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治った王女と、削れていくエリナ

 王女の足は、確実によくなっていた。


 最初は、気のせいだと思った。

 腫れが引いたように見えるのも、歩みが少し軽くなったように感じるのも、

 回復期にはありがちなことだ。


 だが――二日、三日と経つにつれ、

 その「気のせい」は無視できなくなっていった。


「最近、調子がいいのです」


 再び私室を訪れたとき、王女はそう言った。

 困ったように笑いながら。


「痛みも、前ほどではありませんし」

「治癒の件は……もう、必要ないと思います」


 はっきりとした拒絶だった。


 バルディンは、一瞬だけ黙り込む。


(……必要ない?)


 医務官の見立てでは、まだ時間がかかるはずだった。

 完全に治るには、相応の処置が必要だと。


 それなのに。


「そうか」


 それ以上は追及せず、踵を返す。


 ――だが、胸の奥に残る違和感は消えなかった。


 回廊へ出た、そのとき。


 視界の端に、見慣れた後ろ姿が映る。


 エリナだった。


 書類を抱え、足早に歩こうとして――

 一瞬、身体が揺れる。


 次の瞬間、わずかに足を引きずった。


(……あ?)


 立ち止まり、目で追う。


 ほんの一瞬の動き。

 気づかれない程度の、微かな異変。


 だが、見逃すには――十分だった。


「エリナに怪我の報告は上がっているか」


「いえ。そのような報告はございません」


 一拍置いて、従者は続けた。


「ただ……最近、体調が優れないようで」

「朝の業務は、休まれる日が増えています」


 その言葉が、胸の奥に落ちた。


(……王女の足)

(……エリナの足)


 重なる。


 腫れが引いていく足。

 弱っていく身体。


 偶然で済ませられるほど、

 単純な話ではない。


(……また、か)


 歯噛みする。


 勝手に。

 黙って。

 命じてもいないところで。


(俺の命令を無視して……?)


 怒りが、先に立ち上がる。


 だが、次の瞬間、

 その感情は、静かに引き戻された。


(……いや)


 元はといえば、

 王女の足を治してほしいと言ったのは――俺だ。


 完全な命令ではなかった。

 だが、望んだのは事実だ。


(あいつは、従っただけだ)


 俺の言葉に。

 俺の期待に。


 そう考えた瞬間、

 胸の奥に、別の違和感が広がる。


 ――これでいい、はずだった。


 俺の思い通りに動く女。

 俺のために、力を使う女。

 俺の役に立つ、治癒能力者。


 それを手に入れて、

 満足するはずだった。


 なのに。


 回廊の向こうで、

 背を丸めるように歩くエリナの姿が、

 なぜか、目から離れない。


(……違う)


 ふと、そんな言葉が浮かぶ。


 俺が欲しかったのは――

 本当に、そんな「使える女」だったか?


 違う。


 俺だけを見て、

 俺の一言で揺れて、

 俺の機嫌を気にして、

 俺の前でだけ息をするような。


 ――そんな女じゃなかったか。


 だが、今見ている背中は。


 俺を見ていない。

 俺に縋ってもいない。


 ただ、

 役目を果たそうとしているだけの背中だ。


(……壊れてきている)


 胸の奥が、じくりと痛む。


 俺の思い通りに動いている。

 それなのに、どこか――ズレている。


(……俺が欲しかったのは)


 言葉にならないまま、

 その問いだけが、残った。


 バルディンは、静かに視線を逸らす。


 まだだ。

 まだ、結論を出すには早い。


 そう言い聞かせながら。


 胸の奥に芽生えた違和感から、

 目を背けるように、歩き出した。


 ――それが、

 すでに「失い始めている」証だとは、

 まだ、認められないまま。


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