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妃候補の選別が始まった

 朝の王宮は、いつもよりざわついていた。


 廊下を行き交う侍女たちの声が、どこか落ち着かない。

 足早にすれ違う妃候補たちの表情も、硬い。


 エリナは薬草籠を抱えながら、その空気の違いをはっきり感じていた。


(……何か、あった?)


 すれ違いざま、ひそひそとした声が耳に入る。


「聞いた?」

「妃候補、減らすんですって」


 足が、止まりかける。


「今の人数、多すぎるって」

「王子様のご意向らしいわよ」


 胸の奥が、ひくりと鳴った。


(……王子様が)


 誰かが言い出した噂ではない。

 “ご意向”。


 その言葉が、やけに重く響く。


「半分以下になるって話よ」

「早ければ、数日以内に」


 数日。


 その短さに、指先が冷たくなる。


 エリナは、無意識に籠を抱き直した。


(……選ばれる、選ばれない)


 今まで、どこか遠い話だと思っていた。

 自分はただ、流れの中にいるだけだと。


 けれど。


 “減らす”と決まった瞬間、

 そこに、はっきりと線が引かれた気がした。


 残る者と、

 去る者。


(……私も、その中の一人)


 昨夜の静かな部屋。

 追い出されなかった時間。


 あれが、何の意味も持たなかった可能性が、

 胸の奥を、じわじわと締めつける。


(……どうすれば)


 考えるより先に、

 心臓が早鐘を打ち始めた。


 役に立たなければ。

 必要とされなければ。


 “残す理由”を、

 示さなければならない。


 エリナは、唇を噛みしめる。


 この削減が、

 王子の気まぐれではないことだけは――

 なぜか、はっきり分かっていた。


(……選ばせる気だ)


 妃候補たちに。


 そして、

 自分自身に。


 静かに始まったその選別の中で、

 エリナはまだ知らない。


 この決断が、

 最初から自分を“追い込むため”に

 用意されていたことを。


 その昼、王宮の空気は、どこか張りつめていた。


 理由は、誰もが知っている。


 ――妃候補の数が、減らされる。


 正式な通達は、まだ。

 けれど、噂はすでに走っていた。


 五人まで絞る。

 次は、三人。

 そして――最後は、一人。


 回廊を行き交う妃候補たちの足取りは、

 いつもより早く、硬い。


 笑顔の裏で、

 誰もが計算していた。


静かだったはずの回廊に、

 視線と計算と焦りが混じり始める。


 ――最初に動いたのは、

 それを「当然」と思っている者だった。


(殿下と言えど、殿方に変わりはないでしょう)


 前に進み出た妃候補は、

 自分のドレスの胸元が一番美しく見える角度を、

 正確に把握していた。


(権力があろうと、立場があろうと)

(男は男。結局、欲で動く生き物よ)


 王子との距離を詰め、声を落とす。

 妃候補のひとりが、わざとらしく胸元を押さえた。


「殿下……少し、痛くて……」

「ここ、触っていただけますか……?」


 距離を詰めながら、

 誘うように身を寄せる。


 柔らかな感触が、

 腕に触れる――寸前。


 バルディンは、ほんのわずかに身を引いた。


 表情は崩さない。

 口元には、穏やかな笑み。


「それは大変だ」


 低く落ち着いた声で、あっさりと言う。


「すぐに医務官を呼ぼう」

「無理をする必要はない」


 それだけ。


 触れもしない。

 視線も落とさない。


 妃候補は、一瞬言葉を失った。

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