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私は、違うやり方で残ると決めた

 (……え?)


 拒まれたわけでもない。

 叱られたわけでもない。


 ただ――

 最初から、その選択肢が存在しなかったかのような対応。


 周囲の空気が、わずかに引き締まる。


 バルディンは、なおも柔らかく微笑んでいる。


「体調不良は、無理をするものではない」

「今日は下がって、休むといい」


 それで、話は終わりだった。


 妃候補は曖昧に頷くしかなく、

 静かに一歩下がる。


 ――その様子を、少し離れた場所から、

 エリナは見ていた。


(……触らせないんだ)


 色仕掛けすら、

 綺麗に、当然のように受け流す。


(……同じことをしても、意味がない)


 胸の奥で、静かに理解する。


 この人に通じるのは、

 近さでも、甘さでもない。


 ――別の場所だ。


ーー


  午後の広間には、いつもより多くの人が集まっていた。


 楽師が配置され、

 床は磨き直され、

 空気には、わずかな緊張が漂っている。


 ――妃候補たちの“披露の場”。


 誰が言い出したわけでもない。

 けれど、皆が理解していた。


 ここからは、

 「何もせずに残れる」時間ではないのだと。


 最初に前へ出たのは、

 踊りを得意としている妃候補だった。


 裾を軽く摘まみ、優雅に一礼する。


 音楽が流れ出す。


 軽やかなステップ。

 しなやかな腕の動き。

 訓練された身体が、正確に旋回する。


(……綺麗)


 エリナは、少し離れた場所からその様子を見つめていた。


 非の打ちどころがない。

 観る者の目を惹きつける動き。


 歓声と、感嘆の声が上がる。


 視線が、自然と――

 王子の方へ集まった。


 バルディンは、

 椅子に腰掛けたまま、その舞を眺めていた。


 背筋は伸び、

 表情は穏やか。


 拍手が起きる。


 踊り終えた妃候補が、

 少しだけ期待を込めた視線を向ける。


 バルディンは、軽く口元を緩めた。


「……見事だな」


 それだけ。


 声は落ち着いていて、

 評価としては、正しい。


 けれど。


 それ以上の言葉はなかった。

 立ち上がることも、

 近づくこともない。


 拍手も、周囲に合わせただけ。


 ――薄い。


 エリナは、はっきりそう感じてしまった。


(……褒めているのに)


 関心が、そこに留まっていない。


 舞を見た。

 評価した。

 それで、終わり。


 妃候補は、微笑みながら下がっていった。

 けれど、その背中には、

 わずかな落胆が滲んでいる。


 次は、歌。

 次は、楽器。

 次は、学識の披露。


 どれも、よく出来ていた。

 どれも、称賛に値した。


 それでも――


 バルディンの反応は、変わらない。


 笑みは浮かべる。

 言葉もかける。


 けれど、

 どれも“その場限り”だった。


(……同じだ)


 エリナは、胸の前で指を組む。


 皆、正しい。

 皆、間違っていない。


 だからこそ――

 横並びになる。


(……花束と、同じ)


 ふと、朝の薔薇を思い出す。


 綺麗で、

 分かりやすくて、

 でも――替えがきく。


 胸の奥が、静かに冷えた。


(……これじゃ、だめ)


 踊れない。

 歌えない。

 人前で華やかに振る舞えない。


 同じ土俵に立てば、

 自分は、確実に埋もれる。


(……それなら)


 エリナは、ゆっくりと息を吸った。


 自分にできること。

 自分が、今まで積み重ねてきたこと。


 花束でも、

 舞でも、

 甘い言葉でもない。


(……私にしか、できないこと)


 それは、

 まだ口にしていない。

 まだ差し出していない。


 けれど。


 “最後まで隠しておくべきもの”だと

 思っていたそれが――


 初めて、

 「切り札」だと形を持った。


 エリナは、視線を上げる。


 バルディンは、広間を見渡しながら、

 いつもの穏やかな表情で座っている。


 けれど。


 その目は、

 誰かを探すようでも、

 待っているようでもあった。


(……私)


 胸の奥が、きゅっと締めつけられる。


 怖い。

 失うかもしれない。


 けれど、

 何もしなければ――

 最初から、残れない。


(……決めた)


 エリナは、そっと拳を握る。


 この流れの中で、

 自分は“違うやり方”を選ぶ。


 まだ言わない。

 今は、出さない。


 でも。


 必要とされるなら。

 ここに残る理由が欲しいなら。


 ――私は、それを使う。


 そう、心の中で決めた瞬間、

 不思議と、足元が揺れなくなった。


 エリナは、静かに列の最後へ戻る。


 誰にも気づかれずに。


 けれど、

 その決意だけは――

 もう、後戻りできないほど、はっきりしていた。


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