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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

まりあのはる

作者: az

 私の初恋は五歳の時だった。お母さんに呼ばれるまま玄関に顔を出すと、私よりも小さくてかわいい女の子が、綺麗なガイコクジンの女の人の手を握って立っていた。

「隣に新しく引っ越してきた橘さんよ」

 その子のまつげがちゃんと影を作っていて、それがやけに衝撃的だった。その子はくりくりとした大きな目をぱちくりさせて私を見た。ほっぺがふっくらとしててほんのりと紅い。ショートのハニーブラウンはさらさらとしててやわらかそうだった。ああ、お人形さんが動いてるみたいだ。

 お人形さんはお耳まで真っ赤になって口を開いた。

「は、はるです。なかよくしてください」

 悩殺された。一目惚れという言葉を知った時、これがそうなのかとしみじみ思ったものである。

 ハルちゃんとは真向かいの部屋でいつでも窓を覗き込めばお互いの姿が見えた。だから窓ごしに何でもお話したし、お互いの家も行き来した。幼稚園も同じクラスで、ハルちゃんは日本人離れした姿からよくからかわれていたけど、私がハルちゃんをかばったりした。大抵はお人形さんごっこだったり、絵本を読んだり、いかにも女の子らしかったが、恥ずかしがりながら遊ぶハルちゃんは愛らしいとしか言いようがなかった。私はハルちゃんと一緒にいればしあわせだった。ハルちゃんが大好きだった。

 そんな脳みそお花畑の私に待ち受けていたのは過酷な現実だった。小学生の入学式、お母さんと手をつないで行くとハルちゃんがいた。ハルちゃんはいつもと同じように輝くばかりの笑顔で私を迎えたが、それがさらに私の心を砕いた。

 ハルちゃんは男の子の制服を着ていた。ハルちゃんは、男の子だったんだ。

 藤堂まりあ、私の幼くて淡い初恋は、校門に咲き誇っていた桜の花びらとともに散った。



 現在、私の部屋の窓には遮光カーテンが掛けられている。きっちりと閉じられていて、日光を全く通さないすぐれものだ。完全に世界から部屋を遮断し、ヘッドホンで音楽を聞きながらファッション雑誌に目を通す。至高である。

「……ぃ」

 雑誌の女の子はとてもかわいい。ふっくらとしたキュロットからすらっとのびる白い足、たまらん!

「おいって!」

 雑誌をとられた。

「何よ」

 半眼で睨みつけるが、私の攻撃は全く効かないようだ。ヘッドホンもとられてしまった。隙間から流れる音がもの悲しい。

 目の前にいるのは、一般的な女性なら赤面してしまうぐらいの容姿をしている男子だ。女子曰く、すらっとした鼻梁だとか、芸能人みたいに整った顔だとか、とにかく格好いいだとか。が、私には全くそそられない。なんでなんで、あんなに愛らしかった子がこんな風に成長してしまうのだろうか。時の流れは残酷だ。

 つまりは、今目の前にいる人物があのハルちゃんこと、橘春樹である。

「いつも無視するなよな」

 勝手知ったるなんとやら、でハルは自分の家のごとく我が家へ上がり込む。幼い頃からの習慣であって、誤解されるようなことは何もない。

「CDとかマンガなら適当に持っていってよ。一々断りとかいらないっていつも言ってるし」

「あ〜、うん」

 結局それが目的だったみたいだ。私は雑誌とヘッドホンを取り返した。

 本棚を漁るハルに私はふと今日聞いた噂を思い出す。

「そういえば、また新しい彼女とつきあいだしたんだって? ころころ彼女変えるのはいいけど、まぁ、HIVには気をつけてよ」

「なっ、生でなんてしねーよ!」

 赤面しながら出て行った、手ぶらで。ヤリチンのくせに純情なんだよね。


 一見仲良さそうだろう。幻覚だ。ハル、あいつは私の敵だ。

 小学生になってから、私はハルちゃんへの興味を一切無くした。ハルちゃんは寂しがっていたようだけど、それも一瞬のことだった。ハルちゃんはあの容姿の所為か、カリスマでもあったのだろうか、いつのまにか周りに人の絶えない子になった。男の子にも女の子にもおモテになっていたようである。

 私は私で女の子の友達作りに忙しかった。かわいい女の子と仲良くなって、親友になって、もっと深い仲になって、って。なのに、なぜか、現れるのだ。

「まりあのお友達だって? よろしくね」

 ハルはキラキラ王子様スマイルで親友に挨拶をする。私は親友の目がハートになる瞬間を見る。気づいたら私の親友はハルの彼女になる。一度ならまだいい。小学生の頃は、偶然なのだと思ったし、諦めもついた。だが、さすがに中学生になって、五回親友が変わって、元親友がハルと手繫ぎで帰っているのを見て悟った。故意があってもなくてもいい。ハルは——敵だ。私から女の子を奪う悪である。ハルがいたらいつまでたっても私に彼女なんて出来ない。

 わかってしまえば私の行動は早かった。中学での女友達など諦め勉強に埋没した。私は女子校に行く!

 リビドーとは素晴らしいものである。私は難関のお嬢様学校に奨学生として無事入学することが出来た。ハルとはこうして家の中で交流する程度になった。

 そして、高校2年生、涙ぐましい努力で、私にもやっと春がきた。そう、初カノが出来たのである。



「まりあちゃん」

 美奈は天使のような笑みを浮かべた。私もにっこりと笑いかける。美奈にはふわふわという言葉がよく似合う。背も150センチぐらいしかなくて、女の子の理想の結晶みたいな子だ。頭を撫でると擽ったそうに目を細めるのか子猫みたいでかわいい。私は黒の剛毛だからふわふわした髪に憧れる。

「美奈の髪気持ちいい。美奈みたいになりたいなぁ」

「あたし、まりあちゃんの髪も大好きだよ。長いのにまっすぐで綺麗だよね」

「そうかな?」

 褒められるとうれしい。思わずぎゅうっと美奈に抱きついた。やわらかくていい。女の子最高。ざわついている教室の、お昼休みの一時である。女の子同士のスキンシップはよくあることだし、ましてや女子校だ。奇異の目で見られることもないし、楽園だと思う。

「美奈、大好き」

「まりあちゃん、苦しいよ」

「ごめんね」

 慌てて離したら美奈は私の制服をつまんだ。

「違うの、ちょっとだけ恥ずかしかったの」

 本当にこんなに愛らしい子が彼女だなんて、今でも信じられない。

 女子校とはいえ普通の女の子が多い。男子がいない分大っぴらだったりする。恋愛話の情報戦は日常で、目つきは獰猛だ。ハルの名前もよく飛び交っていて、しみじみモテるのだと思う。そんな中で、私は陰鬱な学校生活を送っていた。正直に言おう、友達の作り方を忘れてしまったのだ。女子を遠ざけて一心不乱に勉強した結果、入学して「あれ、女の子との会話ってどうやるんだっけ」状態に陥ったのである。この学園が幼稚舎からのエスカレーターで、外部生は少ないのも私のぼっちに拍車をかけていた。

 美奈は転校生だった。隣の席になって、どぎまぎする私にもにこやかに語りかけてくれて、会話できるようになった。外見も内面も天使だった。

 私ははじめっから美奈にドキドキしぱなっしだった。こんなに胸が高鳴ったのはきっとハルちゃん以来だろう。どんなに女の子が大好きとはいえ、私は恋愛初心者である。親友以上を作ったことなんて、ない。どうアプローチしていいかわからない。

 そんなぎこちない私に告白したのは美奈からだった。放課後公園でアイスクリームを食べた後不意に言われた。

「あたし、まりあちゃんが好きなんだ」

「私も大好きだよ」

「そうじゃなくて」美奈が私の手をぎゅっと握った。「恋愛としての、好き、なの」

 美奈の手は震えていた。私はぎゅっと美奈を抱き込んだ。

「私も、好き」

 美奈からは甘いバニラの香りがした。

 三日前の出来事だ。


 美奈とのお付き合いはまだ友達の延長線上で、放課後クレープ屋によったり、カフェでお話しした程度だ。でも、付き合っているってだけで普段の行為がやけに擽ったく感じられる。もっとお互いのことを知りたい。美奈も同じ気持ちだったのか、もうすぐチャイムが鳴るといった頃、髪をくるくるさせながら美奈が言った。

「あのね、まりあちゃんのお部屋に行きたいな」

 お部屋、それはまさか。

「い、いいよ」

 どうしよう、顔が熱くて美奈を直視できない。かわりに美奈の小さな手にそっと触れた。



 クッションにちょこんと美奈が腰掛けた。それだけで私の部屋が華やかになった。ローテーブルにコンビニで買ったジュースとお菓子を置く。部屋一面の本棚にいささか驚いているみたいだ。

「本、すごいね」

 ほとんどマンガなので苦笑いが浮かぶ。

「美奈は、CDとか聴く?」

「ううん、あんまり」

 美奈は落ち着かないみたいでそわそわしている。私も女の子を部屋に招くのは中学生以来だから、なんだか恥ずかしい。

「ざ、雑誌とか、一緒に見ようか」

「う、うん」

 昨日から読みかけのファッション雑誌を開いた。自分でも無難な選択だと思う。

「美奈って普段どんな服着るの?」

「えっとね。シャネルとかのワンピースが好きだよ。バーバリーのスカートもかわいいよね」

 そうだった、お嬢様だった。

「こ、こんな庶民的な服って、やっぱり微妙、かな」

「ううん。おしゃれだよ。あんまり見たことなかったけど、かわいい服いっぱいあるね」

 美奈のフォローに胸があったかくなる。なんていい子だろう。

「私が欲しいなって思ってるのは」

「まりあ〜」

 ドアが開いた。空気が固まった。浮かれていて完全に忘れていた。なんでこいつ今日に限って部屋に来るの。自己ベストの瞬発力で部屋を出た。

「ハル、悪いけど今日は帰って」

「なんで、友達なんだろ。隠すことなんてないじゃないか」

「彼女だから、私の!」

「……へぇ?」

 ハルはにやりと笑った。

「あっ」

 止める間もなくハルが私の部屋に入る。

「君が、まりあの彼女?」

「彼女なんてそんな……。園枝美奈です。よろしくね」

「よろしく」

 別によろしくしなくていいのに、美奈は黄金の笑顔をハルに向けた。ハルも、極上の笑みを返した。私の部屋がやけに眩しい。


「これがね、これとコーデしたらとってもかわいいかなって」

「まりあ、このマンガの続き読みたい」

「……自分で買え、そして貸せ」

 なんでデートなのにちゃっかりハルが居座っているんだろう。気を取り直してページを捲る。

「この映画さ、おもしろそうじゃない? 明日行ってみようよ」

「まりあ、お茶のみたい」

「……ほら」

 飲みかけのペットボトルを放る。

「まりあ」

「なんたって!」私は床をたたいた。「邪魔するかな。用事終わらせてとっとと出て行ってよ」

「美奈ちゃん、だっけ。俺は邪魔?」

 即座に首を横に振る美奈。ハルは勝ち誇ったように私を見た。さらに美奈の隣に座って顔を近づける。

「君がまりあの彼女だなんて残念だな。フリーだったらアタックしてたのに」

「ちょっと!」

 何口説き始めてんのよ。自分だって彼女いるくせに。そう思ったのに声が出なかった。美奈が私を押しのけ、ハルの手をぎゅっと握りしめたからだ。

「あたし、まりあちゃん大好きだけど、橘さんとも仲良くしたいです」

 潤んだ瞳、その意味を私は知っている。すっと頭が冷えるのを私は他人事のように感じた。過去の『親友』が『彼女』になっただけじゃないか。

「仲良く、ね」

 ハルは目を細めた。

「君だろ。数ヶ月前探偵雇って俺の周り探ってたやつ。ストーカー」

「!」

 美奈の顔が強ばった。

「バレバレなんだよ。まりあを誑し込めばどうにかなるとでも思ったのか」

「ストーカー?」

「だって、橘君、遊びでじゃないと女の子と付き合わないじゃない」

 ハル、最低野郎だ。

「あたしは、そんな女の子よりももっと橘君と親密になりたかったの。仕方ないじゃない」

 だからわざわざ調べ上げて、転校して、まりあちゃんに近づいたのよ。ほろほろと溢れる涙に手を伸ばしたくなる。

 そんな私を美奈がキッと睨んだ。見事な豹変ぶり、ハルに近づくための策略は女の子特有の陰険さだ。そんなところも好きかも。でも美奈の心が私に向くことなどないのだ。胸が張り裂けそうだ。

 一番悲しかったのは去り際の美奈の言葉だった。

「気持ち悪いのよ、レズ」

 その台詞に、ダムが崩壊したみたいに涙が出てきた。私の性癖が特殊なことぐらい知ってる。女の子が女の子を好きなのはおかしいんだ。

「泣くなよ」

 ハルがそっと私を抱き込んだ。固い胸板に、ああ、やっぱりやわらかいほうがいいなぁと思う。

「気持ち悪いって」

「そんなことないよ」

「女の子が好きなだけなのに。なんでだろう」

「俺にしとけよ」

「台詞がベタすぎ。男だし」

 頭を撫でる手も大きくて無骨だし。やっぱりないなぁって思いながらハルをぎゅっと抱き返した。



 朝、学校に行ってみると何故か私とハルが付き合っていることになっていた。しかも祝福モード全開で。

「おめでとう。長い初恋が実ったんだってね」

「熱烈な告白だったんだって? うらやましい」

「美男美女カップルなんてすてきですわ」

「実は藤堂さんに前から憧れてたの。ずっと話しかけられなかったんだけど、よ、よろしくね」

 なぜか、友達も出来た。

「というか、私ハルとなんて付き合ってないですが」

「恥ずかしがらなくてもいいよ!」明るく私の背中をたたく女の子、普通にかわいい。

 呆然と立ち尽くす私に、なきはらした美奈が詰め寄った。

「何よ、あたし完全に当て馬じゃない。橘君が彼女を紹介するってこれまでなかったのに……。何よ、女の子が好きだったんじゃなかったの。詐欺じゃない。何よ、何よ。まりあも、好きだったのに」

「えっ」

 聞き返そうとして顔を上げた私の目に映ったのは、走り去る美奈の後ろ姿だった。手を伸ばすも人垣に阻まれる。待って、誤解。

 たくさんの愛らしい女の子が私を囲って微笑む。おめでとう、おめでとう。周りからの声に、感極まって笑いながら万歳をしたくなった。

 これじゃ、もう、彼女は で  き   な    い     。



\(^o^)/

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― 新着の感想 ―
[一言] 短時間で二人の人となりがつかめ、全体を通して楽しく読ませていただきました。 特に最後一行と顔文字とでは思わず笑いが。前途多難。 でも美奈が豹変した後、「そんなところも好きかも」と言えてしま…
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