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人魚姫  作者: 沖津 奏
7/11

07 偽りの

「だから、本当に私が海へ帰ればいいと思ってる?」


「当たり前だよ」


 ……嘘だ。出来ることならば放したくない。今まで出会ったどの人魚よりも美しくて、儚くて。ガラス細工のような脆さを伴うヒカリは、いつの間にか僕にとって、そこにいて当たり前の存在になっていた。

 けれど僕は嘘をついた。


「人魚は海の生き物、人間は陸の生き物。僕達は違うんだ。君は、海にあるべき存在なんだ」


「私がここにいてはだめなの?」


「海はこんなケースよりも広くて自由だ」


 僕の喋る言葉は棒読みで、まるで機械のようだった。対してヒカリのそれは、僕の心をいっそう不安定にさせるだけの力をもっていた。


「自由なんて別にいらない。私、これで満足よ」


「馬鹿言っちゃいけない。決まりごとなんだ」


 それでもヒカリは食い下がる。


「私、本気よ。ねえ、そんなに……そんなに私のこと嫌い?」


 僕はぎくっとした。手を水で冷やしながら、僕は弱々しくなった声で答えた。


「嫌いなわけないよ。けど……」


「けど、何?」


 気まずい沈黙が流れた。ほんの三〇秒ほどだっただろうが、一時間以上経ったように思える。


「そうよね。私はあなたにとって、たくさんいる可哀想な人魚のうちの一人でしかないんだわ」


 水から手を抜き、僕はヒカリの頬に直に触れた。普段水中で生活している彼女達にとって、僕達の体温は高すぎるのだ。


「卑屈になるな。……ここの近くは海だ。毎日は無理でも、会いに行くよ」


 冷やしてほとんど感覚の無い手に、何か熱いものを感じた。


「本当?」


「ああ」


「絶対にまた会える?」


「もちろん」


「約束よ」


「ああ、約束だ」


 短い会話を仕組まれたように話し、僕達は指切りをした。ヒカリの手はすっかり大きくなった。二ヶ月前は愛らしい紅葉のような手だった。今は長く綺麗な指が美しい大人の手だ。


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