チビだった頃
おれが「この世の果て」に凝りだしたのはまだ小学生の頃だった。始めは多分、テレビアニメだったか、学校の先生が言ったのか、お気に入りの漫画に出てきたのか、それともものすごく賢いおれの兄ちゃんから聞いたのかもしれなかったが、とても感動した事を覚えてる。
つまり、この世には「果て」というものがあるって事に。
足りない頭で必死に考えた。果てってなんだろう。どこにあるんだろう。どんな所なんだろう。誰か住んでいるのかな。そこに行ったら何が見つかるんだろう。一番何度も考えたのはこれだった。
おれは行けるんだろうか、果てに。
多分、おれは変わった子供だった。馬鹿な上、マヌケでお調子者。それに一度凝りだすときりがない。親はいつも嘆いていた。利治みたいにどうしてこの子はなれないんだろうって。同じ兄弟でどうしてここまで違うのかって。
馬鹿だったけど、その答えは知っていた。つまり、おれはおれで利治兄ちゃんではないって事だ。もちろん賢い兄ちゃんにもよく分かっていた。だからおれたちは親がそういうつまらない事を言い出す度に心の中で笑っていた。なーに言ってるんだかって。
馬鹿にするつもりはなかったよ。親の言っている事も分からないわけじゃない。まぁ、そこそこ正しいって思えたからね。それにあんなにすごい兄ちゃんだもの、似てりゃ良かったって思わない訳ないじゃない。だけど、反対に利治兄ちゃんはおれが兄ちゃんに似てなくて良かったって思ってたんだ、ずっと。
おれには分からなかった。なんであんなに兄ちゃんが自分の事を嫌いだったのか。いや、嫌いなんてもんじゃない。兄ちゃんは自分を憎んでいた。それはおれが生まれてこなくても同じだった。でも、おれが生まれた事でだいぶ救われたそうだ。兄ちゃんは始めからずっと自分を憎んでいた。兄ちゃんがあの日おれに教えてくれた秘密は忘れられない。
兄ちゃんは言った。
「お前がいなきゃとっくに死んでいたよ。お前の事は本当に大好きなんだ。俺だけが父さん達の血を継ぐものだとしたら、その絶望に俺は負けてしまっていた」
その他のモノ、両親や祖父母、漫画や学校や友達や、周り全部は「好き」なんだそうで、おれとは比べ物にならないらしい。あの時の兄ちゃんの優しい笑顔。あんなに尊いものをおれは他に知らない。
兄ちゃんはおれによく感心していた。おれのやる事が破天荒で型破りでくだらないほど、おれに感心していた。木の上の家に憧れて町内一のお屋敷のでかい木に勝手に登った時も、虎狩りをするつもりで獰猛なブルドックにつかみかかって左手を4針縫った時も、兄ちゃんは誰より喜んでいた。他の皆が怒りであわを吹いている時に、兄ちゃんだけはいつだっておれの味方だった。
おれのつまらないいたずらにうっとりしている兄ちゃんを見る度「おれはこの為に生まれてきたのかな?」って思うほど誇らしかった。いくら叱られても何ともなかった。今度はもっと上手くやればいいんだ。ばれないように全部上手くやった後、兄ちゃんだけにこっそり話してやろう。おれも楽しいし、兄ちゃんも喜ぶ。おれのやっている事はいい事なんだ。
おれだって兄ちゃんが大好きだったよ。でも、おれの場合は大好きなものだらけだったけど。正直兄ちゃんかハンバーグかどっちか選べって言われたらハンバーグを選ぶかもしれない。おれってそういうヤツだ。だけど、おれのそういう所も兄ちゃんは大好きだったんだよね。おれが本当にハンバーグを選んだとしても、兄ちゃんはおれが一番すきだった。間違いない。
何でも完璧だった兄ちゃん。周りが無理難題な課題を押し付けても、ほとんどクリアできた兄ちゃん。例えばオリンピックは無理でも、全国大会で優勝くらいはお茶の子だったし、ノーベル賞は無理でも、全国模試でベスト3くらいは朝飯前。かっこいい自慢の兄ちゃん。おれの兄ちゃん。だけど、自分の事は最後まで許せなかった兄ちゃん。
兄ちゃんが消えたのは夏だった。おれはすぐに兄ちゃんがどこに行ったか分かったけど誰にも言わなかった。誰も信じてくれないって分かっていたから。第一、教えたくなかったしさ。
世界で一番おれの事を認めてくれて、大好きでいてくれた利治兄ちゃんにいつだってお礼が言いたい。
兄ちゃん、今まで本当にありがとう。「果て」の居心地はどうですか?




