欲しいなら、口にしろ
「昨夜、扉の前で眠っていた」
淡々とした口調。
責めるでも、驚くでもない。
事実を述べているだけの声音。
エリナの顔が、一気に熱くなる。
「……っ、も、申し訳ありません……!」
身体を起こそうとして、シーツを掴む。
けれど、すぐに言葉が詰まった。
――追い返されない。
それどころか。
「起き上がらなくていい」
そう言って、バルディンは一歩近づいた。
距離はある。
けれど、視線が近い。
「そんなに俺に会いたかったか?」
からかうような、けれど柔らかすぎない声。
「……ち、違います……」
反射的に否定する。
けれど、その言葉に力がないことを、自分でも分かってしまう。
バルディンは、小さく息を吐いた。
「呼んでいないのに来た。
扉の前で待った。
それで眠るほど、だ」
一つ一つ、淡々と並べられる事実。
「それを“違う”と言うなら、何だ?」
問い詰める声じゃない。
逃がさない声だった。
エリナは、唇を噛みしめる。
言えない。
言ってしまえば、何かが変わる。
でも――
「……すみません」
ようやく出たのは、それだけだった。
バルディンは、それを聞いても表情を変えない。
ただ、しばらく黙ったあと、静かに言った。
「次からは」
その一言に、胸が強く鳴る。
「夜に限る」
条件を、与えるように。
「――お願いが言えたら、部屋に入って待っていてもいい」
その言葉が、ゆっくりと落ちてくる。
(……え)
一瞬、意味が分からなかった。
許された?
それとも、試されている?
「呼ばれていないのに扉の前で待つのは、感心しない」
淡々とした口調。
けれど。
「だが」
その一語で、空気が変わる。
「言葉にできるなら、話は別だ」
視線が、真っ直ぐにエリナを捉える。
隠せないものを、すでに見抜いている目。
「黙って待つのは、駄目だ」
優しい声ではない。
けれど、拒絶でもない。
「欲しいなら、口にしろ」
胸の奥が、じんと熱くなる。
(……そんな……)
それは、許可のようで。
同時に、逃げ道を塞ぐ言葉でもあった。
「……分かりました」
小さく答えると、バルディンはそれ以上何も言わなかった。
ただ、いつもの穏やかな表情に戻る。
「着替えを用意させる。
朝食の時間だ」
もう、この話は終わりだというように。
「……はい」
返事をしながら、エリナは胸元を押さえた。
何も、されていない。
触れられてもいない。
それなのに。
(……次は)
次は、待つだけじゃ駄目。
言わなければならない。
――お願い、を。
その事実が、怖いのに。
同時に、胸の奥が小さく震えている。
拒まれなかった。
叱られなかった。
条件付きで、許された。
それだけで、こんなにも心が揺れる自分が――
少し、恐ろしかった。
そして。
次の夜を、もう考えてしまっている自分から、
エリナは目を逸らせなかった。




