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第一章9『剣姫』

剣姫つるぎ?」


 僕がリデルに、オルセン卿に関する情報を聞き出している時のこと。

 その呼び名を聞いた時だ――何か心に引っかかるものを感じたのは。


「それがオルセン卿の想い人ってわけか。やっぱり美人なんだよね」


「はい、お姿をお見かけしたことが何度かあります。皇女殿下様がたは皆お美しい方ばかりですが、その中にいて一際輝ける容姿をお持ちになっておりました」


「ふぅん、それってリデルよりも可愛いってこと?」


「ふぇ!? わ、わたくしなどは全く、そんな……比べることすらおこがましいかと」


「そうかな。僕の世界には君みたいな美人はめったにいなかったな」


「ハジメさま……そう言っていただけるのは本当に嬉しいのですが。わたくし、その……お世辞でも本気にしてしまいますから……」


 リデルは顔を真っ赤にしてうつむいた。奥ゆかしい女の子だ。

 お世辞ではないんだけどな。もしかしたらこっちの美的感覚ではリデルは美人に分類されなくて、その剣姫って人は平安美人みたいな顔なのかもしれない。


「それで剣姫さまってのは、どんな人なの?」


「アンジェリーク皇女殿下は、変わったお方だと聞いております。女性にも関わらず幼少期より剣に興味をお持ちになられ、十歳の頃にはこの国に並び立つもののない剣士となったそうでございます。ご姉妹様方は皆結婚しているか婚約していらっしゃる中で今も独身を貫いていられるそうで……噂には男性嫌いとも」


「いや、そういう手合は違うね。男が嫌いんじゃないよ、単に好みの男がいないだけさ。きっと強さを知りすぎてしまったんだね、だから孤独になる。わかる気がするな……」


「それはどういう意味でございますか?」


「リデル、強さって何かわかる?」


「強さ、ですか。……魔術の知識、剣の技術、精神力……いろいろな要素が思いつきますが」


「まあそういうのもあるけど……強さってのは孤独なものなんだ。技術だとかってのは全部後付みたいなもので、一番大事とはじゃない。人間には戦わなければならない瞬間があって、最後には勝ちと負けしか無い……強さはそれをわける最も本質的な概念なんだよ」


「勝ちと負け、ですか」


「勝ったからといって全てが得られるとは限らないけど、負けたものは全てを奪われる……世界は優しくなんて無い、強さは冷たくて無慈悲で、震えるほど単純で……何をしようと、どこにいようと、逃げ続けても、つきまとう。必ず強さを示さなければならない瞬間がくる」


「でもそれって悲しいです」


「悲しい?」


「わたしは強くありませんから、きっと奪われるばかりなのかもしれません。だけど……それでも誰かから奪い取るよりはずっといいと思えます」


「……そうかもね。人は強くないから優しくなれる。互いを助け合える。だから強さを求めるほど孤独になっていく。きっと剣姫さまも……僕も、ね――」



      第一章9『剣姫』



「わらわの婿となれ、ハジメ」


 アンジェリーク皇女はそう僕に言った。まるで当然のことのように。

 ずっと昔から、それが決まり事だったかのように。


「アンジェリーク皇女殿下……!」


 今まであまりのことにあっけにとられるままだったオルセン興が僕らの間にわって入る。


「このような素性の知れぬ小僧に、その貴き心を許すことなど……!」


「ガルドス」


「はっ……!」


 アンジェリーク皇女はオルセンを一瞥する。まるで養豚場の豚を見る目で。

 確かにあの皇帝の娘だ。似ている。心のなかに相手がいない。

 そしてアンジェリーク皇女は跪いたオルセン興の頭の上に、ヒールを履いた足を載せた。


「貴様は畜生にも劣るな。強さを知らぬままで騎士を名乗るなど、おこがましいとさえ自覚できぬまま……呼吸することを恥じよ」


 その高貴な容貌から想像もできないめちゃくちゃな暴言を吐く皇女殿下。

 放出される圧倒的な気配に、僕もただ立ち尽くすだけだ。止めることもできない。


「皇女殿下……どうかお許しを……」


「赦しは人に与えられるもの。貴様に与えるのは――敗北だけだ」


「ぶへっ!!!」


 皇女さまの蹴りによってオルセン興が数メートルも吹っ飛んだ。

 それほど力を入れたように見えなかった。あまりに鋭く重い蹴り。

 オルセン興は白目を向いて気絶していた。救護班が担架をもって場内に入ってくる。


「邪魔者は消えたな、では本題に入るとしよう。お前様よ、わらわと斬り合え。その強さを見せよ」


「……あの、本当に申し訳ないんですけど疲れてるんで」


「わらわに嘘は通じぬ。先刻の戦い、お前様は遊んでいたな。天と地ほどの差があったにも関わらずなぜ一瞬にして討ち果たすことをしなかった」


「僕は相手の実力を侮ったりしませんよ。幾重にも保険をかけて勝てる方法をとっただけです」


「本当にそうかの? わらわには情けをかけているように見えたがな、あの弱さといえど奴はこの国の英雄と呼ばれておる。大方その面子を潰すことが心苦しかったのであろう?」


 ……見透かされている。「嘘は通じない」というのは嘘じゃなさそうだ。

 もちろんオルセン興にとった戦法は決して相手を侮ったからじゃない。

 僕自身が本調子になりきれていないことを考慮して、安全に勝てる方法をとったに過ぎない。

 だけど今一度自分に問う。

 僕は彼に情けをかけたのか? 僕の心に彼を守ろうという気持ちがあったのか?

 僕自身はそうは思ってない。だけど結果的に良い勝負を演じることが出来た……。


「お前様は戦士に対する尊敬をガルドスに語ったそうじゃな。だか全力を見せぬことは礼儀に反するのではないか? それではあの豚も浮かばれぬだろう」


「……僕は――」


「もう語らずとも良い。ガルドスのことなどどうでも良い、そういう強さもある。わらわらが望むことは一つ。お前様の強さを感じることじゃ。この目で、この手で……この心で」


 アンジェリーク皇女は細い剣を構えた。


「アンジェリーク、抑えよ!!!!」


 皇帝が叫ぶ。

 怯えているようだった。その瞳が訴えていた。僕に――逃げろ、と。

 

「父上様よ、もう遅い。構えよ――勇者ハジメ」


 ドッと吹き荒れるように暴力的で、洗練された闘気が皇立闘技場全体を覆う。

 皇帝を含む観客全員がその重圧を感じ、椅子に縛り付けられるように座り込む。

 腰が抜けたのだ。まるで蛇に睨まれた蛙のように。


 反射的に剣を構える。その瞬間強烈な衝撃が僕の腕を襲った。

 身体ごと吹き飛ばされそうなその一撃目に、体制が崩れ、のけぞる。

 あまりに速く、まったく反応すら出来ない攻撃が通り過ぎたのだ。


「よくぞ防いだ。褒めてやろう」


 僕の背後でアンジェリーク皇女が囁く。

 いつの間に回りこまれた。まったく気づかなかった。気づけなかった。

 僕の感覚器官が知覚できる範囲を超えていた。


「ただの男ならいまの一撃目で死んでいた。だから教えておいてやろう、わらわはお前様の命などなんとも思っておらぬ。興味が有るのは強さのみ――それを見せなければ、全てが奪われるだけじゃ」


「――っ!」


 空気ごと切り裂かれるような冷たい感覚。僕はとっさに屈んだ。

 先ほどまで僕の首があった場所を剣が通過する。それも一振りで三往復。

 完全にデタラメな剣速。そして剣圧が周囲の空間を断裂させる。


 命をなんとも思っていないというのは本当だ。僕を殺す気だ。何が婿候補だ。

 結婚したいと思ったような相手を本気で殺しにかかる人がいるか。

 いや、目の前にいるのだ――それが剣姫つるぎ

 アンジェリーク・カーラ・セラエティア皇女なのだ。


 ――やるしかない。

 僕は術式剣を強く握りしめ、空気中の魔素マナを収束する。

 「必ず強さを示さなければならない時が来る」と僕は言った。確信する――今がその瞬間だ。


「術式開放……『時空加速クロノスタンピーダー』起動!」


 剣に内蔵された術式回路に魔力が通い、生身だけで発動させていた今までの魔術以上に複雑な術式が発動する。

 通常の『加速魔術スタンピーダー』は詠唱も術式方陣も必要無く瞬発力を強化できるが、『時空加速』は術式方陣が必要になる。そのかわりになるのが術式回路だ。

 簡易的に方陣を展開して発動する『時空加速』。その効果は術者の時間を引き伸ばし、感覚も動作も高速化出来る。込める魔力によっては何倍にも加速することが可能だ。

 五倍に高速化された僕の剣がアンジェリーク皇女の剣を受け止める。剣速は追いついた。しかし圧力で押される。


「っ――!!」


 重い。

 剣の圧力が違う。こんな細いからだと細い剣でどこからこの力が出てくるのか。

 しかも見たところ、魔術でアシストしているようにも見えない。単純な剣技によるものだ。

 常識というものを全く無視した力。これが――


「――強さ。お前様はこの言葉をどう捉える?」


 僕の剣を圧しながら、アンジェリーク皇女はそう僕に問いを発した。

 精神攻撃ではない、単純に僕の答えを求めている。


「さあねっ……! 勝ち負けがあるだけさ!」


「単純な答えだ。しかし悪くない」


 なんてこともないような涼しい顔で、アンジェリーク皇女は僕の剣を弾いた。

 剣につられて身体ごと後方にふっとばされる。


「この剣を見よ、お前様。剣は曇りなき力の象徴、この刃は命を奪うためにある。お前様にもわかるはずじゃ、研ぎ澄まされた刃の美しさを。わらわはこう思う。強さとは――美しさに似ている」


「なるほどね。だから剣姫……君はさしずめ剣そのものってわけだ」


 心に刃を持つもの。心の強さ。

 僕はかつてそんな戦士を一人だけ、見たことがある。

 天魔王ザハク。天魔大戦最強の男。彼も剣そのものだった。


「それはお前様も同じじゃ。感じるぞ、今は雲がかかっているだけ。情けや人間性、様々なしがらみがお前様を縛っている。だがお前様にそんなものは必要ないはずではないか? 王の本質は孤独……勇者ハジメ。情けを捨てよ」


「……」


「わらわが求めるのはお前様の本質。その心の刃。触れるもの全てを傷つける強さ。ハジメよ――お前様は美しい」


「……そうだね。出し惜しみはしてられないか」


 人間性。情け。しがらみ。確かにそうだ。あのゲームをやっていた時は、そうじゃなかったのに、今はいろんな人と出会って、絆を感じている。

 そのことが僕の剣を鈍らせている。僕が本来の力を出せないのは、きっとこのためだ。

 本当の力を出せば、きっと相手を傷つけてしまう。ゲームなら気にしないで済んだ。

 だけどこれは現実なんだ。そう簡単に割り切れるわけがない。


 だけど。

 彼女は天魔王ザハクと同じだ。王の孤独。それを背負って生きてきた。

 剣を重ねあわせる度に感じる。その重みを。その冷たさを。その強さを。


 だから――


「――後悔するなよ」


 ちょっとだけ本気だす。

 人間性を捨てろ。獣を解き放て。心の刃を突き立てろ。

 魔素が集まってくる。術式回路に魔力が通い、僕の全身に力がみなぎる。

 そして一体化する感覚。僕自身が剣に還ってゆく――


 覚醒する。天魔王と戦った時の僕が。純粋な強さの化身が。

 感覚が研ぎ澄まされてゆく。視覚、触覚、嗅覚、味覚、聴覚、あらゆる感覚を超えた純粋な戦いの感覚が身体を越え、周囲の空間へ拡がってゆく。

 闘技場全体がクリアに感じられる。観客の鼓動、吐息。なにもかもが手の中にある。

 心が消えてゆく。全てを感じること、それは何も感じないことと同じ。


 僕の意識が消えてゆく――

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