同じにされたくないと思ってしまった
翌朝の王宮は、いつもより明るく感じられた。
エリナは籠いっぱいに薬草を抱え、回廊を進んでいた。
足取りは自然と軽い。
昨夜の静かな時間が、まだ胸の奥で温かく残っている。
(……眠れた)
久しぶりに、夢も見なかった。
目を閉じれば、あの部屋の空気が思い出される。
何もされなかった。
ただ、そこにいただけ。
それなのに、不思議なくらい満たされていた。
そのまま薬草庫へ向かおうとしたとき、前方で侍女たちの声が弾んだ。
「聞いた?」
「今朝、王子様から花束が届いたんですって」
足が、ぴたりと止まる。
「赤い薔薇だったそうよ」
「妃候補の方に、でしょう?」
(……花束)
胸の奥が、ひくりと鳴った。
エリナの脳裏に浮かんだのは、あの日の朝。
自分の部屋に届いた、あの薔薇。
花束の中に挟まっていた、小さなカード。
短い一行。
――昨夜はありがとう。
(……私も、最初にもらった)
息が、浅くなる。
同じことを、他の妃候補にもしているのかもしれない。
そう思った瞬間、胸の奥がきゅっと締めつけられた。
特別じゃない。
分かっていたはずだ。
妃候補は、自分だけじゃない。
王子が誰か一人だけを選ぶ理由なんて、まだない。
(……それでも)
同じじゃ、嫌だ。
自分でも驚くほど、はっきりそう思ってしまった。
昨夜の静かな時間。
追い出されず、ただそこにいられたこと。
あれが、誰にでも与えられるものだなんて――
思いたくなかった。
エリナは、ぎゅっと籠を抱え直す。
(……頑張らなきゃ)
役に立たなければ。
必要とされなければ。
“いていい理由”を、ちゃんと自分で作らなければ。
そう思いながら歩き出した、その先で――
回廊の向こうが、少し騒がしくなっているのが見えた。
笑い声。
弾んだ足音。
視線を上げた瞬間、エリナは息を止めた。
妃候補のひとりが、侍女に囲まれて立っている。
腕に抱えられているのは、大きな花束。
赤い薔薇。
数も、色も、包み方も。
(……同じ)
否定できなかった。
あの日、自分の部屋に届いたものと、
あまりにも――同じだった。
花の配置。
淡い色のリボン。
偶然だと、言い聞かせたかった。
けれど、ここまで揃ってしまえば、無理だった。
「王子様からですって」
「素敵ね……」
周囲の声が、遠くで響く。
妃候補は、嬉しそうに微笑んでいた。
(……私だけ、じゃなかった)
胸が、すっと冷える。
あの花束も。
理由のない贈り物も。
特別な意味なんて、なかったのかもしれない。
自分に向けられたものだと思っていた時間が、
静かに、音を立てずに崩れていく。
(……嫌だ)
小さく、心の中で呟く。
同じように贈られて、
同じように笑われて、
同じように――扱われるなんて。
嫌だった。
エリナは、籠を抱える指に力を込めた。
(……どうすればいいの)
考える。
綺麗になる?
もっと笑う?
距離を縮める?
どれも、決定打にはならない。
花束ひとつで並べられてしまうなら、
それ以上の理由が、必要だった。
“私でなければいけない理由”。
胸の奥が、きゅっと締めつけられる。
焦っている。
はっきり、そう分かった。
このまま何もしなければ、
あの人の記憶の中で、
私は――同じ場所に並ぶだけの存在になる。
(……嫌)
それだけは、嫌だった。
だったら。
せめて、役に立つ存在でいよう。
花束の代わりに渡せるもの。
誰にでもできるわけじゃないこと。
(……私に、できること)
答えは、まだはっきりしない。
それでも――
立ち止まるという選択肢だけは、
最初から、なかった。




