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気配だけでも、感じていたくて

 夜の王宮は、昼とは別の静けさに包まれていた。

 人の気配が引いた回廊は、足音ひとつでも響きすぎるほどだ。


 エリナは、灯りを落とした回廊を歩きながら、何度も立ち止まりそうになっていた。


(……行かないって、決めたのに)


 足は、勝手に前へ進いている。

 考えるより先に、身体が覚えてしまった道。


 王子の私室の前で、ようやく足が止まった。


 重厚な扉。

 昼間、何度も出入りしたはずなのに、夜になるとまるで別の場所のように見える。


(……呼ばれてない)


 それだけの事実が、胸に重くのしかかる。


 ノックすらできない。

 中にいるのかどうかも、分からない。


 ――それでも。


 扉の前を離れることができなかった。


(……お願い、言えなかったのに)


 昼間のことが、鮮明に蘇る。

 喉まで出かかった言葉。

 言えば壊れる気がして、飲み込んだあの瞬間。


 エリナは、壁に背を預け、ゆっくりと座り込んだ。


 ただ、ここにいればいい気がした。

 扉の向こうにいるかもしれない人の、気配だけでも感じていたかった。


(……ばかみたい)


 そう思うのに、立ち上がれない。


 夜気が、少しずつ身体を冷やしていく。

 それでも、帰ろうとは思えなかった。


 いつの間にか、瞼が重くなる。


 ――少しだけ。

 ほんの、少しだけ。


 そう思ったのを最後に、意識がふっと遠のいた。



 どれくらい経ったのか、分からない。


 微かな物音に、エリナはうっすらと目を開けた。


 誰かの足音。

 すぐ近くで、立ち止まる気配。


(……?)


 はっきりと目を開ける前に、声が落ちてきた。


「……こんなところで」


 低く、抑えた声。


 はっとして身体を起こそうとした、その瞬間。


「動くな」


 静かな制止。


 その声を、聞き間違えるはずがなかった。


 けれど、完全に目を開ける前に、意識がまた揺らぐ。


 最後に感じたのは、

 床から離れる感覚と、誰かの腕。


 ――抱き上げられた。


 その事実だけが、ぼんやりと胸に残ったまま、

 エリナは再び、深い眠りに落ちていった。


ーー


最初に感じたのは、見慣れない天井だった。


(……え?)


 エリナは、ゆっくりと瞬きをする。

 柔らかな寝台。上質なシーツの感触。

 どこかで嗅いだことのある、落ち着いた香り。


(……ここ、は……)


 記憶が、少しずつ戻ってくる。


 昨夜。

 王子の私室の前。

 呼ばれていないのに、来てしまって。

 扉の前で、立ち尽くして――


「目が覚めたか」


 低く、静かな声。


 心臓が、一拍遅れて跳ねた。


 視線を向けると、窓際にバルディンが立っていた。

 朝の光を背に、いつものように整った佇まいで。


「……で、殿下……?」


 声が、かすれる。


 自分が今、どこにいるのか。

 どうしてここにいるのか。


 問う前に、すべて悟ってしまった。


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