07 偽りの
「だから、本当に私が海へ帰ればいいと思ってる?」
「当たり前だよ」
……嘘だ。出来ることならば放したくない。今まで出会ったどの人魚よりも美しくて、儚くて。ガラス細工のような脆さを伴うヒカリは、いつの間にか僕にとって、そこにいて当たり前の存在になっていた。
けれど僕は嘘をついた。
「人魚は海の生き物、人間は陸の生き物。僕達は違うんだ。君は、海にあるべき存在なんだ」
「私がここにいてはだめなの?」
「海はこんなケースよりも広くて自由だ」
僕の喋る言葉は棒読みで、まるで機械のようだった。対してヒカリのそれは、僕の心をいっそう不安定にさせるだけの力をもっていた。
「自由なんて別にいらない。私、これで満足よ」
「馬鹿言っちゃいけない。決まりごとなんだ」
それでもヒカリは食い下がる。
「私、本気よ。ねえ、そんなに……そんなに私のこと嫌い?」
僕はぎくっとした。手を水で冷やしながら、僕は弱々しくなった声で答えた。
「嫌いなわけないよ。けど……」
「けど、何?」
気まずい沈黙が流れた。ほんの三〇秒ほどだっただろうが、一時間以上経ったように思える。
「そうよね。私はあなたにとって、たくさんいる可哀想な人魚のうちの一人でしかないんだわ」
水から手を抜き、僕はヒカリの頬に直に触れた。普段水中で生活している彼女達にとって、僕達の体温は高すぎるのだ。
「卑屈になるな。……ここの近くは海だ。毎日は無理でも、会いに行くよ」
冷やしてほとんど感覚の無い手に、何か熱いものを感じた。
「本当?」
「ああ」
「絶対にまた会える?」
「もちろん」
「約束よ」
「ああ、約束だ」
短い会話を仕組まれたように話し、僕達は指切りをした。ヒカリの手はすっかり大きくなった。二ヶ月前は愛らしい紅葉のような手だった。今は長く綺麗な指が美しい大人の手だ。




