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抜け出したかった俺

 俺たちは春に図書館で出会った。


 俺はその頃、自分に対してどうしようもないくらい行き詰まっていて、精神状態は最悪だった。親と約束した時間は残り1年。だけどその貴重な残り時間もこのままだらだらと過ぎてしまいそうだった。

 俺にとって田舎に戻って実家の仕事を継ぐのはいい事だった。負け惜しみじゃない。将来のビジョンが何もないやつにそんなおいしいものまで用意してくれるなんて俺の親は出来すぎた奴らさ。最高にハッピー。

 問題はそこじゃない。俺は何をしに実家から離れた土地へやってきたのか。とても大切で重要な事。それが思い出せないって事だ。3年前は確かに何かやろうとしていたんだ。その為にわざわざあの街を選んだ。3年前は情熱すらあった気がする。今の俺には何もない。俺はすっかりちゃらんぽらんないい加減なヤツになっていた。こんなんで田舎に戻ってもいいんだろうか?その心配まではしていなかった。戻った時にすりゃいいからね、そんな事。問題は今だ。


 答えをくれたのは智だった。


「とりあえず動いてみたらどうかな。じっとしたままじゃ目はくもるばかりだ」


 なんてかっこいい台詞だろう。俺はじいさんになってもそんな事思いつかないし、誰かにアドバイスとしてくれてやることもないだろう。俺は馬鹿ではないが、天才ではもちろんない。

 智も動きたがっていた。非日常へと。まじめな智は息抜きがヘタだった。あの頃の智はそのまま進めば発狂しそうなくらい危うく見えた。ちょっと儚げ。しかし、狂う事も出来ないほど誠実な奴だから本当に気の毒だった。俺がそういうとめずらしくゲラゲラ笑ったっけ。

「喜一さん、いい事言う。確かに俺には狂う勇気のかけらすらないよね」

 またいい事言われたのは俺のほうだ。なんて奴だ。まるで詩人じゃないか。狂う勇気。俺が求めたのはそれじゃなかったか? かっけー!

 そんなこんなで俺が飛び出せたのは智のおかげだった。こいつと一緒なら最悪何が起こっても無事に戻ってこられると思ったから。 そういう抜け目のないずるさはここ2年で身に付けたんだ。でも、仕方ないよな。ファンタジーじゃ飯は食えない。旅もいつかは終えなくちゃいけない。それも無事に抜かりなく。決まっているじゃないか。


 俺たちに行き先をくれたのは友哉だった。あいつもかっこいい奴だ。言う事を信じてしまわせる魅力がある。っていうかただ信じてみたくなる。ガキの頃のようにただやってみたくなる。どんなに馬鹿げていると分かっていても、階段のてっぺんから飛び降りてみたくなるように。俺はガキの頃実際に試してみて腕の骨を折った事もある。人間そう慎重になってばかりじゃつまらないもんな。腕を折る経験も必要さ。折れると色々面倒だし、かなり痛いけど。


「この世の果てに行きたくないか?」


 その言葉、それだけで俺には十分だった。行くよ、もちろん。行きたいんだ。行かなきゃならない。行く事で俺はこの状態から抜け出せるだろうし、何らかの答えを持つだろう。よきにしろあしきにしろそれが俺の結果になる。階段から飛び降りたい気持ち、実際にやってみる事。腕を折るのなんて何でもない。踏み出す事が大切なのさ。


 友哉もチャンスを待っていた。あいつは本当にロマンチストだ。男って誰しもそういう所があると思うし、俺も中々のもんだと思うけど、友哉には絶対にかないっこない。少女漫画のヒーロータイプだからな、あいつは。俺があのルックスの持ち主だったら最高のハーレムを作り上げるだろう。本当に友哉は現実にいるのがウソ臭いほどかっこ良かった。


 真雪は友哉のいとこで、これまたかなりの美人だ。初めて会った時、顔のいい家系というのは存在するんだなとため息が出た。ただ、真雪は美人だが愛想がまるでなかった。何しろ笑わない。何でコイツがこんな意味不明のあてもない旅に着いて来たのかは分からない。腹の立つ事にいくら聞いても答えないし。こういうタイプが何を面白がるのかは知らないが、せっかくの夏休みに道端で眠る事ではないはずだ。家で優雅にクラシックでも聞いてろとまでは言わないけど、バイトでもしながら友達とふらふら町にいるほうがいいんじゃないかな、女の子なんだし。


 同じ女でも孝子は違う。あいつは旅には必要だ。面白くて退屈しない。時々突拍子もない事を言い出す。ナイスキャラ。たまたまあの日図書館に来ていただけなのに俺たちになじむのが超早かった。女って感じもしない。あいつは「孝子」って種類の人間だ。いや、孝子の事は智が誘ったんだっけ?同じ学校の同じクラスなんだから。正確に覚えてない。まぁ、どうでもいいか。

「喜一ってさぁ、いい加減ですごいよね。のん気だしさ。そこんとこもう少し皆に分けてあげればいいのに。じゃなきゃバランス悪いじゃん。地球の温暖化はそこらへんからきてるのかもね」

 こんな事を嫌味でなく言える人間がいることに感心する。孝子は心の底からそう思っていて、思った事をそのまま口に出している。言い換えれば馬鹿なだけだけど、俺は気に入っていた。


 俺たちの旅は順調だった。気味が悪いほど。少しおかしくなったのは間違いなくノアに会ってからだ。早急に考えなければいけなくなった。俺にしても1年後なんか問題じゃない。たった3日。俺たちの残り時間は決められてしまった。信じがたいが事実だった。


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