつくろうとしている、そう想像するんだ。とても難解なパズル。術式回路を組み込んで、人々を惑わせる。きっと誰にも解けない。だけど解けないパズルはパズルとして欠陥品だ。必ず答えを用意しなければならない、さあ、君ならどうする……作り手の立場に立って考えるんだ、君の職人としての基礎はおじいさんに学んだはずだよ」
「ボクは……」
僕によって軽い催眠状態に陥ったマリィは、ゆっくりと手を動かし始めた。
手に染み付いた感覚、祖父との修行によって得られた知識。それらがこの知恵の輪を解く方法へ導く最も有効なヒントなんだ。
マリィの動きと呟かれる指示から僕も手を動かし、四つの手で徐々にパズルが開放されてゆく。
思ったとおりだ。才能のある作りてほど、その『一通り』に気づいたときにはすっきりと明快な解き筋を示してくれるものだ。
才能のない作り手だとこうはいかない、コンセプトが右往左往して別解だらけになる。
そして――
ガチャリ。2つの魔導銀の輪が軽快な金属音とともに離れた。
「やった……ボク、おじいちゃんのパズル、初めて解いた」
自分の両手を見て驚きに浸るマリィ。
僕は彼女の手から2つの輪を取り、おじいさんの両手に渡した。
「はい、僕らの勝ちです。お孫さんは才能ありますよ、僕らが思うよりずっと」
「……マリアンヌ」
「は、はい!」
「夜には帰って来い」
「うん、ありがとっ、おじいちゃん!」




