表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

70/87

使えば戻れない力

 その夜。


 エリナは、ほとんど眠れないまま天井を見つめていた。


 目を閉じれば、

 昼間に告げられた人数が、何度も浮かぶ。


(三人)


 あと二人。

 あと一人。


 数字が、静かに胸を締めつける。


 寝返りを打っても、

 胸の奥に溜まった熱は、逃げてくれなかった。


(……選ばれる、って)


 何をすればいいのだろう。


 これ以上、

 料理を磨いても。

 薬草の知識を深めても。


 “決定的な違い”には、ならない。


 分かっている。

 分かっているのに。


 考えが、自然と――

 そこへ戻ってしまう。


(……まだ、言ってないこと)


 誰にも。

 王宮にも。

 バルディンにも。


 ――治せる、ということ。


 薬ではない。

 配合でもない。


 “触れれば、回復させてしまう”力。


 それを思い浮かべた瞬間、

 胸の奥が、ひくりと跳ねた。


(……だめ)


 エリナは、ぎゅっと目を閉じる。


 これは、切り札なんかじゃない。

 切り札にしてはいけない。


 使えば、

 もう戻れなくなる。


 対等ではいられない。

 “必要だから側にいる”存在になる。


(……それでも)


 それでも、

 選ばれなければ意味がない。


 家のこと。

 未来のこと。

 生きていく場所。


 全部を天秤にかけたとき、

 最後に残るのは――


 あの部屋だった。


 追い出されなかった夜。

 触れられなかった距離。

 ただ、そこにいられた時間。


 何もされなかったのに、

 確かに“受け入れられていた”感覚。


(……あの人なら)


 心の中で、

 思ってはいけない言葉が浮かぶ。


 あの人なら、

 必要としてくれるかもしれない。


 能力ごと。

 価値ごと。

 役割ごと。


 全部。


(……言ってしまえば)


 楽になる。


 迷わなくていい。

 比べなくていい。


 選ばれる理由を、

 はっきり差し出せる。


 喉が、かすかに鳴った。


 無意識のうちに、

 エリナは上半身を起こしていた。


 ――今なら。


 夜だ。

 人目もない。


 扉の前まで行って、

 一言、口にしてしまえば。


(……殿下)


 名前を思い浮かべただけで、

 胸が、きゅっと締めつけられる。


 けれど。


 その瞬間、

 ふと、別の感覚が胸を刺した。


(……それって)


 選ばれる、だろうか。


 それとも、

 “使われる”だけではないだろうか。


 治せるから。

 役に立つから。

 失うと困るから。


 それは、

 “この人がいい”と選ばれることと、

 同じだろうか。


 ベッドの上で、

 エリナは小さく息を吸った。


(……怖い)


 選ばれないのも、怖い。

 でも――


 能力だけを見られるのは、

 もっと、怖かった。


 しばらく、

 何も考えられずに座っていると、

 胸の奥の熱が、少しずつ落ち着いていく。


(……今は、まだ)


 言わない。

 言えない。


 選ばれるために、

 自分を全部差し出すには――


 まだ、早い。


 エリナは、ゆっくりと横になった。


 眠れないままでも、

 目を閉じる。


 その夜、

 彼女は一つだけ、はっきりと理解していた。


 ――もう、

 この力を「使わずに済む未来」は、

 ほとんど残っていない。


 それでも今は、

 ただ、口にしなかった。


 その選択が、

 救いなのか、

 破滅への先延ばしなのか。


 まだ、

 分からないまま。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ