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条件じゃなく、選ばれたいと思った

 夜の王宮は、昼間の緊張が嘘のように静まり返っていた。


 エリナは自室の窓辺に立ち、外の闇を見つめていた。

 遠くで灯る明かりが、ゆっくりと揺れている。


(……三人)


 正式に告げられた人数を、もう一度心の中でなぞる。


 妃候補は、三人に絞られた。


 名前を呼ばれた瞬間、

 胸の奥で張り詰めていたものが、ふっと緩んだ。


(……残れた)


 そう思った途端、足の力が抜けそうになった。


 薬草。

 薬膳。

 手料理。


 できることは、すべてやった。

 逃げずに、手を抜かずに。


 その結果が、今ここにある。


(……よかった)


 小さく息を吐く。

 それだけで、胸が少し軽くなった。


 けれど。


 その安堵は、長く続かなかった。


(……でも、ここから)


 三人。

 あと、二人。


 残るのは、たった一人。


 ここから先は、

 「頑張ればいい」では足りないことを、

 エリナ自身が一番よく分かっていた。


 他の二人は、どちらも美しく、

 家柄も立場も申し分ない。


 王宮にいることが、最初から自然な人たち。


(……同じことをしても)


 並ぶだけだ。


 今日まで積み重ねてきたものが、

 一気に“足りない”ように思えてくる。


 もう、十分頑張ったじゃない。

 ここまでしなくても……

 許してもらえるのではないだろうか。


 一瞬、そんな考えがよぎる。

 胸の奥で、弱い声が囁いた。


 でも。


 ここで諦めたら、家の借金は返せない。

 それは、現実だ。


 逃げ場のない数字と、約束と、責任。

 それらが、容赦なく足元を固める。


 それでも――


 それだけじゃ、ない。


 ただ生き残りたいわけでも、

 条件を満たしたいわけでもない。


 何より……ただ、選ばれたい。


 理由も、価値も、役割も超えて。

 “この人がいい”と、選ばれたい。


 その気持ちだけが、

 最後まで胸に残っていた。


 エリナは、無意識に自分の手を見つめた。


 薬草を扱ってきた手。

 料理を作ってきた手。


 この手で、できること。


(……他に、何がある?)


 答えは、すぐには出なかった。


 ただ一つ、

 心の奥で触れてはいけない場所が、

 かすかに疼いた。


 ――まだ、出していないもの。


 誰にも言っていないこと。

 誰にも、見せていないこと。


 考えただけで、胸がひくりと鳴る。


(……だめ)


 今は、まだ。

 考えてはいけない。


 そう言い聞かせようとしても、

 その考えは、静かに残り続けた。


 あの部屋。

 追い出されなかった夜。

 何もされず、ただそこにいられた時間。


 思い出すだけで、

 胸の奥が、微かに熱を帯びる。


(……選ばれたい)


 その気持ちを、

 もう否定できなかった。


 ただ妃候補としてではなく。

 理由のある存在として。


 そのために――

 もし、最後に差し出すものがあるとしたら。


 エリナは、ゆっくりと目を閉じた。


 まだ、決められない。

 決めてはいけない。


 それでも。


 この夜を越えた先に、

 “それ”を考えずにはいられない自分がいることだけは、

 はっきりと分かっていた。


 静かな部屋で、

 エリナは一人、息を整える。


 選ばれるために。

 そして――

 自分自身のために。


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