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第二章0『自分を知ること、信じること』

 闘技場でのオルセン卿との決闘と、いきなりの婚約騒動から数日が過ぎようとしていた。

 いろいろとありすぎてひきこもりの体力はとっくに限界を迎えていて、とにかく僕は休みたかったのだが……。


「ハジメ殿、ハジメ殿―!」


 そう簡単にはいかないようだった。


「ハジメ殿、なぜ私を無視するのだ! どうか私と再び戦ってくれとこうして頼んでいるのに!」


 あれからオルセン卿は毎日あきもせず僕につきまとい、再戦を要求している。

 オルセン卿は気絶していたから知らなかっただろうけど僕はそのあとに洒落にならないくらいギリギリの戦いをしたのだ、もう一ヶ月は戦いなんてしたくないのに。


「あの、ハジメさま。さしでがましいことを言うようですが、オルセン卿の申し出をお受けになっては。はっきりと結果を出したほうが後腐れもないかと」


 リデルは僕にそう耳打ちする。


「リデルは優しいね。でもそういうのって本人のためにならないんだよ。一回負けたら認めるのが男らしさってものでしょ」


「そうでしょうけど、ハジメさまはとてもお力がお有りなのですから、前回のように作戦勝ちに見える戦い方ではなく真正面から完膚なきまでに叩きのめしてはどうでしょう?」


「なんかそれはそれでえげつないね……」


 優しいことを考えつつ言ってることは過激だ。


「そうだ、私が望んでいるのは真正面からの真剣勝負なのだ」


 オルセン卿もリデルの提案に乗っかってきた。


「はぁ……あれも僕の本気の一部なんだけどなぁ」


 卑怯くさく見えるかもしれないけどあれが僕のスタイルだ。

 勝てばいい。相手の心の弱さを執拗についてでも、勝てばいい。

 心を鍛えなかったほうが悪い。何かを背負っている人間ほど弱い。騎士団団長ともくれば家柄や地位、人間関係など様々なしがらみや責任にがんじがらめだろう。

 それに引き換え僕は引きこもりだから、失うものはない。だから強い。


「しょうがない、勝負を受けるよ」


「おお、それでこそ勇者だ!」


 調子のいいことを言うなぁ。


「だけど条件がある。公式な決闘じゃないから大事にはしない。あと、勝負を受けた側の僕が競技形式の決定権を持つ、いいね」


「……良いだろう」


 オルセン卿は一瞬考えこんだが、これまで無視されてきたのを見るとこれ以上の妥協は引き出せないと見て交渉を破棄した。

 賢い選択だけど思う壺だ。


「じゃあ勝負はこれ。コイントスだ」


 僕はポケットからコインを取り出す。


「このコインを僕が投げるから、地面に落ちた時上になる面を互いに予想する。表か裏、当てたほうが勝ち。いい?」


「コイントスだと!? ふざけているのか!?」


「騎士のくせに二言があるの? 君が嫌なら僕の不戦勝ってことでいいんだけどな……まさか皇国随一の英雄オルセン卿が勝負から逃げたなんて噂になったら……」


「くっ……しかたあるまい、受けよう」


 はい。

 今まさに僕の勝ちが決定しました。

 相手のペースに飲まれて、不利な条件を飲むなんて「正々堂々」なんかじゃない。

 ただ愚かなだけだ。自分の勝ちの芽をどんどん摘まれていることに気づかないのか?


「だが――そのコインに細工がないか確かめさせてもらう」


 さすがに最低限の慎重さはあったか。

 オルセン卿は僕からコインを受け取り、まじまじと見つめ、魔術か何かでスキャンまでかけていた。


「心配しなくても普通のコインだよ。模様が表、数字が裏ね」


「確かに仕掛けなどはないようだな。よし」


「心配なら、投げるのはリデルにやってもらおうか。コインの表裏を当てるのはオルセン卿、君でいいよ。僕はその反対側に賭ける」


「ふぇ、わたくしが、ですか」


「ふむ、ハジメ殿にずいぶんと従順とはいえ、リディエルも我が国の名誉ある臣民の一人。どちらかに肩入れすることはないと信じよう――裏切れば、わかるな?」


「ひぃ……」


 ジロリと睨みつけるオルセン卿に涙目になるリデル。


「決まりだね、じゃあ始めようか。リデル、コイントスお願い」


 僕はリデルにコインをポイと投げ渡した。わたわたと受け取るリデル。

 この不器用さならイカサマなんてできないだろうとオルセン卿も納得したようだ。


「あ、そうだ。一応言っとくよ、オルセン卿、君は負ける」


「何だと……?」


「君ねえ、この勝負は全部僕が仕組んで、君は頷いただけなんだよ? 相手のペースに載せられてまんまと得意な領域に引き込まれたわけだ。いやはやチョロいねえ……」


「貴様……やはりイカサマを」


「はてさて、どうだろうね。あ、当然だけどイカサマしたことがバレたら即敗北だよ。もし君がイカサマに『気づけたら』、僕は不名誉な敗北を喫するというわけだ」


「なるほど……バレない自信があるということか」


「バレなきゃイカサマもまかり通るからね、これは真剣勝負だから」


「ふん、良いだろう。受けてやる。リディエル、投げろ」


「いいよ、リデル」


 僕とオルセン卿が合意に達し、ついにコイントス勝負が始まった。

 リデルの親指がコインを弾き、コインが空中に踊り出る。


「ふっ!」


 オルセン卿が呼気とともに空中のコインをくわっと見開いた目で睨みつけた。

 僕には何をしているかわかる。『知覚加速ニューロスタンピーダー』だ。

 感覚器官、神経、そして脳細胞の働きを加速し、コインを見ている。

 コインの重さ、回転数、落下速度。それらを考慮すれば、落下した時の表裏を計算し、導き出すことが可能だ。オルセン卿なら出来るだろう。

 彼は優秀な騎士。魔術も、普通のお勉強もとびきり堪能に違いないのだから。


 そのプライドが君を自滅させる。


 僕にも見えている。『知覚加速』によってコインの状態を見て、予測された結果は『表』。

 だけどオルセン卿は加速された思考の中でこう考えている。この勝負には『裏』があると。

 僕は言った「イカサマしたことがバレたら~」と。それはオルセン卿にとって、遠回しにバレないイカサマを仕込んだという宣言と同じ意味を持つだろう。

 そしてオルセン卿はこう考えている。本当にこの結果を信じていいのかと。

 自分が『知覚加速』で表裏を見切ることが目の前の小僧の計算に入っているのならば、結果は『裏』になる。

 僕が言った「君は負ける」という言葉が現実のものとなる。迷っているはずだ、自分の判断が正しいのか。前回の敗北という経験もその思考を強める要素になる。

 果たして目の前の小僧に自分の能力は通用するのか?


 残念ながらオルセン卿、君は自分を疑った。その時点で負けなんだ。

 僕はイカサマなんてする必要はなかった。ただ、彼にこうイメージさせるだけで良かった。

 「自分は負ける」と。

 人間の想像はやがて現実となるんだから。


 ダメ押しだ。僕は加速された時間の中で、オルセン卿に微笑みかける。

 苦々しげに唇を噛むオルセン卿。確信に至ったのだろう。「ハメられた」そして――


「――裏!!!」


 『知覚加速』が解け、コインはちゃりんと小気味いい音を立てて地面に落ちた。

 リデルがしゃがみこんで結果を確認する。


「……表、です。勝者はハジメさまです!」


「なん……だと……。貴様、イカサマをしなかったのか」


「言っただろ、オルセン卿。君は負ける。その考えに囚われて自分を信じられなかった君の負けだ。イカサマなんてする必要はない」


「確信していたというのか。私が自分の考えを曲げ、反対の答えを宣言すると」


「まあ9割くらいね。でも君が自分に自信を持ってた場合でもまた別の方法をとってただけさ。コイントスという勝負を受け入れた時点でどうあがいても君は確実に負けていた」


「……くっ」


「これでもまだ認められないの? 力とか速さじゃないんだよ、勝負ってのは強いか弱いかで決まる。君は弱い、だから負ける、何度やっても結果は同じなんだ」


「は、ハジメさま、それはさすがに……」


 言い過ぎに感じたのか、リデルが僕を止めようとする。


「よい、リディエル。ハジメ殿の言うとおりだ……私がまだ未熟だったのだ」


 が、僕を止めようとするリデルを、逆にオルセン卿が止めた。


「ハジメ殿、感謝する。私の見苦しい再戦の要求を受け入れてくれた。私の弱さがはっきりとわかった……」


「ああ、そういう湿っぽいのいいから。もう眠いし寝るよ。お休み、オルセン卿。リデルも今日はもう良いよ、部屋には一人で戻るから」


「あの、ハジメさま、ご就寝にはまだ早いのでは……」


「そうだね、だけど早く部屋に戻って戸締まりしないと、いろいろ厄介だから」


「厄介、でございますか?」


「じゃ、おやすみ二人とも! 明日は安息日なんだよね、ゆっくり休んで! 僕は毎日休日みたいなもんだけどさ!」


 きょとんとして顔を見合わせるリデルとオルセン卿を置いて、僕は自分に貸し出された客人用の部屋に駆け足で戻った。

 夜はまだ浅い。リデルの言うとおり夜型人間の僕はもっと起きていられるんだけど……。

 早く帰らないと「侵入者」に部屋を選挙されて大変なこととなる。

 僕は慌てて扉を開けた。


「遅かったな、旦那様。わらわはもう準備できておるぞ?」


「遅かったか!」


 客人用の豪華なベッドに腰掛けているのは、アンジェリーク・カーラ・セラエティア第三皇女その人だった。

 スッケスケの防御力皆無なネグリジェを着て、細い両腕にハートマークの描かれた枕を抱えている。

 一応、僕の婚約者ということになっている。


「えっと……お邪魔しました。部屋間違えました」


「おっと逃がさん!」


 僕は他人を装って扉を閉めようとしたが、疾風のような動きでアンジェリーク皇女が阻止し、僕の腕を掴んで部屋へ引き込む。

 ドアが閉まる。すかさず鍵を占めるアンジェリーク皇女。


「あのね、アンジェリークさん……」


「アンジェと呼ぶが良いと、何度も言っておろう。我々は婚約者同士なのだから、遠慮はいらぬ」


「わかった。アンジェ。僕らが婚約者だって現実はそろそろ受け入れることにするよ」


「おお、ではさっそく――」


 僕をベッドに誘おうとするアンジェ。

 僕は必死に抵抗する。


「いや、婚約者だっていうのはわかったけど、だからってイキナリ行為に持ち込もうとするのってちょっと段階をふっ飛ばしすぎだと思うよ僕は!」


 あった当日にイキナリ婚約者ってのも現代人的には早過ぎると思うけど。

 セラエティアならそういうのもなくはないかなと、理解を示したとして……だけど納得出来なことがある。


「婚前交渉っていいの? セラエティア皇室の貞操観念どうなってんの?」


「当人同士が良ければそれで良いのじゃ」


「少なくとも僕は拒否ってるんですけど!?」


「口では嫌がっていても体は正直だな……わらわは一回こう言ってみたかった」


「助けて! この娘、心の中にオッサン飼ってる!」


 ベッドの上に追い詰められ、徐々に迫られる。


「心配するな、わらわは剣の扱いでは世界一じゃ。その技術を見せてやろう」


「シモネタだよね、皇女様なのにシモネタっていいのかなぁ!?」


「もしかして鞘に隠れておるのか? ふふ、抜刀術も得意じゃ、わらわに任せよ」


「乗っかるのかよ! っていうか僕は別に鞘とかないから、ほんと、マジで常に抜刀してるスタイルだから!」


 何の話だよ。

 そうこうしているうちにベッドの隅にまで追い詰められた僕。

 アンジェは僕に覆いかぶさり、体を密着させてきた。

 うっ。柔らかい。

 少し前にマリィの体を触ったけど、やっぱり女の子って全然違う素材でできてるみたいだ。それにいい匂いもする。

 マリィよりも肉付きが良くて、適度な筋肉で引き締まってて、体格も僕と同じか少し小さいくらいだから、なんだか包まれているみたいだ。


「……ならばこうして抱きしめるだけというのは、嫌か?」


「……いいよ、それなら」


「自分に自信が持てないのじゃな、旦那様」


 それは僕がさっき、オルセン卿に言った言葉だ。


「もしかして見てたの、さっきの勝負」


「愛する旦那様のことじゃ、何でもわかる」


「そういうの、僕の世界ではストーカーっていうんだけどね」


「口の減らぬ旦那様じゃのう。そういうものいいこそが、自分を守るためにするものだと、自分でもわかっているのではないか? ガルドスに言ったことは、御自らに言い聞かせるようにわらわには聞こえたぞ」


「……そう、かもね」


「かもね、か。頑なじゃな、旦那様。わらわはそういう強がりも嫌いではない、男は時に自分の届かない場所に手を伸ばすことも必要じゃ、それが決して叶わぬとわかっていても」


「君になにがわかる……」


「命をかけ、剣を交えたのじゃ。旦那様のことならなんでも分かる、もしもわからないことがあるのなら、これから知ってゆけば良い……。ハジメ、お前様は強い。わらわにはそう言って、抱きしめてやることができる」


 アンジェは優しい声色でそういった。

 そんな彼女の態度や表情は、あの闘技場の時のものとは全く違っていた。

 剣を持って血を流して戦うような人間のものじゃない。

 なんだか深く包み込むようなものがあって。

 僕は思い出した――あの子のことを。

 幼なじみの、来望のことを。そうだ、似てるんだ。アンジェはあの子に。

 包容力があって優しいのに、どこか冷たくて、孤独で、とても強い。


 だから僕は、彼女を受け入れられないんだ。


「きっと君だって本当の僕を知れば、嫌いになるよ」


「……本当の自分、か。旦那様はいま、ここにいる。わらわがこの腕にしっかりと抱きしめておる。それでは不満か?」


「……ううん。ごめん」


「もう眠るが良い。わらわが子守唄を唄ってやろう」


 そう言って、アンジェは僕の頭をなで、歌い始めた。

 きれいな声。安心する声。

 来望も歌が上手だった。彼女の声を聞くと、安心できた。今もそうだ。

 僕はゆっくりと夢に落ちていく。


「明日は安息日じゃ、ゆっくりと、今はただ、心地良い夢を――」





      第二章0『自分を知ること、信じること』

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