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第一章8『決闘~皇立闘技場~』

 男なら一度は命を賭けて戦わなければならない時が来るらしい。

 けど、今は間違いなく、その時じゃないんだろうな。



      第一章8『決闘~皇立闘技場~』



「はえー、これが皇立闘技場かー」


 僕らはレンガ造りの円形の建物の前にいた。既に場内は満杯、会場の外では出店や屋台やらで大盛り上がりだ。

 皇帝の一声で、本当に皇都じゅうの人々が集まってきてしまったようだ。

 城壁に囲まれた皇都のいかに刺激や娯楽が少ないか図り知れるというものだ。

 テレビもネットもない世界ってのは辛いもんだね、ほんと。


「ハジメさま、あと少しで試合開始でございます。急ぎましょう」


「え、ああ!」


 僕らは人混みをかきわけ、なんとか選手用の控室に入った。


「遅かったな、小僧」


 先に待っていたのはガルドス・オルセン卿。騎士団団長にして、不幸にも僕と戦うハメになった相手。

 彼はいかにも高級そうな鎧とロングソードを見せびらかすように立っていた。

 脚が長くスタイルの良いイケメンには悔しいが映える衣装だ。ちくしょう。


「私は貴様を認めない。私が勝ったら、私への無礼と、ビッグ・Dへの勝手な高説を撤回し、わびてもらおう」


「いいよ。じゃあ僕が勝ったらその鎧は売って恵まれない子どもたちに寄付してね」


「貴様、ふざけているのか!」


「いいや、大マジだよ。それ高そうだし、しかも君には似合ってない。有効活用するには売っぱらうのが一番だ」


「後悔させてやるぞ……先に行っている」


 オルセン卿は額に筋を浮かべながら立ち去った。


「あの、ハジメさま」


「なに、リデル?」


「差し出がましいようですが、決闘などおやめになっては……」


「どうして?」


「オルセン卿は本気でした。ハジメ様をなんとしても傷つけにかかろうとしていらっしゃいます……。わたくしはハジメさまが傷つくのは……辛いのです」


「その時は君の治癒魔法で治してよ」


「ハジメさま……」


 リデルは涙ぐむ。本気で僕を心配してくれているようだ。

 大した義理もないのに。この子は本当に優しい。

 その優しさを僕なんかに向けるのは、もったいないし世界の損失だ。


「ごめん、悪い冗談だった」


 僕はリデルの涙を限界までキザったらしく指で拭った。

 また暗示じみたことをするけど、彼女を悲しませるくらいならちょっとくらいやりすぎたほうが良い。

 僕はリデルの肩に手をおいて、顔を近づける。そして囁いた。


「よく聞いて、リデル。オルセン卿には致命的な弱点がある。僕はそれを見つけた。本当に簡単なことなんだよ、そこを突いてやれば勝てる。君はリラックスして、僕の戦いを見ていればいい。この手を離したら君の不安は収まる。いいね?」


「はい……ハジメさま」


 リデルはぽーっとした様子で僕に従った。

 催眠術にかかりやすい子だ。僕だから良かったものの、うまい詐欺師にはすぐ騙されるだろう。

 いや、僕も半分詐欺師みたいなもんか。

 だって嘘なんだから。オルセン卿の弱点とか、全部。


「ではハジメさま、鎧を」


 リデルは昨晩用意していた皇宮の備品の鎧と剣を差し出した。


「せっかく用意してくれて悪いんだけど鎧はいらないよ。動きが遅くなるから」


「え……」


 まずい、また不安にさせてしまう。


「いや、あのね。ちゃんとした理由があるんだ。魔術士同士の戦闘って一撃の威力が高いから直撃を受けたら鎧なんて無意味になるっていうか即死が日常茶飯事っていうか……」


「即死……」


 リデルの不安指数が急上昇中だ、ヤバいぞ!


「つまり、一発もらったらおしまいなことが多いから、回避に専念できるように軽装でいたほうが結局生存確率があがるってことなんだけど……わかってくれた?」


「……では、この剣だけでもわたくしだと思ってお持ちください」


「う、うん。ありが――」


「――ハジメーッ!!!」


 バシンと勢い良く扉が開け放たれ、入ってきたのは小柄な女の子。

 マリィだった。短い両腕に何やら似合わない無骨なものを抱えている。


「作ってきたよ! 術式回路内蔵の剣! 徹夜で!」


 マリィの目の下にはクマができていた。髪もバサバサしている。

 でも普通に可愛いのは美少女の特権といったところか。

 というのはともかくとして、マリィの言っていることは――


「でかした、マリィ! GJ!」


 ――僥倖!

 僕はマリィが抱えていた剣を受け取る。

 一見長さも重さもデザインも特に特徴のない剣。

 だけど目を凝らすとそこには微細な線がびっしりと書き込まれている。これが術式回路だ。

 この世界のマジックアイテムは構造体にこの術式回路を組み込むことで通常の武器や道具と同じ形状や重さを保ったまま魔術士用に改造できる。


「剣を作るのは初めてだから下手かもしれないけど……」


「いいや、かなりいいよ、これ。さすが職人さんだ」


 正直驚いた。確かに名匠の業物といった貴重品には及ばないけど、かなり質が良い。

 基礎的な技術がしっかりしているからこその機能美。

 耐久性も回路の正確性も最高レベルだ。良い剣は見ただけで、持っただけでわかる。


「えへへー、もっと褒めろー」


「すごいよマリィ、偉い!」


 僕はマリィのバサバサの髪をなでた。

 ついでにはねた毛も撫で付けておいた。

 マリィは嬉しそうに眼を閉じた。


「あ、あの……」


「どうしたの、リデル」


「わたくしは、役立たずなのでしょうか……」


 そうこうしているうちに、リデルはぼろぼろと涙を流しながら床にへたり込んでいた。


「あーっ! いや、違うんだよ、その、これは、違うんだ!」


「用意した鎧も、剣も……ハジメさまのお気には召さなくて……わたくしは……無能というしか……」


「気に病まないでリデル! ほら、マリィもなにか言ってやってよ!」


「ボクが天才過ぎるだけだからリデルは何も悪く無いよ?」


 マリィに助けを求めた僕がバカだった。

 リデルはその後大泣きして、なだめるのに試合までの残り時間を全て使うこととなった。

 これで術式回路内蔵のこの剣を試し運転もできず、ぶっつけ本番。

 だけど……。


「マリィ」


「なに、ハジメ?」


「信じてるからね」


「ボクもだよ!」


 問題ない。いける。気がする。根拠はないけど。

 これが信じるってことなんだと思う。


《それでは両選手の入場です!》


 僕は会場のアナウンスと共に闘技場へ入る。

 轟音。

 歓声。音の圧力がビリビリと肌を震わせる。

 見渡す限りの人。人。人。人。人。人だらけ。


 ――つらい。

 大観衆から降り注ぐ視線がつらい。

 僕は引きこもりなんだ。やめてくれ、僕を見ないでくれ。

 いつだって人から隠れて生きてきた。いつだって人から逃げて生きてきた。

 誰かに見られたり、向い合ったり。そんなの僕には似合わない。

 勇者なんてゲームの中の役割だ。僕のものじゃない。現実の僕はただのヒキニート。

 幼なじみの女の子にフラれて引きこもった情けない男なんだよ。

 何が起こっても責任なんてとれないし、何も変えられない。何も救えない。

 僕は逃げ続けるだけだ。今だってそうだ、何も変わらない。


 僕はここに逃げ込んだ。


「どうした?」


 いつのまにか、僕とオルセン卿は広い闘技場の中央で向い合って立っていた。


「顔色が悪いぞ、勇者ハジメとやら。闘技場の熱気に当てられたか?」


 うっ、図星をついてきた。

 案外観察力はあるみたいだ。さすがに騎士団の長といったところかな。癪に障る。


「まだ病み上がりだからね、だけど決闘に支障はないさ。お気遣いどうも。さすがに紳士だね、団長さん?」


「人の神経を逆なでする小僧だな。しかしここでは意味が無い。実力が全てだ。見ろ、貴賓席に皇帝陛下、そして皇子殿下、皇女殿下――皇家の皆々様方がおわしになっているのだ。そして皇都プロヴィデンスじゅうの臣民が見ている。それでも虚勢を保っていられるかな?」


「そうだね、申し訳ない気分にはなってきたな。オルセン卿、君って国の英雄だとかって尊敬されてるんでしょ。そんな中でぶちのめされるのってどんな気分なんだろうね。こんなポッと出の小僧にさ?」


「減らず口を」


「それに君には負けられない理由があるはずだ。そうだな、見たところ君は恋をしている。情熱を秘めた瞳、その視線が向かうは――当ててみせようか。あの皇女様だね」


 僕は貴賓席の中の、一際輝くような美しさを誇りながらどこか冷たい瞳をした女性を小さく指さした。客席からは見えていないだろう。僕とオルセン卿の間でしか見えないし聞こえない。

 そういえば貴賓席にはマリィとピスケスも座っていた。相変わらず何か言い争っているようだ。時計職人ウォッチメイカー十二級祓魔師ゾディアックス、本当に二人ともすごいお偉いさんだったんだな。

 僕の視線に気づいたのか、マリィが大きく手をふってきた。ピスケスも小さく手のひらを見せる。僕も一応手を振り返す。

 その動作が皇女様に対するものに見えたのか、オルセン卿は声を張り上げる。


「貴様、アンジェリーク皇女殿下を愚弄するか……!」


「アンジェリーク様っていうんだ。なるほど、何者も寄せ付けないあの雰囲気。まさに高値の花。僕らの戦いも所詮余興って感じで、退屈に見下ろしてるね。大方、美人だからいくつも求婚を受けているけどその都度ことわって、男なんてくだらないと考えるタイプ」


「貴様に何がわかる」


 順調にオルセン卿のヘイトが溜まっているのがわかる。

 だけど構わず続ける。


「わかるさ、なんでもお見通しなんだ。異世界の人間ってのは心が読めるからね。所謂サイキックってやつさ。君が僕につっかかってきたのは国の英雄という立場を守るためさ、あの皇女様に気に入られるためには真の男じゃないといけない。おおかた、勇者とか言われて調子に乗った小僧を叩きのめした勢いで求婚しようって腹だったんでしょ? ビッグ・Dのことを持ちだしたのもただの口実に過ぎない。だから犠牲なんて平然と言えたんだ、彼の戦いを貶めるような言葉をね」


「……もういい、十分だ。言葉は必要なかったな、貴様は我が剣で潰す」


「理解が速くて助かるよ」


 僕らは互いに背中を向け、数歩距離を取る。

 そしてオルセン卿は剣を抜き、僕を見た。

 僕は最初から抜身の術式剣を左手にぶらさげて相対する。


「どうした、構えろ」


「いや、病み上がりでね、傷ついた右肩がまだ上がらないんだ。だから左手でお相手するよ。安心して、僕は両利きだから」


「後悔するぞ」


「いつもしてるよ。たぶんこれからも」


 そして時は来た。

 会場の外で花火が上がる。歓声がさらに大きくなる。

 熱気は最高潮。そんな中で皇帝が立ち上がり、すっと手をあげると歓声はしんと収まった。


「セラエティアの民たちよ。星神の子らよ。今日は喜ばしい日である。伝説に語られ、あらゆる伝承に記されし勇者、我らはその降臨を夢見てきた。いまその願いが叶う――見よ、ここにいるのが勇者ハジメ。その姿を讃えよ!」


 おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!


 なんだこのノリ。よくわからない。

 観客たちにとっても異世界からきた伝説の勇者っていうのはそれなりに有名なようだ。

 彼らは僕のちんちくりんな姿にも失望すること無く興奮してくれている。こういう言い方はなんかエロっちいけど、まあつまり優しいんだろう、そういうことにしとく。


「そして勇者ハジメの力を我々に示す大きな手助けを買って出たのは、我が神星セラエィア皇国屈指の英雄、騎士団団長ガルドス・オルセン卿その人である! オルセン卿の勇気と忠義を讃えよ!!!!」


 おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!


 なるほどね、王様もうまいことやったもんだ。

 これは個人同士のささいな小競り合いじゃない。というか、一般的な決闘でもない。

 これは勇者ハジメのお披露目式なんだ。異世界の勇者の実力を知るためのイベント。

 そしてその相手としてオルセン卿は模擬戦闘の相手を「買ってでた」形になった。

 こうして互いの角は立たず。英雄の名誉が傷つくことはない。


 僕が勝てば伝説の勇者の価値を証明することが出来る。皇帝も国民も大喜び。

 僕が負ければ、勇者の伝説は信用出来ないものになるが、しかし皇国屈指の英雄オルセン卿への信頼がさらに強くなる。なんせ勇者に勝った男だ。

 皇帝にとってはどう転んでも損はないだろう。政治家ってやつはちゃっかりしてる。


「では両者、向かい合って構えよ。余の投げるこの黒薔薇が地に落ちた時が決闘の開始じゃ。ゆくぞ!」


 皇帝は黒い薔薇を天高く放り投げた。風に乗って舞い上がる薔薇。

 何枚かの花びらを散らしながら、ゆっくりと客席を越えて、僕らの立つ闘技場にまで流れてくる。きっと何かの魔術がかかっているのだろう。

 薔薇は徐々に落下してくる。僕にはスローモーションのように感じられる。

 集中力の高まりを感じる。


 僕とオルセン卿の視線がぶつかり合う。


 そして薔薇は――地につき、はらりと花弁を散らした。


「――っ!」


 オルセン卿は一瞬にして加速し、僕の脳天にロングソードを振り下ろす。

 『加速魔術スタンピーダー』が。このレベルなら当然使えるよね。

 術式回路を組み込まれたことで魔力強化を受け、彼自身の筋力もあって重さを増したオルセン卿の一撃目を僕は右に避けた。

 地面が剣圧でどっと抉れる。すさまじい威力だ。


「なるほどね……」


 ナメていた。騎士は幼少より努力を重ね、その団長ともなると才能と努力、全てを兼ね備えていなければならない。弱いわけなんて無い。

 とはいえ、僕だって生き残るためにはなんてもやってきたんだ。

 本当に相手を侮っていたわけじゃない。油断なんて、するわけがない。タネは撒いた。


 オルセン卿は一撃目の威力を誇ること無く、その後の硬直を全く感じさせない瞬発力で剣を僕の避けた左側に凪いだ。

 実際の剣以上にのびた剣圧が闘技場の壁面に皹をいれる。

 客席は魔術的な見えない防護壁で守られているから安心だけど。僕は安心じゃない。この威力。まともに食らったら身体がバラバラに千切れる。

 殺す気まんまんだ。挑発する僕がいうのもなんだけど、かなり怒っている。


「せいっ!!」


 オルセン卿はその後も隙の無い連撃を続ける。

 しっかりとロングソードの利点を活かし、僕の剣がとどかない間合いを保って。

 さすがに手練、無闇に相手を侮ったりもしない。認めなければ、彼は一流の戦士だ。


 剣圧の凄まじさに、かすっただけで僕に細かい切り傷がついてゆく。

 眼に当たればまずいけど、ほかは致命傷にはならない。

 観客から見れば、僕が一方的に負けているように見えるだろうけど。


 僕はちらりと貴賓席を見る。

 マリィは僕に大きく手を降って声援を送っていた。

 不安そうな顔をしていると思ったけど、彼女は僕を信じてくれているようだ。

 信頼には応えるものが必要だ。


「ふっ!」


 僕は呼気と共に左手で剣を振るい、オルセン卿の剣を受け流した。

 正面から受けたら衝撃だけでダメージを受けるだろう。

 けどどんなに強い力でも流れていく方向さえわかればそれに逆らわず、従うことで受け流すことが可能だ。それが直線的なものであるならなおさらだ。

 呼吸を相手に合わせ、力の流れも合わせていく。


 僕はこれを狙っていた。さっきオルセン卿を挑発したのは「殺気」を出させるためだ。

 強い殺意は思考を硬直化させる。彼の剣筋が単調なのは性格や戦闘スタイルもあるだろうけど、この殺意によるものだ。

 そして殺気は相手に多くの情報を与える。殺意を全く持っていなかったアマルガムと違い、殺気に満ちたオルセン卿の攻撃は先読みしやすい。

 頭ではわかっているだろう、オルセン卿も一流の戦士だ。


 だけどコントロールできない感情は確かに存在する。友人の死。恋心。情熱。

 時には力になるその感情が彼を蝕む。追い込んでいく。


「はっ! はぁあ!!!」


 気合と共に強烈な攻撃を繰り出し続けるオルセン卿。

 そしてそれを紙一重でいなす僕。闘技場の地面と壁はガリガリと削れていく。

 僕は細かい傷が蓄積しつつも最小限の動きでほとんど体力を消耗していない。

 対してオルセン卿は一撃ごとに魔力と筋力を込めて疲弊している。肉体的なものだけじゃない。騎士はこの程度では本格的に動きが鈍ることはないだろう。

 しかし精神的な疲弊が重なれば別だ。「動きが読まれている」。彼の脳内ではこの事実がどんどん拡がっているはずだ。加速度的に、もう止められない。

 タネは撒いた。「僕は人の心が読める」。もちろん嘘、彼の素性はリデルに事前に調べてもらった。皇女様への恋心も知ってて利用させてもらった。

 そして今、彼の心には疑念が芽生える。自分の実力への。「自分の攻撃は、相手に通用しないんじゃないのか?」。自身の喪失が腕を鈍らせる。

 自身を失ったものは命を落とす。当然のことだ。撒いたタネは見事に花を咲かせ、のびた蔓はオルセン卿の心と身体をがんじがらめに縛っていた。


 これが僕らの決定的な差だ。


 僕は自分より圧倒的に強い力を持つ魔族と、ゲームの中とはいえ戦い続けてきた。

 あのゲームは一度死ねばステータスは全てリセットされる。死ぬわけにはいかなかった。

 勝ち続けなければならなかった。そうしなければ意味が無い。

 英雄とか勇者とか、そんな肩書以上に守るべきものがあった。それは自分の命だ。

 卑怯と言われても良い。命を賭けるということは、こういうことなんだ。


 そして僕はこの戦いで最初の一撃を繰り出す。

 同時に、この一撃が最後だ――


 疲弊した状態で振り下ろした一撃の後、ほんのすこしだけ筋肉が硬直する瞬間。

 本人も気づかないであろうその一瞬――そこに剣の一撃を叩き込む。


「ぐぅっ!!!」


 オルセン卿は見事に反応し、それをすんでのところでかわした。だけどもう遅い。かわすところまでも「読み」の範疇だから。

 僕の「一撃」は二段構えだ。

 かわされた剣撃。しかしその勢いのまま僕の左手は背後に回り、そして――剣を右手に持ち替える。

 相手の死角での「スイッチ」。


 タネは撒いた。「――左手でお相手するよ」と。


「――っ!」


 予期していない角度からの剣に全く反応できず立ち尽くしたままのオルセン卿。

 その喉元に、僕の切っ先がつきつけられていた。


 僕の――勝ちだ。


「勝者、勇者ハジメ!!!!!!」


 おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!


 大観衆の、この日一番の歓声が爆発した。


「貴様……嘘をついたのか。その右腕……」


「左手で相手をするとは言ったけど、右手を使わないとは言ってないよ?」


 自分でも思う。完全に屁理屈だ。


「卑怯な奴……」


 オルセン卿は侮蔑の眼差しで僕を見る。

 まだ負けを認められないのか。


「君はさ、戦場で卑怯な手を使われたからっておとなしく死んであげるの? そういうサービス精神が騎士道ってやつなのかな?」


「何だと……!」


「一回の過ちが全部奪い去っていくんだ。そうなったらもう、全部遅いんだよ……大切なものは戻ってこない。残るのは、後悔だけなんだ……」


 オルセン卿は僕の言葉に何を思ったのか、それ以上何も言わなかった。

 ただ唇を噛み締め、地面を見つめている。


「はぁ……やれやれだ」


「勇者ハジメよ!!!」


 貴賓席からよく通る大声で皇帝が声をかけてきた。


「伝説の勇者の名に相応しき見事な戦いぶりであった! 褒美を与えよう、望むもの、なんなりと申してみせよ!」


「えー……」


 特にそういうのは考えてなかった。


「あー、考えておいていいでしょうか?」


「ほっほ、よかろうよかろう。よく考えておくが良い」


「――それには及ばぬぞ」


 ふわり。

 天使の羽が舞い散る。光が僕の視界に差し込んだ。

 なんだ……?


「わらわが直々に褒美を与えよう、勇者ハジメと言ったか?」


 闘技場に、天使が舞い降りた。

 いや、違う。そう錯覚しただけだ。『彼女』の輝きがあまりにも強すぎて。


 僕の目の前に、貴賓席から跳躍して飛び降りた――天使のような美女がそこにいた。

 遠目で見るのとは全く違う。絶世の美女。その言葉がまさに彼女のために用意されたかのようにぴったりと適合する。

 オルセン卿ほどの騎士がご執心になるのもわかる。心を狂わせるほどの美しさ。

 純金色の輝ける長髪。同じく純金色の瞳。氷細工のように透きとおった白雪色の肌。身体の全てのパーツが「美」の概念を具現化したような。エルフでもこれほどにはなれないだろう。

 それが第三皇女アンジェリーク・カーラ・セラエティア。その人が僕の目の前にいる。


 ざわざわと沸き立つ会場の観客。


剣姫つるぎ様だ……剣姫様が降り立たれたぞ……!」


 ぼそぼそと聞こえてくる声。

 剣姫つるぎ。それが第三皇女アンジェリークに付けられた異名。

 この世の何をも凌ぐ美しさを持ちながら、どんな英雄や王子の求婚をも拒んだ皇女。


 その理由は、至極単純だ。


「のう、お前様。先の戦い、実に見事であった。久方ぶりに楽しいという感情を思い出すことが出来た。感謝しよう、異世界の勇者に」


「そ、それはそれは……」


 つかつかと僕に近づいてくるアンジェリーク皇女。


「遠慮するでない、それに褒美はこれからじゃ。お前様よ――」


 僕の真正面に立つ。近い、近いです。

 美女の出す独特の威圧感で僕の心臓潰れちゃいそうです!


「褒美は――わらわ自身じゃ」


 そして皇女様はとんでもないことを僕の耳に囁いた。

 しかも――ドコからとも無くその手に剣を出現させて。転移魔術か、それとも金属粒子を持っていてそれを魔力で再構成したのか。

 今の一瞬ではわからなかったけど、かなり高度な術式に違いなかった。


「勇者ハジメ、これよりわらわと戦い――わらわの婿となれ!」


 第三皇女アンジェリーク・カーラ・セラエティア。

 彼女こそが、神星セラエティア皇国最強の剣士であり、そして存在するはずのない「自分より強い男」に操を建てることを誓った――


 ――皇国の剣姫つるぎ

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