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囲まれているのに、満たされない

 夜の執務室は、賑やかだった。


 笑い声。

 衣擦れの音。

 甘い香の混じる空気。


 数人の女が、バルディンの周囲に集っている。

 杯を差し出す者。

 距離を詰める者。

 視線を絡めて、機嫌を取ろうとする者。


 ――以前と、何も変わらない。


 むしろ、数は増えた。

 妃候補という名目もいらない。

 求めれば、いくらでも集まる。


 バルディンは、片手で杯を受け取った。


「殿下、お疲れでしょう?」

「少し、強いお酒もご用意していますわ」


 女の声は、どれもよく似ている。

 甘く、柔らかく、計算された響き。


「……そうか」


 短く返す。

 それ以上、言葉を足さない。


 女たちは、それでも離れない。

 笑顔を崩さず、視線を外さず、

 必死に“選ばれよう”としている。


(……違う)


 胸の奥で、微かな違和感が鳴った。


 嫌ではない。

 鬱陶しいわけでもない。


(……体を求めれば、すぐだ)


 それで満たされてきた。

 そうやって、ここまで来た。


(……何が、足りない)


 答えが出ないまま、

 胸の奥だけが、空いたままだった。


(……何も、感じない)


 触れられても、

 視線を向けられても、

 心が、どこにも動かない。


 以前なら、

 この距離、この熱、この空気を、

 楽しめていたはずだった。


 女が自分を見る。

 求める。

 縋る。


 それを眺めるのが、悪くなかった。


 なのに。


 今は、ただ騒がしいだけだ。


 バルディンは、無意識に視線を逸らす。


 ――その瞬間。


 なぜか、脳裏に浮かんだのは、

 ここにいない女の姿だった。


 控えめに立つ背中。

 言葉を選ぶ沈黙。

 こちらを見ているようで、見すぎない視線。


(……馬鹿らしい)


 すぐに、思考を切る。


 もう城にはいない。

 自分で手放した。


 それだけのことだ。


「殿下?」


 声をかけられ、意識を戻す。


「……今日は、もういい」

「下がれ」


 空気が、一瞬で静まる。


 女たちは戸惑いながらも、

 逆らわずに一礼し、部屋を出ていく。


 扉が閉まり、

 賑やかさが、嘘のように消えた。


 残ったのは、

 広すぎる部屋と、静寂。


 バルディンは、椅子に深く腰を下ろす。


(……おかしいな)


 望んだ状況のはずだった。

 女はいる。

 求められている。

 誰も、拒んでいない。


 それなのに。


 胸の奥にあるのは、

 満足でも、優越でもなく――


 空白。


(……俺は)


 一瞬だけ、

 考えそうになる。


 だが、その先には、

 まだ名前をつけられない感情がある。


 考えれば、崩れる気がした。


 だから、やめる。


 バルディンは、机の上の杯に視線を落とす。


 酒は、まだ残っている。

 だが、口にする気になれなかった。


(……なぜだ)


 答えは、まだ出ない。


 ただ一つだけ、

 はっきりしていることがあった。


 ――自分を見ている女に囲まれても、

 もう、満たされない。


 その事実だけが、

 静かに、胸に残っていた。


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