あまりにも、出来すぎている
――おかしい。
それが最初の違和感だった。
朝、目が覚める。
頭が重くない。
吐き気も、鈍い痛みもない。
酒を控えた覚えはない。
医務官の忠告を聞いた覚えもない。
(……偶然か)
そう片づけようとして、
ふと、思い出す。
――エリナ。
あれほど、夜ごと部屋の前に立っていた女が、
ここ数日、姿を見せない。
用もなく。
理由もなく。
ただ、そこにいるだけだったはずの女が。
(……来ていない)
次の違和感は、昼だった。
医務官が言う。
「数値が、安定しています」
「正直、急すぎるくらいです」
原因は不明。
治療は、変えていない。
――変えていない、はずだ。
そして、三つ目。
エリナが、朝の仕事を休みがちになった。
あの女が?
毎朝、何事もなかったように薬草を抱えていた女が?
(……立ちくらみ)
(……食事を落とす)
(……眠れていない)
侍女の報告は、断片的だった。
だが、十分だった。
ここまで揃って、
偶然で済ませられるほど――
俺は、愚かではない。
椅子にもたれ、目を閉じる。
(……命令していない)
俺は、あいつに何も言っていない。
治せとも。
使えとも。
それなのに。
命令していないところで動かれた。
しかも――
他人の痛みを代わりに引き受ける、
代償の大きい能力を。
気づかれないように。
知られないように。
俺の身体にだけ、使うなんて。
「……クソ」
低く、吐き捨てる。
怒りだった。
苛立ちだった。
――どうして気づかれた。
――どうして、勝手に。
そして、
次に浮かんだ考えに、
自分で一瞬、息が詰まる。
(……俺の病に、気づかなければ)
あいつは、傷つかずに済んだ。
知らなければ。
見なければ。
余計なことをしなければ。
俺が気づかなかったからだ。
……いや。
気づかなかったからこそ、利用すればいい。
あいつは、俺のために自分を犠牲にしている。
それを、不幸だと思っているはずがない。
俺の病を治し。
役に立てたことを。
――喜んでいる。
胸の奥で、
歪んだ納得が、形を持つ。
(なら)
罪悪感を抱く必要はない。
むしろ――
これで、
余計に俺から離れたくなくなったはずだ。
自分の価値を、
俺の側に見出している。
それでいい。
視線を上げる。
空になった酒瓶は、まだ机に置かれたままだ。
(……そうだ)
そんなに役に立ちたいなら、
役に立たせてやる。
お前は、
俺のものだ。
必要なときに。
必要な場所で。
そうして初めて、
あいつは――
安心できる。
ゆっくりと、口角が上がる。
(次は)
国のためだ。
家族のためだ。
断る理由など、どこにもない。
――あいつの足を、治せ。
その言葉を口にする日を思い描きながら、
バルディンは、何事もなかったように書類へ視線を戻した。
まだ、
それが“失う一歩手前”だとは、
気づきもしないまま。




