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人魚姫  作者: 沖津 奏
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01 プロローグ

 世間では、遺伝子操作という科学のなせる技だと騒がれている。

 この世に人魚が生まれたのは、五年前の秋のことだった。第一号、ナンバーAx-12h96の誕生は世界を震わせた。その人魚は女で、『模造宝石』という意味のズィーミリと名付けられた。遺伝子操作されているためか成長は早く、世界に公開された時にはもうかなり育っていた。

 僕も世界規模の製薬会社社長ということで、招待されてアメリカまで行った。始めて見るそれは確かに美しかったけれど、どこか不気味だった。白い肌、金の髪、大きな青い瞳。下半身は見事に魚だったが、絵に描いたような青い鱗ではなく、濁った灰色の『皮膚』で、ずんぐりしていた。イルカとかジュゴンら辺をくっつけたような感じだ。



「ハロー、ミスター樺島。どうだ、我々のチームの努力の結晶!美しいだろう?」


「ああ、ドクター・ロック。お久し振りです」


 ドクター・ロックは研究チームの主要メンバーの一人だ。僕の会社とは父の代から付き合いがある。


 発表会は退屈でよく分からない説明ばかりだった。だから人魚の何をどうしたとかいうことは分からない。


「はるばる日本から来てくれて嬉しいよ!ゆっくりしてってくれ」


「はあ、おめでとうございます」




 この後数ヵ月してズィーミリは死んでしまった。生殖機能はなかったし、一代限り。世界中が悲しんだ。しかし要領を得たチームは次々と改良を重ねて、一年以内に生殖可能な人魚をつくった。基本的には女―つまりマーメイド―が生まれるが、男―マーマン―も生まれるようになった。これが、四年前の話。


 それからは世界は狂ったように人魚に傾倒していった。青い理想の尾を持つ人魚をつくり、大気中でも呼吸可能にした。


 そもそもなぜ人魚をつくったのか、きっと誰も分かっていない。


 最初は研究室の生き物だった彼らは次第に高値で売られ、上流階級の人々の間では、美しい人魚を飼うのが流行った。

 言語能力があることも一つの魅力だったのだろう。何人か知り合いに見せられたことがある。美しいのだが幸せそうではなかった。歌が好きな彼女達が奏でるメロディーが知り合い達の自慢だった。しかしよく耳を澄ませると、それは悲しみの旋律に変わった。これが、三年前のこと。




 ある時地震が起こった。太平洋の孤島が震源のそれは、死傷者はゼロだった。しかし運が悪いことに、そこには人魚の研究施設があった。飼育ケースが壊れ、二人の人魚が逃げた。男と女だった。彼らこそまさに海の世界のアダムとイヴ。しばらくすると世界中で人魚が確認された。これが、二年前のこと。


 各国政府は捕獲を行ったが、動物愛護団体と人権団体が立ち上がった。そこで更にこの両者が、人魚は人か動物かで争っていた。三つ巴でぐだぐだな状況。


 しかしチームの公表によると、人魚は必ずしも生態系に悪影響を与えているようではなかった。詳しいことは現在も調査中だが、『捕れなくなった魚が捕れるようになった』とか、『サンゴが生き返った』とか不思議な事例が報告された。溺れた子供を助けてくれた、なんてのもある。マーマンが少ないこともあるのだろう。爆発的に増えて水資源を食い尽くすこともない。よって政府は捕獲を中止した。


 しかし人魚の価値は大暴落した。車一台で、三、四人は買える。ちょっと裕福で土地のある家にはペットとしている。食べ物も僕達の食べる物で大丈夫らしい―もちろん、個人で好き嫌いはあるらしいけれど。




 僕は心底、世界が嫌いになった。正義のヒーローぶったりするつもりはない。でも世界は狂っている。そんな時、高校時代の友人である中本が訪ねてきた。今は環境省のお役人だ。中本はこう言った。


「人魚ってさ、もちろん人工のものだけど。自然にとっては神同然なんだよね。今、店で売ってる人魚ね。あれ、乱獲されたやつなんだ」


「警備とかしたら?」


「ぬるいよ。全然だめなんだ。ボランティアとかそういう団体もあるけど、乱獲や密漁する奴らなんて、そんなの構やしないだろ?」


 まあ、確かに。


「今、国内世論でも皆でお金を出しあって救うべき、っていうのが、七〇パーセントくらいなんだよね。ほら、この前国民一斉に異例のアンケートとったでしょ?」


「ああ、あれ。僕も賛成したけど。でも、思っててもわざわざお金出す人なんかいるのかな?」



「今は好景気だ。一人一円ずつ集めたって、人魚がざっと五、六〇〇人は買えるぜ。なんせ今は血統書付きの犬の方が高いもんなあ」


「でも、一店舗に一人いたとして、一県にだいたいどのくらい人魚がいるんだ?そんなんじゃ、いつまで経っても…」


 中本は資料を見ながら答えた。


「しらみ潰しに調べたんだ。一番多い県でも十五人だった」


「でもまた捕ってこられたら?」


「…また買うしかないだろ。買って、海に放すんだ」


 それじゃあ店に十万単位で寄付してるようなもんだ。


「もちろんその間に民間の警備も導入する。NPOとかの方が仕事いいからな。で、店の方は最初は警告、二回目からは見つけ次第三週間の営業停止。四回目でとり潰し」


 これで完全に潰せるわけか?まあ、どうなるかはやってみないと分からないことも多い。


 金は大してかからないし、中本によれば密漁も減っているらしい。税として国民から資金を調達する案も出たが、さすがにそれは留まって募金になった。


 こうして僕は今、この不毛な戦いを続けている。そんな毎日の中で、僕は一人の人魚に出会った。


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